第46話 業火

『さあ、今始まりの時』

『さあ、今終焉の時』

『アルシュを使いて、世界を導く』

『アルシュを使いて、天へと導く』

「その為に、我々元老院が居たのだから!」



 ◇◇◇



 地上は地獄絵図と化していた。

 燃えゆく世界には、人も住んでいたはずだ。しかしその世界は今やもう悲鳴を上げるだけの世界にしか過ぎない。変わり果てたその姿を、幾ら変えようとしても時を遡ることは出来ない。

 ドラゴンの攻撃さえも、シンギュラリティの攻撃さえも、そのアルシュにはかなわない。


「はははは……幾ら攻撃をしようとも無駄な話……。この世界を滅ぼすことなど簡単にできるわ!」

「そうは……させるか」

「なにっ」


 その声に気がついたときは、もう遅かった。

 気づけば、彼の身体をナイフが貫いていた。

 死んでいたと思っていたラインハルトが、実は生きていて、アルシュの攻撃に集中しているうちにゆっくりとその身体を引きずりながらナイフを取り出していたなどと誰が気づいただろうか。


「貴様……まだ生きておったか……。死に損ないが!」

「死に損ないは、どっちが言えるかな」


 ぐりぐりとナイフを回転させていく。傷を広げることで血をどんどん出させて失血死に追い込むためだ。

 ラインハルトは呟く。


「世界が終わってしまうだって? その為に人間の種を保存するだって? はっきり言って、そんなこと出来るのかよ。そんなこと可能なのかよ。多数を殺して少数を生かす戦法しか許せないなら……俺はそんなこと御免だね……」

「き……さ……ま……!」


 そして、ゆっくりとアルシュは降下を開始する。


「アルシュが……落ち始める……! 行くなら今だ!」


 ノワールの言葉に、ベッキーは頷く。


『そんなもの、行くには決まっているでしょう!』


 そうして、ノワールとシンギュラリティはアルシュへと向かう。



 ◇◇◇



『彼奴が失敗したか』

『何。元々失敗した場合はどうするか決めていたはずだ』

『然様。我々の負けだ。……後は、残りの人間がどうするか決めることだよ』

『然様。……後にここの電源も落ちる。唯一の管理者だったマルス・アウトレイジも死んだ。後はこの世界を終えるのみだよ。……その役目は伝えておろうな?』

『ああ、伝えている。直ぐにこの「人工知能」の電源もバックアップも落ち――』


 ブツン。

 へたり込む彼女は、電源ボタンを押したまま、そのまま涙を流していた。

 彼女は呟く。


「これで……これで良いのですよね……、お父様……?」


 そして、瓦礫に彼女の身体が飲み込まれた。



 ◇◇◇



「ラインハルト!」


 操縦席に倒れている彼を見て、慌てて駆け寄るベッキー。


「大丈夫だ、取りあえず止血処理だけはしてある……」

「急いでここを離れた方が良い。後は燃え続けるだけだ」


 ノワールの言葉を聞いて、ベッキーは操縦席に駆け寄ろうとしたが、


「だめだ、ベッキー。どうやら……このアルシュは最初からどこかに目的地をセッティングしているようで……。だから、それを解除することが出来ないんだ」

「そんな……! そんなことってあり得るの……!」

「この船の行く先に、平和な世界があることを願うしかあるまいな……」


 そうして二人と一匹の竜は、方舟アルシュに乗り込み、どこか遠くの世界へと向かうのだった。

 彼らがいた世界は燃える物がなくなるまで、ずっと燃え続けた――その火は千日も燃え続けたと、神話の上で語られている。

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