第4章 タム鉄鉱山
第12話 馬車での道中
「なぁ…この依頼、別に俺らいらないんじゃね?」
目の前に出来た多数のクレーターに飛び散ったゴブリンの残骸を見つめてはボソリと呟く赤い短髪の男、アクセル。それに対して笑うアクセル率いるメンバー達。
ザックは苦笑いをして、リリィは折角の活躍の場を奪われてご立腹らしく頬を膨らませている。
(せっかく、ザックさんに私の戦いを見てもらおうと思っていましたのに。全く、あの髭モジャさんったら!)
リリィの見据える先にいる髭モジャのマウロ。何を隠そう、クレーターを作った張本人だ。その張本人はというと、鈍く銀色を光らせ自身の背の高さ程もある大きなハンマーを担ぎながら、大きな口を開けて笑う。
「なーに、あんたらの仕事はこれからだよ。今は体力温存でもしててくれ」
事の発端はザックがマウロを尋ねてから二日経った今日の昼前。
鉄鉱山に向けて馬車での移動中にゴブリンが数十体、襲いかかって来た。「よっしゃ!仕事の始まりだ!」とアクセル率いるメンバーにザック、リリィは飛び出したのだが…マウロが大きなハンマーを振り回し、ゴブリンを潰しては吹っ飛ばし、潰しては吹っ飛ばしの大活躍。
それを呆気の表情で見るアクセル達。
ザックは元々マウロの実力は知っていたので驚かないのだが…それ故、冒頭のアクセルの台詞に繋がる。
「さぁ、タム鉄鉱山まではまだまだ時間が掛かるんだ。行くぞ」
マウロは催促すると各々馬車へ乗り込む。
馬車は三台連なり、一番前を行くのはザックにリリィ、マウロ、アクセル。そして、怪我から復活したモーフィアスが乗る馬車。
二番手は食料や医療品、毛布など積み込んだ馬車。余裕を持って一週間分程を用意してきたらしい。
そして、一番最後の馬車はマウロ武器屋のお弟子さん三名とアクセルのメンバーから三名(キッド、スミス、エディ)が乗っていた。お弟子さんはザック達のフォローの為、来てくれていた。
馬車で向かう先はロール街から北東に位置するタム鉄鉱山。馬車で三時間程掛かるという。鉄鉱山と呼ばれるだけあり鉄が取れる事で有名で山の麓には泊まり込みが可能な集落が出来ている。
残っている血気盛んな人もいるが、結構な人数が退避しており、寝泊りは空いた小屋で出来るとのことだ。
「アクセルさん、こういった遠征のときって食料等、余裕持って行くのが普通なんですか?」
「うーん…そうだなぁ。普段ならパーティーでの行動だから、そんなに荷物は多くはしない。食料もある程度は持って行ったりするが、ほぼ現地調達が普通なんだが…今回はバックにマウロさんがいるからな。」
ザックの質問にアクセルは後ろの食料馬車に目をやりながら答える。
マウロの武器屋を訪れた日、村に戻ったザックは夜にゲンおじさんの酒場へと訪れるとアクセル達は酒盛りをしており、依頼の件を話すと好意的な返事が返ってきた。
好意的な返事の裏にはザックへの恩もあるのだが、有名なマウロ武器屋と面識が出来るという下心もあるのだが。
翌日、一緒にマウロの元へと尋ねて作戦を練り、一日で対処は無理だから数日泊まり込みになるだろうという話で余裕を持ち一週間程の蓄えの準備だ。そして、更に翌日は装備などの準備で一日空けて今日に至る。
ちなみにゲンおじさんの酒場へと行ったとき、おじさんにモテるタイプのミヤ姉ちゃんはリリィを見て弟の結婚を祝福するかのようにザックに抱きつき頭を撫で回したのだが、それを見たリリィはザックを取り戻すかのように腕を引っ張ってはミヤ姉ちゃんにからかわれていた。
ザック曰く、何が何やら。
「心配無用だ。ザック達のフォローは俺らがしっかりするからな。ザック達にはゴブリン討滅に専念してもらいたい」
「それは助かるぜ!」
マウロは心配するなと言わんばかりに自信満々に言うと、アクセルが手の平と拳を打ち合わせる。ザックはというと初めての遠征という事で期待に胸を膨らませている。
前回のようにはならず、そして強くなりたい。そう思いながら。
出発前日にボスに冒険者としての心構えやら遠征についてのアドバイスを貰い準備は万端。母親には大変心配されたのだが、父親から冒険は男にとってロマンだからな!と背中を押してもらっている。
(リリィにも防具等揃えたし大丈夫だろう。)
横を見ると母親のお下がりではなく冒険者用の布の服の上に胸を包み込むようにした銀色のプレートに小手、脛当てとライトプレートを装備した上機嫌なリリィがいる。
おへそが見えているのが少し扇情的ではあるのだが…当の本人はいたく気に入っているらしい。
そして、ザックも先日の化物の件もあり、リリィと同じライトプレートを黒装束の上から装備している。
武器を買う予定だったお金が浮いた為、ザックは自分とリリィの装備を買い揃えたのだ。それでも、マウロの紹介により安く購入できた為、思った程にお金は使っていない。
(本当は洋服でも買ってあげたかったんだけどな…)
とリリィに手を引っ張られて入った防具屋のことを思い出す。マウロ武器屋の四つ隣にある防具屋はマウロの古くからの友人らしく色々と親切にしてくれた。
もしかしなくても…案の定コイツ付いてくるつもりだな…と思ったのだが、後の祭り。あれやこれやとメガネを掛けた知的な印象の店主と身振り手振りで会話をしながら装備を選ぶリリィを見てザックは溜息を一つ。
しかも、最初に持って来たのは本当にそれは防具なのか?!と思うぐらい軽装な物でザックは拒否。
ビキニのような装備で首から胸まで布で覆われており胸部分はプレート。下半身はパンツ型のプレートでサイドにヒラヒラの布が付いている。
本当にそれで防御は大丈夫なの?と困惑してしまう。あれでは露出も高く色んなところが見えてしまう…とはザック談。
心配で気が気でないザックは女性でも着れるフルプレートアーマーを勧めるのだが今度はリリィが盛大に拒否。本当にそれはそれは大袈裟に手でバッテンを作っての拒否。リリィ曰く、動き難いし…何より可愛くないし可愛くないし可愛くないとの事。防御も大事だが、まだまだ十五歳。ファッションも重要視するらしい。
あれよこれよとやり取りしてお互いの妥協点として今の装備になった。
それでも、心配だったのだが…
(今朝のリリィの動き。あれは体術…なのか?綺麗に舞っていたが娯楽としての舞より鋭さがある舞だった)
と神具である扇子を閉じたり開いたりしているリリィを見ながら思う。ザックが木人を相手に体術の練習をしている後ろでリリィは扇子を持ち舞っていた。
優雅にしかし、鋭く。
実際にその舞は芸能としての機能を持っておらず、神への祈りを捧げるような、そして一寸の隙もなく敵を倒すかの如く。
扇子を閉じたり開いたりしていたがリリィはザックの視線に気づくと目を細めて穏やかに微笑み、ザックは照れてしまい目線を逸らしてしまう。
目の前ではアクセルがおっさん心丸出しで「おやおや〜?」と悪趣味な笑顔を作り笑っている。
「何度も言うがザック殿。先日は本当にありがとう。本当に貴方のおかげで助けられた。私に出来ることがあれば何でも言っていただきたい」
不意にアクセルの隣に座っているモーフィアスから声を掛けられる。立ったときの背丈はマウロと同じぐらい。フードを被っている顔から見えるのは細い目に角ばった顔。十字架が描かれた白色に青のラインが所々入っている衣を着ており雰囲気から職人然とした印象を受ける。
「いえいえ!モーフィアスさん、大丈夫ですよ!先日もたくさんお礼の言葉をいただきましたし!」
「そーだぞ!おめぇーは堅苦しすぎる!もうちょっと柔軟にだなー!」
その言葉を受けて慌てて両手を振りながらザックは答え、アクセルはモーフィアスを小突く。
「しかし、現に私はザック殿に命を助けられたのだ。この恩をどうやって返せば良いのか。これでは神アポロンへの忠誠心が…」
「でぇーじょーぶだって!その…何だ?アポロン様?もおめぇーの気持ちを汲むんで青年に力でも加護でも何だって与えてくれるって!」
「ははは…」
先日、怪我が治ったモーフィアスに会ってから何度も繰り返された押し問答を見てザックは力なく笑う。感謝されるのは嬉しいのだが、こんなにも何度も続くと少し辟易してしまう。
そんな、やり取りをしているとマウロから声が掛かる。
「そろそろ、休憩しようか。ちょうど昼時だ」
