第9話 代償
「どうしたんだよ、まさか此方に手を貸すとは思わなかったぞ」
ばりぼり、と音を立ててごくりと飲み込んだあと、ブランはラインハルトの言葉に答える。
「何じゃ。信用されていなかったのか? 契約もしたのに」
「いや、契約というかさ……、だって今食ったのって、竜の民の長だろ? 普通はそんなこと出来ないかな、って」
何を言っているのか分からない様子だったのか、首を傾げるブラン。
それを見て深い溜息を吐くラインハルト。
「あー、もういいや。きっとドラゴンの常識と人間の常識は大きく違うんだろ。何となく理解できた」
「何じゃ。理解しておるではないか。なら、斯様な愚問を口にするではないぞ」
「愚問と思われてたなら愚問で結構。我々人間はあんたらドラゴンが愚問と思っていても、愚問と思わない問題もあるんだよ」
「そういうものか?」
「そういうもんだよ」
人間とドラゴンは、お互いにアイコンタクトする。
「話をしている……場合か!」
エルフ側は怯んでいたが、誰だか発したその言葉を皮切りに攻撃を開始する。
「くそっ。流石にこの量は捌き切れないぞ!」
「……仕方があるまい。儂がお主に力を与えよう」
「力?」
すると、ブランは己の爪でラインハルトの身体を貫いた。
「が……は……っ!」
「ドラゴン様は、やっぱりこちらの味方だったんだ!」
エルフの誰かが言い放ったその言葉を、しかし別の誰かが制止する。
「いや、違う……。あれは……」
「ちか……ら……」
ラインハルトは感じていた。
力がみなぎってくることに。
ブランから力を、注がれているということに。
(無尽蔵に近い我が力、それをお主にも分けてやろう)
すると、徐々に、世界がゆっくり見えるようになった。
「これは……」
(『世界線予測』とでも言うべきかのう?)
「世界線予測……」
(数秒後の未来を予測することが出来る素晴らしい力だ。ただし集中力が尽きればそこまでだし、視界に入る範疇しか見ることは出来ないがな。だが、それでも戦うことは出来るだろう)
「ああ。これならば……あの軍勢だって!」
周りから見れば、急に彼の動くスピードが自分たちの動くスピードを上回って行動しているように見えるかもしれない。
しかし、違う。これは違うのだ。
紛れもなく……未来を見る力が備わっていた!
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
剣戟!
エルフの剣士は、『世界線予測』に従い行動する。
裏をかいているつもりでも、ラインハルトには、その裏を読むことが出来る!
「くそっ! 何でこいつ、こっちの行動を予測することが出来るんだ……!」
「まるで未来を見ている……予測しているかのような行動を……まさか!」
エルフの剣士、その一人が漸くそれに気づいた。
ブランを見上げると、「よく分かったな」と言わんばかりに笑みを浮かべる。
しかし、もう遅い。
それに気づくよりも早く、ラインハルトの攻撃はその剣士に降りかかろうとしている!
「くそっ……まさか、ドラゴンの加護を受けられる人間がいるなんて……!」
ドラゴンの加護。
そんなことをラインハルトは聞いてもきっと理解できないだろうが、しかしながら彼にはこのブランから与えられた力である確信をしていた。
これなら……勝てる!
そうしてナイフで心臓の位置を的確に突き刺した、ちょうどその時だった。
どさり。
誰かが倒れた音がした。
その方を振り返ると、メアリが倒れていた。
彼女の身体からは、大量の血が流れていた。
「メアリ……」
「……ごめんなさい……、本当は避けたかったけれど……避けられなかった……」
「へ、へへ。我らの運命に逆らった罰だ! 今更後悔しても遅いぞ! お前達は終わりだっ」
言葉を言い切ると同時に、ラインハルトが投げたナイフがちょうどその男の頭部に突き刺さった。
ナイフが刺さった男はそのまま倒れ込んで、動かなくなった。
「メアリ、大丈夫か! 今治療を……。くそっ、血が出過ぎている」
「いいんです、もう……いいんです……」
止血処置をしようとしたラインハルトの手を、メアリはその血に塗れた手で止める。
「……私はもともとこうなる予定だったんです。あなたが伽に応じなければ、私は厄介者の扱いを受ける。そうなれば、私は……益々村で生きづらくなることとなるでしょう。ですから、ちょうどよかったんです」
「ちょうどよかったなどと言うな! ……ああっ、畜生。このままだと君は死んでしまうぞ!」
「いいの」
彼女は、その手に握りしめていたものを、ラインハルトに差し出す。
それは葬式で残った、フロリエンスの葉だった。
「私のことを忘れなければ、それでいい。あなたは、生きてください。あなたは生きる価値のある人間です。だから生き残った。代わりに私は生きる価値が無かった。だから死ぬことになった。それは神である大樹さまの意思」
「そんなもの! 何になると言うのだ!」
「泣かないでください……男の子でしょう……笑顔で、見送ってくれませんか……」
一生懸命、何とか笑おうとする。
でも、ダメだった。
やっぱり涙は溢れてしまう。
「……ありがとう……。少しの間でも、私に希望を見せてくれて……」
そして、彼女はそのまま動かなくなった。
泣くだけ泣いて、ラインハルトは立ち上がる。
「……ブラン、頼みがある。この村を、焼き払ってくれないか」
「いいのか」
「ああ」
ラインハルトの言葉を聞いて、ブランは炎を至る所に吐き出した。
そして徐々に甘い香りが満ちていく。
ラインハルトはその手に持った、赤いフロリエンスの葉を、彼女の身体にそっと置いた。
「……さよなら」
そして、ブランの背中に乗り込む。
「ブラン。ここにいたエルフは、みんなドラゴンナイトになるのだろう」
「そりゃあ、竜の民だからな。エルフ以外でドラゴンナイトになれるのはほんの僅かだ。その場所を潰したとなれば……儂もお前も揃ってお尋ね者だ」
「元からそのつもりだ」
ブランはゆっくりと翼をはためかせる。
燃え盛る村をラインハルトは見つめながら、やがてその場所を後にするのだった。
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