第28話 自由意志

 ハンバーグセットを食べ終えたところで、アダムは立ち上がった。


「……どうした、アダム?」

「そういえば、とんでもない問題があったことを思い出したのだけれど」

「財布を持ち合わせていない、か?」

「うっ」


 アダムの目を見て、溜息を吐くラインハルト。

 どうやら嘘をついているかいないかを判断しているようだった。

 そして答えは、後者であることが分かった彼は、ゆっくりと立ち上がる。


「いいよ、別に。今回は俺のおごりだ。……お前が言っていただろ、仲良くなるための、ことだと。ならば今回は俺がそれを担うことにしよう。お前は俺と出会い、俺はお前と仲良くなるために食事をおごる。これでいいな?」


 しかし、流石にそれは困ると判断したのか、アダムは首を横に振る。


「そういうわけにはいかない! 確かに今回はお金が無いので払って貰うほかないのだが……だが、次回、次回おごるということでどうだろうか。それでチャラには」

「お前がそう思うなら、それでいいよ。本当はおごりにしておきたかったけれど」


 伝票を手に取り、すたすたと歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 ラインハルトを追いかけるように、アダムは走って行った。

 すでにカウンターで会計を済ませた彼を見て、ただ一言だけこう言った。


「……ご馳走様でした」

「おう。次回のおごり、楽しみにしてるぜ。ま、場所はこのレストランでいいけれど」



 ◇◇◇



 帰り道、ラインハルトは一人呟いていた。


「あいつは……いったい何者なんだ」


 すっかり暗くなった町並みを見つめながら、彼はこれからのことと、これまでのことを考えていた。

 ブランと、あの黒い竜が戦ってから――おおよそ三ヶ月。

 あっという間に状況は進み、戦争は終結を迎え、戦争だった大きい障害がなくなったことで、紛争という小競り合いがクローズアップされるようになり、各国の軍隊は紛争の停戦に全力を尽くすようになった。

 真の平和を求めるために、人々が力を尽くしている世界となった。

 あまりにも変わりすぎて、別の世界にやってきているのではないかと思い込んでしまうレベルには、彼の頭の中で処理しきれなかった。

 彼は戦争に長らく使役していたため、精神汚染が確認されていた。

 そして、精神汚染を少しでも除染できるように、少しでも社会復帰が早まるように、服薬治療とカウンセリングが続けられていた。

 最近は薬の効き目が良いのか、大分日常生活を送れるようになり、遂には社会復帰を認める診断書を貰ってきた次第だった。


「……戦争は、終わっちゃいない」


 あんな簡単に戦争が終わるはずが無いと、彼は思っていた。

 であるからこそ、戦争をどのように終わらせるのか、彼は悩んでいた。

 そんなこと一兵士に関係の無いことかもしれない。そもそも軍など戦争が無ければ必要の無い存在であるのだから。


「でも戦争が終わると、俺たちには仕事が無い」


 兵士が引退したところで、その先に進路は無い。

 兵士は力仕事が専門だからそうなる可能性もあるが、兵士が引退すると言うことは即ち何らかの病気になったか怪我を負ったか、それとも老齢になったかのいずれかである。

 となると、まともな仕事につける人間など殆ど居るはずも無い。

 況してや、精神汚染が確認できている人間など採用の中で大きな壁になる。


「……戦争は、平和は、俺たちに何をもたらすんだろうか」


 人間にとっての平和。

 人間にとっての戦争。

 神は何を考えて人間を生み出したのか。

 神は何を考えてこの世界を生み出したのか。

 そんな壮大なことを考えても――今の彼には何も分からない。

 それが、そう。普通のことであった。



 ◇◇◇



「シンギュラリティのパイロットと出会ったよ。かなり面白い人だったね」

『シンギュラリティのパイロットは複数人居る。……まあ、この場合はただ一人に限定されるが』


 湖畔にて、アダムは独りごちっていた。

 しかしアダムにだけは、老齢な声が耳に届いていた。


『彼はどうだ。君にとって、有益な人間か?』

「うーん、どうだろうね。今のところはまだ分からない。けれど、一言だけ言えることがあるよ」

『何だ?』

「次回は、彼に食事をおごってあげないとね」



 ◇◇◇



『アルシュ・コンダクターは自由すぎて困る。自由意志をいっそ排除することは考えられないか』


 三度、モノリスによる会議が行われている。


『しかし今の状況は問題ない。彼の記憶も、担い手の精神も、問題ない。強いて言うならば、疑問を抱き始めた人間が複数人出始めているということか』

『ベッキー・レフテント、ですか。かつて担い手と恋仲にあったというあの』

『そういう存在になっていたからこそ、未だに優しくしようと思っているのかもしれない。あの小僧が情報を漏らしていなければいいが』

『あの小僧は我々の操り人形ですよ。そんなこと、出来るはずが無い。したところで彼に待っているのは、死ですよ。死にたくないなら、我々に従うしか無い。それにより、真の平和が得られるのですから』

『然様。今は心配する必要などありません。心配したところでその先にあるものは、絶望しか有りはせぬよ』


 そして、モノリスの一柱が告げる。


『しかし一応、釘は刺しておかねば成るまい』


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