第6話 異質者
走り走り走る。
少女の手を握りながらホールへ向かい走るのだが、ここの廊下はこんなにも長かっただろうかと錯覚してしまう程、長く感じていた。
後ろからカサカサとせわしなく手と足を動かしながら四つん這いでハウスメイドが追い掛けてきているのを無視してホールへ出ようとしたところで
上から大きな声が届いてきた。
「ザックぅぅ!大丈夫かぁ!」
「ボッボス!」
その声は安堵に溢れていた。先ほどまで異質な生き物を見て以来、この世には自分と少女しかいないのでないかと雰囲気に飲まれていた。ボスの一声が一気にザックを現実に引き戻す。
死に物狂いで走りホールに着くと、階段を転げ落ちるようにボスとリチャードが降りてきた。その後ろを追いかけるように四つん這いになったハウスメイドがもう一人。その後ろからもう一人。
だけではなく、左二階から左右の一階のドアからとワラワラとハウスメイドが。いや、ハウスメイドだけではない。貴族然とした服の男もいるし、ドレスを纏った女に平民の服を着た者まで。
玄関を背にボスとザックに少女、リチャードは並び立つ。そんなに走ってはいないはずなのに肩で息をする。
ザックの裾を握り背に隠れるようにしている少女を一瞥するとボスは、やはりといった風に口を開く。
「…いたのは、その女だけか…?」
「はい…ただ、人身売買というわけではなさそうです…」
「だろうな…」
目の前の異様な光景を見てボスも何かを感じ取ったらしい。
息を整えて見えるのは気持ち悪い動きを繰り返す異質者。者と言っていいのか分からない。モンスターでもなく人間でもない。何がどうなれば、こういう生物が誕生するのだろうか…と恐怖に感じ。
ワラワラと群がる異質者達はその場で留まり、こちらの出方を伺っているみたいで首を回したり、言葉にならない叫び声をあげたりしている。
「どれ程の力かも分からないし女を守りながら、この人数であれだけを相手にするのは無理がある。一旦出るぞ…」
「了解…」
ボスが短剣を構えジリジリと後退するのを見て、ザックは前に出て短剣を構え異質者達を牽制する。その後ろでは変わらずザックの裾を掴み震える褐色少女。
「大丈夫。大丈夫だから」
少女の震える身体を左手で支えるように抱き、ザックは声を振り絞る。
先ほどは少女に助けられたばかりなのに、俺が大丈夫と言うのは烏滸がましい。と思うものの、助けると約束した手前しっかりしなくてはと背筋を伸ばした。
少女の後ろではボスが大きな両開きドアのドアノブをガチャガチャとせわしなく音を立てて引いたり押したりしていた。
「ちぃっ!くそっ!開かねぇぞ!」
舌打ちし苛立ちを露わにしながらドアを蹴る。
ここは異質者達の注意を少しでも引いて退路を作るべきか、煙玉でも使うべきか…とザックは考えを巡らせるが、もう一つの退路。勝手口への道は異質者達が密集しており簡単には抜け出せそうにない。
するとドアの向こう側から声が掛かってきた。
「ボッボスか?!ボスなのか?!」
エドの声だ。
「エドか!俺だ!変な奴らに囲まれている!ドアが開かねぇ!」
「分かった!ちょっとドアから離れててくれ!」
ボスが一歩二歩と後ずさり、異質者達を前に短剣を構え直す。その表情はエドが率いる援護部隊が来たおかげか少し安堵していた。
ドアの向こうでは人数を集めているのだろう、エドの怒号が舞っていた。少ししてドアから大きな音が響いてきた。大人数で体当たりでもしているのだろう。
その音は空気を響かせ振動する。その音を聞き異質者達は少しばかり後ずさりしていた。
――ドン!ドン!ドン!ドン!
四回程空気を振動させた後、一呼吸置いて更に大きい音を立ててドアは開かれた。
ドアが開かれた瞬間、一気に月明かりに照らされホールが明るくなる。
「なっ…」
照らされて余計に気持ち悪く見える異質者達を見てエドは絶句する。続く言葉が出てこないようだ。
「なっ…なぁ…あれは…」
「知らん!逃げるぞ!急げええ!」
エドの言葉を遮るようにボスが叫び、煙玉をホールの床に叩きつけるや否や全員脱兎のごとく逃げ出す。悲鳴をあげる者、腰を抜かしたのかへたり込む者、それを担ぎ上げる者。
「門のあたりまで走れえええええ!」
ボスが大声で命令した中ザックは少女を抱きかかえるようにして走っていた。
屋敷内の重い空気、仄暗い密閉感から解放されたのか月が星が煌々と明るく光る大空の下は随分と開放感があり、幾分か余裕が生まれていた。
そのザックの腕の中で少女はザックの顔を覗き込むように見ながらも服を掴む手は緩めない。
門まで全員退避する。屋敷の方へと目をやると玄関からは今もなお煙が舞い上がっており中が今どのようになっているのかは分からない。
「なっ何がどうなってんだよ…」
事情が分からないエドは困惑し答えを求めているが誰もその答えを知らない。
当のボス、ザック、リチャードさえ分かってはいないのだ。ただ分かるのは相手は敵意を持っており、そして異質な者だという事。
「さぁな…俺にも分からん…」
答えを探すように辺りを見回してエドはザックの腕の中にいる褐色少女を見つける。
「ザック…その、女の子は…?」
ザックは一呼吸置き、少女を見つけた事の経緯を皆に聞こえるようにはっきりと言い始めた。
「地下がありました…。廊下があって、その奥には血に染まった部屋があって…床には魔法陣のような文様…散らばる医療器具…たぶんですが人身売買ではなく…人体実験のような事をしていたのでしょう…」
更に一呼吸置き。
「その奥にはまだ部屋があって…牢屋でした…。そこに、この子だけが…」
そこまで言うとザックは少女を見つめ少し頭を撫でる。少女はその手を受け入れて目を瞑り、裾を握ったままザックのお腹に顔を埋める。
「じゃっじゃあ…今さっきのアレは…?」
「俺にも分かりません…この子を助けた直後、悲鳴が聞こえてきて…外に出ようとしたら目の前にアレが…」
「悲鳴をあげたのは俺じゃねぇぞ。リチャードだ」
ボスが顔を顰めて言い訳っぽくかつ俺はそこまでヘタレてはいねぇと誇示するかのように言う。
ザックは先ほど異質者と対面したときの事を思い出して身震いする。
「そっそうか…ボス…これから…どうする…?」
「カスガ部隊を呼んでこい。あと…状況…最終手段だが…村にいる冒険者達にも助けを求める準備もしておいた方がいいかもしれん」
「なっ…?!そんな事したら俺らがエロイカだってバレちまうぞ!」
確かに…とザックは思う。しかし状況が状況である。相手の総数も把握できておらず力関係も分からない。万が一、ここで全滅しようものなら村、ましてやロール街にまで被害が及ぶ危険性もある。背に腹は変えられない。
その気持ちを代弁するかのようにボスは悩みながらも言い始めた。
「ここで死ねば村に街にまで被害が及ぶ。俺たちはいつだって弱きを助け強きを挫く…だろ?ただし、これは俺たちが蒔いた種だ。自分たちの尻は自分たちで拭う。冒険者に頼むのは最終手段だ」
「わっ分かったよ…」
エドは観念したのかボスの言葉に従うようだった。
「エドさん、この子もお願いします。ここにいるよりは村の…シスカの…姉御のとこにいる方が良いと思います」
エドに近づき、少女を渡そうとするが裾を強く握り離れようとしない。
はぁ…とため息を付きエドは言う。
「オーケーオーケー。しかし、その子は離れようとしてないんだが…」
ザックは震える少女の頭を数回撫でた後に、牢屋で会った時のように笑顔を作りゆっくりとはっきりと口を開く。
「大丈夫。大丈夫だよ。絶対に大丈夫」
今さっきから、それしか言ってないなと苦笑いしてしまう。自分に女性経験があればもっと気の利かせた言葉を紡ぐ事が出来たのだろうかと。もっとセクハラ以外の言葉も覚えておくべきだったと反省する。
少女は不安な顔をしながらも顔を見上げて問いかけてくる。
「ダイジョブ…?」
「うん。大丈夫。絶対に大丈夫。だから、この人に付いて行くんだよ。また迎えに行くからね」
少女はその言葉に穏やかな音色に安心を感じたのかコクリと頷くと裾から手を離す。
エドに少女を引き渡した直後、ボスが叫ぶ。
「きたぞ!」
屋敷の方へ目をやると煙はだいぶ消えており、その入り口からわらわらと異質者が姿を出してくる。
「きっキモっ…」
誰かがその様子を見て酷く気持ち悪いといった感じで口を開く。
確かに…。四つん這いとなり手足をせわしなく動かしながら屋敷の壁やら地面を這い回る様は本当に気持ち悪い。
更に首をグルグル動かしており気持ち悪さに拍車をかけていた。
「エド、狼煙が上がったら最終手段だとシスカに伝えておけ!」
「オーケー!すぐに戻る!お前ら簡単にくたばるんじゃねぇぞ!」
そう言うと少女の手を引きエドは走り去っていく。その様子を見届けた後、ザックは双剣を構えて相手を見据える。
しばらく、ウロウロと這い回っていた異質者はピタリと立ち止まると本格的にザック達を敵とみなしたのか大きく口を空け威嚇しだす。
「くるぞ!」
ボスのその一言を合図にするかのように異質者達は集団になって襲いかかってきた。対するエロイカの集団も双剣、短剣を構えて走り出す。
――――
しばらく走っていると後ろの方から怒号が聞こえてきた。不安に感じながら少女は後ろを振り返る。
小太り気味の男が笑顔で少女に対して何かを言うが、その言葉は少女には理解できない言葉だった。
なんと言っているのか分からない。ボサボサ頭の強面青年の言葉も理解出来ていなかった。決して、学がないわけではない。読み書きは出来るし、耳が聞こえないわけでもない。口下手というわけでもない。
暮らしていた故郷では毎日楽しく過ごしており、友人もたくさんおり、話好きでもあり、女の子同士の恋バナや料理の話などもたくさんしてきた。
そんな楽しかった故郷のことを思い出しては嫌な記憶を思い出してしまい頭を振る。
ここへ連れて来られた当初は牢屋にはもっと人がいた。少年少女ばかりだった。
最初は逃げ出そうとする者、反抗する者もたくさんいたのだが、どんどんと人が減り、隣の部屋で悲痛な叫び声が聞こえるたびに耳を塞ぎ、みんな精神的に参っていき…壊れたのか狂乱する者までいた。
最後に残ったのは少女一人。
自分ももうすぐ殺されるのだろうと一人になった時には死を覚悟し受け入れていた。そんな少女の元へ、よく訪れるようになったタキシード男は少女を監視の元、外へ出してくれるようになった。
死を受け入れ逃げる気力もないと気付いての事だったのだろうか理由はよくは分からない。
そんな現状の中、先ほど誰か目の前に来たときは、あぁ…自分もとうとう殺されるのだと思った。しかし、死を覚悟していたはずなのに差し出して来た手を拒絶した。
この状況になってもまだ死にたくない、生きたいと思っていたのだろうかと気付くがもう遅い。
諦めて顔を上げたその時、少女は目の前に座る青年が森で出会った青年なのだと気が付いた。
森で出会ったときは自分を屋敷まで連れてきた連中と同じ奴らなのだと思い、もし違ったとしても今更助けなどとも思った。自分は死を受け入れたのだと。タキシード男の監視もあり退いたのだった。
しかし目の前に現れた青年はどうやら今までの連中とは違うらしかった。
穏やかに優しく話しかけてくれた青年の事を少女は思い返す。温かかった。音色も表情も体温も全て。何もかもが温かく、そして全てを包み込んでくれるような優しさ。
話しかけてくる言葉は理解できなかったが、自分はまだ生きて良いと、死ぬ運命を受け入れるべきではないと言ってくれているような感じがした。
しかし、その手を受け入れても良いのかと半信半疑にもなった。またどこか遠くへ連れて行かれて殺されるのではないかと。
その気持ちが完全にではないが払拭されたのは、抱きかかえられていたとき。
なぜ払拭されたのかは分からない。温かかったからだろうか。少女は両親の温かさを思い出すが違う温かさように感じていた。
そんな少女の心に一つのしこりを残す。
色々と考えていると青年と同じ黒装束を纏った集団のところまで来ていた。
小太りの男が慌てた様子で何かを伝えていたかと思うと集団は屋敷の方へと走り出していく。
そして残った少女と小太りだが、小太りが少女に何か言うと手を引いてまた走り出した。
どこへ連れて行かれるのか分からず不安にかき立てられるが青年を信じようと胸元に拳を当てる。
そして、もう一度青年に会いたい。と思う。
願わくば、故郷へ帰りたいとも。
まだ、残っているかは分からないが…と――
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