第35話 血の魔法陣(1)
ラスタール地区は古代ノルーク教発祥の地と歴史書に記されている。かつては人々の信仰の中心にあったと言われているノルーク像が設置されていたが、内乱の結果、破壊され無残な姿となっている。
そもそも。
ノルーク教は、大地ノルークが大地ノルークとなる以前、一頭の巨大な獣だったという話から始まる。
もともと世界はノルークより何千倍も広大な世界が広がっており、ノルーク程の大きさの動物が沢山住む楽園と化していた。
しかしある時、突如として神が動物に罰を与え始めた。
与えたのは闇と死。幾千もの動物が暗闇に苦悶し、死に絶えたという。
しかし一頭の獣だけは神に許しを乞うた。神よ、何故あなたはこの世界を滅ぼそうとするのかと問うた。
神は創造主に問うたその意志を評価して、答えを述べた後、獣にノルークと名前を付け、彼以外の世界を闇に閉ざした。
しかして、彼が死に絶えたわけではなく、彼が動かなくなり大地と化しただけで、彼の身体自体は半永久的に生き続けている。
「……これが古代ノルーク教の内容だよ。とどのつまりが大地信仰だね。大地を生き物だと仮定し、その為の世界だったという理論だ。長らくこの考え方は信じられてきて、今もこのラスタール地区にはその考え方を信じる人間が多いわけだけれど」
そう締めくくったのはアダムだった。
ラスタール地区南東に位置する軍臨時基地に、彼らは作戦遂行の為にやってきていた。
作戦は、ラスタール地区に居る人間の殲滅。
やり過ぎなように思えるが、今の彼らにそれを否定出来るほどの力は無い。
正確に言えば、シンギュラリティを使えば多少の抵抗が出来るだろう。
しかし、その先に待っているのは、死あるのみだ。
「……ラスタール地区に拘る理由も無いような気がするけれどね。ただまあ、私たちはあくまでも国家の狗。それに従うほかはないのよ」
「国家の狗、ね……」
ラインハルトは基地の側に立ち尽くすシンギュラリティを見て呟く。
「一応言っておくが、シンギュラリティを使っての反逆行為は即刻死刑だぞ」
「分かってるよ、それくらい……。ってか、そんなことすると思ってんのか。普通に考えれば、長いものに巻かれろという判断をする人間が大半だ。だからこそ、お前たちもここに居るんだろ?」
「そりゃそうかもしれないけれど……」
「でも、言っていいことと悪いことがあるだろ。……まあ、君はそういう性格って何となく分かっていたけれど」
「何で分かるんだ?」
「性格を当てるのが得意なんだよ」
「ふうん」
何だか怪しんでいる目線を送っていたが、彼はそれを華麗にかわし、
「それより、作戦の内容をもう一度確認しておこうよ。何か分からないところがあるかもしれないだろう?」
「あ、逃げやがったな」
「……それもそうね。ラインハルト、ちょっと作戦のブリーフィングと行きましょう」
「ベッキー、お前もアダムの味方をするのかよ……。まあ、いいや。分かった。で? 今回の作戦だったな。今回の作戦は、ラスタール地区の殲滅。それが目標だ。その為には、夜間に任務を遂行する必要がある。本来、今までの作戦は昼間に行われていたし、あちらも夜間の警備は薄いようだ。どうやら完全にこちらが夜間に攻撃を仕掛けてこないと思い込んでいるらしい」
「というか、そう決められているのよ。テスラーとマギニアが和平交渉をした際、マギニア側が提示した条件がそれ。兵士の労働環境を改善しろということが理由らしいけど、そもそも『クリーンな戦争』なんて考え、誰が最初に始めたのかしらね?」
「でも、こちらがルールを破ることについては問題ないのか? さっきライフフィールド司令官が淡々と任務について述べていたけれど、普通に考えてそのルールをこちらが破ったら……」
「まあ、和平もおじゃんね」
そんな簡単に言ってのけることの規模では無いのだが、彼女にとってみればスケールがマクロ過ぎて、別に干渉することもない問題だ。
要するに、彼女の仕事にそのことが何か影響するかと言われれば、別に今までと同じ戦争が繰り広げられるだけであって、そのことについて干渉することが彼女にとってはあまり理解出来ないのだった。
「……おじゃん、って。簡単に言うけれど、本当にそんなことをして良いのか?」
「やらなかったら命令違反で減給と懲戒よ。それでも良いなら止めないけれど。そこはあなたの自由意志を尊重するわ」
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