第27話 ハンバーグセット

「なら、問題は無さそうだね。……一安心一安心。でもそれならどうして僕が呼び出されたのだろう?」

「知るか。隊長にでも聞いてみたらどうだ」

「そうだね、そうしてみるよ。あ、注文良いですか」

「メニュー見てないだろ」

「もう決まっているんだよ。……ええと、ハンバーグセットで」

「あ、俺もそれで」

「結局それかい」


 メニューと長い間にらめっこしていたラインハルトだったが、結局定番のメニューに収まったのを窘められる。

 それからは沈黙が空間を包み込んだ。ラインハルトは情報端末を使ってネットサーフィンをしていて、アダムはじっとラインハルトの顔を見つめていた。


「……あのさ、お前、何か時間を潰す手段とか持ち合わせていないわけ? 流石に人の顔をじっと見られてちゃ気になるぞ」

「ああ、そうかい。済まなかったね。……じゃあ、店内をぐるりと眺めておくことにするよ」


 変わったやつだ、と思いながらラインハルトはネットサーフィンを再開する。ちらちらと彼の様子を眺めていると、確かに彼の言った通り、店内の光景を眺めているようだった。店員からもなんとなく不審がられているのがとても気持ち悪い。

「あー、分かった。店内を眺めるのも止めろ。怪しまれる。……そうだな、これを貸してやる」


 ポケットから取り出したのは一冊の文庫本だった。

 その表紙はシンプルなもので書名と作者名が書いてあるだけだった。


「これは?」

「俺のお気に入りの小説だ。冒険ファンタジーは嫌いか?」

「好きか嫌いかと言われると微妙なところだね」

「まあいい。取りあえず好きでも嫌いでも構わないから、お前の頼んだメニューがやってくるまでその本を読んでいてくれ。俺も怪しまれたくないし、そのほうがお前にとっても良い経験になるだろうからな」

「分かった」


 にっこりと笑みを浮かべて頷くと、その本を受け取った。

 それからラインハルトはネットサーフィン、アダムは読書と各々時間潰しに励んだ。


「お待たせ致しました、ハンバーグセットでございます」


 じゅうじゅう鉄板の焼ける音が聞こえたのはそれから五分後のことだった。

 情報端末を仕舞うと、目の前に木の板の上に鉄板が乗せられた特製プレートがやってきた。プレートの上にはハンバーグと付け合わせの野菜、それにソースの入った容器が乗せられている。

 続いてライスの盛られた平皿がやってくる。最後にカップ型の容器に入ったコンソメスープがやってきて、ハンバーグセットの完成だ。


「……よし、来たぞ。アダム。飯を食おう」


 アダムは未だ本を読んでいた。余程その本が気に入ったのかもしれない。いずれにせよ、彼はあまり本を読む人間には見えなかったので、それはラインハルトにとって想定外の出来事ではあったのだが。

 アダムはラインハルトの呼びかけを聞いて、漸く自分の目の前にハンバーグセットがやってきたことに気づき、本をどうしようかと考えていた。うろうろと本を置くか、そのまま最後まで読み切るかと悩んでいる様子だった。


「しおりがあるだろ、それを使えよ」

「……あ、ああ。本当だ。済まない、しおりの存在に気づけなかった」


 しおりを開いているページに挟むと、その本をテーブルに置いた。


「その本、気に入ったのか?」

「気に入った……のかもしれない。何か、読んでいて面白い」

「ドラゴンが出てくるからな。冒険したいって気持ちが湧いてくるもんだよ。……ま、軍に仕えている人間だからそんなことはできないけれど」

「……成程。ドラゴン、か。確かにドラゴンが出てくるな。しかし、ここに出てくるドラゴンは神に近い存在として登場するのだな」

「ドラゴンはかつて神の使いだった、っていうノルーク教の考えが小説の中に入っているんじゃないかな? そこまで詳しいことは知らないが、大方作者が信者だとか、そういうところなのだと思うけれど」

「そういうものなのか」

「そういうものだ。……さ! 食べないと冷めてしまうぞ」


 フォークとナイフを取り出し、ハンバーグを切り分けていく。

 アダムはその作法を知らないのか、ラインハルトの一挙動を見ながら食べていた。


「美味い、美味いぞ、このハンバーグ」

「そうか? 別にいつものハンバーグだと思うが。こんなハンバーグも無いくらい辺境からやってきたのなら話は別だ」

「……う、うむ。そうだ。辺境だ。エクスリプラーからやってきた」

「鉄道すら走ってないじゃないか、軍用車でやってきたのか?」

「そういう感じかな」

「ふうん」


 ハンバーグセットを食べながら、ラインハルトは、未だにその不信感を拭いきれずにいるのだった。


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