第43話 扉(前編)
「食べる……食べてどうするつもりだ」
「食べることで、我が身とブランの身体は一つになる、と言ったまでだよ。破壊の竜と呼ばれていた私だが、はっきり言ってそれは不完全なものだ。ブランの身体がパスワードであり、足枷となっていた。それに対してブランも不完全だった。つまり、お互いがお互いの身体を不完全としていたのだ。神とはうまくいった物だよ。つまりこうやることで、簡単に人に滅びと再生の力を与えなかったわけだ。二体のドラゴンを使役しない限り、その力は手に入らないのだから」
「……でも、それじゃあ、ブランを食べたらお前は破壊の力を手に入れるということだろう。そうすればこの世界は破壊される……。それは、それだけはあってはならない!」
「何故だ? 人間の肌だって同じでは無いか。新陳代謝と言ったか、古い肌は新しい肌により生まれ変わり、古い肌は垢として落とされる。それと同じでは無いか。ノルークはそもそも生き物のそれ。人間と同じ物質構成比で出来ている。……ここはノルークの頭の上で、ノルークという生き物がそのまま深い海に沈んでいるとすれば? そうすれば納得はしないかね。そもそもノルーク以外の生き物が死んでしまった、というのはでたらめだ。スポットライトが当たっていないだけだよ。人間や、他の動物にはそれを見る力が無い。しかし、私たちドラゴンは違う。神の使いとして存在してきた我々だからこそ、世界を見ることが出来る。……その言葉の意味が分かるか?」
「……分からない。分からないよ。お前が、いったい何を言っているのか」
「子供だな。大人の癖をして、分からない時は分からないと貫き通す。それはただの子供だ。真実を知り怯えているだけに過ぎない。結局は、世界は広くて、新しい物がたくさんあるはずなのに、それに背を向けているだけに過ぎない。人間よ、もっと前を見たくは無いか? もっと新しい世界を見たくは無いか?」
「広い世界……新しい世界……」
「そうだ」
ノワールは告げる。
「私が力を手に入れるためには、そのドラゴンの身体を食べなくてはならない。別に魂まで取ろうとは考えていないし、魂を食らうことは出来ないよ。死んだ時点で、その魂は天国へと運ばれるのだから」
「天国……本当に実在するのか……?」
「ああ、実在するとも。そうして、人間は人間の、ドラゴンはドラゴンの、輪廻を待つ。転生とも呼ぶがな、いずれにせよ、魂の洗浄により記憶は保持されないが、その魂自体は永遠に保持される。……それがこの世界の観念だ」
ラインハルトはもうそれ以上何も言うことも、動くことも敵わなかった。
それを見たノワールはブランの亡骸に近づくと、臓物を食べ始めた。
ゆっくりと、丁寧に、それでいて、残すこと無く。
それは晩餐というよりも、何かの儀式のような。
汚らしく見えるのでは無く、どこか厳かな雰囲気すら漂わせている。
「……何だ。ドラゴンの食事をちらちらと見る物では無いわ。少し待っておれ。大方、あちらさんも準備しているのだろうからな」
「あちらさん?」
「老人どもだよ。この計画を策定した連中だ。それにより何が生まれ、何が死ぬか考えてもいない。正確に言えば自分たちのことしか考えていない、汚れきった人間だよ」
「元老院のことか? でも元老院はもうとっくに無くなってしまったはずじゃ……」
「それを証明できる人間は?」
「証明? ええと……いや、待てよ。さっきアダム……いや、ブランが元老院がどうのこうの言っていたような気がする。もしかして……」
「元老院は未だ存在する組織だよ」
食事を終えた後の光景は、すっかり空っぽになっていた。
どうやらノワールは骨も含めてまるごと食べてしまうらしい。
「元老院の計画により、私たちドラゴンはゲートを開く役割を担わされた。正確に言えばゲート、その先にあるアルシュの存在を匂わせていたがね」
「アルシュ?」
「神話に詳しくない人間でもこれくらいは聞いたことがあるだろう? かつて神の大洪水により世界が破滅した際、ある人間が作り出した木造の大船、名前を
「知らないことは無い。ただ、引っかかっただけだ」
「ふうん。なら別に問題ないが。いずれにせよ、こちらからは『扉』が開かない限り出ることは出来ない。お前の指示に従おう、ラインハルト」
「え、何故……。ってかなんで俺の名前を」
「お前がドラゴンに選ばれ、ドラゴンがお前を選んだからだ」
ラインハルトの言葉をぶつ切り、ノワールはそう言い放った。
少し照れくさくなった彼だったが、しかし疑問は残る。
「でも、ドラゴンはその扉を使ってじゃないと出入り出来ないとなると、なぜアダムになったブランは入ることが出来たんだ?」
「大方、あのブランも、元老院にあれやこれや知恵を貰い受けたのだろう。いずれにせよ、我々ドラゴンも全員が仲が良い訳では無い。私とブランのように、犬猿の仲――とでも言えば良いのか、そういう仲だってある。仲が悪いドラゴンだって居ることも、忘れては成らない」
「ああ、分かったよ。忘れないようにしておく」
「とはいえ、暇だのう……。どうやらそこのドラゴンは私が目覚めるまで保護することを命令に入れていたらしくその後は鎮座しているようだし」
そう言われてみると、あれからシンギュラリティ――正確にはシンギュラリティに入っていたドラゴンたちは動いていない。まるで命令が入力されていないロボットのようだった。ただまあ、生き物のはずなのに、こう全く動いていない様子を見ると少々気味が悪い。
ノワールの話は続く。
「特に話すことが無いなら、今から作戦決行まで体力を維持していた方が良いと思うぞ。これから先は特に面倒なことが起こる。まずは扉が開き、そしてその扉から『アルシュ』が姿を見せる。後はアルシュの光によって
「どうしてノワールは元老院からの情報を仕入れることが出来たんだ?」
「簡単に言えば、洗脳だな。私は未だ卵だっただろう? だから卵である私に無理矢理命令を聞かせ続けていたんだ。そうすれば、やがてその記憶を保持するだろう、と」
「……まるで呪詛だな」
ラインハルトの言葉に、ノワールは頷く。
「その通りだ。あの環境は、まるで呪詛だった。しかしながら、心地よいものでもあった。わざとそういう風にしたのかもしれないがな。いずれにせよ、私は孵化するまでの間にその情報を得て、そう行動するようになった。しかし、一つの問題が発生したわけだがな」
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