第8話 討滅
太く唸り、地面を空気を振動させる猛る叫び声――
高さ七メートル、全長十メートル程の隆起させた真っ黒な図体。手は四本、足は六本、頭には白い顔が四つあり目を黒々とさせた異形の化物。
それが今、鈍く光る爪を剥き出しにしエロイカの目の前に立ち塞がっている。しかし、エロイカはこれをどう対処しようか攻めあぐねていた。彼らは義賊集団でありモンスター狩りを生業とはしていない。
冒険者家業のメンバーもいるが、こんなデカいモンスターを今まで相手にしたことはない。いや、ここら辺の冒険者は皆相手にしたことがないだろう。
「とりあえず、散れ!しっかり間合いを取るんだ!あの腕のリーチに気を付けろ!」
一瞬、飲まれたボスだったがすぐさま指示を飛ばす。まさか、共食いをするとは思わなかった。しかも、共食いによってこんなにも大きくなるなど…と。
(ザック…!)
異形が先に屋敷から出て来たということは、ザックは負けてしまったのかと眉間に皺を寄せて焦りを見せ始める。ザックと出会ったのはザックが六の年の頃。拾い子だということは事前にボスの父から聞いてはいたが、その性格は歪むことなく前向きに真っ直ぐとした目をしていた。ザックがいつアレグリア夫妻から拾い子だということを聞いたのかは知らないが、ボスのザックに対する第一印象は好感の持てるものだった。それからすぐ仲良くなることに時間は掛からなかった。
ザック父から剣の稽古を受けているということも聞いておりボス父の下、ゴブリン相手に実戦に組み手などして来た。そしてそれは今も変わらない。遠征で遠出し数日帰って来ないこともあるが村にいるときは共に早朝練習をしている。
――話を戻そう
だからこそ、ボスはザックの実力というものを十二分に理解していた。そのザックが負けたということはボスにとっては随分と心を抉るものであり、動揺するのに十分な理由でもあった。
「ボス!指示を…!」
「――っ!」
太ももを拳で叩き、自分自身に喝を入れる。今はザックのことばかり考えている場合ではないと。共食いをする少し前に到着したカスガ部隊、エド部隊に指示を出す。
「カスガ部隊は左にエド部隊は右に!挟み撃ちする形で別れろ!俺を含む突入部隊はアレの正面だ!」
『了解!』
カスガ部隊が来たことにより二十四人。これぐらいの人数なら…と思い作戦とは全く言えないが当面の方針を伝える。
「俺率いる突入部隊がヤツを引きつける!その後、サイドから攻めろ!…行くぞ!」
駆け出すとすぐに後ろにいる部隊に投げナイフを使えと合図を出す。一斉に投げられたナイフが化物に当たり、こっちを睨むようにして見てくる。
(よし…!)
ボスは煙玉を手にして化物の顔をめがけて全力投球。化物の頭に煙玉が直撃するや否や煙が大きく爆散する。
「今だ!いけ!」
『うおおおおおおおおおおお!!』
左右から全員で仕掛ける。弱点なんて知らない。こんなデカい化物相手の作戦も知る由も無い。しかし、今ここで倒さなければ被害が尋常でないことになる。
ボスも双剣を構えると大きく飛び上がり、先ほど煙玉をぶつけた顔面へと突き立てる。がっ横から大きな拳がボスを捉える。
「がはっ…!」
まともに受けてしまい大きくぶっ飛ばされてしまうが着地と同時に受け身を取りダメージを少しでも減らす。
「…ボスっ!」
「俺に構うな!行け!叩け!」
すぐさま双剣を構え、迂回するように化物の正面へと走る。左右を確認すると腕に尻尾にと薙ぎ払われてはいるが攻撃は出来ているようだ。ただやはり決定打にかけている。化物のヘイトが左右にいかないようナイフを1つの顔の目に投げてお前の相手は俺だと意識させる。
そして、また大きく飛び上がるのだが――今度は殴って来た拳を避け一回転し腕に飛び乗る。そのまま、化物の顔へと目掛けて走る。あと少しというところで蚊を潰すかのように平手で叩いてくるのだが、それを後ろへと飛び避ける。
着地は地面へと。振り出しに戻ってしまう。
(ちっ…!)
