第4話 疑問

「いかん、避けるぞ!」

「ええっ。ちょっと待ってくれ。話せば分かるはずだ!」


 ブランは舌打ちをして、ラインハルトへ問う。


「……お前、そう言ってどれほどの人間を殺してきたつもりだ? 話せば分かる、それこそ戦争を忌み嫌い平和主義となっていた人間をたくさん殺してきたのが、貴様らシンギュラリティではないのか! だとすれば、あの攻撃も頷ける。なぜそうなったかは分からないが……狙われていることには間違いない!」

「だが……俺はあの場所に戻らないと、」

「戻った瞬間、死ぬとしてもか?」


 その言葉に、ラインハルトは何も言えなかった。

 ブランは暫し考えた後、ゆっくりと進路を元来た方角へと変えていく。


「とにかく、話は後だ。こちらがシンギュラリティに有効な攻撃手段を持ち合わせていない以上、戦闘行為に入るのは非常に危険だ。だとすれば、こちらも見知った一族に頼るしかあるまい」

「見知った一族? ブランにも知り合いがいるのか?」


 徐々にスピードを上げていきながらも、彼らの会話が普通に成り立っているのは、ブランの周囲に特殊な膜が張られているためである。それが空気抵抗を抑制しているのと、あと少しはダメージ軽減にも役立ってくれる。あくまでも必要かどうかと言われると、人を乗せる時ぐらいにしか使わない、非常に限定的なものではあるが。

 いずれにせよ、これ以上ここにとどまっていれば、ブランにもダメージが入りかねない。落下してしまえば契約は無効。このまま二人共々死んでしまうことになるだろう。

 だからこそ、ブランは独断で逃げた。

 本来ならば竜の担い手であるラインハルトが判断することなのだが、ラインハルトを失ってはブランにも困る事態となることは間違いないわけであって、それを回避するための行動だった。

 それを彼が気づいているかどうかはまた、別の話。



 ◇◇◇



「国内ではこれ以上砲撃できません。追いかけますか」


 シンギュラリティ、コックピット内部で一人のドラグーンである少女が応答を待っていた。

 応答が来るまではそう長い時間かからなかった。


「一応、我が国とマギニアは戦争状態にある。だからといってむやみやたらに戦力を割くわけにもいくまい。一度私の方で預からせて貰う。なので、もう戻って貰って構わない」

「構わないのですね、将軍?」

「ああ。構わない、……追いかけたい気持ちがあるのは、君もだろう。ベッキー」

「それはそうですが……」


 ベッキーと呼ばれた彼女は、小さく俯くばかりだった。

 彼女とラインハルトは幼馴染の関係にあった。だからラインハルトのことなら何でも知っているし、何でも理解できているつもりだった。

 だからこそ、今回の国家反逆罪での指名手配が――理解できなかった。

 なぜ彼を捕まえなくてはいけないのか。

 なぜ彼が――そんな罪を犯したのか。


「教えて……ラインハルト……。どうしてあなたは逃げ出したの……!」


 コックピットで、誰にも聞こえないぐらい小さい声で、彼女は呟くことしか出来なかった。

 本当は追いかけて話を聞いておきたかったが、そうすると命令違反となり彼女自体も国家反逆罪で指名手配されかねない。或いはそのまま射殺される可能性もある。

 だからこそ、気になって、気になって仕方が無かった。

 彼が、ドラゴンに乗っているその姿に。


「人間は……、テスラーの人間が、ドラゴンと友好関係を築くことなんて出来るわけが無いのに……」


 テスラーは、それくらいに世界から疎まれている。

 だから、そんなことはあり得ないと思っていた。

 だけれども、ラインハルトはドラゴンに搭乗していた。


(きっと、このことを上司に言ったところで揉み消されて、気のせいだと判断されるのでしょうね)


 気のせいだと判断されたくない――だからこれは彼女の心の中に秘めておくことにした。

 いつか、ラインハルト本人に聞けるその日を楽しみにしながら。



 ◇◇◇



「おい、どうしてあそこから離れた!」

「誰がどう見てもあの状況は儂達を敵と見なしている状況ではなかったか!」


 マギニアのとある森。

 正確に言えば、ブランとラインハルトが初めて出会った場所の近く。

 ブランとラインハルトは面と向かって会話――反省会に近い――をしていた。


「……確かに、そう言われると、そうだったかもしれないけれど……」

「そうだろう。だから、さっさと逃げてきたんだよ。尻尾巻いて逃げて、それがどれほど恥ずかしい行為だったとしても、命あっての物種だ。それぐらいお前も分からないのか」

「分かっていたよ。分かっているつもりだったけれど……」

「つもりだった?」

「いや。いざ、ああ『敵』と見なされると辛いな、って……」


 ラインハルトも、どこかでドラゴンに乗りながらテスラーへ向かう自分を、テスラー自身が『敵』と認識するのではないか、と思っていたようだった。

 だからこそ、テスラーが自分のことを敵と認識してほしくなかったし、認識されてしまった今、彼にとってはもうあの頃の自分が戻れない肖像のようなものと成り果てていた。

 祖国を追われた彼には、もはや亡命して生きるしか道は無い。

 そんな彼に、ブランは声をかけてあげることすら出来なかった。

 普通ならば優しい言葉でもかけてやればいいのだろう。

 しかしブランは、敢えてなのか、わざとなのか、偶然なのか、声をかけることはしなかった。ブランにとってそれは珍しくないことだと思っていたし、祖国を追われることの意味が理解できなかったからかもしれない。


「ラインハルト。さっき儂が言ったことを覚えているか?」

「……見知った一族が居る、と言う話?」

「そう。正確には儂を、ドラゴンを神とあがめ奉る存在が居る。ドラゴンとともに生きて、ドラゴンとともに戦う。そういう民族がいる。リストの民、通称『竜の民』。これからお前が儂とともに居るのであれば、決して損にはならない出会いになると思うが、どうかね? 会おうとは思わないか」

「竜の民、か……。聞いたこと無かったな。まさかドラゴンとともに生きる種族がいるなんて……。分かった、一度会ってみることにしよう。どうするかは、それから決める」


 案外ラインハルトはあっさりと気持ちを入れ替えたようにも見えたが、その傷は思ったよりも深く、そしてブランはそれを少し後に気づかされるのだった。

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