第6話 メアリ

 メアリの家に入ると、彼女はリビングのテーブルにラインハルトを案内してくれた。

 ラインハルトはそれに従い、言われるがままに腰掛けた。


「少々お待ちください。お水を持ってきますね」


 メアリは小走りにキッチンへと向かう。別にそんな焦ることでもないのに、と言おうとしたがその声は小さく消えていった。


(どうした。メアリに気持ちの一つも伝えることも適わんか)

「五月蠅い。勝手に心の中を読むな」


 ブランが勝手にラインハルトの心の中を読んだので、彼は叱責する。


(そう言われてものう、儂とお前は契約した仲。言われなくても心の中の情報は入ってきてしまうものだ。それこそ、鍛錬を重ねない限り、お前の考えていることは湯水のごとくあふれ出てくるだろう)

「その話し方からすると、ブランの考えていることは何一つ分からないんだろうな……」

「ブランさんは、とっても心の優しいドラゴンさんですよ」


 気づくと、メアリがラインハルトの傍に立っていた。二つのコップを持っており、そのうち一つをラインハルトの前に置く。

 気まずい状態が続く。そして、やがて埒が明かないと思ったラインハルトは、口を開く。


「……もしかして、聞いてた?」

「すいません、聞くつもりはなかったのですが」


 メアリは小さく頭を下げる。

 別に悪いことではない。むしろ悪いのは独り言をしていたラインハルトの方だと思うし、自由に聞くことの出来る状態であったのに叱責するのはどこか違うことだと思ったからだ。

 だからこそ、ラインハルトは直ぐに否定する。


「いいや、間違ったことではないよ。ただ、恥ずかしかっただけで……」

「契約をすると、ブランさんは私たちの思っていることが分かるんですよね。ブランさんは、お互いに心を通わせるほどの人間は今まで何人か居たらしいのですが、教えてはくれないのです……。まあ、知ったところでどうなのか、という話ですが」

(本当なのか?)

(ああ、既に全員死んでいるがね)


 既に故人――ということは真の意味で、彼はずっと一人ぼっちだった。


「……ブランさんとは、どこで出会ったのですか?」

「ブラン、と?」

「はい。少し、気になりまして。お互いに、契約した仲として」


 確かに、彼女も契約したと言っていた。となると同じドラゴンと契約した仲間どうし、ここはある程度仲良くしておいた方が良さそうだ。ラインハルトはそんな策略を練りながら、話を始める。


「ブランと出会ったのは、森の中だったかな。使っていたシンギュラリティ……兵器が壊れて、そこでブランと出会った。俺は翼がほしくて、ブランは担い手がほしかった。お互いの需要と供給が合致したからこそ、契約をした。それだけの話だ」

「……需要と、供給……」


 メアリは少し考え事をしているようだった。

 なぜそんな考え事をするのか、彼には理解できなかったようだったが、しかして、彼は兵士であり彼女はただのエルフだ。そこで価値観の違いが生じても何ら不思議ではない。


「メアリ……さん。ええと、君はどうして契約をしたんだい?」

「メアリでいいです。私の場合は、昔からブランさんと契約することが決まっていましたから。エルフは一族が仕えるドラゴンが決まっているのですよ。まあ、皆さん森に居ますから、普段は出会うことはありませんけれど。村長も、ドラゴンに仕えています。そして私たちはそのドラゴンを神と崇めています。言うならば、偶像崇拝に近いですかね」


 偶像崇拝。

 まさかこんな辺境の地まで来てそんな単語を聞くとは思わなかった彼は、目を丸くする。

 しかし、その言葉だけで彼ら竜の民がドラゴンにどれほど依存しているかが見て取れる。


「……でも、実際の話、ドラゴンとどこまで関与しているんだ?」

「? 関与、とは?」

「つまり、ええと、ドラゴンの世話をする?」

「ええ、そうです。守っていただける代わりに、お世話をする。お世話と言っても食事のお世話だけですよ。別にそれ以外の世話を出来るほど、私たちは優秀な民族ではありませんから」

「……そう、自らを卑下しなくてもいいとは思うのだが」

「いいえ。エルフはそういう民族なのです。たとえそう言われても、自らを畏まる。それがエルフの民族であり、生まれ育った我々の価値観なのです」

「そんなものかね」

「そんなものですよ、人間だって、それは変わらないでしょう?」


 彼女の笑みは、どこか悪魔めいた不穏な表情にも見えた。

 だからといって、彼女には恐ろしさは感じられない。純粋であり無垢なそれは、ただの子供の笑顔そのものだった。

 ラインハルトは水を飲み干し、立ち上がる。


「どちらへ?」

「村を見て回りたい。……だめかな?」

「いいですよ、別に。村長も確か問題ない話はしていました。それに、ドラゴンと契約したあなたは知っておくべきでしょう。我々の生き方、我々の生き様、我々のすべてを」


 そしてメアリも立ち上がると、玄関の扉を開ける。

 先に出てください、という合図だと彼は即座に気づいて、小さく会釈し、外へ出る。

 メアリは外に出て、彼の一歩前に出た。


「ついてきてください」


 メアリは歩き始める。ラインハルトはついていく。その行動は単純なもので珍しいものではないが、彼女たちの光景を、人々は眺めていた。エルフにとって人間が珍しい種族というわけでも無いだろうに、ラインハルトの顔を眺めてはひそひそと何か話をしているようだった。

 いったい何の話をしているのだろう、とラインハルトはきょろきょろとあたりを見渡すが、


「……ごめんなさい。人間はあまりこの里を訪れませんから、皆さん興味があるようで。仕方ないと言えば仕方が無いのですが、許してください」

「別に気にしていない。ただちょっと……どうしてかな、と思っただけだ」

「人はそれを『気にしている』というのでは無いでしょうか?」


 痛い所を突かれた、と彼は思った。

 メアリはさらに歩き出す。すると村長がこちらに向かって声をかけた。


「メアリ。……おや、ラインハルト様に村をご案内しているのかね?」

「ええ。そうですが……。何かありましたか?」

「向かいの家のハーディンが天寿を全うした。今から葬式を執り行う。お前もついてきなさい。ラインハルト様、良ければ一緒にお願いできませんかな」

「別に良いですよ。人を弔う気持ちは……誰だって変わりません」


 そうして、一転村の探索は葬式の参列へと姿を変えるのだった。

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