第9話 ホームメイド伝説の武器(2)


 ハルト・リカードの酒場を、パースマーチ家の姉妹が訪れる光景。

 それ自体はよくあることだ。

 が、今日はその勢いが明らかに違っていた。


「どういうことよ、ハル兄!」

 店のドアを開けるなり、ナタリーは大音量で怒鳴った。

「村の近くに、なぜかいきなり山ができたらしいんだけど! なにあれ!」


「おう」

 ハルトは動じた様子もなく、朝のお茶を飲みながら片手をあげた。

「今朝は速いな。二人とも、おはよう」

「おはようございます……ナタリー、コレッタ……」

 兄の隣では、ソニアがふらつくように頭を下げた。

「元気ですね、二人とも……今朝は冷えるので、兄上から特製のお茶をいただいていたところです。一緒にいかがですか」

 早朝だからか、いつもより顔色が白く、椅子に座っていることすら辛そうだ。それでもソニアは、兄と一緒にとる朝食を重要視している。


「元気とかそういう問題じゃないっての! あんたたち兄妹、なんでそんなに自然体なのっ?」

 ナタリーは噛みつくような勢いで喋る。

「あんな天変地異クラスの事件が起きてんのに!」

「どうもー。おはようございます、ハルトさん、ソニアちゃん。ごめんなさい、ナタリーちゃんが騒がしくって」

 コレッタが後ろ手にドアを閉め、ちょっと頭を下げながら入ってくる。

「ハルトさん特製のお茶なら、私も飲みたいなあ。ご一緒してもいいですか? クッキー持ってきたので、よければどうぞー」

「あーーーっ、この流れ納得いかない! 私がなんか常識ないみたいな感じになってる!」


「落ち着けよ、ナタリー」

 ハルトは手際よくカップに茶を注ぎ、テーブルに並べる。ついでに、三枚の紙片も取り出す。ハンドアウトだ。

「あっ、やったハンドアウトだ! 今日は冒険行けるんですねっ」

 コレッタの目が輝いた。クッキーを皿に並べながら、軽く飛び跳ねる。


「二人が来たし、呼び出す手間が省けた。ちょうどいいや。あの近所になぜか突然いきなり理由もわからずできた謎の山なんだけど――」

「長い、不自然、わざとらしい!」

「落ち着いて聞けって。今回のクエストは、あの山に関するものだ。ほら、ハンドアウト読め!」

 ハルトの示すハンドアウトを、三人の少女がのぞき込む。


【目的】山奥に住む、伝説の鍛冶職人を訪ねよう!

【概要】女神の顕現によって活発化した地殻変動(たぶん)により、きみたちの住む平和な村の近くにいきなり山がそびえたった。この山には超・貴重な鉱脈が眠っているらしく、放浪の旅をしていた伝説の鍛冶職人が住み着いたという。ぜひとも職人の庵を訪ねて、勇者にふさわしい武器を打ってもらおう――


