第14話 ゴブリンのような何か
「アクセル!」
モーフィアスが叫びながらアクセルの元へ駆け寄ると詠唱を始める。回復の詠唱だろう。そして、《―
しかし、そのモーフィアスの表情は険しい。
――絶望的
ザックは吹き飛ばされ、倒れているアクセルを見て思う。大剣により鎧の上から腹を斬り裂かれ、鎧は破損し真紅に染まり、上半身は仰向けになのに下半身はうつ伏せ。
地面には血の池が広がっていき、惨状から見て…死んでいる――
考えたくもない現実にザックは混乱しながらも雑魚共を薙ぎ払いながら、アクセルの倒れているところまで駆けるとモーフィアスを背に立つ。
後ろを確認する余裕もなく、雑魚共にハイゴブリンを相手にしなくてはならない。この状況ではモーフィアスさえ守ることが出来ず、たまらずリリィの名を叫ぶ。
(リリィなら分かってくれる。分かってくれるはずだ。)
その期待に応えるかのように雑魚を蹴散らしながらリリィがやって来る。そして、詠唱時の声が脳内に響き渡って来た。
《――諸々の禍事罪穢を、祓い給え、清め給えと、申す事の由を――》
戦いとは違った神へと祈りを捧げるような舞。徐々に緑と青が混ざったオーラがリリィを包み込んでいく。
腕を胸の前で交差させ――
《――
と叫ぶと同時に腕を左右へと勢いよく開く。リリィに収束していたオーラが一気に爆発するかのように、リリィを中心として直径五メートル程の障壁のドームが発現した。
通じて良かったと一安心したザックは首だけを動かし、後ろのリリィを見やる。リリィの表情はどこか力強く、逞しくあり、ここは任せてくださいと言わんばかりだった。そのリリィの表情から汲み取り、コクリと頷くザック。
ザックの隣にはマウロも苦悩の表情を浮かべ立っていた。
「どうするよ…」
無理もない。アクセルを失い、モーフィアスにリリィも今は戦えない。戦えるのはザックとマウロのみ。対する魔物に異質者の数は変わらず。しかも、魔物達に周りを囲まれてしまっていた。
しかし、ザックの目はまだ諦めていなかった。
「俺が前線いきます。マウロさんは念の為、リリィ達に近寄って来た雑魚を倒してください」
「おっおい!無茶だ!死ぬぞ!」
大丈夫です。マウロを見ずにザックは言うと一呼吸置いて
「行きます!」
地を力強く踏み込んで駆け出したザックはアクセルの言葉を思い出す。
――ハイゴブリンは後回し。まずは雑魚から。
目の前のゴブリンと異質者の集団に突撃し、両手に持ったコダチで斬りかかる。
振り下ろしてきた斧を前転で躱し、背後を取ったあと後ろから右手のコダチでゴブリンの首を斬り落とした。真上から飛んできた異質者の襟を掴み、地面へと叩きつけ、胸へとコダチを突き刺した。
今度は剣を持ったゴブリンからの攻撃を真後ろへ飛び回避、そして右からの異質者の攻撃をコダチで弾いて往なす。先ほどの剣を持ったゴブリンに棍棒を持ったゴブリンからの同時攻撃をコダチを十字にして受け止めるとザックは足払いをしてゴブリンの態勢を崩すと二体共の首を斬り絶命させる。
そのザックの後ろから大きな影が包み込んだ。
覆いかぶさった影に危機感を感じ振り向くとハイゴブリンが棍棒を振りかざしているときだった。
「――っ!」
紙一重で横に転がり避け、距離を取る。その振り下ろされた棍棒は味方のはずのゴブリン、異質者をも巻き込み、砂煙を巻き上げながら地面へと力強く叩きつけられた。
潰されるゴブリンに異質者。しかし、周りの雑魚共はハイゴブリンに楯突く事なくザックへまたも襲いかかってきた。
「こいつらっ!味方意識とかねーのかよっ!」
ザックも地を力強く蹴り、駆け出した。
棍棒を持ったハイゴブリンの攻撃を横に避ける。攻撃してきた腕に飛び乗ると、そのまま肩に足を掛けて飛び上がった。
相手にするのはまずは雑魚から。強く意識してハイゴブリンの後ろに群がる雑魚共を見下ろす。
空中で身体を捻ると勢いと回転を付け、集団へと斬り掛かる。
真下にいたゴブリンを脳天からカチ割り、邪魔だと言わんばかりに蹴り上げ、場所を確保する。
一斉に襲い掛かってくるゴブリン。
(とりあえず…一匹ずつ倒していくしかない…)
敵が多いからといって、がむしゃらにしては意味がない。一匹一匹確実に。自分には圧倒するような魔術など持ち合わせてはいないのだから。
意識を集中し、襲い掛かってくるゴブリンに異質者を斬り殺していく。
しかし、ザックは知らなかった。
異質者は再生し、共食いするということを。
いや、ボスから共食いをしたという話は聞いていたのだが、ザックはその現場を見ていない。ましてや、再生するなど知る由もなく――
「くっ首が…!」
目の前で斬った首が繋がっていく、その様子にザックは後ずさりしてしまう。
直後、今度は後ろから視察のメンバーではない、何かの叫ぶ声が聞こえてきた。
振り返って見るが、群衆の壁に阻まれており叫ぶ声は何なのか、何が起こっているのか確認が出来ない。
(今度は何んだってんだよ!)
