第25話 それは失われし竜の姿

「行きます!」


 ザックの合図を皮切りに敷地へと足を踏み入れるメンバー達。

 しかし、やはりと言うべきか。簡単には屋敷へと踏み込ませてはくれない。


「へへっ。敵さんも俺らが来ることが分かっていたみたいだな」


 続々と土からゴブリンがハイゴブリンが姿を現していく様子を見てアクセルは不敵に笑う。

 もう何度も相手して来た魔物。鉄鉱山では苦汁を嘗めたものの油断してはならない相手。しかし、今はフルメンバーでありエロイカという心強いメンバーがいてくれている。

 アクセル達は顔を見合わせると武器を構えた。


「まぁ、そうこなくっちゃな。叩き甲斐がないってものさ」


 その横に立ち短剣に手を掛けてボスは大声で開戦の指示を出す。


「お前ら! 作戦はない! ただただ、目の前の敵をぶっ倒せ! 売れられた喧嘩だ! しっかり勝ち取るぞ!」


 「おおおおおおおお!」とエロイカ、アクセルのパーティーから雄叫びが上がる。

 皆一様に士気は高く、得物を構えては今か今かと走りださんとしている。

 ザックはその皆の様子を見て、胸が熱くなった。己の無力さに心の火が消えかけていたがミヤにボスに発破をかけられ、そしてリリィを助ける為にこんなにも皆が力を貸してくれる。自然と身体に力が漲る。


「青年、準備は良いぜ。さぁ、嬢ちゃんを助けに行こうぜ!」

「はい!」


 ザックの隣に並び立つアクセル。後ろから、メンバー達が「援護は任せろ!」と心強い言葉が返って来る。その言葉に頷きコダチを握り締める。

 次にボスがザックの隣に並び立ち「フッ」と小さく笑うとザックを見ながら開戦の催促をする。


「ほれ、お前がリーダーだろ。皆、お前の開戦の合図が今か今かとウズウズしてんぞ」


 その一言を受けザックは右手を天高く上げると振り下ろし前へと突き出した。


「目的は目の前の敵の殲滅! 僕は屋敷へ潜入しリリィの奪還! 全員、突撃ぃ!」

「うおおおおおおおおお!」


 ザックの宣戦布告を合図に今か今かと待ちわびたメンバー達は弓に引かれた矢のように一斉に駆け出した。

 そして始まるゴブリンとの戦闘。数では負けているが実力ではこちらの方が上であり、前線では既にエロイカのメンバーに槍術士のスミスがゴブリンを薙ぎ払っている。

 中衛のラインでは弓術士のキッドがゴブリンを射抜き、魔術士のエディが詠唱を唱えては辺りのゴブリンを焼き払っていた。

 後衛ではモーフィアスが怪我人が出た時のためにサポートに徹している。


「よし、では我々も行くぞ!」

「はい!」


 ボスの言葉を合図に、ザック達は目標の屋敷へと駆け出す。屋敷までの道は皆が切り開いてくれている。ザックとボス、アクセルは屋敷へとそのまま突っ込むのみだったのだが――


「やはり、来たか。ザック! お前はそのまま進め!」


 屋敷まであと少しのところでボスから声が掛かる。一瞬、何の事か分からないザックだったが頭上から襲い掛かって来る気配を察知し見上げると、そこには自分の知っていた顔がそこにはあった。


「リチャードさん!」


 すぐにその人物の名が口が出る。エロイカのメンバーであり、潜入部隊の先輩だった人物。

 しかし、その顔は既にザックの知るものとは随分と違っていた。目は黒々と闇に吸い込まれそうなほど深く、口は耳まで裂けており異質者そのものの姿だった。

 リチャードだった者はザック目掛けて短剣を構えているのだが、ボスが飛び上がると体当たりして共に地を転がる。

 その光景を見て立ち止まりそうになるのだがボスの言葉を思い返し、意識を屋敷へと移した。


――リチャードさんまでっ!