「……なにが地殻変動よ!」

 やはり真っ先に、ナタリーがハンドアウトを叩きつけた。

「こんなん自然現象で起きるわけないじゃん!」

「そうだな、俺も女神の奇蹟だと思う」

「違う、そういうことじゃなくって!」

「いやー、女神のやることは人間にはよくわからんぜ! きっと新たな勇者の誕生に、テンションが高くなっちゃったんじゃねえかな! たぶんそうだ!」

 強引にまくしたて、ハルトはソニアの肩を叩く。


「しかしラッキーだな、ソニア。お前が真心をこめて頼めば、きっと伝説の鍛冶屋のおっちゃんも喜んで武器を作ってくれるだろう。お前は可愛いからな!」

「そ、そんな……兄上、過分なお言葉です……!」

 ソニアは顔を赤くして、ごまかすようにお茶を口に含んだ。

「私などの頼みを聞いていただけるか、ソニアは不安です。未熟者ですから……!」

「いや。伝説の鍛冶屋ともなれば、見る目は鍛えられてるはずだ。お前の純粋な心が、頑固な職人の心も溶かすだろう!」

「そんな……兄上っ、そんな、私は、そんな私はそんな……えふっ! ごほっ!」

 照れながら慌ててお茶を飲んだせいで、ソニアは急激にむせた。


「ああっ、ソニア!」

 ハルトはソニアの肩を掴み、咳き込む彼女が倒れる前に支えた。

「謙遜しすぎは体に良くない、寝起きのところを無理するな。一度部屋で休んできなさい!」

「うう……すみません、兄上……!」

「いいんだ。今朝はちょっと冷えるし、暖かくするんだぞ!」

「はいっ……!」

 よろよろと階段を昇るソニアを見送り、ハルトは急激な真顔で振り返った。


「では二人とも、裏ハンドアウトを確認しよう。今回はとても重要なクエストなので、心するように!」

「いいけど……」

 ナタリーは椅子に腰を下ろし、ハンドアウトをひらひらと振った。

「ハル兄、さっきの話。いきなりできた山の件だけど」

「はいはい、わかったよ。正直に言う、俺が作った! ソニアのために、最高の鉱石を用意したかったからだ!」

「だよね! 絶対ハル兄だと思った! お父さんも確信してると思う、どうすんのっ?」

「村長とは和解が成立した。その点は気にするな。いいから裏ハンドアウトをめくれ!」

「なんとなく、書いてあることも予想つくわ……」


【真相(ソニアには絶対内緒)】伝説の武器職人は、かつて魔王を倒した勇者の一人、ドワーフのゾラシュ・ブレガである。話は通してあるので、快く引き受けてくれるはずだ。また、今回の冒険の舞台である山は自作した。ピクニックに最適な小さな山だが、ソニアの体力の無さを楽観視してはいけない。数日分の野営準備をしていくこと!


「伝説の職人さんって、ハルトさんの昔の仲間なんですか?」

 コレッタは嬉しそうに声をあげた。

「すごいですねー、さすがハルトさん! 私も武器とか作ってもらいたいです。憧れなんですよ、ドワーフの作った戦鎚って!」

「そう言うと思って、もちろん仲間の分の武器も頼んでおいた。お前たちにも装備面でレベルアップしてもらうからな!」

「わー!」

 興奮気味に拍手をして、コレッタは立ち上がった。いつも以上にやる気の溢れた笑顔だ。

「すごい! ドワーフ製のマイ戦鎚なんて、素敵です! ありがとうございます、ハルトさん。私、もうめちゃくちゃ頑張っちゃいますね!」


「コレッタはホント鈍器が好きだよな」

「はいっ。もういまから振り回すのが楽しみで!」

 素振りをするコレッタを見ていると、ハルトは彼女が神官であるという事実を忘れそうになる。

 まるで狂戦士だ。


「ソニアちゃんとナタリーちゃんを守るため、そろそろ愛用の武器をランクアップさせてあげたいなーって思ってたんです」

「意識が高い! さすがコレッタ。お姉ちゃんレベル高いな!」

「おっ、おおおおお姉ちゃんレベルだなんて!」

 珍しく裏返ったような声をあげ、コレッタは意味もなく戦鎚の素振りを始めた。

「もう。ハルトさんに言われると、本当にその気になっちゃいますよ! もう!」


「ハル兄、あんまりコレッタ姉に精神的なエサをあげないで! 戦鎚振り回して危ないから!」

「いや。やる気があるのはいいことだと思う。ハンドアウト渡して喜んでもらうのって最高だよな……今回は俺もめちゃくちゃ頑張ったし、すげー疲れた……」

 ハルトは自分の肩をたたき、大きく息を吐いた。


「おかげで今日は体がだるい。最後の調整あるし、これから出かけるけど」

「山とか作ってんのに、体がだるいぐらいで済むわけ?」

「二日酔い並みに頭も痛ぇよ――じゃ、先に行ってるわ。ソニアと一緒にゆっくり来いよ」

 コンヴリー村から山へ向かうなら、一泊はする必要があるだろう。ソニアを伴っていれば、二泊か三泊。時間はある。

 その間、ハルトには先回りしてやるべきことがあった。


「……ちなみに、最後の調整って、なに?」

「妹にふさわしい、伝説の武器を作る以上は」

 ハルトは背筋を伸ばし、親指を立てた。

「そいつの仕上げは、もちろんお兄ちゃんがやらなきゃだろ!」


――――


 できたばかりの山の中腹に、簡素な小屋がある。

 いかにも急ごしらえといった見た目だが、そこになびいている旗だけは立派だ。

 小屋の前には屋台があり、《旋風堂》と染め抜かれた大きな旗が、十本以上も掲げられている。これでもかと周囲に存在を主張する、そんな小屋だった。


「……それで?」

 小屋の前に連れて来られたヴィアラ・ナガルは、疑わしげな声を発した。警戒のあまり、犬耳と尻尾がぴんと張り詰めている。

「今度は私に、なにをしろと? 言っておくが、どんな拷問をされようと貴様らに情報を話す気はない! あと、ダンジョンの罠の実験台も絶対に断わる!」


「どっちも違う。今回は、魔剣の試し斬りだ」

 ハルトは手近な岩に腰を下ろし、答える。

「ゾラシュが俺の妹のために、いくつか剣を作った。どれが一番ふさわしいかテストしたい。うまくできたら、無罪放免にしてやるよ。お前の『鉤爪』も返してやる」

 目の前で振って見せるのは、ヴィアラが愛用している曲刀だ。彼女が『鉤爪』と呼ぶ、魔界で鍛えられた剣である。


「ほう。面白い」

 ヴィアラはにやりと笑った。

「そういうことなら、ぜひ協力するとしよう――くっくっ、愚か者め。試し切りのふりをして、貴様をバラバラにしてくれるわ」

「めちゃくちゃ本音が漏れてるなー……まあいいや。ゾラシュ、剣見せてくれ」

「うむ」

 ハルトが促すと、黙り込んでいたゾラシュが何本かの剣を差し出して見せる。

 いずれも装飾の無い、簡素な拵えの剣。作り手であるゾラシュの好みだろう。


「方向性の異なる剣を、いくつか用意してみた。どれも自信があるが、とりあえずこの辺から試すか」

 そうしてゾラシュが渡したのは、白々と輝く刃を持った、片刃の剣だった。刃の反りが深く、北部で使われる形式に似ている。

「名付けて、魔剣ガレルナーン。その刃には炎の術式プロトコルが宿り、触れたものを焼き尽くす。受け太刀かなわぬ炎の剣だ」


「おお。いいな、これ」

 ハルトは刃をのぞき込み、うなずいた。

「さすがゾラシュ。こいつは斬れる、間違いねえ」

「ふん。おれに世辞や煽ては通用せん」

 顔をしかめながらも、ゾラシュは嬉しさを隠しきれていない。顎鬚をしきりと撫でるのがその証拠だ。

「言葉は不要――早く握って振ってみろ、ヴィアラ」


「くっくっくっ、よかろう」

 ほくそ笑みながら、ヴィアラは剣に手を伸ばす。柄を握る。

「望み通り、この刃の切れ味を試してやるぞ! ハルト・リカード! 貴様の首で――なぁぁぁっひゃっ、ふぁっ?」

 勢いよく振りかぶり、ハルトに斬りつけようとした瞬間、ヴィアラの足がもつれた。

「ふふぁ……ふぁ……うっ」

 そのままヨタヨタと奇妙なステップを踏んだ挙句、べた、と地面に顔面から倒れ込む。


「おっ。どうした、ヴィアラ」

「ど……どうしたも、こうしたもあるか……!」

 ヴィアラは地面に伏せたまま、へろへろと尻尾を動かした。

「なんだこの剣は! 握った瞬間、なんというか……ものすごい疲労感に襲われて、立っていられなくなったぞ!」


「ふーむ、少し吸いすぎるか」

 ゾラシュは腕を組み、重々しく首を振った。

