第23話 別れ

「親父ぃ! お袋ぉ!」


 鉄鉱山から出たところ、タイミング良く迎えの馬車が来ていた。その馬車へと飛び乗り出発を急かすザック。

 何が何やら訳が分からない従者へアクセルが事情を説明し、ザックとリリィ、アクセルとマウロのみを乗せた馬車はフィルイン村へと走る。

 他のメンバー達を乗せた馬車は後ろから付いて来てはいるがザック達が先行して村へ行く事となった。

 元々、走ることを想定として作られていない為か今にも壊れそうな音を立てながら雨の中を走る馬車。

 ザックは馬車から落ちるのではと思うほどに前のめりになり、悲痛な面持ちで前のみを見据えている。

 今現在、何がどうなっているのかよく分からないリリィだがザックの顔を見ては不安になり、ザックが着ている服の裾を握り締めていた。


 そして、フィルイン村に着いた時、ザックの予感は的中する。


 のどかだった村が魔物により蹂躙されたと思わせるように家屋が崩壊しており辺りに村人がゴブリンが絶命し横たわっていた。

 その光景を見て戦慄したザックは転げ落ちるように馬車から降りて駆け出す。


「親父ぃ! お袋ぉ!」


 両親の名を叫びながら商館へと向かう途中、ゴブリンに襲われている男を見つける。


「お前らなんかぁ!」


 コダチを構え、あっという間に距離を詰めると首を斬り落とす。そして男の肩を掴むと早口でまくしたてた


「親父とお袋を見てませんか!?」

「ひっ…!? もし…かして…ザック…なのか?」


 助けられた男は得体の知れない人物に怯えるが、見知った体躯と声色にザックだと気付く。

 無理もない。今のザックは角が二本生え髪は真っ白になっているままなのだから。

 ザックは返事をせずに男をその場に放置して更に雨の中を駆け出した。


(あの角を曲がれば――!)


 丁字路を曲がると左手に大きな館が見えた。レンガ造りの赤い屋敷、商館だ。

 しかし、そこにも魔物の手は伸びており玄関前で扉を壊そうとゴブリン数体が得物で殴っており、ハイゴブリンが斧を構えていた。


「あああああああああああああああああああああ!」


 たまらずザックは大声で叫んでしまう。ハイゴブリンがその声に気付き、横へと斧を振る。ザックは滑り込み、ハイゴブリンの股座を通過すると真後ろから飛び上がる。

 一気に首を斬り落とすと今度は周りにいるゴブリンへと目標を定める。

 襲って来るゴブリンを薙ぎ払っては次々に首を胸を抉るように斬っては絶命させて行く。


「お前らなんか! お前らなんかあああ!」


 最後の一体になり、コダチで斬るという感覚はなく、握り拳でゴブリンの頭を殴っては破裂させる。徐々にザックの奥底でドロドロとしたものが支配していく。

 商館前にいた魔物を全滅させたことを確認すると扉を叩き始めた。


「俺だ! ザック、ザックだ! 親父、お袋! いるか!」


 けたたましく扉を叩き叫ぶと少しして扉がゆっくりと開き始める。


「ザック…さん?」


 開いた扉の隙間から顔を覗かせたのは馴染みのある顔、メイだった。


「メイ! 親父とお袋はいるか!?」


 隙間に手を掛けると勢いよく扉を開く。商館の中には怯え震える老人に女、子供がいた。辺りを見渡せどザックの両親の姿はない。

 そして、避難している人々は一様にザックを見ると酷く怯え始めた。


「ザックさん、落ち着いてください。みんな怖がってます」


 それでも、目の前にいるメイだけはしっかりと気を持ちザックへと口を開いた。


「ごっごめん…。だけど、親父とお袋が…!」

「ご両親はまだこちらへは来ていません。ただ、シスカさんとミヤが逃げ遅れた人達を回収しています」

「ミヤ姉ちゃんが!?」


 シスカの姉御はまだ分かる。ミヤ姉ちゃんはどう考えても戦いには…。そう思うだけで殊更ドロドロした物が胸を駆け巡っていく。


「メイ! しっかり鍵だけは掛けておけ! 行って来る!」


 そう言うと踵を返し、またも走り去っていく。


「ちょっちょっと! ザックさん!」


 メイは手を伸ばしザックを呼び止めようとしたのだがあっという間に姿が見えなったのを確認すると、ため息を一つ漏らした後、扉を閉めた。


 ザックは走りながら酷く混乱した頭で考えを巡らせる。

 親父とお袋の無事を先に確認したいが、ミヤ姉ちゃんの無事も気になる。しかし、ミヤ姉ちゃんにはシスカの姉御が。だけど、大勢の魔物に襲われていたとしたら。だけど、両親が――

