第44話 扉(後編)


「問題?」

「私とブランは一度目覚めて、対立しているだろう? そこで本来ならば計画は実行されるはずだったんだ。しかし、そこでは普通と違う出来事が起きていた。それが……」

「俺がブランに乗っていたこと、」

「そうだ」


 ラインハルトの言葉にノワールは小さく頷いた。


「だからブランは全力を出せなかった。出さなかったのでは無い。出せなかったのだ。だから私も全力を出さなかった。そうして私は卵になりエネルギーを蓄積するまで待機するようになり、ブランは人間の皮を被せられ、『アダム・レニルン』という名前を与えられた。……これが真実だ」



 ◇◇◇



『扉が開くまではどれくらいだ』

『あと十三時間余りかと』

『問題は特に』

『起きておりません。おそらく、扉の中では「破壊」と「再生」が融合しているものと』

『然様。問題は何一つ起きていない。何一つとして……』

『ならば問題ない。物事は何事も、完璧が一番なのだから』



 ◇◇◇



 そして。

 そのときはついにやってきた。


「……いいか、扉が開いたら、一気に出発する。そしてお前は方舟に乗り込むのだ。そうすれば、世界は開けることだろう」

「分かった。でも、ノワールはどうするつもりだ?」

「それは関係ないだろう! ……お前だけでも生きるんだ。広い世界には、きっと誰か、人間に近い種族も生きていよう。そこで平和に暮らしたまえ。この世界など、忘れ去って」

「ちょっと待ってくれ。……一人だけ、連れてきて欲しい人間がいるんだ。だめか?」

「誰だ?」

「ベッキー・レフテント。兵士だ。多分今も軍部に居るはずだ。彼女を連れてきて欲しい。そしたらこの方舟で出発するよ」

「……承知した」


 そして。

 扉はゆっくりと開かれる。



 ◇◇◇



『さあ、世界の終焉を』

『さあ、世界の再生を』

『さあ、物語の終焉を』

『さあ、物語の幕間を』

『始めようではないか』



 ◇◇◇



 扉をくぐると、その先に広がっていたのは首都だった。

 首都は炎が燃えさかり、まるで戦場のような状態と化していた。


「……おい、どういうことだよ。これって!」

「扉を開いた弊害が思ったより大きかったということだろう。これならばお前の言ったベッキー・レフテントとやらも……」

「いいから探せ! 探すんだ! アルシュはどこだ!」

「アルシュならその扉の先に……」


 見ると、アルシュはノワールたちにくっつくように、首都の上空にふわふわと浮かんでいた。


「分かった。……いいからベッキーを探すぞ!」

『待ちなさい、そこのドラゴン』


 それを聞いた途端、喜びと悲しみが同時にやってきたような感覚に襲われた。

 ノワールと少しだけ離れた距離に、シンギュラリティが浮かんでいた。


「ベッキー、ベッキーなのか!」

『え、その声は……ラインハルト? 良かった、無事だったのね』

「うん。無事だ。……だから、今は俺の言葉に従って欲しい」

『どういうこと?』

「この世界は、もう崩壊する。だから、俺と一緒にあの船に乗って、」


 船を指さしたラインハルト。その仕草を見てベッキーの乗るシンギュラリティもそちらを向いた。


「何、あの巨大な船……」

「あれはアルシュって言うんだ。歴史を少し学んだお前なら知っているだろう? この世界が終わりを迎えたときにやってくる船らしいんだ。これに乗って、二人で逃げよう。新しい世界へ逃げよう」

『新しい世界があるという保証も無いのに? 新しい世界があっても、人間が生きていける環境があるという保証も無いのに?』

「それは……」


 ラインハルトは断言出来なかった。

 ノワールの言った言葉を信じて疑わなかっただけに、その言葉が本当に正しいのかということについて、はっきりと言い切ることが出来なかったのだ。

 だが、それに合わせたのはノワールだった。


「娘よ。どうかあの船に乗って欲しい。でなくては私もお前を攻撃せねばならなくなる。この国はもう終わりだ。破滅を迎えるだけに過ぎない。新しい世界は、必ず存在する。だから、どうか、その言葉を信じて乗って欲しい」

『嘘、嘘よ……。この世界が滅びるなんて、信じられない。信じたくない。信じるわけが無い! あり得ない、あり得ないよ、ラインハルト。きっとあなたは騙されているんだよ。あの竜に、その竜に!』


 しかし、ベッキーはノワールに銃口を向けた。


「ベッキー! 人の話を聞いてくれ!」

『聞いてくれ? 大概にしなさいよ、あなただって騙されているかもしれないという可能性は考えなかったわけ? ということはあなたはドラゴンに騙されているのよ。あなたは、あなたは……だから私がここであなたを殺す! あなたを、あなたは私が好きだったあなたのまま死んで欲しいから!』

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