第41話 社会見学でラブラブだぜ!

 今日もまた大学の芝生で康代の弁当を食っていた。ただ、いつもと違い今日の康代はよそよそしい。


「康代、お前クリエイティブな仕事がしたいんだよな。映画の制作現場を見たいと思わないか? 」


「えっ、なんなの急に」


「興味あるなら連れて行ってやるぜ」


「興味はあるけど、ロバートったら、ついに俳優になる決心をしたの? 」


「そんなわけないだろう。俺は映画なんて興味ないぜ。だけど前にお前が言ってただろ。いつかクリエイティブなものを制作する仕事がしたいってな。だから、一度見学に行くって返事しといたのさ。お前には、いい勉強になるだろ。なっ、来週親父は出張でいないんだろう。学校帰りに一緒に行こうぜ」


「そうね。わかったわ」



 それだけの会話だったが、俺の心は浮き立った。康代も微笑んでる。やっぱり俺のアイディアは最高だな。康代との気まずさはかき消され来週のデートの日、いやいや……社会見学の日が待ち遠しいぜ。


 親父、毎日でも出張してくれ。仕事の忙しい親父に感謝するぜ。





 一週間が経ち、訪問当日。


 俺たちはチャーリー監督が撮影している「彼はドラキュラ。この命を捧げても愛してる」の撮影現場見学をさせてもらった。


「おぅ、ロバート君、よくきてくれたね」


「初めまして、ロバートです。そしてこちらが康代です」


「リチャードから連絡があったからね。康代さんはリチャードの婚約者なんだろう。将来のお母さんと息子が仲良しで嬉しいとリチャードが話してたぞ」


 くっそ。親父。まさか親父と監督が知り合いだったとはな。


「チャーリー監督、初めまして。リチャードがよろしくと言ってました」


 何? 康代もぐるかよ。


「康代さんは、大学を卒業したら制作の仕事を希望なんだってね。今日はせっかくだからみんなを紹介してあげるよ。この世界は知り合いが多いほどいいからね」


 そんな時、一人のアシスタントが監督のもとに走ってきた。


「監督、すみません。今日の撮影予定のドラキュラの街の撮影なんですが、ドラキュラ役エキストラの一人が腹痛を起こして撮影時間までに来れないと連絡がきてます。このシーンの撮影を後回しにするか彼を外して撮影を開始するかなんですがどうしますか? 」


「彼にはセリフはなかったよね」


「そうなんですが、美女の首元に噛みつくシーンのアップが入ってます。エキストラにしては、顔がイケメンでしたのでその設定でとカメラリハの時、偶然彼を見た監督ご自身の指示ですよ」


「ハハハ、そうだったかい。じゃ、彼の代わりはもう見つかったから心配ないよ。ロバート君、セリフはないから君でもできるよ」


 監督はすぐにアシスタントに指示を出す。

「ロバート君に特殊メイクと衣装をつけてくれないか。このシーンは彼にやってもらうよ」


「おい、何言ってるんだよ。俺は役者になる気はない」


「ロバート君、君がこの小さな役に出ることで康代さんは君のマネージャーとして制作者たちとコネを作れるんだよ。僕の知り合いと言ってみんなに紹介してあげるよ。ここでの出会いは康代さんにいつか絶対役に立つ」


 アシスタントは、「さっ、こっちへきて。すぐに支度しないと撮影が大幅にのびてしまうわ。メイクに2時間はかかるんだから」と急かす。


 何言ってるんだ。勝手に決めやがって。康代も康代だ。人助けと思ってやってあげたらと笑いながら言いやがる。


「私、ロバートの吸血鬼ドラキュラ姿見て見たいな」


「康代、お前の願いを叶えたらご褒美をくれるんだろうな」

 小さな声で康代の耳元で囁いた。


 こうして俺は、ドラキュラ映画のエキストラに出演させられた。まっ、女の首をかじるのは簡単だった。別に演技をしなくても慣れてるからな。


「お疲れ様、いいカットが撮れたよ」


「ロバート、素敵だったわよ。あなたみたいなハンサムな吸血鬼ドラキュラなら女の子達はみんな首を差し出しそうね」


「俺は、お前の血がほしい」

 吸血鬼ドラキュラ姿でおどけてみせる。


 康代は苦笑いしながらも否定しなかった。康代に褒められるなら吸血鬼ドラキュラ役も悪くないな。


 エキストラ代として監督は帰りに現金が入った封筒をくれた。中には500ドル入っていた。この現金は俺自身で稼いだ初めての金だった。




 俺はショッピングモールに車を走らせた。ここには美味しいと評判のレストランがある。康代と二人ブラブラと歩きながらレストランへ向かう。ショッピングモールには、いろいろな店が入っていた。デザイナーブランドの服屋や高級チョコレートショップ。その中にネイティブアメリカンの手作りジュエリー店もあった。康代はショーケースの中に小さなネックレスを見つけ、目を輝かせて見つめている。


「わぁ、可愛いネックレス」


「お前、こんな安物に興味あったのか」


「ロバート、値段なんて関係ないわ。ネイティブアメリカンは部族によってジュエリーのデザインが違うの。ネイティブアメリカンの新鋭女性デザイナーの作品は、いま世界中で注目されてるのよ。温かくてどこか懐かしいその作品に惹かれるの」


「へぇー。世の中の女達は、でかいダイヤが好きだと思っていたが、お前は違うんだな」


「ロバート、色々な考えの人がいるのよ。世の中で一番大切なものはお金で買えないもの、例えば愛とか命。そして時間だって私の母がいつも言ってたわ」


 康代はやっぱり他の女とは違う。ごっついダイヤや高級車を望む欲深女達とは考えが違うんだ。


 俺は、康代が見ていたネックレスを店員に見せてくれと頼んだ。店員はすぐに取り出して俺に差し出した。俺は康代の首につけてやった。


「俺からのプレゼントだ」


「何言ってるの、これ468ドルもするのよ」


「俺が自分で稼いだ金だろ。親父から引き継いだ金じゃないぜ。俺が稼いだ初めての金だ。お前にプレゼントしたいんだ」


「よくお似合いですよ。それではお会計をこちらで」


 店員に言われ奥に進み、監督からもらった現金を差し出す。税込でちょうど500ドル。たった500ドルだ。大した額じゃないのに、康代はとても喜んでいた。


 この時、俺は初めて自分が稼いだ金の意味を知った。


「ロバート、ありがとう」


「俺の卒業記念に時計を買ってくれたお礼だ。あれよりずっと安物だけど俺の初めての給料をお前のために使えて嬉しいぜ」


「ロバート。大切にするわね」


 康代のこんな笑顔は初めてだ。俺は純粋に嬉しかった。



 

 俺たちはその後、レストランで食事をして笑いあった。その姿は、誰が見ても恋人同士にみえただろう。


 そう……あんなことがなければ、俺たちは本当の恋人同士になれたかもしれない。


 あんなことがなければ……

 

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