 ふつふつと老人に対して怒りが増していく。その怒りを胸にザックとアクセルは屋敷へと一気に駆け出した。

 ボスはその様子を見送り、リチャードだった者へと視線を向ける。


「さて、先日は逃げられたが…お前もそのままでは苦しかろう。すぐに天国に行かせてやるからな。安らかに眠れ!」


 ボスは短剣を構えると、四つん這いになったリチャードだった者へ斬り掛かった。



――――



「リリィ!」


 助けるべき少女の名を叫びながら大きな音を立て扉を開ける。

 ザックの目に最初に飛び込んで来たのは、二階に通じる階段の踊り場に簡易的に作られたであろう祭壇だった。

 その祭壇には寝かせられたリリィの姿が――


「リリィィ!」


 ザックはもう一度大きな声で少女の名を呼ぶのだが反応がない。居ても立っても居られずリリィの元へと駆け出そうとするのだが、割り込むように空中から老人が姿を表す。


「ほっほっほ。来るとは思ってましたが、まさか本当に来るとは。」


 その老人の姿は以前とは少し変わっていた。翼をはためかせる様な音を立て床へと着陸する老人の背に二つの大きく黒い物が見える。

 異様な雰囲気を醸し出しておりザックとアクセルは唾を飲み込む。


「お前…前にはそんな翼なんてなかったよな」


 アクセルが老人の姿を確認するかのように問う。その言葉に老人は目を細め、翼を撫でては下卑た笑みを浮かべた。


「美しいでしょう? この漆黒の美しい翼。私はもうすぐ高みへといくのですよ。御身なる高みへ。分かります? この私の気持ちが」


 ザックはその言葉に苛立ちを覚えると、すかさずコダチを構えて老人を睨んだ。


「そんなことはどうでもいい。リリィは返してもらうぞ!」

「はぁ…これだから、この魅力が分からない雑魚達は」


 老人もまた自身の理想が分からないザック達に苛立ちを感じると仰々しく両手を広げた。


「まぁ、良いでしょう。この私が自ら貴方達を屠ってあげましょう!」


 ザックは老人が言葉を言い切る前に身を低くし一気に老人との間合いを詰めた。一瞬にして懐に入り、胴へと一閃するのだが――


「まったく。人の話を最後まで聞かないなんて礼儀知らずにも程がありますよ」


 ザックは目を見張る。実際、不意打ちにも近い攻撃だったのだが確かに胴を斬りつけたはず――にも関わらず、ザックは空高く飛ばされていた。

 何が起こったのか。それに気付く頃には腹に激痛が走っていた。

 が、屋敷の天井を地にして勢いを付けると老人へと一直線にコダチを振るう。

 地上ではアクセルが斧を構え老人に攻撃しようとしていた。


「なんて浅はかな人間なのでしょうか」


 老人は斬り掛かって来たザックの腕を掴むと、そのままアクセルに向けて投げつける。咄嗟にガードするのだがアクセルは吹っ飛ばされてしまい、ザックは斧に当たった反動で空中に浮いてしまう。

 痛みによる息苦しさを感じつつも目を開くと、今度は目の前に一瞬で間合いを詰めた老人の脚が見えた。


――これは、蹴り!?