 考えが堂々巡りし纏まらない。足取りだけはしっかりしており、結局は自分の自宅へと向かっていたのだが女性の叫び声が響いて来て立ち止まる。


「ミヤ姉ちゃん!?」


 その場で見渡し、声が聞こえたであろう左の道へと進む。


「ミヤ姉ちゃん!」


 すると向こう側から人影が二人見えて来た。こっちに向かって走って来ているようだが後ろから複数の影も見え始めた。


《――不和の揺らぎフリクション・トレモロ!――》


 その人影は後ろへと剣を一振りすると詠唱を唱えた。


「ちぃっ! キリがないよ!」

「シスカちゃん、早く!って前からも!」


 二人は前へと視線を向けると何かがこっちに向かって来ているのが分かった。それはとても早く一直線でこちらに向かって来る。


「くそっ!」


 シスカは忌々しげに呟くと魔剣を構える。だが、その人影はシスカ達を走り過ぎると後ろの魔物の群れへと突っ込んで行った。


「あっあれは…ザック?」

「ザックちゃん!」


 見た目は違えど顔立ちや雰囲気からザックと理解出来た。そのザックはというと瞬く間にゴブリンの群れを絶滅したかと思うと駆け寄って来る。


「姉御! ミヤ姉ちゃ――」

「ザックちゃあああああああん!」


 ザックが言い切る前にミヤがザックに飛び付く。雨のせいで全身濡れており、顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き叫ぶ。

 その様子に一安心するとミヤの肩を掴み少しばかり離す。


「ミヤ姉ちゃん、親父とお袋はどこにいる!?」


 ザックの問いかけにミヤは首を横に振った。割って入るかのようにシスカが口を挟む。


「親御さんは見ていない。私たちは商館へと戻るとこなんだけど商館にはいなかったのか?」

「いえ…いませんでした」

「そうか」


 伏し目がちに答えるザックに何と言って良いものか迷ってしまうシスカ。


「エロイカのみんなは!?」

「あいつらは一番被害の大きい西の方で魔物の相手をしているよ」


 ザックは西の方へと目をやる。西には森があり、ザックとリリィが初めて出会った場所でもあり、アクセル達と出会った場所でもある川が流れている。


「俺…親父とお袋を探して来ます!」

「ザックちゃん!」

「ミヤ姉、ごめん!」


 踵を返し再び自宅へと走り出した。シスカは黙ったままザックを見送り、ミヤは手を合わせザックをザックの両親の無事を祈る。


(親父…お袋…)


 商館にもおらず、シスカ達も見ていない。不安で胸がいっぱいでどうしても嫌な妄想をしてしまう。

 それでも、前を向き自宅へと走って行く。そして、自宅がある区間へ着いたのだが――


「えっ…」


 ザックは息を飲んでしまう。辺り一面の家が潰れており、それはザックの家も同じだった。


「親父いいい! お袋おおおお!」


 たまらずザックは自分の家まで走る。どうか…どうか、これは幻であってくれ。そう願うものの自宅前に着くと否応にも現実に直面してしまう。

 家は崩壊し、瓦礫で埋もれてしまい、あの楽しい思い出が詰まった団欒の居間が今はもう無い。

 ザックは錯乱し瓦礫を手で退かし始めた。


「親父! お袋! 居たら返事しろ! 頼む! どうか…お願いだ!」


 幾ばくか瓦礫を退かすと中からくぐもった男の声が聞こえて来た。


「親父! 親父なのか!」


 必死に瓦礫を退かせると父親の顔が見えて来た。


「親父! しっかりしろ!」


 最後の大きな瓦礫を退かしザックは父親に向かい叫ぶ。その声に反応するかのように父親は顔を向けた。


「うっうぅ…この声は…ザックか…」

「ああ! ああ! 俺だ! ザックだよ!」


 頭から血を流し、意識も朦朧としている。しかし、父親はザックだと分かると瓦礫に潰されてはいない方の手をザックの顔へと添えた。


「良かった…お前が無事で…」

「よっ良かねぇよ! お袋! お袋は!?」


 涙が溢れ出て来て視界がボヤけて来るのを袖で拭う。父親はその声を聞くと少し笑うとザックの頭へと手を伸ばした。


「母さんか? 母さんなら大丈夫だ。ほら」


 そう言い視線を胸の辺りにやる。そこには血だらけになりながらも父親に抱かれた母親の姿があった。しかし、呼びかけに答えることもなく静かに父親の胸の中で眠っていた。


「お袋…おいって…お袋ぉ…」

「ザック…母さんは俺の自慢の奥さんだ。お前もリリィちゃんをこうやって…守れる男になれ」

「何…何を言ってるんだ…そっそうだ…! 親父待ってろ! 今、回復出来る人を連れて来るから――」


 ザックはそう言って、モーフィアスなら!と思い駆け出そうとするのだが父親に腕を捕まれてしまう。


「ザック…良いんじゃ。俺はな…いつも何時でも母さんと一緒が良い…プロポーズした時に、そう約束…したから」

「はぁ!? 何を言ってるんだよ!」


 溢れ出る涙を更に拭い、膝を付き座り始める。父親はザックの手を握ると穏やかな表情を浮かべる。そして、手を離すと懐から赤い石を取り出した。

 それをザックの手の中へとそっと置く。


「この石な…お前を拾った時に…お前の胸元に置いていた石だ。お前の今の様子から見るに…何か訳ありだったんだろう…」

「おい…何を言ってるんだ…親父…しっかりしろ…」

「ザック…約束しろ。リリィちゃんを…しっかり守るんだぞ? そして…リリィちゃんを故郷に返してあげなさい…お前の本当の両親を探す旅…なんてのも良いな。良いな? 俺とお前との…約束だ」

