第四章
第39話 再生の卵(1)
ラスタール地区での内戦が終了したことに伴い、テスラーの内乱は急速に縮小していった。ラスタール地区で起きた『規約違反』は偶然にも目撃者も離反者も居なかったため、結果的にマギニアから何かを言われるといったことは無かったようだ。
内戦が終わり本格的に暇となった兵士たちには一年間の休息が与えられた。その後は兵士を辞めても続行しても問題ない、というのが国の立ち位置だった。但し、もう軍が活動する場所が無くなるため、軍部は大幅に活動を縮小し、やがては警察組織と統合する予定になっている。
ラインハルトはこれから先どうしようかと考えながら、やけにこぎれいな自室でテレビを見ながらピザを頬張っていた。
「暇そうな様子ね、ラインハルト」
そう言ったのはベッキーだった。
「……何でお前、俺の家に入れるんだっけ?」
「合鍵を作ったのを忘れたつもり?」
見せびらかすように合鍵を見せるベッキー。
「そういえばそうだったな。でも、恋人の関係が終わった時点で返却するのが普通じゃないか?」
「すっかり忘れてたから、返しに来ただけよ」
鍵を手渡し、それを受け取るラインハルト。
「そりゃどうも」
「ついでに、もう一つ用事もあったからそれを済ませたかったのだけれどね」
「用事?」
ベッキーの後ろには、気づけばアダムの姿があった。
「……アダムか。俺の家にわざわざ来る程の用事があるのか?」
「さあね。分からないけれど。だって私にも教えてくれなかったし。余程重要なことなんでしょう? だから私は敢えて聞かないで、ここまで彼を連れてきた。じゃ、これで私の役目は終わりね。それじゃ。鍵、締めておいてね」
「わあってるよ」
ベッキーは手を振りつつ、その場を後にするのだった。
鍵を締め、残されたのはラインハルトとアダムだけだった。
テレビはニュース番組を映し出している。終了した内戦についてのことや、軍部の大幅縮小についての議論が交わされている。はっきり言って、もう決まったことであるのにここでどうこう話し合ったって無駄な話だと彼は分かっていた。
でも、音が無いと何か落ち着かない。そういう性格だった彼は、仕方なくニュース番組をバック・グラウンド・ビデオとしているのだ。
「で? 何故俺の家までわざわざ来たんだ。お前の方から連絡してくれれば、軍部にだって足を運んだぞ」
アダムは軍施設内部にある寮に住んでいるらしい――そうラインハルトは聞いていた。
何しろ、彼の親族は幼い頃に全員が亡くなっているため、天涯孤独の身だそうだ。
「確かにそれも悪くないんだけれど、どうしても君の家で話しておきたいことがあってね」
「……何だ、手短に言え」
手に持っていたピザを口の中に放り込み、そのまま何回か噛んでから飲み込んだ。
「それにしても休日にピザとは優雅なひとときだね。なんだい、コークやエールでも飲んでいるかと思ったが、さすがにそこまででは無いのか」
「残念ながら俺は炭酸が苦手でね。……で、そんな冗談を言うためだけに来たならさっさと帰ってくれ。俺の余暇を潰すつもりか?」
「いやいや、そんなつもりは無いよ。ちょっと話をしたいだけさ」
一つスペースを空けていた彼らの距離が、少しだけ縮まる。
「……君は知りたくは無いか、なぜあの内戦をあそこまで力をかけて潰す必要があったのか」
「……なんだと?」
「君は知りたくないか、真実を。この世界に秘められた真実を。老人たちが行おうとする、その事実を」
「……なぜそれを俺に語ろうとするんだ?」
「なぜだろうね」
不敵な笑みを浮かべた後、彼は呟く。
「多分君と僕は、かつてどこかで出会ったことがあるからじゃないかな」
◇◇◇
『アルシュ・コンダクターと、適合者が接触したか』
『然様。あとは再生の卵に連れて行き、儀式を執り行うのみ』
『時間はもう残っておらぬぞ、急いで事を成し遂げるのだ』
◇◇◇
アダムに連れられてやってきたのは軍部施設の地下奥深くだった。
そこは普通の兵士ならやってくることは出来ない場所であり、ラインハルトも周囲をキョロキョロと見ながらただ彼についていくだけだった。
「着いたよ、ここだ」
アダムは一つの扉に到着すると、そのそばにある端末に手を添える。
やがて端末から音が鳴ると、扉がゆっくりと開きだした。
「これは……」
「これが、国と老人たちが躍起になって隠してきた真実。内戦をあれほどまで犠牲を増やしてでも終わらせようとした、いや、正確に言えば犠牲を増やすために内戦を行った真実、とでも言えば良いか」
その扉にあったのは、巨大な暗黒の卵だった。
それも地面に接地しているわけではなく、少しだけ地面から浮かんでいる。
「これは……いったい?」
「この名前は、『再生の卵』。世界を再生へと導く、マスターピースのことだ」
アダムはラインハルトの問いにそう言い切った。
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