第16話 謁見

「ライアンの壺って知っていますか?」

「ああ、神話に登場する、神々の所有する壺のことだろ。何でも世界の様々な情報がそこに詰め込まれているとか。確か神学者がそんなことを提起して、一時期話題になったような」

「ええ。簡単に言えば、大きなクラウドサーバとでも言えば良いですかね」

「……一気に現代的なたとえになったな。で? そのライアンの壺がどうかしたか?」

「ライアンの壺には、誰もが触れる訳ではありません。神と……その神に選ばれた存在のみがアクセスできます。現代風に言えば、アクセス権限が付与されているか否か、ですね」

「だから何故いちいち現代風に準えるかな?」

「その方がわかりやすいと思って」

「普通に言ってもらったほうが有難いよ。それで?」

「その壺には世界の様々な情報がごちゃ混ぜになっているものですから、はっきり言って言語化することすらも難しいんですって。まあ、聞いた話なのでなんともいえませんが。少し整理する時間が無いと、壺から得られた情報を他人に伝えることができないらしいんです」

「ふうん、そうなのか。便利なように見えて、少し不便だね」

「でもそれを差し引いても、『世界のこれから』を知ることができるのは大きいですよ」


 ラインハルトとソフィーの会話は、王の間に到着したと同時に、強制的に終了された。

 それは仕方ないことではあったが、ラインハルトはもう少しその話題で話しておきたかった、と思った。理由は何故だか分からないが、いずれにせよ、その話題に興味を持ったのは間違いないだろう。

 王の間に入ると、大きいドワーフが彼らを出迎えた。大きいドワーフと言っても、そもそもドワーフ自体が人間よりも小さい種族なため、ラインハルトと大きさは同じくらいだ。


「……儂は君たちを待っていたよ、儂の名前はハインベルト・ノワール・リーズベルク。長ったらしいのでハインベルトと呼ぶが良い」

「王様。しかし、あなたは一国の主。呼び捨てや名前で呼ぶのは如何なものかと」

「問題は無い、ソフィー。彼は世界を救う英雄になる男だからだ。いや、英雄なんて器には収まらないかもしれない。いずれにせよ、世界の運命を変える存在にはなるだろう」

「……それもライアンの壺から得た情報なのか?」

「ほう。ライアンの壺を知っていると言うことは、少しはソフィーから予備知識を得たということか。それでいい。そうであって欲しい。君は世界を救う英雄になる器がある。それはライアンの壺にも含まれていた情報だ。……しかしながら、我々はそれに力を貸すことはできない」

「何故だ。それもライアンの壺に記されていたのか、力を貸せば……滅びの時が待っている、とか。だとすればそんなことは適当だ。仮に手を貸さなかったとしても、いずれ滅びの時はやってくる。今は三すくみの状態だからなんとかなっているかもしれない。しかし、テスラーとマギニアの戦争に何らかの決着がついたら、次はここだ。戦争になることは避けられない」

「分かっているとも。……だが、だからこそ力を貸すことはできない。我が息子はまったく真逆のことを言っておきながら、ライアンの壺を見ることができると法螺を吹いているがな」

「フィアー王子も、ライアンの壺を覗き見ることができるのですか?」

「まさか」


 ハインベルトは失笑する。


「考えてみなさい、王と王子で意見が完全に真逆になっている。そして、儂はライアンの壺を覗き見ることができたからこそ、ここまでこの国の力を維持することができた。だから、儂が正しい。儂が間違っているわけが無い」


 果たして、そうだろうか。ラインハルトは考える。

 それはあくまでも偶然であって、実はフィアー王子も同じ未来を見ていたとしたら?

 そして、ハインベルト国王は実際にはライアンの壺を覗き見ることができていないとしたら?

 きっと、それは否定するだろう。なぜならば彼は国王。その座から離れることはしたくないはずだし、その行為をすることは当然断るはずだ。

 だから、だからこそ、彼は進言するかどうか悩んでいた。

 ここは言ってしまえば味方にも敵にもなる状態だ。彼の発言によって周りの兵士が的にも味方にもなり得る。王の間には国王を守るべく兵士が五人ほど居るのだが、今は王が温厚な態度を取っているため武装を解除している。

 だが、仮に王の機嫌を損ねてしまえば、すぐさま武装を行い、彼らを拘束するだろう。

 それだけは避けなければならないし、避けた方が良いと思うのが自然だ。


「……分かりました。ただ、僕、いや、私はあくまでも協力を取り付けに来たわけではありません。仮に、あなたが未来を覗き見ることができるとして、一応念のためお伝えしておくと、ある兵器を修復している合間の時間を狙って、あなたにお会いしただけなのです」

「シンギュラリティ、か。……あの兵器だけは、予測することができなかった。ライアンの壺にも入っていなかったものでね。あれは、いったい何なのだ? ただの兵器ではあるまい」

「俺もまだ、なんとも言えないのですが……ドワーフの技師の解析によると、中身にドラゴンが入っていた。あれはロボットなんかじゃない。人がドラゴンに手を加え、誰でも乗られるようにした悪魔の兵器だ」

「……悪魔の兵器、か。言い得て妙だな」


 ハインベルトは立ち上がり、彼に近づく。

 兵士が武装を行おうとするが、それを手で制する。


「そうさな。力を貸すことはできず申し訳ないのだが、力を貸していただくことはできないか。兵士殿」

「ラインハルトだ。そう読んでもらって構わない」

「そうか。ラインハルト殿、お願いと言ってはほかでもない。……我が息子、フィアーのことだ。彼奴は、ずっと引きこもっている。外に出ることを拒んでいる。だから、なんとかしようとしいているのだが、それがなかなかうまくいかない。だが、外での情報を聞けばなんとかなるかもしれない。どうか、外の世界での話をしてはいただけないだろうか」

「……別に良いですけれど、俺、ただの兵士だから、そこまで頭が良いわけではありませんよ? 王子様に話ができるほどとは思えませんけれど」

「構わない。別に頭が良かろうが悪かろうが、外の世界での話が彼奴に刺激になれば。兵士に部屋を案内させよう。さあ、是非いろいろな話をしてくれたまえ。礼はしよう。宿と食事だ。直ぐに給仕に用意させよう。……では、お願いするぞ、ラインハルト殿」


 そう言われて断ることはできなかった――そうして彼らは、一路フィアー王子の部屋へと向かうのだった。

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