忌々しく舌打ちしたのち、次の一手を考えながら短剣をクルッと手元で一回転。ふと思い出したかのように腰袋に入っている登器の
縄を持ち一回…二回三回と先端を振り回し勢いをつけ、足指で力強く地面を蹴る。化物の右拳がボスを狙うが、振り回した鈎縄を化物の左手へと狙いを定め投げると前転し、それを避ける。起き上がり、左手へと引っ掛けた鈎縄の感触を確かめ右側面へと大きく飛び上がる。
そして、化物を中心として回り込む。今度は右拳がボスを狙うがそれを空中で避けると右手も巻き込むようにして再度、回り込む。そうして、二回三回と巻き付け身動きができないようにしたかと思うと縄から手を離し空中へと舞い上がる。
もう二本の手がボスを捕まえようとしてくるが、それよりも先に化物の四つの顔の一つに突き立てる。
――グチャリ
化物の顔が陥没し黒い液体が噴水のように吹き出す。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
低い声で叫び、化物が縄を千切り暴れ出す。振り下ろされるような形でボスは着地する。
「ボス!やったぜ!」
「いや…くるぞ!全員退避だああ!」
エドがボスの元へ来ようとしていたところを遮り、退避を告げる。
直後――化物が地団駄を踏み、咆哮する。そして地面を手で叩きつける。叩きつけた場所を中心として衝撃破が巻き起こったかと思うと稲妻が地面を縫うようにして五メートル程にほとばしる。
巻き込まれ倒れていくエロイカのメンバーが数人。
「ちっ…おい!まずは倒れたヤツを救出させるぞ!」
救出する部隊と化物を少しでも遠ざける指示を出し、ボスはまた駆け出した。
――――
――冷たい
意識が薄っすらと戻ってきたとき、倒れていたザックが目を覚ます。
(ここは…)
慌てずゆっくりと過去の記憶を探る。最初に思い出したのは一人の褐色少女。牢屋に入れられていた一人の少女。そこから、人身売買、屋敷、突入…と繰り返し最後に思い出したのは手が四つあり、頭に顔が幾つもあり皮膚が爛れた一匹の怪物。
(――っ!)
即座に顔を上げるが姿は見えない。そこでようやく怪物が外へ向かって走っていったことを思い出す。
(まずい…上にはボス達が…)
目の前で手をゆっくりと握っては開いて力が入るかを確認したあと、地に手をつけ立ち上がる。身体の節々に痛みは感じるが気絶していたおかげか倒れる前よりかは幾分、楽になっている気がした。
「気絶してどれほどの時間が…いや…それよりもとにかく、外に行かないと…」
地下にいるせいか不気味に静まり返っている。ようやく身体を起こし終えると身体の調子を確かめ地上に向かい走り出すのだが、廊下に入ったところで激しく足元が揺れ始める。上からはパラパラと石屑が。不安に思い地上を見るように上を見て慌てて走り出す。
階段を駆け上がり、地上へ出るとデカい咆哮と共に再度、大きな揺れ。そんなことはお構い無しにと玄関まで走りザックが見たものは酷く大きくなった怪物だった。
振り下ろされる拳から衝撃破とともにほとばしる稲妻。振り回し、薙ぎ払う腕。そして、倒れているエロイカのメンバー達。
阿鼻叫喚の地獄絵図が目の前に広がっていた。
「なっなんなんだこれ…」
そのザックの目が化物へと立ち向かう一人の影を捉える。ボスだ。化物が地へと殴りつけ稲妻を発生させるが、それをバク転でかわす。そのボスへと横から拳が飛んできていた。すぐさまボスの元へ走り、抱き込むようにして回避する。
「ボス!大丈夫ですか?!」
「ザッ…ザック?!」
目を見開き驚愕するボス。
「おっお前…いや…生きていたのならそれでいい。あれが拳を地に叩きつけるとき五メートル程の稲妻が来るから気を付けろ!」
「了解!」
「…来るぞ!」
二人の真上から拳が襲ってくるのを真後ろへ飛び避ける。そして、化物を見据えたままザックは口を開いた。
「弱点とかってあるんですか?」
「たぶん…顔だ…ただ一つ潰したら、あんな稲妻の伴った攻撃をして来るようになった」
「なるほど…俺、囮になるんでボス頼みます」
「…いけるんだな…?」
その言葉にコクリと頷くと走り出す。周りの残ったエロイカメンバー達は攻めあぐねていた為、化物の視線はザックただ一人を捉えることとなる。すぐさま拳を打ち込んで来る。それを後ろへは飛ばず前転し避け、懐まで入り込む。その場で飛び上がり、打ち込んできた腕へと飛び乗り、逆からくる拳へと飛び乗り、真上へと飛び上がる。そして真上から一つの顔へと投げナイフを投げ、下半身へと着地後、もう一度顔へと投げナイフを投げる。そのナイフの後から襲うように走り出す。
化物は首を傾げて投げナイフを避けたあと、身体を一回転させザックを振り払うと掴むような手でザックを狙う。その手をザックは掴まれるすんでのところで手を蹴り、真下へと着地する。
ザックが真上を見ると拳が襲って来るが、これをバク転しながら避けるのだが、そのときを見計らっていたかのようにボスが化物の顔を狙うよう一直線へと飛び上がっていた。そして、またしてもグチャリという音と共に黒い液体が吹き上げる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
化物の身体が少し赤みを帯びていく。距離を取るように下がり、その場にボスもやって来る。その間、倒れたメンバー達を他のメンバーが担ぎ避難していた。今度は次に何が来るのか緊張を増したボスとザック。残る顔はあと二つ。
化物の目がボスとザックを捉えたかと思うと両腕を引きちぎり、左右の手で持つと腕が剣へと変わっていく。
「ちっ…俺らの真似事でもしようっつうのか…?」
ボスが化物を睨む。その隣でザックは対策を色々と考えるが答えは見つからない。脳筋だからだ。至った答えはとりあえず突っ込むしかない。
「ボス。また囮いきます」
「おっおい!」
言うや否や駆け出すザック。化物はザックへ向けて双剣を振り下ろす。それを側転し避けるのだが降ろした直後、そのまま拳を地面へ打ち付ける。
「へっ…?」
迂闊だった。てっきり、稲妻は封印し剣だけで来るかと思っていたからだ。迷わず逃げるのだが間に合いそうもない。その時、ザックの帯に鈎縄が引っ掛けられ勢いよく引っ張られる。
「はぁ…危なかった…」
引っ張られた場所はエドの足元だった。
「エド…さん…ありがとうございます」
「良いってことよ。倒れたメンバーは退避させてある。残ったメンバーはあれに対抗するだけの力はねぇ…ザック。頼むぞ。サポートぐらいしかできねぇけどな!」
そう言い笑うエドの後ろにはボロボロになったトマス、モニオに数名のメンバーがいた。
「はい!いってきます!」
走る後ろから鈎縄がザックを追い越し化物の腕に絡みつく。一瞬、動きが止まった左腕。その隙を付きボスの懐へと入るところで右手が襲いかかって来るが、その腕にボス、トマス、モニオが体当たりをかまして軌道をずらす。
「いけ!ザック!」
「はい!」
軌道をズラし落ちた右手へと飛び乗り、化物の顔へと一直線で向かう。
「はあああああああああああ!!」
力一杯に顔へと短剣を突き刺す。そして、もう一つの顔にも短剣を突き刺そうとするのだが鈎縄の縄を引きちぎった左手がザックを襲った為に飛び降りる。そして、飛沫をあげる黒い液体。顔はあと一つ。
