第8話 彼女

 葬式が終わったあとは、宴が始まる。

 聞いた話によれば、これもまたエルフの因習なのだという。聞いたエルフは、メアリ以外に居ないのだが。


「……どうしたんですか、ラインハルトさん。もっと明るくしてくださいっ。さっきも言いましたが、葬式の後の宴は精一杯盛り上げるんです。そして笑って死人を見送るんですよ」


 メアリはそう言ってジュースの入った瓶を持つ。空になったラインハルトのコップを見て注ごうと思い立ったのだ。

 因みに、メアリの呼びかけが『ラインハルト様』から『ラインハルトさん』になっているのは、先程ラインハルトが呼び捨てで構わない旨を伝えたが、メアリが応じず、お互いの妥協点として『さん』付に収まった形であった。


「おやおや、仲良くしておられますかな、ラインハルト様」


 やってきたのは村長だった。

 村長がやってきたのを見て小さく会釈をすると、


「まあ、ぼちぼち」

「ぼちぼちとはなんですか。ぼちぼちとはーっ!」

「……はっはっは。まあ、良いことではありませんか。仲良くすることは」


 ちびちびと酒を飲んでいたブランは、ようやく村長たちの会話に耳を傾け始める。


「……実は、ラインハルト様にはやっていただきたいことがありましてな。いやあ、本当は我々が探してくるのですが、有難いことにドラゴンのブラン様が、人間を連れてくるとは思いもしませんでしたゆえ」

「何を企んでいる?」

「なあに、簡単なままごと、とでも言えばいいですか。有り体に言えば子供を作っていただきましょうか、ということです」


 空気がひやりと冷め始める。

 ラインハルトの目つきも、徐々に鋭くなっていった。


「……どういうことだ?」

「分かっておられるとは思いますが、我々エルフは竜とともに生き、竜に寄り添い死ぬ運命さだめ。そのためには、種を残さねばなりませぬ」


 村長は立ち上がると、やがて両手を広げ出す。


「とどのつまり! 我々が生き延びるためには、我々の種を残すためには! 子供を作りドラゴンに守ってもらわねばなりません」

「……御託はいい。用件だけを言え」

「理解していただけたようで何より。……そこに居るメアリと子をなしていただきたいのですよ」

「断る、と言えば?」

「さっきも言いましたが……我々は外から優秀な遺伝子でぃーえぬえーを連れてくる必要がありますが、それを外に知られては困るので、ここで死んでいただきます」

「全員が全員、了承したわけではなかろう」

「勿論。無理矢理子をなしたケースもあります。大変気苦労は多かったですが……我々一族が生きていくためには仕方がないこと」

「巫山戯るな! それで了承できると思っているのか」

「残念。なら、」


 死んでいただきましょうか。

 刹那、エルフの剣士四人が彼を囲んで思い切り切り刻んだ。

 ……筈だった。


「馬鹿が。そんな単純な策にはまると思ったか?」

「何!」


 跳躍。

 簡単に言えば、その一言だけで済むが、気配を察知していなければ出来ることではない。

 とどのつまり、彼は予測していたのだ。この事態を。

 何故?


「まさか、メアリが漏らして……」

「いいや。あんたたちが殺気を隠しきれていないだけだよ。……そんな殺気、バレバレだ。もしそれで騙されたというならば、もうとうに兵士を諦めた盆暗か、ただの一般人のいずれかだろうよ」


 そして。


「今度は、こっちの番だ!」


 今度は、ラインハルトの番。

 彼は何処からか取り出したナイフで、彼の周囲を一周だけ切り裂いた。

 すると、見事にエルフの兵士の腕がぽとりぽとりと切り落とされていく。


「うがあああああああっ!」

「なんだ、こいつ。強すぎるぞっ」

「聞いてねえっ、聞いてねえよ、こんな強いつええって!」

「だって言ってないからな」


 そんな冗談も言える余裕がラインハルトにあった。

 対してエルフは大混乱。本来ならば一発で仕留められたはずが、それも出来ないのは愚か、逆に攻撃手段を失ってしまった。


「くそっ。こいつは想定外だ」

「無論、儂も想定外だった」


 そう。

 ラインハルトの味方は、居ないわけではなかった。

 村長が見上げると、そこにはブランの顔があった。


「ブラン様っ、あなたは気づいていたはずだっ。いいやっ、気づいていないとは言わせないっ。そもそもこの村の仕組みにはとうの昔に気づいていたはずだっ。だのにっ、何故今になって反旗を翻すのかっ!」

「何故じゃろうなあ」


 ぽりぽりと首筋を掻いていたブランだったが、やがて何かを思いついたらしく、ゆっくりと笑みを浮かべた。


「たぶん、なあ」

「馬鹿な……。ドラゴンが、高貴なドラゴンが、そんな低俗な理由でっ! 有り得ない、いいや、有り得てたまるものかっ!」

「あー、分かった分かった。もう面倒だ」


 そうして。

 ぱくり、と。

 何か世迷言を喚き散らかしていた村長は、頭からぱっくりと食われてしまったのだった。

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