第13話 再び遭遇する脅威
「綺麗だ…」
ザックは誰にも届かないであろう小さな声で目の前のソレに見惚れて呟いた。
タム鉄鉱山に着いて早々、まだ昼過ぎということもあり明日の本格的な討伐に備えて、マウロの案内で鉄鉱山の内部偵察で坑道を訪れたザック、リリィ、アクセルとモーフィアス。
坑道は暗くひんやりとした冷たい空気が流れており、少し肌寒さを感じる。道幅は広く、道の真ん中には線路が引かれており、高さも十メートルほどはあるだろうか。
両壁に設置されている松明へと火を灯すと道のあちこちにツルハシやらトロッコが打ち捨てられているのが分かる。ゴブリン増加により仕事にならないというのは本当のようで人気の無い坑道は寂れた廃墟のように感じた。
他のメンバーは外で巡回中なのだが、しばらく歩き続けると唐突に坑道視察部隊の前にゴブリンが四体姿を現した。
「やはり、出て来やがったか」
マウロがハンマーを構えながら忌々しげに言葉を吐き出す。ゴブリン達は各々、棍棒に斧にと武器を持っているが対して恐怖を感じることもなく。「ようやく出番か!さっさと倒して行こうぜ!」と先程まで少し退屈そうにしていたアクセルがオモチャを見つけた子供のように喜びを露わにしながら斧を構える。
(四体ぐらいならいけるかな。コダチの感触も知りたいし)
そんな中、ザックはコダチの柄を握り感触を確かめると、周りのメンバーに向けてお願いする。
「すみません。ちょっと、俺にやらせ――」
まで言ったところでザックの横から走り抜ける影が一つ。
両手にテッセンを持ったリリィが誰よりも速くゴブリンへと向かい飛び出していた。
「はっ…?」
呆気にとられるがリリィは既にゴブリン達の群れの中。
両腕を大きく広げたかと思うと身体をくねらせ、回転させながら左右に上下にと両手を振り回しテッセンでゴブリン達を斬り刻んでいく。
反撃もどこから来るのが分かっているような反応で、真後ろからゴブリンが来ようともスルリと上半身をくねらせ右に躱し、ゴブリンの背後に回りながら横に縦にと舞、斬り刻んでいく。
それはもう綺麗な舞だった。優雅で力強く、他者を寄せ付けないような舞。
他者から見ればゴブリンという雑草の上でただただ踊っているような――そんな感覚さえある。
気付けば、ゴブリンから一つも攻撃をもらうことなくリリィは五体全てを倒しきり佇んでいた。締めの挨拶かのように一回転するとテッセンに付いたゴブリンの血が地面へと飛び散る。
全員が全員、呆気にとられている中、平然な顔のふりをしてリリィはザックの元へと歩いて来る。
リリィはザックに褒めて欲しいのだ。私もこれぐらい出来ます!役に立ちます!と言いたいのだ。口元をヒクヒクとさせて笑いたいのを我慢し、ザックのところまで来ると大袈裟に両手を腰にやり胸を張る。豊かな胸は大いに揺れ自己主張が激しい。
次に顔をザックに向けて力強くドヤ顔をした。
「ムフー!」
思わず口から鼻から勢いよく誇らしげに空気が漏れる。踵を上げたり下げたりしながら今か今かとリリィは待つ。
しかし、声が掛かったのは愛しのザックではなく赤髪のアクセルからだった。
「嬢ちゃん!すげぇーなぁー!いやぁ、これは何の心配もいらねぇな!がはは!」
リリィはそれを無視する。とは言ってもアクセルの言葉の意味は分からないのだが、きっと自分のことを言っているのだろうことは分かっている。しかし、リリィはアクセルに褒めて欲しいわけではない。
ザックに褒めて欲しいのだ。
そのザックはというとリリィを見てはいるものの先ほどの綺麗な舞が脳裏にこびりついており意識が定まってない。
約十秒程かけて、ようやく意識が定まり我に返ったザックは、慌てて笑顔を作りリリィの頭を撫でる。
「よくやったぞ、リリィ。さすがだな」
「ダイジョブ?」
「うん。ダイジョブだ。偉いぞー」
「ンフフ」
わしわしと頭を撫でるとリリィは嬉しそうに目を瞑り、まるで猫のようにザックの手の平に頭を押し付ける。
そして上目遣いをし、この場にはとても相応しくない台詞をリリィは口にした。
「エッチ?」
「いや…それは違う。というか、その言葉は忘れてくれ…」
ピクリとザックは固まってしまう。
辺りに冷ややかな空気が流れ、ザックは居た堪れなくなってしまう。ザックとリリィの関係はここにいるメンバー全員は周知の事実ではあるのだが――それでもなお声を掛けずにはいられないアクセル。
「おい…」
「違うんです…親父が…親父が変な言葉を教えるんですよ…」