徐々に焦りが募っていくザック。その間もザックを目掛けて襲い掛かってくる魔物達。
攻撃を避けては反撃し、攻撃してはハイゴブリンの攻撃を避けて。だが、先程の再生に叫び声へ意識が向いており、少しずつ攻撃を貰う回数が増えていく。
「がっ!」
一瞬の隙を突かれ、ハイゴブリンの横からの攻撃を受け流すのだが、完全に受け流すことが出来ずに吹っ飛ばされてしまう。
何とか倒れることなく着地するのだが、その表情に精神的に肉体的に疲労が見えて来た。
乱れる呼吸、滴り落ちる汗には血が混じり、手足は震えている。
「再生するなんて聞いてねぇぞ!クソ!」
地を殴り、地面に八つ当たりする。
焦りにより思考は鈍り、目の焦点が合わない。
(ボスなら…ボスならどうする!?)
雑念により働かない脳で考え込むが、魔物達は待ってはくれない。次々と襲い掛かってくる魔物により、否応無しに思考が断ち切られ、ザックは立ち向かうしか道はないのだが――
「ちぃっ!」
異質者の鋭い爪がザックの頬を引っ掻く。
動きが明らかに鈍い。どこか攻撃も散漫となっており決定打に欠けるものになっていた。
そんな動きが鈍ったザックの目の前に大剣を振り被ったハイゴブリンが姿を現わす。
(――っ!)
意識が先程やられた頬に向いていた為、逃げるにも受け流すにも間に合わない。
それでも何とかコダチを前にして、自分の身を守ろうとしたその時。
目の前にいたハイゴブリンはいとも容易く隣に現れた何かにより突き飛ばされてしまう。
大きさはハイゴブリン程はあり、ドス黒い色で覆われて、背中から手が二本生えたゴブリンのような何か――
そのゴブリンのような何かの右手の二本がザックを襲う。呆気にとられていたザックはその攻撃をモロにくらってしまい、リリィ達がいる所まで飛ばされてしまう。
「ザック…っ!ザック!」
「おいっ!ザック!」
リリィとマウロが叫ぶのが聞こえたのかピクリと動き反応する。
(痛てぇ…めちゃくちゃ痛てぇ…)
何とか薄目を開くとうつ伏せになっているのだろう。土のザラザラとした感触が頬に伝わる。手に生暖かい感触があるのだが手が動かない。目だけを動かし確認すると赤い色をした池が出来上がっていた。
(くそったれが…)
唯一、思い浮かんだ言葉。またしても自分の非力さに怒りが込み上げてくる。屋敷でもそうだった。自分があそこで仕留めておけば…そして今回も。しかも油断をしてしまったのだ。
今更ながら出掛ける前にボスから貰ったアドバイスを思い出す。
いつ如何なる時も焦らず油断するな――
やられた事により冷静になったのか、先程までの自分の行動が腹立たしくなる。しかし、身体は動かない。立ち上がる気力もなければ、コダチを握る力さえない。拳を握る余力さえ残ってはいなかった。
そんなザックの目の前にリリィが寄って来る。ザックの身体を揺らし、呼び掛けるのだが、その声はザックには届きはしなかった。
(リリィ…お前を…故郷に返さなくちゃいけないのに…まだ…死にたくねぇよ…)
リリィの姿を見ていたザックは、リリィの後ろにゴブリンのような何かが迫って来ていたのを捉えた。
――――
青と緑のドームの内側からザックを見つめる褐色の少女が一人。
その少女から解き放たれた障壁はビクともせずに攻撃を防いでいる。その近くではマウロが雑魚を相手にハンマーを振り回してはいるが、数の多さに押され気味でもあった。
しかし、この劣勢においてもリリィはザックを信じていた。
あの化物を倒した実力者だから絶対に大丈夫だと。ザックなら何とかしてくれると。
首だけ振り返り、アクセルを必死に回復しているモーフィアスを見やる。モーフィアスはというと大量の魔力を使っているのだろう。だいぶ憔悴しており、息遣いも悪く、顔色は青ざめていた。
