第20話 大地
雑木林に到着した彼らを出迎えたのは、一休みをしているラルタスだった。シンギュラリティの近くには未だ工具がばらばらになって置かれているあたり、全然作業は終わっていないらしい。
「……ラルタス、一休みか? 飲み物と食事を持って来たぞ」
とはいっても他国への旅行者向けに販売されている弁当と水だが、今の彼にとってはそれが天からの恵みにも思えた。
「おおーっ! 有り難い!」
「だと思った。……家に帰るにも一苦労だろう?」
「それがな。儂が乗せてやろうかと言ってやっても帰ろうとはしなかった。こんなに頑固な人間は初めて見たぞ」
ブランの言葉を聞いて、ラインハルトは目を丸くする。
「ブラン……契約者以外の存在を助けることもあるのかい?」
「今やっていることは、契約者が元々乗っていた機械の修理だろう。ということはそのドワーフを助けることは、巡り巡って契約者を助けることにも繋がる」
「屁理屈だよ」
「そう言われても仕方がないのかもしれないのう」
ブランとラインハルトのやり取りを見ていて、なんだかおかしくなってしまって、ラルタスは失笑してしまった。
「ど、どうした。ラルタス? 何かおかしなものでもあったか?」
「いや。その……ちょっと待ってくれ、笑いが止まらない。あーっはっはっは」
「きっと、その関係がおかしくもあり、羨ましいのだと思いますよ」
ラルタスの代わりに彼の言葉を代弁したのは、ソフィーだった。
さすがは兄妹といったところか、やはりお互いの考えていることはある程度は分かるらしい。
「羨ましい? これが?」
「これとはなんだ、これとは。……普通に考えてみよ、ドラゴンとは畏敬の対象であり、共に戦う兵器であり、心を通わせる必要は無いとマギニアの人間は語っていた」
「それはおかしいだろ。兵器かもしれないが、ドラゴンは生きている。人間も生きている。それにどんな違いがある? もし違いがあるというのなら、俺を納得させる程の文言を言って欲しいものだよ」
「……世界が皆そういう価値観で回っているならば、もう少し単純に物事を最適化出来るだろうに」
ブランの言葉は重たくのし掛かる。
その言葉を受け入れて、理解して、信じて。
ドラゴンを守らなくてはならない。
そうして生きていくしか、彼に道は残されていない。
「もし何があろうと、俺は最後までお前のことを見ていてやるよ。……絶対に俺より先に死ぬな」
「ふん。ドラゴンに『先に死ぬな』とは良く言えたものだよ。そんなこと、造作もない。それよりもお主の方が不安だがなあ? 人間なんぞ軟弱な生き物だ。直ぐに、そしてあっという間に死んでしまうだろうよ」
「そうかもしれない。でも、それは無いかもしれない。やってみなきゃ分からないだろう? 運命なんて、変えてやりゃいいんだ。未来なんて変えてしまえばいい。掴もうぜ、俺たちの未来を」
それを聞いたブランは目を瞑ると、思わず失笑してしまった。
「何がおかしい?」
「いや……何か見覚えがあったような気がしてな。お主と儂は、それほど長い付き合いをしているようには見えないのだが」
「そりゃそうだ。長いってものじゃない。未だ一日くらいしか経過していない。それを『長い付き合い』というなら話は別だけれど」
「そんなことがあるか。……まあいい、いずれ思い出すこともあろう。それよりもラインハルト、少し気になりはせぬか?」
「何が?」
トーンを変えてきたブランに合わせ、彼もまたトーンを下げた。
「……感じぬのか、森が騒めいておる。これは何か嫌な予感がしてしまうのだよ」
「ドラゴン殿も感じられるか?」
その言葉に続いたのはアリアだった。
ブランは首を横に振り、
「ブランで構わんよ。……で? その口ぶりからすると、お主はラインハルトとは違うようだが」
「ドワーフは訓練を積むことで、大地の気を感じることが出来ます。そして私たちは皆その訓練を積んでいます。そのことからして……感じるのです、大地の気が、少しずつ強まっていることに……!」
「ははは! ノルークの大地も漸く怯えることを知ったか! ならば良し、助けやすくなる。何せ大地はその言葉を大地の精霊たるドワーフにしか伝えることは無いからな。人間も訓練を積めば出来そうなものだが、そんなことは考えたところで無駄なことだ」
「……どうせ俺たち人間は何も感じ取れないよ」
「なんじゃ、嫉妬しているのか。面倒だの、人間というのは」
「そりゃ、そんなことを言われれば、嫉妬だって……するだろ」
「まあいい。アリア、と言ったな? どれくらい敵は居ると思う。言うてみよ」
「ざっと三百。もっと居る可能性もあります。……はっきり言って、この戦闘は避けた方がいい。無意味とまでは言いませんが、無謀過ぎる」
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