「相手を一瞬で焼き尽くす炎を実現するために、使い手の魔力線を吸い上げる必要があるのだが。一呼吸と持たないとは予想外だ」

「ふ、ふざけるなっ……!」

 ヴィアラはふらつく足で立ち上がる。犬耳にも元気がない。


「こんな剣を使ったら、一回振り下ろすたびに死を覚悟せねばならんだろうが! この私ですらこの有様だぞ! 何を考えているのだ!」

「このくらい、ハルトは平気で耐えられる。最近の若造どもは我慢が足りんな」

「そういう問題ではない! この男と一緒にするな! こんな……こんな、なんだ? ええい、とにかくワケのわからん生き物と! こんな魔剣、ドラゴンでも遠慮するわ!」


 騒ぎながらゾラシュに食って掛かる。

 そんなヴィアラの姿を眺めて、ハルトは満足そうにうなずいた。

「お。もう元気になってる。すげー回復力、やっぱり呼んどいてよかった」

「貴様……!」

 ヴィアラは歯ぎしりをして、また別の魔剣に手を伸ばした。

 肉厚の刃を持つ、両刃の長剣。その刃は闇を塗りこめたように黒い。

「もう許さん! 今日は絶対に貴様を斬る!」

 柄を握ると、刃がうぉぉん、と唸り声のような音を響かせた――その次の瞬間。


「食らえ、獣魔クブト剣技! 必滅の――ぬぎゃあああああ!」

 なんらかの剣技を繰り出そうとしたヴィアラが、弾かれたように吹き飛んだ。

 手から離れた剣が宙を舞い、ぐるぐると回って地面に刺さる。その周囲の土が弾け飛び、さらに飛び散る小石が空中で砕ける。

「おおー」

 ハルトは周囲を見回した。

 森の木々がざわざわと揺れている。

 剣はさらに震え、山全体を揺らすほどの地震を発生させ、ようやく止まった。


「……いまのは、使い手の安全性に考慮した剣だった」

 ゾラシュの解説は、相変わらず重々しい。

「刃を握ると起動する。常に振動衝撃波を発生させるため、接近することもできない。飛び道具も空中で迎撃する。これぞ護身の刃の究極なり」

「安全性ってお前、ヴィアラがものすごい勢いで吹き飛んだけど」

「常に振動衝撃波を発生させているからだ。使い手自身も多少の影響を受ける」

「あれが多少か……?」

「多少だ。ハルト、お前なら無事だったではないか。実際、あれに似た剣を使わせたこともあったぞ」

「マジかー、ぜんぜん気づかなかったよ」


 ハルトが銀髪を掻きむしる。

 その横合いから、吠えるような声が飛んできた。

「……暢気にやっている場合か!」

 ヴィアラが茂みの中から這い出てくる。全身が土煙で汚れており、軽く咳き込む。

「多少どころの話じゃないぞ! あんな剣、まともに使えるか!」

「このくらい、ハルトは平気で耐えられる。最近の若造どもは我慢が足りんな」

「ぐぅーっ、この感じ! 頑固なドワーフども特有の精神論! 蕁麻疹が出そうだ!」

 喉をかきむしり、ヴィアラはハルトを睨んだ。


「まさか、他の剣も似たようなモノではないだろうな! っていうか、絶対そうだと思う!」

「ううーん……俺もそんな気がしてきた。ゾラシュ、悪いけどこういうの、俺の妹には持たせられねえよ。かなり体力ねぇから」

「ふむ。ならばハルト、そこまで言うならお前が作ってみろ。おれが手伝う。刃はいくつも試作してあるから、あとはそこに込める術式プロトコルだけだ」

「おっ。いいの?」

「お前には借りが多いからな」

 ゾラシュは珍しく、少し微笑んだようだった。

「おれの剣のいい実験台になってくれた」

「俺は実験台だったのかよ……七年越しに知る真実だった……」


「なんだ、そのヌルい反応は!」

 ヴィアラはひとり激昂する。

「ハルト、貴様……なんか妹が絡んでるのに、今回はツッコミが鈍くないか? 明らかにそうだ!」

「いやー、なんか長年ゾラシュの剣を使ってるから、いまさら言われてもピンと来ないというか……そんなに危険なものだと思ってなくて、いまちょっと驚いてる……」


「ええい、こんなやつらに関わっていられるか!」

 ヴィアラはゆっくりと後退を始めている。

「私は帰る! 勝手にやっていろ!」

「まあ、待て。その前にここにある剣を一通り使ってみてもらおう」

 ハルトは素早くヴィアラの肩を掴んだ。


「もしかすると、中には使える剣もあるかもしれない」

「断わる! 自分でやれっ!」

「俺が試してもよくわからねえっつってんだろ。四の五の言わずに手伝え」

「ふんっ、もともと私と貴様は敵同士! 誰が貴様のいうことなど――あっ。大変申し訳ありません、あの変態ハムスター色欲エルフを呼ぶのだけはご容赦ください」


「――さて」

 すぐに土下座をしたヴィアラの傍らで、ゾラシュが剣を抱え上げる。

「次はこれを試してみるか。おそらく、こっちの方が安全だ」

「うっ? なんだその刃の色は。明らかに危険だぞ――やめろ、私はそこの男のように意味不明な怪物ではない! うがーっ! やめろ、やめろっぎゃっぎゃあああああああ!」


 その日、ヴィアラの悲鳴と爆音は、陽が暮れるまで山に響いたという。



【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】

 ☆はじめての冒険をする(完了!)

 ☆ライバルと出会う(完了!)

 ☆女神に祝福される(完了!)

 ★伝説の武器を手に入れる(進行中!)

 ★中ボス(できればデーモン)を倒す

 ★王族から激励される

 ★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる

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