第26話 竜の実力

 ザック達は驚愕する。

 今、目の前にいるのは得体の知れない翼を持った巨大な漆黒の生き物。

 この生き物は一体何なのか。

 この異様とも言える程の存在感は何なのか。

 その答えを知る者は竜へと変貌を遂げた老人以外いない。


 全員が呆気にとられている中、直接的に脳へと語りかけてくるように竜となった老人は自身の喜びを表現してくる。


《あああああ! 素晴らしいいいいいいい! 素晴らしいいいいいい! これが…これが! 竜! 竜の力!》


 そして、ザック達を見下ろすようにして静かにゆっくりと、そして徐々に凶器にも似た喜びへと変わるかの如く語り始める。


《最初はお嬢さんの村人でした。次に流されて辿り着いたのは、この村――屋敷内で働く者達でした。


 しかし違った! 違ったのです! 私は満足できませんでした。その私に希望の光を照らしたのは少年、少女!

 そう! 無垢な魂だったのです! ああああなんと素晴らしいことか!

 この素晴らしさを貴方達は知ってますか? 分かりますか!?


 いくつもの魂を喰らい少しずつ力を蓄え、そして私は竜神の巫女の力を引き摺り出す魔法陣を完成させたのです!


 そして、最後はお嬢さんの力! 神聖で! 美しく! 清らかな魂!

 このお嬢さん無しには私の研究は完成しない! 私は喜びました! 歓喜しました! これで私も! 御身なる存在へと近づけるのだと!

 素晴らしい! 素晴らしいではありませんか!》


 そして、竜は笑う。表情は分からない。しかし、その目には薄気味悪い笑みが見えた。

 エロイカのメンバーは本能的に危機感を感じ、逃げようとするのだが――それを逃すまいと、竜は大きな上半身を起こすと口を大きく開き始めた。


《貴方達は幸運ですよ。復活した竜の最初の餌食になるのですから》


 喉奥が見える程に大きく開けた口の奥底から、燃え盛る赤い炎が見えてくる。

 その危険性にいち早く気付いたボスが大声で叫ぶ。


「逃げろっ! 逃げろおおおおおおおおおおおおおお!」


 しかし、時は既に遅い。立ち上がれても恐怖に怯え足がすくみ逃げ出すことが出来ない者、四つん這いで這いながらも逃げ出す者、そもそも動けない者を包み込むかのように竜の口から吐き出された炎がゴブリン、ハイゴブリン共々焼き尽くしていく。

 その炎は魔術とは違った。圧倒的な火力に無慈悲に周りを焼き尽くす紅蓮の炎。

 夜中だというのに辺り一面、炎が燃え盛り明るくなる。

 生き残った者達は恐怖で怯え、狼狽えては一目散に逃げ出すのだが、竜は待ってくれない。

 もう一度、口を大きく開け始めるとお腹を大きく膨らませ始めた。

 大きく背を仰け反り、足元で逃げ惑う人間に目標を定めるとありったけの炎を吐き出す。


「モーフィアス!」

「分かってる!」


 すかさず魔術士のエディが叫ぶが同時にモーフィアスは逃げ惑うエロイカ達を掻い潜り、走りながら詠唱を始める。


《――我らが偉大なる神! アポロンよ! 忌まわしき邪悪なる力から! 我らを加護し! 守り給え!――》


 その詠唱の間にも炎は間近に迫っており、焼き尽くそうとしたその瞬間――


《――荘厳なる御身の盾マエストーソ・マイ・コーズ!――》


 メイスを力強く突き出すと、モーフィアスの前方に白く輝く障壁が現れる。

 直後、竜の口から放たれる炎が障壁へと当たっていく。間一髪のところで助かったわけだが――


「ぐっ! むっ無理だ! みんな! 早く逃げろ!」


 炎の勢いに押されモーフィアスの足が少しずつ後退していく。そして、圧倒的な炎を前にして障壁は無駄だと言わんばかりに亀裂が起こり始めた。

 その亀裂は徐々に繋がり始め、歪な模様を作ると少しずつ崩れ始め――ついには割れてしまう。


「ぐあああああああああ!」


 衝撃で吹き飛ばされるモーフィアスにエロイカ達。地面を転がり、うつ伏せになりながら竜を睨むモーフィアス。

 その横へ槍術士のスミスが駆け寄る。


「おっおい! 大丈夫か!」

「ぐっ…なんとか…な。しかし…次は防ぎきれるかどうか分からない…」

「おいおい…まじかよ…」


 スミスは震えながら竜を見る。


――あんな巨大な化け物をどうやって倒すっつうんだよ!


 心に影が差し始め、絶望し心が折れかけそうになるのだが――その横を全速力で掛ける人間がいた。


「あああああああああああああああ!」


 真っ白な髪を揺らしながら両手にコダチを握り締め、一直線に竜に向かっていく。


「ザック!?」


 その背中に迷いや恐怖は一切感じず。ただただ目の前の竜を倒さんが為にザックは駆ける。


「お前は! お前はあああああ!」


 腹の底からリリィのことはもちろん、殺された村人、炎により焼き尽くされてしまったエロイカのメンバーへの想いが怒りへと変わっていく。

 竜は立ち向かってくるザックを見ると目を細めた。そして、竜は直感する。


――こいつだけは今、殺しておかなくては。


 竜は頬を膨らませると唾を吐くようにして大粒の炎の球をザック目掛けて投げつけてきた。

 当たれば確実に焼き尽くされ命を落とす程の炎の球を右へ左へとかわしながら走り行く。

 竜は右前足でザックを踏み付けようと力の限り地面を踏み込む。揺れと風圧が一気に襲いかかってくる程の力。それを横転しながらかわすとザックは飛び乗った。

 竜の前足から頭へと一直線に走り、真上へと飛んだ。

 ザックの見据える先にあるのは竜の眉間。


「なっ!?」


 しかし、叩きつけるかのように斬りつけたコダチは金属音を響かせ弾かれてしまう。

 右腕が痺れてしまう程の硬さに戸惑うのも束の間、後ろの方から声が掛かる。


「青年! 後ろっ!」


 後ろを振り向くとそこには漆黒の柱のような物が目前に迫っていた。

 その柱のような物は太く、大きく、ザックがそれが竜の尾だと気付く頃には空を見上げていた。

 一瞬、思考が鈍った後に激痛が身体中を駆け巡った後、地面へと叩きつけられる。

 そこへ竜は止めを刺さすかのように大きく口を開き炎を吐き出してくる。


「青年を守れ!」


 ザックの目の前に赤毛の男――アクセルが立つ。そして、その隣にはメンバーが。

 モーフィアスを先頭にして全員でザックを守るかのように竜に立ち塞がった。


《――我らが偉大なる神! アポロンよ! 忌まわしき邪悪なる力から! 我らを加護し! 守り給え!――》

《――荘厳なる御身の盾マエストーソ・マイ・コーズ!――》


 ありったけの力を込めてモーフィアスは叫ぶ。先ほどよりも大きく分厚い障壁。

 障壁へとぶつかり辺りへと散っていく炎。

 しかし、当のモーフィアス達は知っている。この障壁では炎を防ぎきれないという事を。

 それでも、耐え忍び障壁が割れた瞬間――


「いくぞっ!」


 アクセルの一声を機にメンバーが飛び出す。

 斧を持ったアクセルに槍を構えたスミスが一直線に、弓術士のキッドが右へと迂回しながら弓を引いていく。

 魔術士のエディはその場からは動かずに詠唱を開始した。


「すっすまない…」


 モーフィアスは力を使い込みすぎた事と炎の衝撃でその場に倒れ込んでしまう。

 倒れていてからずっとその様子を見てきたザックは立ち上がる。


「おっ俺がやらなきゃ…! 俺だって!」


 一つ深呼吸をし身を低くかがむとアクセル達の後を追うように走り出した。

 そして更にその様子を見ていた人物が一人。


「ちぃっ!」


 頭をぐしゃぐしゃを掻き毟る眼帯の男――エロイカのリーダー、ボス。

 たじろぐメンバーを見渡し、メンバーにもそして自分自身にも喝を入れる。

 ザック達が果敢に挑んでいるのに俺が行かなくてどうする!と。


「お前らぁ! それでも、エロイカか! 英雄の名が泣くぞっ!」


 しかし、メンバーは動く気配がない。無理もない。ここいるほとんどはこういった死の局面に慣れていない。

 エロイカ――英雄という名の義賊集団ではあるが相手にするのは専ら人間だ。


――それでも!