「出来るかよ! そんな約束! 俺の両親は親父とお袋だ! それ以外に誰もいねぇ!」

「ザック…?」


 父親の目がしっかりとザックを捉える。その目は力強く、そして真剣な目だった。

 それでもザックは駄々をこねるように拒否してしまう。


「出来るかよ…出来るわけねぇだろ…そんな約束…親父しっかりしろよ…」


 父親はザックの頭を撫でながら、愛おしそうな表情を浮かべる。


「ザックや…お前は良い子だ。俺も母さんもそんなザックが息子でいてくれて…凄く嬉しく、凄く幸せだったよ…」

「おっ親父…やめてくれ…」


 頭を撫でる手を受けとめ、ザックは父親の手を握り返す。その手は冷たく、弱々しく、もう力も残っていないのが分かった。


「ザック…お前のことを…誰よりも愛して――」

「親父!? 親父! しっかりしろ! 親父いいいいい!」


 力尽きた父親の手を握り返し必死に呼び掛けるも、父親からの返答は無い。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 辺り一面にザックの悲痛な叫びが虚しく響き渡る。


「親父いいいいい! 親父いいいいいいいいい!」


 泣き喚き、父親の手を握り締める。もう、その手に力はなくザックの手を握り返すことも永遠に来ない。

 そこへ嘲笑うかのように聞き覚えのある声がザックの背後から聞こえて来た。


「美しい! 美しすぎます! これが親子の愛! 親愛なる父子の愛! ああああああ! なんと! なんと尊いのでしょうか!」

「ああああああああ! 貴様あああああ! 貴様があああああああああ!」


 ザックは振り返る。その顔は憎しみに怒りに満ちており、徐々に人ではない顔へと変貌しかかっていた。ドロドロした物がザックを包み込み始め、どす黒い雰囲気がザックを覆っていく。


「あああああああ! 愛の別れ! 私、嫌いではありませんよ! 幾度となく見て来ましたが! 非常にそそられるものがありますねえええええ!」

「ふっふざけんな…ふっふざけんなあああああああああああああああ!」


 宙に浮かぶタキシードを着た老人へ駆け出しそうになったところでザックは、追いかけて走って来たリリィにしがみつかれてしまう。


『ザックさん! ダメ! それはダメ!』

「うるせぇ! 引っ込んでろ!」

『きゃっ!』


 しがみ付いて来たリリィを腕で振り払い、薙ぎ倒したところでザックは我に返ってしまう。


「リっリリィ…」

『!?』


 ザックの目に映るのは薙ぎ払われたことで横たわり、そしてザックを見る目が怯えを含んでいるリリィだった。


「ちっ違うんだ!」


 ザックは手を伸ばし、リリィに近寄ろうとするのだがリリィは後ずさりをしてしまう。

 そこへ老人はリリィの母国語で話し始めた。


『ほっほっほ。もういいでしょう。そもそも、お嬢さんがこの村に関わってしまったのが運の尽きなんですよ。お嬢さんさえ関わらなければ、この村はずっと平和だったんですよ。この青年のお父さん、お母さんも死なずに済んだのです。お嬢さんさえ関わらなければ』


 ここに来てリリィは初めてザックの両親が亡くなった事を知ってしまう。そして、崩壊している家を見ては気付いてしまった。


『さぁ、お嬢さん。私と一緒に来てくれますね? お嬢さんが私と来てくれるのなら、もうこの村に手出しはしません。約束しますよ。』

『ぐっ…』


 リリィはゆっくりと立ち上がり服の裾を握り締める。


(自分のせい…全ては自分のせい…ザックさんを傷つけたのも…ザックさんの優しいご両親が亡くなったのも…みんなが襲われてしまったのも…全て全てが私のせい…)


 そう思えば思うほど、リリィの心が抉り取られていく。

 そして一歩、もう一歩と老人へと向かい歩み始めていく。


「リっリリィ…!? どこ行くんだ!」


 手を伸ばすが先程、振り払った事もあってなのか足が動かない。それでも、ザックはリリィに向かい叫ぶ。


「行くな! リリィ! そっちに行くな!」


 ようやく足が動き、リリィの手を掴もうとするのだがリリィの方から避けられたのか掴む事が出来なかった。そして、老人は指を鳴らすと背後にゴブリンが出現しザックを押し倒す。


「ほっほっほ。ではでは、青年よ。お嬢さんは私が連れて行きますので。ああ、もうこの村には用はないので大丈夫ですよ」


 そう言うと老人の真下に青い魔法陣が浮かび上がる。魔法陣へと歩み着いたリリィはザックの方を向いて届かない声で口を開いた。


『ごめんなさい…』

「リリィ! 行くな! リリィ!」

「ほっほっほ。では、ご機嫌よう」


「リリィィィィイイイイイイイイイ!」




――ザックの叫びはリリィに届くことはなく、リリィと老人の姿は忽然と消えた。

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