第38話 血の魔方陣(4)
そして、作戦の時はやってきた。
「作戦の場所は聖ラスタール教会跡地を中心とした半径一キルトミル(注:一キルトミルは約一キロメートル)の円内。そこに残党が集中しており、そこを殲滅すれば殆どのラスタール民が死に絶える……だったな?」
『ええ。それならば簡単にできる話でしょう、あなただって』
今回、作戦の前線に立つのはアダムとラインハルトの二人――機体で数えるならば二機だった。ベッキーは今回上官に司令官代行を任命されており、そのため前線基地での待機となった。
『それにしても一キルトミルに集中しているとは、彼らも考えが甘いものだね。そこがばれたら一網打尽じゃないか。今回の作戦みたいに』
「まあ、裏を返せば集中しているからこそ対抗しやすいのかもしれないがな。……今回はそれをチャンスと受け取っておこうじゃないか」
三人の通信となっているが、画面は表示されないため、アダムとベッキーの声しか聞き取ることは出来ない。ゆえに、二人がどのような状況に置かれているかの判断は、彼らの声が頼りということになるだろう。
まあ、今ならばそれに危惧することは無い。何せ今二機はまだ前線基地の中。会いに行こうと思えば無理矢理シンギュラリティから降りてしまえば良いだけの話なのだから。
「……じゃあ、俺が前に出て、その退路を断つ役割がアダム、でよかったな?」
『そうね。これくらいの規模ならば二人で問題ないでしょう。だとすれば、あなたたちに課せられる使命も自ずと重たくなってくるのだけれど』
「それも……そうだな」
シンギュラリティはゆっくりと動き始める。
夜半でも気づかれないように、今のシンギュラリティには音をなるべく出さない仕組みのプロテクトが成されている。簡単に言えば音をそのプロテクトに閉じ込めてしまうことで、実質防音に出来る形なのだが、そんなことは彼らが知る由も無い。
対して、アダムも一人コックピットで笑みを浮かべていた。
「……さあ、始めよう。協奏曲を、奏でるのだ」
その言葉は、通信をしていないから誰にも聞こえることは無い。
しかし、アダムはそのとき、軽く自分に酔っていたのかもしれない。
いずれにせよ、自らの感情を鼓舞させるために言った言葉だとするならば――少々言い回しがくどすぎるようにも見えなくは無いが。
そして、二機のシンギュラリティがラスタール地区中央部へと向かって動き始めていく。
◇◇◇
それからのことを、簡単にまとめることしかできない。
殺戮による殺戮。焼却による証拠隠滅。そこには何も残らなかった。
そこには何も残らなかったということは、そこに何かあったと証言出来る人間が誰も居ないということだ。
「……誰も逃がしちゃいないだろうな?」
焦げ臭い匂いが立ちこめる旧聖堂前に鎮座するシンギュラリティ内部にて、ラインハルトはアダムに向けて通信を開始する。
対してアダムは残党が居ないか念入りに火炎放射器を放っている。人の脂が焦げる匂いが床にへばりつき、それがほんとうに人なのかどうかという、形を保てないぐらいにまで溶けている。
「おい、アダム。答えろ。人間はもう生存していないのか」
『何度聞いたって答えは一緒だ。誰も生きていないよ。それが僕たちの任務なのだから』
「……それもそうだ」
彼らは答えない。
それ以上は、ただ淡々と任務を続けるだけに過ぎないのだった。
◇◇◇
「……血の魔方陣が完成致しました。これで後は、朔の時を待つばかりとなります」
『血の魔方陣が完成したからといって、我々に待ち時間が与えられたわけではない』
『然様。次に行うことを忘れては成らない。我々はアルシュの稼働と他にもう一つ、』
『世界を再生に導く、「再生の卵」の孵化及びヌルの部屋の解放を行わねばなるまい』
『その為には、アルシュ・コンダクターには死んで貰わねば成るまい』
『生は死の始まり、そして死は現実に続いている。誰が死のうと生きようと、その世界への影響は乏しいものだよ』
『だが、人間は生き続けなくては成らない。前に足を進めなくては成らない。その為には、どんな所業だってやってのけなくては成らない。我々が人間たり得る為に』
「承知しております。……では、」
そして、モノリスとの会話は終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます