第5話 竜の民
竜の民の逸話を、テスラーの人間が聞くことになるのは歴史の授業ぐらいだろう。
歴史の授業と言っても大抵は自国の歴史しか教育させることはないのだが、実際のところ、他国の歴史も少しは触れておいた方が良いだろうという理由から、かなり曲解した(・・・・・・・)歴史が説明されている。
では、なぜラインハルトが『聞いたことがなかった』などと言ってしまったのか?
理由は単純明快。ちょうどそのタイミングで彼が眠ってしまったか、或いは授業をサボったか、どちらにせよ彼が真面目に授業を受けていなかったからこそ、ブランから聞いたその話を容易に受け入れられたのかもしれない。仮にそれがしっかりと『教育』を受けた者が聞けば、受け入れることはなく、むしろ拒否していたことに違いない。
「……竜の民は、ドラゴンとともに生き、ドラゴンとともに死ぬ種族だ。儂のお付きも、竜の民に居てな。竜の民は、ドラゴンの血を飲み生きているのだよ。代わりに儂も食料を貰って生き長らえているということだ。普通に何も食べず飲まずだとすれば、二週間ももたないだろうな」
逆に二週間ももつのか――なんて思ったが、それはまた別として。
「いずれにせよ、その竜の民に、俺が接触しても良いのか? ドラゴンとしては問題があるとか」
「あるわけなかろう。そんなことをお前が気にすることはない。それに、行く場所もなかろう。祖国を追い出されたお前はもはや漂流することでしか生き方を定めることが出来ない。それはお前にだって分かっていることだと思うが?」
「お前じゃなくてラインハルトだ。さっきも言っただろ。……だが、それもそうだな。確かに、ブランの言うとおりだ。このままうだうだしていても何も始まらない。だったら、竜の民にお世話になるのも一興だ。もしかしたら何か情報が手に入るかもしれないしな」
「だろう。だから今向かっているのだよ、竜の民が住まう里へ」
そして、ブランは徐々にスピードを落とすと、森の切れ間へと降り立った。
そこに広がっていたのは、小さな村だった。
「……到着したぞ、ラインハルト。ここが竜の里だ」
言葉を聞いて、ブランの背中から降りるラインハルト。
ラインハルトは周囲を見渡す。そこは小さい村で、自分たちと何ら変わらない人間が普通に暮らしていた。……いや、人間と思っていたのだが、違うようだ。
「まさか、ここは……エルフの住まう里?」
「然様。エルフはか弱い民族だ。一人では生きていくことも出来ないほどに、な。だから強者たるドラゴン、つまり儂らがエルフと共存することでお互いの種を長らえさせているのだ。エルフは身体が弱いかわりに治癒魔法に富んでいる。傷を癒やし、心を癒やすことが出来る。それがエルフである彼らの仕事だ」
「ブラン様、どうなさいましたか。そのような人間を連れてきまして」
声がしたので、ラインハルトはそちらに向いた。
すると、そこには老齢のエルフの男性が立っていた。杖をつかないと歩くこともやっとといった様子の彼は、おそらくラインハルトと比べものにならないくらい年齢の差が離れているのだと彼は自ずと悟った。
エルフはもともと長寿の民族だ。しかしさっきも聞いたとおり、エルフはか弱い民族だ。自らの身体を守る手段を持ち合わせていない。だから誰も守らなければ、あっという間に他民族に淘汰されて消えてしまうことだろう。
そんな彼らが消えずにまだ種として残っているのは、ブランの言った通り、強者と『契約』を結んでいるからだろう。契約を結ぶことで、ドラゴンはエルフの命を守り、エルフはドラゴンに食べ物を提供する。そうやって持ちつ持たれつの関係を築くことで、彼らは生きていたのだ。
「何。新しく『契約』した人間だよ。とはいえ、今や祖国を追われた根無し草のようじゃがのう」
「そうでございますか。……名前は?」
「ラインハルトだ」
「ラインハルト様。我々はあなた様を歓迎いたします。ここを第二の故郷と思って過ごしなされ。そうだな、世話役が必要となるであろう。ええと……」
「良い。メアリにやらせれば良かろう」
「メアリ……。ああ、ブラン様のお付きですね。しかしラインハルト様に迷惑をかけないでしょうか」
「問題なかろう。メアリならば、普通にそつなくこなすはずだ。だから問題ない。何かあったらこちらから、ラインハルトから言わせることにしよう。なので、なるべく騒ぎ立てないほうがいい。……一応、追いかけられている可能性もある」
「なんと。では我々の村も襲われる危険性もあるのではありませんか?」
「そうさな。……ならば、明日には旅立つことにしよう。一日だけ、時間を貰えないか」
「……分かりました。一日ならば、問題ありません。我々エルフはあなた様ドラゴンが居なければ何も始まりません。ですから、一日は認めましょう。しかしそれ以上となると、我々の生活が脅かされる危険性があるというのであれば、いくらドラゴンのブラン様のお願いでも答えることは出来ません」
「……申し訳ないな。儂がもう少し強ければ、仮にやってきた敵でも蹴散らすことが出来るのだが」
「いえ。問題ありません。……しかし、あなた様が契約したとなると、やはり力を引き出すことが出来るのではありませんか?」
「おおい、いったい何の話をしているんだ? 俺も混ぜてくれよ」
「いや、何でもない。……ラインハルト、ここに居ることが出来るのは一日だけだ。明日にはここを出ることにする。残念ながら、テスラーの軍が追いかけている可能性は否定出来ない。もしそうなるとここが戦場になってしまう。そうなると、どうなってしまうか……お前には分かるな?」
子供達が遊んでいる。
女性が話をしている。
老人達が歩いている。
その光景がすべて破壊されるのが――戦争。
それをしてはならない。それを行ってはならない。それを実施してはならない。
ならば、そう考えてしまうのも仕方ないことだった。
「……分かった。じゃあ、明日には出るとして、どこへ向かえば良いんだ? まさか野宿? それでも構わないが」
「まさか。儂のお付き……メアリがこの村に暮らしている。彼女の家に向かうことにしよう」
そうして、ラインハルトは村の外れにあるメアリの家へと向かうことにした。
◇◇◇
メアリの家は村の外れにあった。なぜこんな村の外れにあるのか、というラインハルトの質問に対して、ブランは何も答えなかった。大方何らかの事情があるのだろうが、きっとブランは何度質問しても話してくれないだろう――そう思った彼は一回質問しただけで諦めてしまった。
家に到着したとと同時に扉が開く。そしてそこからラインハルトの腰ほどの小ささの少女が現れた。
「あ! ブラン様、お待ちしておりました! 最近見かけないので、どうなさったのかと心配だったのですよ!」
「…………まさか、メアリって彼女のこと?」
「そうじゃが?」
「ブランってロリコン?」
「もう一回言ってみよ。その身体、灰燼に帰してやろう」
「すいません、何も言っていません」
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