周りには目もくれず、ひたすらに目の前で倒れているアクセルに集中している。
一日も経っていない中であるが、アクセルは大切な頼れるリーダーなのだろうとリリィは理解していた。
道中での雰囲気。鉱山に着いてからの指示を仰ぐ他のメンバーからの視線。ザックも、アクセルを信頼しているであろうことはリリィにも十分に伝わっていた。
だからこそ、ザックがリリィの名を叫んだ時に自分がするべき事をすぐに理解する事ができた。
(ですが…このまま天壁代というのも…)
守るという大役を担ってはいるが、この防戦一方に身体が疼いてしまうリリィ。この状況下で守る以外に何か出来ることはないのか…突如、大きな音と軽い地響きが起こる。ハッと我に返り正面を見やると大きな砂煙が巻い上がっており、その原因となるハイゴブリンの背中が見えた。
『ザックさんっ!』
その場を駆け出しそうになるも思い止まる。
ここを動くわけにはいかない。後ろにはアクセル達がいるのだからと、一歩踏み出してしまった右足に力が入る。
それでもザックの元へと行きたい衝動を抑えていると、砂煙の中からザックが姿を現わした。
『良かった…』
リリィは安堵のため息を漏らす。遠目からではあるものの怪我はしていないみたいだった。
しかし今度は後ろから何かが倒れる音が聞こえる。
『僧侶さん!』
後ろを振り返るとアクセルに重なる形でモーフィアスが倒れていた。
魔力切れ――
膨大な量の魔力を回復へと注ぎ込んでいたのだ。魔力切れになるのは当たり前のことだった。死んだわけではないのだが、リリィはそれを知らない為、焦る。
そこへ、一人の息を吹き返す音が聞こえてきた。
「かはっ…ごふっごふっ…」
『赤毛さん!』
アクセルは咳をすると、そのまま寝息を立て始める。
「アクセル…良かった…」
倒れていたモーフィアスは顔を上げ、アクセルを確認するとまた倒れ込んでしまう。
しかし、リリィは更に動けなくなってしまった。無防備なアクセルにモーフィアスを置いてザックの元へは行けない。
近くのマウロへ目をやると、魔物を複数相手に立ち回っており、この場を任せるわけにはいかなかった。
『ザックさん…』
ザックの方へ目を向けるとドス黒い何かがハイゴブリンを突き飛ばし、ザックへと右腕を振りかざしていた。
ザックはというと、ピクリとも動かず立ち竦んだままだった。
『ザックさん!』
リリィの呼び掛けも虚しく、ザックは攻撃をまともに食らいリリィの元まで飛んで来る。
居ても立ってもいられず、リリィは障壁を解除しザックの元まで駆けつける。
うつ伏せにしているから分からないが腹を切られたのだろう。血が広がって行くのが早い。
時々、血を吐きながら咳をしている。目は虚ろになっており、死が近いことをリリィは直感した。
『いやぁ!ザックさん!死んじゃ、いや!やだよ!起きて!ねぇ!起きてよ!死なないで!ザックさん!ザックさん!』
必死にザックを揺り動かすのだがザックからの反応は乏しい。
泣きじゃくりながらリリィはまだ声をかけ続ける。
『ねぇ!ダイジョブ!ダイジョブって!また言ってよ!死んじゃやだよ!また!頭撫でてよ!やだ…やだよ!』
そんな、リリィの元へマウロから声が掛かる。
「おい!リリィ!」
しかし、リリィにマウロの声が届いておらず、ザックを呼び掛け続けていた。その後ろにドス黒いゴブリンのような何かが迫っている事に気付かず。
「リリィ!」
ありったけの大声でマウロが叫ぶと、ようやく気付いたのかリリィは顔を上げた。マウロの顔を見ると、その視線がリリィの後ろを見ていた。
『え…?』
後ろを振り返ると、ゴブリンのような何かの右腕がリリィの間近に迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます