第7話 怪物と共食い
「うおおおおおお!!」
辺り一面に飛び交う怒号。舞い上がる砂煙。ボスの一言を合図にエロイカと異質者は交えていた。
エロイカの数は十五人。相対する異質者の数は把握出来ておらず、かつ力もどれ程なのか分からなかったのだが思いの外、拮抗していた。
異質者達の殺傷力は低いようで、統率力もない為か少しずつ頭数を削っているように思えたのだが、数が減るような気配がなく圧倒的な素早さがあり、攻撃しようにも交わされてしまう。
そんなとき、誰かが叫ぶ声が響き渡る。
「おいおい…なんなんだよ…!」
叫んだ黒装束が見て驚くのは首を切り落とされてしばらく経った異質者。その落とされた首がうずうずと動き出すと身体の方まで動き、首が伸びて肉が骨が皮膚が再生し、くっついていく。
そして、グルリと顔を動くすとまた襲いかかる。辺りを見回すと倒されたはずの異質者が再生し始めていた。
「まじかよ…再生しやがった…」
「おい…これじゃいくら倒したって意味ねぇじゃねぇか!」
徐々に重苦しい雰囲気がエロイカを包み込んでいく。
素早く襲いかかってきた手を双剣で弾き返し、顔面に肘打ちを決める。仰け反らした上半身に右足裏を当て、そのまま地面に踏みつけたあと右横から襲いかかってきた異質者を左足で蹴り飛ばす。そして、その後ろに控える異質者に向かって飛び上がり顔面をグチャッと感触と共に殴ると右足を軸に回し蹴り。
そしてザックは一瞬ふと周りを見るとエロイカがジリジリと後退しているように見えた。そして、すぐさま駆け出す。
「クッソ…埒が明かん!…おい!トマス!孤立してるぞ!」
苦々しく呟いたあと、戦況を確認しながら指示を出すボス。
異質者を倒してホッとし油断した黒装束に向かい、横から飛びかかる異質者に対し体当たりをかまし、その勢いのまま飛びかかったかと思うとバランスを崩した異質者の首を斬り飛ばす。
「ザック…すまねぇ…」
「いえ、大丈夫ですか?」
尻餅を付いたモニオの元へ歩み手を差し伸べて起き上がらせる。
「前線を下げるなぁ!」
ザックは叫ぶが届いているようには見えない。前線の維持しておかなければカスガ部隊が到着するまでに危なくなりそうなのに…と危機感を感じる。
「くっ…このっ!このっ!」
先ほど、ボスから注意されたトマスが異質者に囲まれてしまい執拗に狙われていた。
その異質者の一人に跳び蹴りを入れて吹っ飛ばしたあと、隣にいる異質者に対し右手に持つ短剣を振り下ろし手を斬り飛ばす。その勢いで回転し左手に持つ短剣で首を斬り落とし着地、トマスの目の前にいる異質者に体当たりをかまし吹っ飛ばす。
最初に蹴り飛ばした異質者が飛び掛かってきた。すぐさまシャツの襟を掴み、真下へ投げつける。
段々と埒が明かない状況にイライラしてきたのだろう。舌打ちをしたあと投げつけた異質者の足を乱暴に掴むと腋に挟み回転しだすザック。俗に言うジャイアントスイングだ。
「うおりゃああああああああ!」
グルグルと回転しながら、群がる異質者達に当て始める。ある者は首が折れて倒れ、ある者は吹っ飛ばされて、ある者は後ずさり距離を取る。ジャイアントスイングされている者は手が折れ首も折れていた。
「でりゃあああああああああああ!」
そして勢いよく投げる。トマスは呆気に取られて口をパクパクさせながら投げられた異質者を目で追う。
息を切らし肩を揺らしていたザックだが先程のジャイアントスイングが気持ち良かったのだろう。段々と苛立ちが高揚感へと変わっていく。
「っしゃ!おらあああああああああ!」
そう叫ぶと押されているところまで駆け出す。
そのザックの一連の行動のおかげか叫びのおかげなのかは分からないが、エロイカを包み込んでいた負のオーラが段々と晴れるのが目に見えた。
それを見ていたボスはくつくつと肩を揺らす。
ザックは決して短気や粗暴ではない。相手の意見にもしっかり耳を貸すし、譲歩も出来る。相手のことをしっかりと考えられる男だ。そりゃ、怒ったり喧嘩したこともあるだろう。
しかし、その日の機嫌によってすぐに怒ったり、価値観を押し付けたりするような男ではない。相手を思い怒れる男だ。
そして、ボスは知っていた。ザックは脳筋だということを。脳筋は時によって周囲の士気を上げるということも。使い所を間違えるとこっちが危ないけどなと肩を揺らしながらボスはザックを見る。
「おらっ!おらっ!おらああ!」
次々に異質者を斬り刻むザック。先程までの異質者に対する恐怖はもうない。
上から異質者が飛びかかってくる。すぐさま、しゃがむと右足に勢いをつけ胴を蹴る。蹴り飛ばされ転がる異質者。
徐々に立て直す前線。しかし、再生してしまう異質者にどう対処すれば良いのか…と脳筋の足りない脳みそで考える。地下で見た魔法陣を消せば消滅するのではないのか…それともどこかで操っている奴がいるのではないのかと。
その場を他のメンバーに任せ、一旦ボスの元まで戻る。
「ザック、今さっきはありがとうな」
「……?」
ボスに感謝される覚えがないザックは小首を傾げる。
「いや…分からんのなら良い」
「はい…?」
「で?何の用だ?」
先程の感謝の言葉が少し恥ずかしかったのだろう、ぶっきらぼうに尋ねた。
「ボス、地下の魔法陣があったとこまで行きたい。あの魔法陣のせいなのかと思って」
真剣な目で俺を行かせろとでも言わん限りでザックはボスを見る。
「あぁ…俺も魔法陣のことは気になっていた。だが、待て。カスガ部隊がく…」
「待っていても前線が崩れてしまったら危ない。ボス、行かせてくれ」
遮るようにしてザックは真っ直ぐボスを見たまま。普段とは違う雰囲気のザックにボスは何かを感じ取って頭をボリボリと掻く。埒が明かない現状もあるが少し頑固になったザックの胸には、あの少女の件も含まれているのだろう。
「分かった…ただ、ここの人数を減らすことは出来ない。サポート出来るのは玄関までだ。そこからあとは一人で行け。そして、死ぬな」
「了解」
そう言うとマスクを付けて前へと歩きだす。
「おめぇら!ザックが今から屋敷に突入する!サポートしろ!」
「了解!」
左手を真っ直ぐと伸ばし指示を出すボス。その声に全員声を合わせて答える。
玄関を見据えて立ち止まり深呼吸をして…
「いきます!」
ザックは駆け出す。その後ろには五人程サポートに付いてくれていた。
目の前の異質者を斬っては殴り、蹴り、道を開けるようにして。他のメンバーも援護に出る。ザックの横から飛びかかる異質者を蹴り飛ばし、投げ飛ばし、斬り殺し、道を作っていく。
玄関の近くまで行くと三人同時に飛びかかって来たが
「ザック!行け!」
気づくとザックを挟むようにしてトマスとモニオが飛んでいた。
「はい!」
スライディングし避けると目の前には玄関。煙玉を手にして足元に投げる。
一気に爆散し舞い上がる煙に飛び込み右の廊下に向かい走る。気配はあるのだが、ほとんどは屋敷外に出ているのだろう。これぐらいならば俺一人でも脱出は出来そうだと。
廊下までは流石に煙が届いておらず、異質者が二人襲ってくるが構ってる暇はない。
上から襲ってくる者には腹を一文字に斬り割き、目の前にいる者には首を蹴りへし折る。
食堂の部屋に入ると入口を守るかのように更に二人いた。
(やはり、魔法陣が原因なのか…?)
大きく口を開けて威嚇し襲って来た者の手を掴み、後ろから更に襲ってきた異質者に対してぶつけ投げる。
魔法陣が原因だとするなら早く行かねばと、のたうち回る二人を余所に地下へと続く階段を駆け下りるのだが、ここだけは真っ暗なままで足を踏み外し転がり落ちる。
――ッツ…
フラつきながら立ち上がるのだがザックの頭から出た血が頬を伝い滴り落ちていた。
あと少しで魔法陣のある部屋だ…あと少し!あと少し!と怪我を気にせず走る。
もうすぐ魔法陣の部屋…この戦いの終わりが見えて来た…と安堵しかけたのだが…魔法陣の上に何かがいた。
変わらず四つん這いにはなっているのだが手が四つに増えており、頭の上に横に下に頭が幾つも増殖しており…それでいて皮膚が爛れている。
「なっ…」
その一つ一つの顔から何かを言っているような感じもしているのだがザックを見つけると声を漏らす。
「アッ…アッ……アッ…」
「ちっ…ここまで来て…」
双剣を構えた途端、完全なる異質者となった怪物は既に目の前にいた。えっ?と思った瞬間には既に視界はグルグルと回っており、自分が吹き飛ばされたと気付いたのは部屋の壁に激突したあと、床の冷たさを感じたときだった。
「ぐっ…」
膝を立て、ゆっくり立ち上がろうとするのだが怪物が手でザックを薙ぎ払う。かわすことも防御することもできずに、また吹き飛ばされる。
「ここに来て…こんな展開は最悪すぎるだろ…」
痛みを堪えながら苦笑する。倒れながら魔法陣を見るが光っている様子はない。魔術には一つも詳しくないザックだが起動しているならば、光るぐらいはしているのではと考察してだったが…魔法陣じゃないとするなら、原因はこいつか…と怪物を見る。
その怪物はザックを薙ぎ払った位置で先程のように声を漏らしていた。
とにかく、あいつは速い。攻撃のタイミングだけでも掴み突破口を探さなければと立ち上がる。
直後、来る!と直感し前転で回避する。後ろでは薙ぎ払う手が空を切っていた。
ジリジリと後退し間合いを取る。怪物は異質者とは違い、段違いで力が強い。そんなに何度も食らってしまっては死んでしまう。
ギリギリと複数の顔がザックの方へ向く。数秒間、見つめ合い…
「そっちが来ねぇなら、こっちから!」
投げナイフを投げたと同時に怪物の死角に入るように回り込むのだが気付くのが遅かった。
――後ろにも顔があったのだ
投げナイフを難なくはたき落とすと、すぐそこまで来ていたザックに殴りかかる。しかし、素早さが速いというだけで攻撃のスピードも速いというわけではなく、これを双剣で受け止める。
ぐっ…と唸る。その攻撃は重く、片膝を付く。その横から、殴られまたも吹き飛ばされるザック。口から血を吐き床を転がる。
くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!
床に這いつくばったまま拳を握る。
大丈夫。大丈夫だと、あの少女に言った。迎えに行くとも言った。約束はまだ守れてはいない。悔しさが段々と溢れてくる。
「アッ…アッ…」
「アッアッ…うるせぇぞ…この怪物が…」
苦々しく言葉が出てくる。
這いつくばっている上から拳が振り下ろされ地面を抉る。ザックはその拳を転がり避けて、立ち上がろうとしたところするが地面を抉った拳がそのまま地面を抉り続けてザックを狙う。
それを双剣で受け止めて数メートル押されたあと、弾き返す。
「約束…守らなくちゃ…」
立ち上がるザック。瞬時に移動して来て、今度は左から二つの拳が襲ってくる。少し飛び、上の拳は双剣で下の拳は両足で受け止める。その受け止めた反動を利用しジャンプし空に舞い上がる。
「約束…!」
幾つもある頭の中の一つに狙いを定めて双剣を持つ両手に力を込める。
「約束っ!」
左から拳が飛んでくるが左手で弾き返し、右手で頭一つを斬り落とす。
後ろにバックステップし、双剣を構え助走を付ける。
「約束!!」
「アアアアアア!」
斬り落とされた怪物は叫び始め、四本の腕をただただ乱暴に振り回してくる。
右腕を弾き返すが左腕で殴られて飛ばされるが、踏み止まり、立ち止まらずに再度立ち向かう。
左手で殴り掛かってくるが、勢いを付けて右手で弾き返したあと回転し左手で次の攻撃を弾く。更にその回転を利用し右の足蹴り、次は左手、右手と回転しながら怪物の攻撃をいなし弾く。
「ああああああああああ!!」
「アアアアアアアアアアアア!」
部屋にはザックと怪物の叫び声がこだまする。
「そこだああああああ!!」
頭を一つ二つ…三つと斬り落とす。のだが、拳がモロに腹に入り、くの字になりながら吹っ飛び転がる。
「ゴホッ…ゴホッ…」
苦痛の表情を浮かべ横たわりながら吐く咳は血も混じっていた。立ち上がろうとするのだが、力がうまく入らない。
くそっ!くそっ!
ザックの心の中が自分の力不足への嫌悪感で一杯になっていく。肩を揺らし息を整えながら手の足の指先へと力が行き渡るように意識して少しずつ立ち上がろうとする。
「アアア!アアアアアア!!アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
怪物は一段と大きな声で叫ぶと廊下へと飛び出して行く。
「おい…どこへ行くんだよ…!お前の相手は俺だろ!!」
しかし、怪物は叫びながら地上へと続く道へと走って行く。
――――
ザックが屋敷の中へ入っていき、どれぐらいが経ったであろうか。未だに地上は決定打に欠けており、拮抗したままだった。いや疲労が見え始めたエロイカの方が分が悪いだろうか。
「ザック…まだかよ…!」
トマスは苦々しく苛立ちを表しながら異質者と対峙していた。
「ザックを信じろ!今は目の前の敵に集中しろ!」
トマスと背を合わせ異質者を相手にするモニオは眉を吊り上げ叫ぶ。
そんな中、不気味な叫び声が屋敷内から聞こえてくる。
「アアアアアア!!アアアア!!アアアアアアアアアアアア!!」
走りながら姿を現したやつは異形の形をしていた。
「あれは…なんだ…!」
「ザックは…?!ザックはどうした!!」
トマスの困惑しモニカは叫ぶ。
その異形の元へ異質者達が群がったかと思うと、異形はありえない程大きく口を開けるとそれに合わせて頭も大きくなり異質者達を貪るように食べ始めた。
その光景はとてつもなく気持ち悪く、エロイカは後ずさりをし、ただただその光景を見ることしか出来なかった。
異質者達を貪る異形は徐々に徐々に身体を大きく大きくしていく。
上半身を逸らし手は四本、下半身を長くし足は六本に増え、頭には顔が四つあり目を黒々とさせた異形の怪物が目の前にいた。
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