第18話 王子(後編)
「どういう行動を……取らねばいけないか?」
「ええ。その行動とは、我が国の、永世中立の廃止です」
はっきり言い切ったその言葉に、二人は目を丸くする。
「当然と言えば当然ですが、この国は永世中立を保っている。それが働いている以上、我が国はどの国の立場につくこともできないし、つかされることもない。それこそ、力尽くでなければ。しかし、それが功を奏して今に至っている。だが、そのシステムはいびつなもので、やがて終わりがやってくる。今の国王……つまり僕の父はそれをひた隠しにしたいだけなのです」
「破綻がやってくることを知っていて、あえて今のシステムを使い続けるのか?」
「危険を顧みず、今の政策を方向転換できないことは僕も知っています。けれど強行採決してでも、この国は前に進まなければならない。そしてその決断は、急がなければやがて最悪の形でこの国は終わりを迎えてしまう。壺にアクセスできるならば、父はそれも知っているはずなのに」
「……その最悪の形、というのは?」
「三国を巻き込んだ、世界大戦」
はっきりと、言い切った。
「信じられないでしょう。信じたくも無いでしょう。当然です。我が国はマギニアにもテスラーにも技術力を提供している。そんな我が国を攻めることでのメリットは、はっきり言ってあまりありません。手に入れれば技術を独占することもできましょう。しかし、それをしたところで世界から疎まれるだけです。また技術を独占した国家に向けて戦争の火が燃え上がるに違いありません」
この世界はいびつなバランスで成り立っている。
常に戦争を続けているマギニアおよびテスラーと、技術力の提供を全世界に分け隔て無く行うことを理由に永世中立を保っているドワーフの国。
一見単純なように見えて難しいバランスの世界情勢は、ある日突然崩壊を迎えてもおかしくなかった。
「でも、だからといってこの国が戦争をして良い理由にはなりませんよ」
反論をしたのはソフィーだ。
当然、自分の国が戦争を始めると言って、諸手を挙げて賛成する人など居るわけも無い。居ても世論が二分されて、下手したら国が分割されることだって十分にあり得る話だ。
それを分かっていて、今の国王はそれを実行しない? 今の平和に酔いしれるために?
間違っている、そんなこと。
「間違っている、それは。……平和に酔いしれるために、未来の戦争に見ないふりをすることなんて、できるはずが無い」
「でも、ラインハルトさん。戦争をしなくてもいい方法がきっとあるはずです」
「いや、戦争の火が燃え上がっている限り、戦争はいつかやってくる。人間は不完全な生き物だ。だから争い続ける。そして、自分が世界で一番の存在になろうとする。だから、もしマギニアとテスラーの戦争が終結しようがしてまいが、いずれ人間の国家ではないドワーフの国にどちらかが、あるいは両方が侵攻してくる恐れは……はっきり言って否定することはできない」
「……そんな…………」
ソフィーの落胆も頷ける。今までこの国家は平和だったのだ。それが急に脅かされることになってしまって、それに防ぐ方法が無いとなると、未来に落胆するのも仕方ないことだ。
だが、だからといって、行動しないのはもっとだめな行為だ。
「しかしそうであれば、早く行動を移す必要がある。……王子、壺の情報を見たかもしれないが、今俺はシンギュラリティの修理を依頼している」
「ええ。三日後には確実に修理が完了していることでしょう」
修理が三日で終わると聞いて少し安心するラインハルト。
しかし、直ぐに語気を強める。
「王子がどういう気持ちで俺たちにその話をしてくれたのか、俺には分からない。だが、俺はシンギュラリティとブラン……ドラゴンのブランとともに単騎でテスラーに乗り込むつもりだ」
「単騎でテスラーに? 無茶だ。そんなことできるはずが無い」
「テスラーの陛下に降伏させれば良い。ただそれだけの話だ。それができるほどの交渉材料を俺は持っている。どうだ、俺と手を組まないか?」
「戦争をただ待つだけでは無く、こちらから攻撃をしようということですね……。成程、面白い」
そこでようやくフィアーの表情が変わる。
その薄ら笑いにはどこか恐怖すら感じさせるものがあった。
そして、彼は告げる。
「ならば、僕の私兵を出しましょう。数は多くありませんが、皆優秀な人材だらけです。彼らは国政の影響を受けませんから……王に何か言われようとも、僕の命令を必ず守ります。それと、僕も連れて行ってはくれませんか」
「お前も?」
「ラインハルトさん! 仮にも彼は王子で、」
ソフィーの叱責を手で制するフィアー。
「良いんです、それくらい砕けた言い方が心地よい。もしかしたら僕はずっと待っていたのかもしれない。あなたみたいに外に連れ出してくれる人を。僕は王を……父を説得させて必ず外に出るように交渉してみせます。ですからあなたたちは、きっと父が宿を用意してくれたはずですから、そこで休んでください。良いお知らせを、絶対にお伝えできるように努力します」
「分かった、待っているよ」
そうして二人は、固い握手を交わすのであった。
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