第17話 王子(前編)

「……と言われても、俺が王子様と会話なんて思ってもみなかった」

「国王と会話をすること自体、想定外でしたか?」

「まあ、そんなところだ」


 彼の言葉に、思わず微笑んでしまうソフィー。

 実のところ、ソフィーはフィアー王子の不摂生に怒りを募らせていた。別に彼女と彼は何の接点も無いのだから気にすることは無いのだから、そこはやはり女性ならではのお節介なところがあるのかもしれない。

 いずれにせよ、彼女は気にしていたし、気にも留めていた。気にかけていた、と言った方が近いかもしれない。


「……まあ、王子とのパイプができたと思って考えればいいか。いっそ戦争が終わったらドワーフの地に亡命してもいいことだし」


 ドワーフの地へ平和を求めてやってくる人間も、少なくは無い。

 そりゃあ、考えてみれば当然のことだと言えるだろう。常に戦争を繰り広げているマギニアとテスラーに愛想を尽かして、別の国に逃げることも可能だし、至極当然な選択肢であるとも言える。

 彼は悩んでいた。未だに、と言えばその通りだが、ほんとうに自分が王子と会話をしていいものか悩んでいた。逆に言えば王族へのパイプを作るいいチャンスでもあるが、振る舞いを間違えればここで死にかねない。

 だから慎重に行くことが当然だったし、当たり前のようにも思えた。


「……まあ、どこまでいけるかはなんとも言えないがな……」

「何がですか」

「別に。土産話をどうしようか考え事をしていただけだ」

「そうですか。気にして損しました」

「そうか?」

「だって真剣な眼差しで地面を眺めているのですから。何かあったかと思うじゃあないですか。普通であれば。それを、『土産話をどうしようか』なんて、単純すぎる理由で片付けられてしまえば。こちらが損したというものです」

「悪い。悪い。……まさか、そこまで君がそこまで気に留めていたなんて思いもしなかったものだから」


 ラインハルトの言葉に、ソフィーは顔を赤らめたままだった。

 実のところ、ソフィーもなぜラインハルトにそこまで気をかけているのか、自分でも分からなかった。至極単純なことで言えば、ただのお節介と片付けられるかもしれないが、その頻度はただのお節介で片付けるには、少し短すぎる。


「あ、ここが王子の部屋ですね」


 王子の部屋は、王の間からまっすぐ行った廊下の先にあった。

 兵士が立っているが、すでに情報は行き届いているらしく、ラインハルトたちに向けて敬礼をする。

 それを見てラインハルトも思わず敬礼を返してしまう。それを見てドワーフの兵士は首を傾げてしまう。その光景を見てソフィーは失笑した。


「この敬礼は、別に返礼する必要が無いのですよ。もしかしたらテスラーは返礼が礼儀かもしれませんが」

「そうなのか? ……確かにテスラーは返礼をすることが礼儀だ。まさかそこでも違いを確認することができるとは。異文化交流とは恐ろしいものだ」

「同じ世界でもここまで違いますからね……」


 そうしてソフィーがドアをノックし、部屋の中へと入っていった。

 部屋の中は小さくこじんまりとまとめられていた。ベッドに本棚、クローゼット、小さな机に椅子。王子の部屋と言われなければ、普通の一般庶民の部屋と何ら変わらないくらい質素な部屋だった。


「これが……王子の部屋なのか?」

「驚きましたか?」


 そして、椅子に腰掛けていた一人の青年がラインハルトの言葉に答えた。


「……あなたが、フィアー王子?」

「ええ。僕がフィアー・ノワール・リーズベルクです。今の王の息子に当たります。……僕もあの壺にアクセスできる権限を持ち合わせているのですが、父と意見が合わなくて、今に至る形です」


 簡単に言えば、幽閉に近い。

 いや、もっと言ってしまえば軟禁か。

 いずれにせよ、王との意見の対立による幽閉とは聞いていなかったラインハルトにとって、その言葉はかなり衝撃的なものであった。

 フィアーの話は続く。


「大方、今の戦争の状況を聞いて、現実を受け入れろとかそういった具合の話でしょう。僕だって、あの人の血を継ぐドワーフだ。それくらい理解できます」

「……分かっていて、なぜ俺たちを受け入れた?」

「なぜって、受け入れなければ殺されますよ。国王への反逆を行った罪として。きっとあの人はそれを狙っているかもしれませんが、幽閉されている身である以上、あまり出過ぎた真似もできませんからね」

「よく分からないが、君はそれで良いのか?」

「良い、とは?」

「言葉通りの意味だ。今の幽閉されている状態がはっきり言って良いとは言えない。俺は他国の人間だ。だからこの国のことに首を突っ込むのは余計なお世話になってしまうかもしれないが、」

「まあ、余計なお世話ではありますよね」


 言葉を割り入るように、フィアーは告げた。

 それを聞いて彼は言葉を濁らせて、そのまま何も言えなくなってしまった。


「……別に良いんですよ。あの人の考えは、分かっています。このまま永世中立を図り、世界で唯一の立ち位置に置くこと。けれど、それは間違っている。間違っているんです。ライアンの壺だって本当はそう言っている。けれど気づいていないのか、見えていないのか、それをはっきりと言わない。決断しないんです。決断すれば、それこそ国を動かすことなんて簡単にできるのに」

「気づいていないこと? そんなことがあるのか?」


 ラインハルトの言葉に大きく頷くフィアー。


「僕はあなたたちが来ることも、ずっと昔から分かっていました。当然ですよね、ライアンの壺にアクセスできるのですから。そして、僕は知っていました。……この世界がどういう道のりを歩もうとしているのか。そして、そのために僕たちはどういう行動を取らねばならないのか」

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