しばし、やるせない沈黙が続くのだが、リリィだけはそれはもう大いに満足に幸せそうな顔をしていた。
――――
それから歩く度にゴブリンの群れが姿を現して来る。最初は三体だったり四体だったものが奥へ進む度に数を増やしていき最終的には十体程まで、その数は増えていた。
最初は余裕の表情だったザック達であったが戦闘の数が増えていく内に険しい表情へと変わっていく。
冒険者としての経験値が足りないザック、リリィは言わずもがな冒険者として食っているアクセル達でさえ疲れが見え始めていた。最初は談笑もしながら進んでいたが今では口を開く者はいない。
坑道に入ってから何回、戦闘を繰り返しただろうか。ザック達の通ってきた道にはゴブリンの死体が道しるべのように倒れており、それが戦闘の多さを物語っている。
数十回と戦闘を繰り返した後ようやく、マウロの口から休憩の言葉が聞こえてきた。
「あそこに休憩所がある。そこで一休みしよう」
マウロの指差す方に壁をくり抜いた穴があった。穴にはベンチが三つ、コの字に置かれておりザック達は腰を掛けていく。穴の手前にはザックとアクセルが両側から見張る形で座る。ザックの隣にはリリィが座り。アクセルの隣はモーフィアス。奥にはマウロが座る。
「さすがに…ちょっと疲れましたね」
「だなぁー討伐の依頼でもこんなに頻繁に襲って来るってことはねぇーよ」
水筒の口を開け水を飲みながら息を整えるザックにアクセルはベンチの背もたれに身を預け上を向き答える。それに対してマウロは考え込むような顔をしながらリュックを漁り、干し肉をメンバーに渡しながら以前とは違う状況を告げる。
「前はまだ、こう多くはなかったんだけどな…数が増えたか?」
「ゴブリンがどこから来て、どうやって今に至るかはまだ分かってない部分も多いですが繁殖能力が高いとは本当のようですね」
職人然とした雰囲気は変わらないが、その表情からは疲れが見えるモーフィアス――から告げられるゴブリンの生態。
回復等の魔術は使用していないが彼もメイスを持ち中堅から応戦していた。全体を見て回復がいるかどうか、敵の状況判断など気を配ることも多く余計に疲労が溜まっているのだろう。
「エディがいればなぁ…魔術であっさり倒してくれるのになぁ」
アクセルは受け取った干し肉を咥えながら今もなお天を仰いでおり、外部の部隊に配置した魔術士――エディの事を思い浮かべる。
大きな洞窟であれば多少の振動などでは崩壊しないのだが、ここは坑道。広くはあるが崩壊しては意味がない。そしてただの魔物討伐ではなく、討伐後にはまたここで大勢の人が働くのだ。そうした意味合いからエディは外の巡回に配置された。
「今更、愚痴っても仕方のないことだ。我々は我々の仕事を完遂しよう」
だいぶ息も整って来たモーフィアスは荷物の確認をしながらアクセルを諭す。
ザックも既に息が整っており干し肉を食べながら隣に座るリリィの様子を伺う。ザックもだがリリィもこういった連続の戦闘は初めてのはずだと思い心配していたのだが、リリィは干し肉をリスのように両手で持ち咀嚼していた。
その表情には既に疲労感はない。
食い千切ろうと歯を噛み締めて、干し肉を引っ張る姿にザックは少し癒された。
「マウロさん、どうします。今日は偵察だけの予定でしたし、戻るのも有り――」
まで言ったところでピタリと口を閉ざす。そして、慌てて中央に立てられている松明台の火をバケツに入った水をぶっかけて消した。隣にいるリリィも咀嚼を止め、何かに耳を傾けていた。
「おいおい、青年。どうしたって――」
どうやらアクセルも気が付いたようで、それ以上は口を開かず外に向けて耳を傾けていた。気付いていないのはマウロだけのようで、緊迫した空気に飲まれていた。
地響きが段々と近付いて来る。それに比例して大きな唸り声も聞こえて来た。ザック達はゴブリンではない存在が近付いて来ていることに気付くと余計に身を固くし忍ばせる。徐々に近付いてくる大きな足音。
ザックは肌にジトリとした汗をかきながらコダチを握りしめる。壁に背をつけ穴の外を見ていると五メートル先に、その正体を把握した。
坑道の壁にある松明に火を灯したとは言えど手元の松明がなければ少し薄暗く、それでもはっきりと分かる大きさだった。そして、その魔物には見覚えがあった。
――ハイゴブリン
ザックはアクセル達と共に戦った時のことを思い出す。以前、討ち取った魔物が目の前にいた。しかも、四体も。その周りにはゴブリンが二十体程いる。
その魔物の群れはザック達に気付くことなく歩いて行く。