 そう思うもののガードが間に合わずアクセルに重なるようにして壁へと叩き込まれる。苦痛で顔を歪め、床へと倒れこむ二人。

 老人は最初、驚きはするものの自身の身体を見ては満足そうな表情をしていた。


「さすが、高みへと至る力です。しかし、この力もまだまだ序盤。完全体になるのが楽しみですね」


 よろつきながらも立ち上がった二人の目の前に老人は姿を表す。そして、ザックとアクセルの頭を掴むと床へと叩き込む。

 圧倒的な力で抑え込まれる二人を前にして老人はますます満足そうにする。


「最高です! 最高ですよ!」


 更に力を入れ床へと抑え込むと、大きな音を立て床に二つの椀状の窪みが出来る。

 痛みによる二人の悲痛な叫びが屋敷内を木霊するのだが、老人の右手に抵抗する力を感じ始めた。


「むっ…」


 右手に視線を移すと徐々に黒い髪が白へと変色していくのが見えた。少しずつ少しずつ抑え付けていた右手が持ち上がる。


「…ない……けない……!」

「この力を押し返すのですか」

「もう…負けない!」


 老人の手を少しずつ持ち上げ、ザックは膝を付き、立ち上がる。そして左手で老人の手を掴み、逃げられないようにすると右手で拳を作り、腹へと重い一発を殴り込んだ。

 老人は殴り込まれる瞬間、危機感を感じアクセルを掴んでいた手を離すと腕でザックの攻撃をガードする。

 打ち込まれた拳は腕に当たると、それを中心にして衝撃が起こる。

 一発だけでは終わらず、ザックは右手を引っ込めると更に打ち込む。そうして何度も何度も腕に打ち込むと老人の腕が嫌な音を立て変な方向へ曲がる。


「ちっ!」


 ガラ空きとなった胴へ今度こそはと右手に力を込めて打ち込もうとするのだが、空振りとなってしまいザックは前へとのめり込んでしまう。

 老人は空へと飛び静止している。


「貴方のその力はなんなのですか」


 老人は忌々しげにザックを睨むと逆に掴まれていた手を掴み直し、回転して空高くへとザックを投げる。

 天井を突き破り、夜空へと放り投げられたザック。それを見上げながら左腕に力を入れると折れ曲がった腕が元に戻ってしまう。


「先に貴方だけでも殺す必要がありそうですね」


 そう言い飛び上がろうとするのだが、今度は足に違和感を覚える。足元に目をやるとアクセルが血だらけになりながらも老人を飛ばせないと掴んでいた。


「ザアアアアアアアアアアアアアアック!」


 アクセルがありったけの力を振り絞り叫んだ。


「貴様らあああああああああああああ!」


 老人が掴まれていない方の足でアクセルの頭部を破壊しようと踏みつけようとするのだが頭上から嫌な気配を察知し見上げてしまう。

 点にしか見えてなかった影が徐々に大きくなり老人へと迫る。コダチを握り、一直線に老人へと向かってくる。


「一撃いいいいいいいいいい!」


 ザックは振りかぶり老人を斬りつけ着地する。老人は翼と腕でガードするのだが勢いと力を込められたコダチにより斬り落とされてしまった。

 斬り落とされた腕はそのまま床を転がり、翼は煙のように消失してしまう。

 その翼を見て老人は発狂し始めた。


「ああああああああああああ! 貴様らは! 貴様らはああああああ!」


 まず足元にいたアクセルを蹴り飛ばすと、よろめくザックの髪を掴み顔面を殴打していく。


「分からないのですか!? この翼の魅力が! この神聖な力が! この日の為に年月を掛け待ち望んでいた私の気持ちが!」


 しばらく殴り続けていたが老人は、はっと我に返ると上空を見上げた。


「私としたことがつい。完全体になれば何も問題はないことをすっかり失念していました」


 ザックを床に放り投げると老人はリリィのいる祭壇へと歩み始める。


「もうそろそろ時間ですね」


 祭壇まで行くと老人はまた上空を見上げる。リリィの眠る上空には天窓があり、月の光が徐々にリリィに覆い被さろうとしていた。


「今宵は満月! 条件は整いました! 竜神の巫女の力を借りて今宵! 私は御身なる高みへと至るのです!」


 老人は誰に聞かせるわけでもなく叫ぶ。自身の目的がついぞ叶う気持ちで溢れかえっており、その気持ちを叫ばずにはいられなかった。

 手をリリィの腹上へとかざし詠唱を始める。その表情は恍惚しており、念願の玩具を手に入れる前の少年のような顔にも思える。


「さ…せるかよっ!」


 ザックは力を振り絞り立ち上がる。そして、目の前のリリィに夢中な老人へと駆け出すのだが――


「往生際の悪い人ですねぇ。そこで黙って見ててください」


 老人は空いた手をザックに向けて突き出す。


「がっ!」


 ザックは何かに縛られたように身動きが出来なくなってしまう。しかし、それでも一歩踏み出そうと力を込める。


「リリィを…リリィを返…せっ!」


 老人は視線をリリィに向けたまま、突き出した手を握り込む。


「があああああああああああああああ!」


 今度は縛られたような力に加え、握り潰されそうな力がザックを襲う。

 老人は見向きもせずリリィだけを見ていた。そして、徐々に徐々に月の光がリリィを覆うその時、老人は高らかに叫んだ。


《さぁ! 解放しなさい! 忌まわしき竜を封印したとされる! 竜神の巫女の力を!》


 直後、魔法陣が光り輝き、リリィを中心として風が吹き荒れ始める。そして、リリィの体内から絞り出されるようにして青とも緑とも見える色の煙のような液体のような何かが出始めた。

 リリィの身体が小刻みに震え、顔は苦痛に歪み叫ぶ。


「あああああああああああああああ!」

「リリィ! リリィ!」


 老人は目もくれず、リリィから絞り出される物を眺めてはだらしなく涎を零していく。


「素晴らしいいいいいい! 素晴らしいですよおおおおおおおおお! これが! これが! 私を高みへと連れて行ってくれる!」


 リリィは一瞬、自我を取り戻し目を横へと向ける。そこには、ザックの姿があり、手を伸ばす。


『ザッ…ザックさん…にっ逃げ…て…』


 リリィはザックの名を口にすると手が力なくダラりと垂れさがり意識を失う。それと同時にリリィから出ていた何かが全部吐き出されたかのように途切れ、リリィの上空で舞い始めた。


「リリィィィィィィィ!」


 ザックの叫びを遮るようにして老人もまた叫ぶ。


「来ました! 念願の! 竜神の巫女の力! これが! これがあああああああ!」


 そして、老人は口を大きく開けるとリリィから吐き出された何かを吸い込み始める。

 ザックは身動きが出来るようになり、すぐさまリリィの元まで駆け出そうとするのだが何かの力により屋敷の外へと吹き飛ばされてしまう。

 老人は最後の一滴を残さず飲み込むように吸い上げると、呻き声をあげながらうずくまる。そして、辺り一面に鼓動のような音が鳴り響き渡った。

 徐々に早くなる鼓動に合わせ、老人の姿が変容していく。


「がああああああ! ああああああああああ!」


 まず、変化が起こったのは老人の身体を覆うようにして鱗がびっしりと付く。そして、身体を突き破るようにして大きな翼が生え、タキシードを破り巨大な身体へと変貌していく。

 支えきれなくなった身体は横たわり、次にその身体を支えるように足が大きくなる。

 前のめりになっている身体を起こそうと手が大きくなり、屋敷はその巨体を収めることが出来ないかのように崩壊を始めた。

 屋敷から巨体を晒し始め、その巨体は大きな翼を持ち、顔は細長く、この世の全てを噛み砕けるほどの鋭い牙をギラつかせる。

 目を見開くと全ての人間を睨みつかせ震え上がらせるように鋭く、瞳孔が細長く縦に割れていた。



 その姿はまさしく、竜そのものの姿。





――しかし、ザック達は知らない。竜の存在も、その名前も。




――何故ならば、それは既にこの世界からは失われた物なのだから。

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