更に赤みを増す化物。低く太い声で叫んでいた化物が突如、口を大きく開く。
《――舞え舞え、光を遮り闇を通し、貫け愚者の魂――》
「なっ…!」
詠唱が頭の中に直接響く。そして、口の前に魔法陣が出現する。
「魔法の詠唱だ!逃げろおおおおおおおお!」
ボスが指示を出すも化物の詠唱は止まらず、大きくなった魔法陣が小さく分裂し幾つもの魔法陣へと変わる。
《――レガートシュヴェルツェアロー!――》
魔法陣から幾数もの禍々しく黒く光る矢が上空へと撃ち放たれる。その矢は上空へと放たれると下にいるエロイカのメンバー達へと目掛けて襲いかかる。地面に刺さり、メンバー達の胴、足をも貫いていく。そして、一つの矢が走るザックの背へと向かっていく。
「ザアアアアアアック!」
それに気付いたボスがザックの横から飛び付き回避するのだが、矢がボスの脚を貫いてしまう。
「グッ…!」
「ボス…!」
貫いた脚を支えながら倒れるボス。血が滲み辺りを赤く染める。そして化物が再度、口を開け始めた。
「ザック…逃げろ…!」
「無理です!俺のせいで…ボスを残してなんか行けません!」
「構うな!行け!」
痛みを堪えながらもザックへ逃げろと指示するがザックは化物を睨んだまま動こうとはしない。そして、化物の詠唱がまた始まる。
《――舞え舞え、光を遮り闇を通し、貫け愚者の魂――》
ザックは無駄だと分かりながらもボスを背にして双剣を構える。震える手足。
「無駄だ!逃げろ!」
「無理です!」
《――レガートシュヴェルツェアロー!――》
幾数もの矢が上空へと撃ち放たれ、今度は全部の矢がザックとボスを狙う。
「ザアアック!」
ボスはザックを避難させようと叫ぶがザックは構えたまま離れようとはしない。矢が当たろうとした、そのとき――
――シャン
鈴が鳴るような音が聞こえる。そして頭の中に響き渡る、もう一つの詠唱。
《――諸々の禍事罪穢を、祓い給え、清め給えと、申す事の由を――》
《――天壁代!》
ザックとボスの目の前に突如現れた緑と青を合わせたような透き通る壁。そして、それを出現させたであろう人物が一人――褐色の少女。
「きっ君は…」
《行って!》
「行って…って…」
困惑するザックをよそ目に響く凛とした声。はっと化物の方を向く。化物の口から魔法陣が少しずつ消えており、魔術の矢が途絶えようとしていた。
「行け!ザック!」
思わず叫ぶボス。それを合図に魔術壁から飛び出すザック。化物は再度、口を開けようとしていた。
「はあああああああああああああああ!」
化物が詠唱を始めようとしている
《――舞え舞え――》
そして、化物の剣がザックを捉えるが真横へ飛び避ける。そのまま拳を打ち付け稲妻を起こすが、腕に飛び乗り走る。逆の手がザックを掴まようとするがエド、トマス、モニオが鈎縄で阻止する。
『行けええええええええええ!ザアアアアアアアアアック!』
《――光を遮り闇を通し――》
大きく化物の真上へと飛び上がり、化物の顔を捉える。化物も開けた口をザックに向けてくる。
《――貫け愚者の魂――》
「ああああああああああああああ!!」
《――レガートシュヴェルツェアロー!――》
「一撃いいいいいいいいいいいいいいい!!」
辺り一面を光が眩しく包み込む。
「ああああああああああ!死ねえええええええええ!」
響き渡るザックの声。そして、一段と眩しく光ったかと思うと収束し爆発する。
煙が巻き上がる中、一人の青年を残して。
――勝利を、その手に
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