「大切なものを守る為に動かなくてどうする!」


 ピクリと反応し出すメンバー。各々、思い出していく。亡くなった家族、友人、恋人、メンバーの事を。村に住む、残ったみんなの事を。


「エドオオオオオオオオ!」

「あいよ!」


 ボスが良く知る人物の名を叫ぶと、呼ばれた小太りの男が既にボスの隣に立っていた。

 二人で目配せをした後、頷き合うと同時に駆け出した。

 その背を追いながら、顔を合わせていく。


――そうだ! 俺たちは死にいくわけではない! 勝って村に帰るんだ!


 誰かが駆け出す。そして、一人駆け出すとまた一人と駆け出していく。その数は少なくなっているとはいえ数十人の束となり竜目掛けて立ち向かっていく。


「うおおおおおおおおおおお!」

《小賢しい雑魚共がっ!》


 束となったメンバーを一掃しようと口を開ける竜。そして何度目かの炎による攻撃。

 それを阻止しようとザックは飛び上がり、竜の目へとコダチを突き付けようとするのだが、竜が今度は束となったエロイカへではなくザックへ向けて炎を吐き出す。


「ザック!」

「くっ!」


 当たれば一撃の炎。それをなんとか身を翻し避ける。

 吐き出された炎は顔を動かした事により弧を描くようにして辺りを更に燃やしていく。

 一度、着地したザックは迂回するようにして走り出した。

 ボスは安堵するも周りへと指示を出していく。


「攻撃が通じなくても構わない! 少しでも削っていけ!」


 実際に刃物での攻撃に矢や魔術も全くと言っていいほど効いてはいなかった。

 脚を斬ろうも身体を斬ろうも鱗が異常な程に固く、魔術も当たっては爆散するのみで何も通らない。

 それに満足するかのように竜は笑う。


《この高みの存在にそのような攻撃は通用せぬわ!》


 地面スレスレに尾を擦らせ一回転させメンバー達を薙ぎ払う。

 転がるメンバーを嘲笑うかのように竜は空へと口を向け、大きく開いた。


《少々、面白いものを見せてやろう!》


 今度はただの炎ではなかった。口の前に大きな魔法陣が出現する。詠唱を必要とはせず、吐き出され続ける炎はその魔法陣を通過する事により更に赤く燃え、空の彼方へと消えていった。


「なっ何が…」

《竜の力と私の魔術が組み合わさる最高の技を!》


 ザック達は今度は何をしてくるのかと思い上空を見上げると赤く燃え盛る炎の玉が無数になり落ちてくる。

 それは炎の塊というより――


「星が…星が落ちてくる!?」


 それは、まだ空の彼方にあるというのにけたたましい地鳴りが響いてくる。

 隕石となった炎は徐々にこちらへと一直線に向かって落ちてきていた。


「後退だ!」


 ボスが指示を出すが、さっきまで遠くにあったと思われる隕石は凄い速さで迫って来ていた。

 そして、遠くまで避難する間も無く続々と地面へと激突していく隕石の数々。

 竜は逃げ惑うザック達を見ながら高らかに笑い続けていた。

 しばらく降り続いた隕石が止むと舞っていた砂煙から、大きなクレーターが幾つも顔を覗かせる。


《流石! 流石、竜の力!》


 吹き飛ばされたザックは顔を上げる。吹き飛ばされ怪我を負ったボスがアクセルがメンバー達が呻き声を上げながら転がっていた。


《ほっほっほ。どうやら、終わりのようですね。諦めて死になさい》


 竜は口を開け今度こそと止めに入ろうとする。


「誰が…誰が諦めるか…」


 ザックはよろめきながらも立ち上がる。腕はダラりと垂れ下がるようになりながらも竜を睨みつけた。

 まだ、その目は死んでいない。


「俺はリリィを連れ戻すんだ…そして…親父とお袋の墓参りに行くんだ…」


 立ち上がると一歩一歩、踏み出して行く。ふらつきながらも地面の感触を確かめるように一歩一歩。


「リリィに謝らなきゃ。守ってやるって助け出したときに言った約束を破った事も…突き飛ばしてしまった事も…全部…全部!」


 竜はジッとザックを見る。今にも死にそうな癖に。と思いながらもその一挙手一投足に目が離せないないでいた。


「俺は…俺はああああああああ!」


 叫ぶと同時に傷が癒えていく。白い髪は更に白くなり赤い角は益々赤みを増していく。

 牙を剥き出しにして、目は黒く染まり。

 以前のタム鉄鉱山で見せた化け物じみた風貌になるのだが、意識だけはしっかり持っていた。



――そして、親父から受け取った赤い石が胸元で光り輝いていた。

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果てしない世界 さんぼんせんろっく @palumbo8110

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