「おいおい…まじかよ…ハイゴブリンじゃねぇか」
アクセルが小声で呟く。その音色は僅かながら強張っていた。
「まずいですね…このまま行くと地上ですし…地上にはエディさん達が」
ザックはそう言うが誰も動く気配はない。
当たり前だ。先日、ハイゴブリン相手にザックとアクセル二人でようやく倒せたのだ。それが四体。しかも、ゴブリンの数も多い。
数も合わず、その上モーフィアスは元は後衛の位置であり前線に出ることは出来ない。ただでさえ部が悪いのに無謀に挑む先に待つのは死のみである。
しかし、ここで抑えておかないと地上が危ないのだが――
「ここはやり過ごして地上に上がったところでエディ達と挟み撃ちにしよう。あいつら、巡回から戻って来ていると良いんだが…」
アクセルもザックと同じことを考えていたのか、この場の対処を指示する。
しかし、この思惑は脆くも崩れた。
――頭上から落ちて来た、見たことのある顔をした異質な者によって
「後ろ!」
ザックは短く端的に誰に向けてなのかも伝えず、叫ぶ。それ程、切羽詰まった状況だった。
ハイゴブリンの群れをやり過ごし、遠くなったところで休憩所を出た一行。
突如、上からボトリ、ボトリと次から次に何かが落ちて来た。数はゴブリンと同じ数ぐらいだろうか。
ザックはその何かを見やる。
何かは四つん這いに、服装は作業服を着ており。
そして、ザックはその顔に見覚えがあった。口は不自然に釣り上がり、くり抜かれたかのように黒々とした目。その顔は壁に飾られた松明により、より一層不気味に見えた。
否応なく思い出される屋敷での出来事。息を呑み、汗が頬を伝い顎から滴り落ちる。
隣にいるリリィも同じように固まっていた。いや、屋敷での幽閉を思い出してなのかザックよりも強張っておりテッセンを持った手が震えている。
それからは一瞬の出来事だった。異質者達が一斉に叫ぶと前を行っていたハイゴブリン達が戻ってきて済し崩しに戦闘が始まる。
ハイゴブリン四体にゴブリン二十体、そして異質者も二十体程。それに対するはザック達五人。
周りを囲まれてしまい、気持ちの準備もままならない状態で始まった戦闘は不利な状況をもっと過酷にしており、何もかもが後手に回っていた。
その状況であるが為、ザックは焦り、誰に伝わるかも分からず叫んだ。
大きな斧を持ったハイゴブリンからの攻撃をハンマーを横からスイングし振る。斧を真っ向からハンマーで受け止めるのだが、力の差が歴然としており押し負けてしまうマウロ。
数メートル、後ずさった後ろから斧を振りかぶったゴブリンが襲いかかる。
ザックの声に気付いたのかリリィがすぐさま駆け出したが間に合わないと判断したのか、右足を力強く踏み込むと地を思いっきり蹴り、一直線に前へと飛ぶ。
身体を捻り力を溜め右腕で一閃。そのまま回転し左腕も一閃。
一つ目は首を斬るが浅く、二つ目で首を斬り飛ばす。
「すまねぇ。ありがとな、リリィ」
助かったが現状は変わらず表情が険しいマウロ。
リリィはその場を動かず、周りに集まったゴブリンに異質者の相手をする。マウロはそのままハイゴブリンの相手を。しかし、マウロ一人では部が悪いままだ。
そして、ザックもまた同じようにハイゴブリンを一体相手にしており、周りにはゴブリンと異質者が。
ハイゴブリンの攻撃を避けるも、横からゴブリンが襲って来たり、後ろから異質者が襲って来たりと、上手く捌き切れない。
「青年!ハイゴブリンに構うな!先ずは雑魚から片付けろ!」
横からアクセルの指示が飛ぶ。声色が焦ってはいるものの良く状況を見ている。冒険者として食って来ており、流石のリーダーぶりではあるが今のザックにはそこまで考える余裕はない。
一言、「了解!」とだけ叫ぶとハイゴブリンを視界には入れつつも意識をゴブリン、異質者に向ける。
しかし、雑魚相手にメイスを振り立ち回っていたモーフィアスの背後にハイゴブリンの姿が。
その手には大剣を持ち構えており、確実にモーフィアスを狙っていた。
「モーフィアスさん!」
ザックは叫ぶ。助けようと駆け出そうとするも目の前にゴブリンと異質者が数体、立ち塞がる。
「くそっ!どけっ!」
コダチを力強く握り締め、斬りかかるが次から次に湧く雑魚により前に進めない。
その視線の先にはモーフィアスが――
しかし、ザックが捉えたのはモーフィアスではなく、ハイゴブリンの大剣により薙ぎ払われ、吹き飛ぶアクセルの姿だった。
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