第32話 模擬戦(後編)
「なら、それでお願いします」
こうして、ラインハルトとアダムによる模擬戦が開始されることとなるのだった。
模擬戦の会場となるシミュレートルームに到着し、二人はそれぞれのコックピットに腰掛ける。
「この場所も何か久しぶりだな……」
コックピットに座るラインハルトは、操縦桿を握り、独りごちる。
モニターには相手の――アダムの座っているコックピットが映し出されている。
彼もまた、落ち着いた様子でコックピットに腰掛けているようだった。
操縦桿を握ったまま目を瞑っている彼は、瞑想をしているようにも、或いは眠っているようにも見える。
『準備は出来たかしら?』
外部からの通信――ベッキーからの声が聞こえる。
それを聞いてラインハルトは頷くと、
「ああ、問題ない」
言葉でも、はっきりと答えた。
対して、アダムは何も言わないままだった。余程瞑想の状態が深くなっているのか、或いは眠ってしまっているのか。前者でも後者でも、実際の戦場では問題となる行為であることには間違いないが。
『アダム・レニルン。答えなさい。大丈夫かしら?』
「……ああ、済まない。瞑想をしていて、声が聞こえなかった。問題ないよ」
不安が残る模擬戦、その火蓋が切って落とされた。
◇◇◇
模擬戦は、電子空間上のフィールドにプログラムが走ることで実施される。
とどのつまり、コックピットはそのままゲームのコントローラーになっていると思えば良い。操縦桿を握り前に押し倒せば、電子空間上のシンギュラリティも前に進む。
現実と電子空間上の雰囲気の乖離という問題があるが、それを出来る限り排除したのがこのシミュレーターである。このシミュレーターを操作することで、実戦でも問題なく使用出来るのが利点だ。
ラインハルトのシンギュラリティが前に進み、アダムのシンギュラリティへと一直線に近づいていく。
無論、それだけでは無謀であり無鉄砲なやり方だ。
何とか攻撃を当てようと、アダムのシンギュラリティは備え付けのマシンガンを利用して弾丸を撃ち放つ。
しかし、そんな簡単に攻撃を当てさせるはずも無い。
「……そんな簡単に、当たってたまるかよっ!」
操縦桿を、ガチャガチャと四方八方に動かして難しい動きをも可能にする。
本来ならば四方八方と操作を計算しながら動かすのは、難しい話だ。
しかし、彼ならばそれを可能とする。可能とするからこそ、その操縦桿を、壊れてしまうのでは無いかと疑ってしまうほど動かしても文句を誰一人として言わないのだ。
もし何の計算も無くガチャガチャと動かしていたらあっという間にシンギュラリティは倒れてしまっていたことだろう。
しかし、彼のシンギュラリティはそんなことなど起きるはずが無い。攻撃を巧みに避け、右ストレートをぶちかましていく。
一瞬バランスを崩してあわや倒れてしまうかと思ったが、模擬戦の相手を志願しただけのことはある。そこは何とか体勢を立て直す。
「流石、模擬戦をやりたいと言い出しただけはあるな!」
通信でアダムに声をかける。
アダムはこちらへの画像送信を禁止にしているのか、サウンドオンリーの文字が出ているだけだった。
そして、今は言葉すらも流れない。強いて言えば、操縦桿のガチャガチャと操作する音が聞こえるだけだった。
「余程集中しているのだろうが……、息抜きはしないと、やられちまうぜ。特に戦場ではな!」
跳躍。そして滑空。
普通のシンギュラリティならそんな動きはあり得ないと言われてもおかしくは無い。
だが、彼はそれをやり遂げて、現に電子空間上であるとはいえ、成し遂げている。
そしてそのままアダムのシンギュラリティを頭から抑え付けた。
持ち合わせのマシンガンを、シンギュラリティの頭に押しつけながら。
『そこまで! 試合終了よ』
そして、あっという間に模擬戦は終了してしまうのだった。
◇◇◇
「いやあ、流石は歴戦を勝ち抜いたパイロットだけありますね。全然歯が立ちませんでした」
アダムはコックピットを降りたって、ラインハルトに声をかけると、右手を差し伸べた。
大方、戦いを終えた後の握手でも、と考えていたのだろう。
しかしラインハルトはそれに答えない。
「……今回の模擬戦、慌てていたな?」
代わりに、一つの質問をアダムに投げかけた。
アダムは小さく身体を震わせて、やがてゆっくりと頷いた。
「だろうな。戦場では、慌てていること、また一つの所作が命取りになる。冷静になって行動することが大事だ。これが実戦なら、ベッキーの手が出ずにそのまま俺はあのシンギュラリティの頭を撃ち抜いていた。シンギュラリティの頭にはコックピットがある。たとえ障壁が分厚くともゼロ距離でマシンガンを撃たれちゃあ、もうお終いだ。それくらい、分かっていると思ったが?」
「…………ええ。それくらい、知っていますよ」
「なら今度は冷静になって行動するんだな。いいか、戦場では『今度』は無いんだ。今度は……」
まるで呪詛のようにぶつぶつと呟いて、彼はその場を後にした。
ベッキーが慌てて彼を追いかけて、残されたのはアダムだけとなった。
アダムは走り去る二人の様子を見て、笑みを浮かべて、一言だけ呟く。
「……今度は、ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます