第52話 真実を知る新婚旅行
二人揃って休みが取れたのは、結婚式から二年以上過ぎた春だった。ローラが企画した旅行の行き先は日本だという。バレエダンサーだったローラは結婚を機にバレエ団を引退し、今はモデルとして活躍している。新婚旅行というプライベートな旅ではあったが、日本のマスコミから取材を受ける旅と重ねての旅行だ。
ローラが取材を受けている間、俺はひとり東京の街を見て回ることにした。都会の人混みは嫌いなので、宿泊先にほど近い静かな公園へと足を運ぶ。桜の花が満開に咲いている。
ひとり、桜並木の下をぷらぷらと歩く。こんな穏やかな昼下がりは久しぶりだ。平日ということもあり、人もまばらだ。春の風が桜の花をさらさらと散らしていく。
「チェリーブラッサムか」
ほんのりと匂う香りは、どこか懐かしい。
ローラとの契約結婚は、思ったよりも上手く行っている。経営する会社も後ろ盾を得て順調だ。ローラは、俺とソフィアの関係に気がついているようだが、責めることもせず見ぬふりをして良い妻を演じている。今も寝室は別だが、ローラが誘ってくる夜は、必ず抱いて寂しい思いはさせていない。女は男に抱かれると安心する生き物だとこの結婚でよくわかった。
桜の香りは鼻腔を刺激する不思議な匂いだ。公園を歩いていると、花びらがひらひらと舞い散ってくる。日本の花は、散り際まで清々しいのか。桜の木を見上げながら、ふとそんなことを考えながら歩いていると、ふいに後ろから何かが俺の足に絡まって来た。
「ロバート、走らないで。危ないでしょう。ちゃんと前を見ないで走るから人にぶつかっちゃうのよ。さぁ、ちゃんとごめんなさいしましょうね」
「うん、ぶつかって……ごめんなさい」
振り向くと栗毛の小さなガキ《男の子》が頭を下げている。
栗毛のガキの後ろで一緒に頭を下げている女。見覚えのある顔。
「ヤスヨ……」
康代も驚いたのか、すぐに言葉が返ってこない。
「ママ、この人だれ?」
さすがの俺もこの時ばかりは、驚きを隠せない。
「お前の子なのか? 」
康代をママと呼んだ小さなガキの顔を覗き込む。鼻筋が通っていて色白だ。どう見ても日本人離れしているその顔。
「俺の子か?」
「違う! 」
動揺しながら答える康代をみて俺は確信する。ガキは俺の子だ。
「どうして、何も言わずに居なくなったんだ」
「……」
答えられない康代の前にすっと出て来た小さなガキが俺をにらみつける。
「ママをいじめるな。僕が変身してやつけるぞ」
「お前の名前はなんていうんだ。さっきロバートって呼ばれていたがロバートなのか」
「うん、そうだよ。ママがつけてくれたんだ。死んだパパの名前なんだって。ママは今でもパパのことが大好きでパパのことを毎日話してくれるんだよ」
俺は、ガキを持ち上げ、思い切り抱きしめた。
「パパは死んだと、ママが言ったのか? 」
「うん。だから寝る前、ママと二人でお星様になったパパに話しかけるんだよ」
「ロバート、お願いよ。もうやめて。私たちはもう別々の道を歩んでるのよ」
ガキはキョトンとした顔で俺の顔を見ている。
「ママ、この人もロバートっていう名前なの」
「そうよ、この人もロバートっていうのよ。パパの古いお友達なの」
康代は俺が結婚したことを知っているんだろう。あれだけのニュースになったんだからな。いや、もし知っていたとしても説明したい。愛のない契約結婚だと。
「康代、時間を作ってくれないか。話がしたい」
「私は、話すことなどありません」
ガキの手を取り、立ち去ろうとする。
「行くな」
俺は康代の手を握りしめた。
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