マウロが御者の人に指示し、車道の隣に広がる草原に馬車を止めると各々降り始めた。馬車から降りて思い切り伸びをするザック。その横ではお尻をさすっているリリィ。
敷物もなく直に座っていた為、慣れていないと物凄く痛い。
痛そうな顔をしているリリィを見てザックはクスクスと笑ってしまう。
「お尻、痛いよな。午後からの出発の時はマウロさんに言って毛布でも借りて、それを敷こうか」
「…ンイキイマイ…」
少し涙目になっており、それの様子が可愛く思えてしまうザック。さて、何かお手伝いでもと周りを見渡すとお弟子さん達が昼食の準備をしており、声を掛けるも「いえ!これも修行の内なので!ザックさんは休んでてくださいっす!」と断られてしまう。
急に手持ち無沙汰になってしまい途方にくれるとアクセルから声を掛けられた。
「青年青年。そう言えば、そのお嬢ちゃんは連れて来ても良かったのか?」
アクセルの目線の先には扇子を大事そうに抱え込むリリィの姿。声を掛けたその表情には戦闘能力があるのか、役に立つのかなどといった疑惑が伺えた。リリィはというと少し困惑したような顔をしており、ザックはリリィの頭に手を置く。
「たぶん…大丈夫です。たぶんと言ったのは防御の魔術が使えるみたいで。足手まといにはならないと思います。なりそうなら遠慮なく言っていただければ」
「ほう…防御とな」
アクセルの隣から発言したのは童顔で優男なエディ。パーティーで攻撃魔術を得意とする魔導士だ。
「いや…しかし…ならば、私と同じ教会の人間なのか?そうは見えないのだが」
リリィをじっくりと観察しながら疑問の声をあげたのはモーフィアス。
「いえ。教会ではないと思うのですが。如何せん言葉が通じなくて…」
魔術といっても一括りではなく色々と種類がある。
攻撃魔術、治癒魔術、支援魔術に保護魔術などなど。
それらを全部使える人間はこの世界にはいない。それぞれに専門に学ばなくてはならなく一朝一夕で使えるものではないからだ。
そしてそれらは魔導士学校に行くなり教会にて修練しなければ使えない。
エディは攻撃魔術しか使えず、モーフィアスは治癒魔術がメインで保護魔術は少々使える程度。
となると、リリィの場合は保護魔術がメインなのでは?と会話が進むのだが当の本人が話せない為、憶測でしかなかった。
もっとも、リリィの使うものは魔術とは違う神道なのだが、それはリリィしか知らない。
「まぁまぁ!一つでも得意とするものがあるなら良いじゃねーか。それに、保護魔術が使えるなら生還率も高くなるし戦術の幅も広がるってもんだろ?」
「はぁ…スミスはまた能天気なことを言って…。しかし、キッドの言う通り一理あるな」
みんなでうんうんと唸っているところに二人の声が掛かる。刈り上げの活発な印象を与える槍術士のスミスに、やれやれといった風に答える髪を後ろで束ねた弓術士のキッド。
「アクセル。今ここで話をしても分からないことも多い。ここは実際に戦うところを見て判断するというのはどうだい?」
「うーむ。俺としては全員の能力をしっかり把握しておきたいんだが…そうだな。とりあえず、そのお嬢ちゃんのことは青年に任せるとしようか」
エディの提案にアクセルは悩みながらも承諾する。リリィはみんなの顔色を伺うようにした後、ザックの顔を見る。ザックはリリィに微笑み、頭に置いてある手で撫でる。
「ありがとうございます。リリィは俺が守りますし足手まといにはならないようにしますので」
「そうだな。まぁ、青年なら大丈夫だろ!」
そして、マウロから昼食の準備が出来たという声が掛かる。
「さぁ、飯でも食って鉄鉱山に備えようぜ!」
「本当にスミスは能天気だな」
先を行くスミス、キッドに続き食を囲む。肉に野菜スープ。簡単に調理が出来る物で栄養もある。お代わりもあるそうで、会話を楽しみながらの食事。アクセルのパーティーはみんな仲が良いのだろう。そう思い見ているとザック自身もパーティーを組んだり、冒険するのも楽しいだろうなと思いを馳せる。
今はどこにいるかも分からないメンバーの事を考えながら。
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