第50話 運命の罠

「そろそろ、ご決断を」


 縁談の申し込みからすでに三ヶ月が過ぎていた。康代の行方をずっと探しているが一向につかむことができず、ただ残酷に刻だけが過ぎていく。ローラからのメールには、「お父様が言い出したこととはいえ、私には反対する理由がないからあなたと婚約してもいいわよ。あなたは戸惑ってるようだけど、婚約しても私たち、自由恋愛OKよ」と書かれていた。形式だけの結婚契約でもよいというローラ。そうだろうな。自分の夢のために好きでもないバレエ団のディレクターとも寝る女だ。


「俺には愛している女がいる。お前とは契約結婚になるがそれでもいいのか?」


「あなたが愛しているという女では、世間が認めてくれないから私と結婚するって訳ね。そうね、私となら皆が認めてくれるものね。でも、いいわよ。あなたの心が今はその人を愛していても結婚してあげるわ。私たち一度は愛し合った仲なんですもの、契約結婚でもきっとうまくいくわよ。感情なんてすぐに変わるもの」


「わかった。お互い納得しての契約結婚だ。来月のお前の誕生日に婚約しよう」



◇ ◆ ◇


 帰国後、小さな出版社に採用され編集者の仕事を始めた私は毎日必死に生活していた。小さな会社ではあったが、今をときめく女性をテーマに発行している女性ファッション雑誌編集部署だ。海外のファッション雑誌を閲覧後、最新情報を皆に和訳し、自社の企画を立てる。入社してからは毎日が忙しくアメリカでの生活を忘れるには丁度よかった。


 そんなある日、私は吐き気で会社のトイレへと駆け込む。


「康代さん、大丈夫なの? 今日は大事をとって早退しなさいね」


 編集長には、入社の時、ロバートの名前を伏せて大まかな成り行きを正直に話していた。小さな会社の女性だけの職場。皆がそれぞれ何かしら傷をもっていたが、「仕事だけはきっちりする」というポリシーさえ守れば全てが許されるという暗黙の了解があるような暖かい職場だった。


「すみません。迷惑をかけて。編集長、ありがとうございます」


「康代さん、ちゃんと病院へ行くのよ」


「えっ? 」


「ここにはあなたの先輩たちがたくさんいるのよ。どんな結果でも心配しないで、私たちはあなたの味方よ」



◇ ◆ ◇


 一人そのまま病院へ向かう。初めて入る産婦人科に身じろいだが、心は意外にも落ち着いている。


「おめでとうございます。四ヶ月に入ったところですね」


 私の体の中に、愛する人の子が……。嬉しさがこみ上げてくる。一人で生きる決意をした私に迷いなどない。この子を産んで育てる。ロバートとの情事は一生、誰にも言えない秘密だ。このお腹の子にさえ父の名を告げることが出来ないかも知れない。それでも、私はこの子を心から愛しいと感じる。それは、私がロバートを愛していた何よりの証だから。この気持ちだけは、この子にも伝えたい。私は、あなたのお父さんを心から愛していたと。

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