第19話 父と子
『マッド・ハンターよ。ついにドワーフと人間が協力した。計画は常に前に進み続けている』
「ドワーフの王が、わざわざ戦争に手を貸すとは思いませんが」
皮肉交じりに言い放った。そもそも技術の結晶たる兵器を世界各国に輸出している時点で戦争に手を貸しているのだが、そんなことはどうだっていい。
そんな些末な問題など、どうだっていいのだ。
『神が人間に与えたもうた時間は最早少ない。大急ぎで計画を実行せねばなるまい』
『然様。計画は前に進めねばなるまい。それが神の与えたもうた我らへの試練そのもの。祈りは世界に満ち溢れ、我々は永遠の命を手に入れる。その為には、再生の卵を孵化させねばなるまい。大いなる犠牲を糧としてでも』
「承知しております。すべては委員会の御心のままに」
『では、よろしく頼むぞ』
そうして、モノリスは消える。
どっと疲れが出た陛下は、椅子の背もたれに思い切り体重をかけ、呟く。
「再生の卵、か……」
◇◇◇
「お父様、いえ王よ。一つ話したいことがあります」
「……何だね?」
フィアーの言葉にハインベルトは答える。
今、王の間にはハインベルトとソフィーの二人しか居ない。
だからこそ今は家族水入らずの、腹を割った話ができるということだ。
「私は、彼とともに戦います」
「ならぬ。それをして、どうなるというのか。私は未来を見ることができる。ライアンの壺へアクセスすることができる。それはお前も、知っていることだ。そしてお前はその壺にはアクセスできない……」
「いいえ。アクセスできるのは私です。あなたは何もできない。あなたはただの虚構で、あなたはただの妄想で、人々を混乱に陥れた邪神だ。今こそ私が、あなたを神の場所へと連れて行く。そう、あの壺には書かれていた」
剣を引き抜き、構える。
「私を殺して、無理矢理外に出るつもりか。国を捨て、世界を敵に回すつもりか。愚か者め」
「あなたが、あの壺にアクセスできるのならば、これも知っていた未来でしょう? 私だってこの未来は知っています。ですから、敢えて私はそれに従う。しかし、いつかは神に逆らう時があったっていい。いつまでも神の手のひらに乗せられたまま世界が動くと思ったら大間違いだ。……そうでしょう、お父様」
そうして。
フィアーはハインベルトの心臓を思い切り突き刺した。
血が噴き出し、彼の剣を赤く染め上げる。
「…………お前は、世界がどうなるのか、分かっているはずだ…………。だのに…………だのに、お前は…………」
「壺のことなんて信用ありませんよ。壺がそう言うならば敢えてそれに乗りましょう。けれど、その壺がいつまでも完璧なものであるのは絶対に否。否定してあげようじゃないですか。神の言うことを聞かないわがままな子供たちを。そもそもドワーフと人間は、天使であったドラゴンから迫害を受けていたのですから」
「ドラゴンは、我々を救う存在となる! それは壺にも書かれていたことだ……!」
「壺、壺って五月蠅いんですよ、あなたは。人間も、神も、天使も、全部逆らってやる。自分たちの運命を、そのままレールに乗ったままの世界だと思ったら大間違いですよ。かつて神学者の一人は、この世界は巨大な双六だと言っていた。だが、それを僕は敢えて否定してやる。この世界を、僕は、僕は、破壊してやるんだ……。あはははははは、はははははは、はははあはははは、はははははは…………!」
ハンカチで剣についた血を拭き取ると、それを投げ捨てた。
外に出ると、そこにはラインハルトとソフィーが待っていた。
「いいのか、もう?」
「ええ。終わりました」
今までの深刻な態度とは対照的に、笑みを浮かべて彼は言った。
そうして、ラインハルトたちは一路外へと出ることになった。
王の亡骸が発見されるのはそれから一時間後、昼食にやってこない王様を不安がってやってきたお付きの兵士が見つけたものであった。
◇◇◇
「シンギュラリティの修理はあと二日で終わります。ですから、僕とその私兵も、彼らの手伝いをしましょう。そうすれば、もっと早く、安心して終わらせることができましょう」
「フィアー様、ただいま到着しました!」
やってきたのは五人ほどの小さな兵団だった。
「人数は少ないですが、皆実力者です。シンギュラリティの保護と、協力を是非とも行わせて頂きます!」
そう言って兜を外すと――そこにはドワーフの女性の顔があった。
「女性の……兵士か」
「別に珍しくも無いでしょう? それとも、剣の腕が心配?」
「これでも彼女は剣技の大会では優勝している。指折りの兵士だよ」
「私の名前はアリア。よろしくお願いしますね、兵士さん?」
「……ラインハルトでいい」
「じゃあ、ラインハルトさんと呼びますね。それと……」
「ソフィーです」
「ソフィーさんですね。そちらもどうぞよろしく」
「それじゃあ、向かうぞ。ラルタスの居る場所へ!」
そうして、彼らは一路ラルタスの居る雑木林へと向かうのだった。
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