第39話 突然のスカウト

 久しぶりにロバートから連絡をもらった。この週末は彼の家で過ごすことになっている。朝早くからウキウキした気持ちで鏡の前に立つ。今日は美女と野獣のベルのイメージでドレスも黄色。髪もカーラーでくるくるに巻いてUPにした。どこからみてもベルみたい。ロバートはハンサムだから野獣の顔ではないけど、違う意味で野獣だから。うふふっ。


 車を運転しながらベルになりきり美女と野獣を歌い出す。


「いつの時代にも愛される愛の物語 🎵 ぎこちなく、ためらう二人なのに、ちょっとした変化で通い合う瞬間があるの。いつの間にか、自分でも知らないうちに心が通いあう美女と野獣 🎵 太陽が昇るようにいつの時代も変わることのない確かなもの 🎵 それが……真実の愛 🎵 」



 


 彼の家に着くと、ロパートはすぐに私を抱きよせベッドへと運んだ。


「ロバートったら、せっかく綺麗に髪の毛をセットしてきたんだよ」


「ソフィア、可愛いよ。ねっ、そう拗ねないで君のすべてをみせてくれ」


 黄色いドレスの裾から彼の手が太ももにすっと忍び込んで来る。もう片方の手はすでにドレスのファスナーを下ろしていた。


 本当は、すぐにそういう行為をされるとちょっと悲しくなる。彼にとって都合の良い女なのかなと心配になってしまうから。でも、久しぶりに会うんだからと自分に言い聞かせ笑顔で応じてしまう。だって、絶対に嫌われたくないもん。


 私はロバートの望みをすべて叶えてあげたい。彼の一番でいたいから。彼のとろける愛撫で時間をかけてセットした髪が乱されていく。それでも彼の喜んだ顔が見れるなら……。


「あぁ〜ん。ロバート……ダメッだよ」


「ソフィア、可愛い子猫。もうこんなに感じてるのに? 俺だけのプリンセス、恥ずかしがらなくていいんだよ」


 ベッドへなだれ込み、彼の甘く優しい声に心も体もとかされていく。





◇ ◆ ◇


 トン・トン……


 トン・トン……



「おーい、ロバート。お前に話がある。居ないのか? 」


リチャードと私はロバートの家に立ち寄っていた。



「あれっ、玄関に鍵がかかってないぞ。中へ入ろう」


「リチャード、急に訪ねて来て、勝手に上がりこむのは悪いわよ」


「いいや、構やしないさ。あいつは俺の息子なんだ」



「おーい、ロバート」






 俺は、ソフィアを抱いて絶頂を迎える手前だった。親父が突然訪ねて来るなんてことは今まで一度もなかった。いつもは鍵をかけ忘れることなどないが、ソフィアを向かい入れた時にかけ忘れたらしい。


「おーい。ロバート!!」


 寝室のドアの前で親父が俺の名前を呼んでいる。


「親父、ドアを開けるな! 女がいる。すぐに終わるからリビングで待っててくれ」


 康代も一緒に来ているとは知らずに大声で叫んだ。ソフィアは驚いた顔をしたが俺たちは燃え上がる愛の行為を止めなかった。いや、止められなかった。


「ロバート。途中だけど後にした方がいいんじゃない?」


「ソフィア、親父だから気にするな。こんなにお前が感じてるのに途中で終われないぜ」


「ロバート、あぁ〜ん」

 

 ソフィアの大きなうめき声が響いた。



 

 行為が終わると俺はソフィアを残し、さっと服を着てリビングに向かった。なんとか体裁を整えたつもりだが、髪の乱れなどから一目で行為の直後だとわかるだろう。


「ロバート、急に来て悪かったな」


 親父はバツが悪そうに話しかけたが、その顔はニタついていた。その横で康代が無表情で、立っている。


「なんで康代が一緒にいるんだよ」


 俺は怒りをあらわにした。


 親父、もしかしてわざとかよ。ソフィアの車が外に停めてあったのを知ってたはずだ。ソフィアを家に連れ込んでるのを康代に見せたかったのかよ。まさか、親父は気づいてるのか。



「なんの用だよ」


 怒りの気持ちをどこにぶつけて良いかわからず、ぶっきらぼうに言い放った。


「ロバート、お前宛てに手紙が来ている。届けに来たんだ」


「それだけかよ」


「いや、手紙の主が俺に電話をくれてね。どうしても伝えて欲しいと言ってたぞ。お前に電話やメールで連絡したが、無視していただろう。だからこうしてわざわざ訪ねて来たんだ。お前とローラが写っているプロム写真を雑誌で見たんだそうだ。映画に興味はないかと聞いて来た。なんでも、映画監督のチャーリーが次の映画の主役を探していて、そのイメージにお前がぴったりだったらしい。お前をスカウトしたいらしいぞ」


「なんだよそれ。そんなこと知ったことかよ」





 そんな時だった。ソフィアが心配顔でリビングに現れた。


「ロバート……あのね。待ってても戻ってこないから心配になって来たの」


「ソフィア、部屋で待ってろ」


 バスローブを羽織り、乱れた髪のソフィア。昼間っからバレバレのその格好はまずいだろう。親父だけならどうってことはないが、康代を連れて来ている。



「おや、お嬢さん。初めまして! ロバートの父、リチャードです。そして、こっちは僕のフィアンセでロバートの将来の母・康代。ロバートがお世話になっているようだね」



 親父、嫌味かよ。


「はじめまして。ごめんなさい。こんな格好で。ロバートとおつきあいさせてもらっているソフィアです」


「ソフィア、いいから黙って部屋にもどれ」



 どうして、こんなにロバートが冷たく怒ってるの。なぜこんなに動揺しているの。私とお父さんを合わせたくないの? それとも、他に原因があるのかな? この康代と言う人も悲しい顔をしている。



「ごめんなさい、ロバート」


 私は、リビングを泣きそうになりながら後にした。


「ロバート、ソフィアさんがかわいそうじゃないか。お前の彼女なんだろう。女の子は大切にしないとな」


「俺が誰と付き合おうと親父には関係ないだろう。散々遊んだ親父に言われたくないぜ」


 そう言うのが精一杯だった。康代は一言も言葉を発しない。ただ、居心地が悪そうに立っているだけだ。俺はたまらなくなり、康代に向かって叫んだ。


「ソフィアは俺の友人だ。彼女じゃない」


 親父は少し驚いた顔をしていたが、俺の言葉をかき消すように落ち着いた口調で話題を変えた。


「ロバート、お前は将来どうしたいんだ。俳優業もなかなかお前にあってるんじゃないのか。よく考えてみろ。そして、連絡しろ」


 書類を置くと、康代の肩にさっと手を回し、


「康代、こいつとの用は済んだから、美味しいものを食べに行こう」


 見下すような言葉を言い放し、親父は康代を連れて出て行った。





 バタン


 閉まるドアの音がする。



 「ちくしょう! 」


 俺は絶好調だったのに、気分も何もすべて台無しだ。





 冷蔵庫からコーラを取り出し思いっきりフタを開け、溢れる泡とともに口の中へ流し込む。



「康代にだけは見せたくなかった」

 

 コーラの缶が握りつぶされていく。俺は本気で落ち込んだ。



 

 コーラの泡が、弾けては胸の中で消えていく。

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