第33話 駒

「ちょっと、ラインハルト。あの発言はどうかと思うわよ?」


 ラインハルトに漸く追いついた彼女は、叱咤する。


「知ったことか。それにしても、冷静さを欠いていたが、それ以外は問題なかった。……一体どんな経歴の持ち主なんだ。あいつは?」

「あいつ? アダムくんのこと? ……それがね、分からないのよねえ。私も、急にやってくると言われただけだったから。強いて言うならば、陛下直々に面接を行って合格したとか。あくまでも噂の範疇だけれどね」

「陛下直々に? ……何か怪しいな」

「陛下を疑っているの? ……一応言っておくけれど、国家反逆罪に当たるわよ。前回は冤罪でも、今回は本当にそうなっちゃうかもしれないんだから」


 二言目は一応声のトーンを下げて、ベッキーは告げる。

 ラインハルトはその発言を鼻で笑った。


「そんなつもりはないさ。……強いて言うならば、彼がどういう人間なのか少しだけ気になった、というところかな」

「興味が湧いた、ってこと?」

「そんなところ」

「素直にそう言えば良いのに。本当に、素直じゃないんだから、あなたは」

「何だ。俺のことを馬鹿にしているのか」

「別に」


 ベッキーはラインハルトの隣に立って、並んで歩く。

 そうして、二人は休憩所のある場所へと向かうのだった。



 ◇◇◇



『模擬戦はどうだった、アルシュ・コンダクター?』

「止めて欲しいな。僕にも名前があるんだ。……ま、個人の特定なんて君たち老人どもにはどうだって良い話なのかもしれないけれど」

『……確かにそうだ。アルシュ・コンダクター、お前にはアルシュを導く役目のみが与えられている。人間に、再生の卵を孵化させて、その先に使う方舟へと導く役目がある。それを成し遂げなくては、お前はただの肉塊だ。……そのために、お前は人間になったのだから』

「僕は元々人間じゃなかったのかい?」


 沈黙。

 まるで、先程の発言は『言ってはいけない』ものだったかのように。


『……先程の発言は取り消す。忘れたまえ。良いな?』

「分かったよ。僕は所詮、老人どもの駒に過ぎない。それだけだろう?」

『そうだ』



 ◇◇◇



『アルシュ・コンダクターの記憶は、まだ回復していないな?』

『あれほど厳重なロックをかけたのだ。外れるわけがあるまい』

『だが、担い手との交流によりロックが外れる可能性も示唆されている。それはどうなっている?』

『それについても問題ない。……アルシュ・コンダクターは厳重な記憶ロックをかけて、ヒューマノイド実験を実施している。もしそのロックが解かれることがあるならば、それはもはや奇跡だよ。或いはずっと思い続けていたこと。そう、まるで』

『まるで?』

『恋愛と同じではあるまいか。かつて人間にあった感情。いや、正確には今も存在してはいるが……いずれにせよ、その感情をプログラムから消去している時点で、彼が「目覚め」ることは無いよ』

『ならば良い。ならば問題ないのだ。問題ない、のだろう?』

「ええ、問題ありません」


 今までずっと閉口していた陛下が、重い口を開ける。

 相変わらずモノリスとの会話は緊張するというか、重々しい感じだ――そう彼は思っていた。仕方ないこととはいえ、その発言に国が傾くどころか自分の命すら怪しくなる価値があるのだから、そう思うのは致し方ないのかもしれない。

 モノリスの一つは話を続ける。


『……では、プランは問題なく遂行されているということで、相違ないな?』

「ええ。相違ありません。このまま行けば……そうですね、あの地区の制圧が一週間もあれば出来るでしょう。そうしてあとは『儀式』を執り行えば、」

『問題なく、再生の卵が孵化されるというわけだな』

「ええ」

『我々の、人類の悲願が漸く叶うのです。再生の卵と、アルシュの発現を』

「……ええ」

『では、引き続き君に任せることにしよう。いいかね、計画は最終段階に突入しようとしている。決してやり方を間違えてはいけない。この計画が失敗すれば、人間そのものが滅亡する可能性すら秘めているのだから。これは人間の種を残すための、壮大なプランなのだ。ゆめゆめ、忘れるでは無いぞ』

「心得ております。それでは、」


 そうして、モノリスと陛下の会話は終わりを迎えるのだった。


「…………本当に、老人どもと会話するときは、肩が凝る」

「ほぐしましょうか?」

「……ん、何だ君か。どうした、急に。普段はこの部屋には入ってこないはずだが」

「会議が長引いているように見えましたので、申し訳ございませんが入らせて頂きました。別に緊急の要件があるわけではありませんが……。少し疲れが見えておりましたので」

「そうか。それはとんだ迷惑をかけたな。……それにしても、確かに今回の会議は長かった。大方もう昼の時間は過ぎているのだろう」

「昼の予定は一応キャンセルと致しました。誠に勝手ながら、陛下の体調を考慮しての判断です」

「別にそんなことをしなくてもいい、と言いたいところだがよくやった。今僕は腹が減っているからな。……食堂は開いているか?」

「いつでも使用出来るように準備は済ませてあります」

「ならば問題ない。今から僕は食事をとる。一緒に来なさい」


 その言葉を聞いて秘書の女性は仰々しく頭を下げ、承知致しました、と短く応答した。


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