第4話 優秀なテストプレイヤーの条件

 触手から解放し、後ろ手に縛り上げてから数分。

 かなり時間をかけて呼吸を整え、ようやく《闇の鉤爪》ヴィアラは声をあげた。


「くっ」

 地面に転がったまま、吐き捨てるように言う。

「殺してやるっ……! この屈辱は忘れぬ。貴様らの脳を叩き割り、記憶をつかさどる部分を徹底的に破壊してくれる……!」


「思ったより元気だな。復活早々、台詞が長ぇ」

 ハルトが呆れて振り返ると、ニコラも感心したようにうなずいた。

「さすがは、《闇の鉤爪》。獣魔クブト屈指の戦士ですね」

 もともと、ヴィアラのように魔界からの来訪者であるデーモンは、こちらの世界に実体を持たない。顕現するときに仮の肉体を構築するため、種族によって特性が異なる。

 ヴィアラの場合は獣魔クブトと呼ばれる、高いタフネスで知られる種族だった。


「うるさいから、もうちょい触手と遊ばせといた方が良かったんじゃねえかな……」

「ですね。是非やりましょう」

「ふざけるな! この、ハムスターにも劣る変態どもめ!」

 ヴィアラは激昂して怒鳴った。犬の耳と尾が激しく動く。

 ちなみにハムスターというのは、ハルトが聞いたところによると、魔界風の言い回しだ。脆弱で取るに足らない生き物、という意味らしい。


「そもそも、なぜ引退した貴様らがこんなところにいる。いまさらダンジョン探索か!」

「いや、その逆。このダンジョン、いま俺らが作ってるんだ。お前がそこに不法侵入してるんだよ」

「――なにっ?」

 ヴィアラはひどく動揺した。不自由な体のまま、地面をエビのように跳ねながら叫ぶ。


「なぜ貴様がそんな……ダンジョン建築など、まるで魔王のような所業ではないか!」

「色々あるんだよ。お前こそ、なんでこんなところにいる?」

 睨みつけるように、ハルトはヴィアラの顔を覗き込んだ。

「魔王軍はとっくに解散したよな。魔界にも帰らず、こんな田舎の森で何をしてやがった? ああ? 返答次第じゃ容赦はしない。特に、俺の妹に手を出そうってことなら――」


「ち、ちちちち違う、まさか!」

 ヴィアラは猛烈な勢いで首を振る。

「貴様の妹などに手を出すものか! ただ、私は新たな――」

「新たな?」

「いっ、いやっ。そう! 新たな人生を踏み出すため、田舎でスローライフを始めようと思っただけだ!」


「……ニコラ」

 ハルトは疑惑に見た顔つきで、ニコラと目を合わせる。

「どう思う?」

「絶対・確実・完膚なきまでに嘘ですね。何かを隠してます」

「俺も同感だ。こいつみたいなキャラにスローライフなんてできるはずがない」

「なっ、なんだと! 私を侮辱するなら、受けて立つぞ! まずはこの縄を解けっ」

「ほらな。だが、まあ――せっかく捕まえたんだし、ちょっと協力してもらうか」

「なんだと?」

 ヴィアラの顔が引きつり、犬の耳がぴんと立った。ぞっとするような目で見た――主にニコラを。


「何をさせるつもりだ! 我が誇りにかけて、貴様の思い通りには――」

「だってよ、ニコラ」

「楽しみですね!」

「や、ややややめろ! そのエルフを近づけるな、やめ――じゃない、やめてくださいお願いします! なにをご協力すれば宜しいのでしょうか!」


――――


「――と、いうわけで、みんな! 朗報だ!」

 今日もハルト・リカードの店に客の姿はない。

 いるのはハルトと、三人の少女だけだ。


「ダンジョンに潜れるようになったぞ! 再び謎の地盤変動が起きて、地盤が修復されたようだ。これも何かの大いなる異変の前触れかもしれないが、ひとまず良かったな、ソニア!」


「はいっ、兄上……!」

 ソニアは歓喜に拳を固める。

「まさか、あれほど激しく崩壊した地盤が、もう元に戻るとは。すべて兄上の日ごろの行いのおかげだと思います」

「いやいや、ソニアがいい子にしてたからだろうな」

「いえいえ、兄上こそ……!」

「いやいやソニアが……」


「あーーー! もういいでしょ! 長いんだから、いつもいつも!」

 いつ果てるとも知れぬ譲り合いを前に、ナタリーが大声で割り込んだ。

 彼女はこれを放置すると、一時間は終わらないことを知っている。

「ダンジョンがもとに戻ったんだから、さっさと攻略再開するんでしょ! 今回はそういう集まりでしょ!」

「おっ。そうだった」

「ソニアの体調も割と良さそうだし。少しは探索進めない?」

 なんだかんだと口は悪いが、ナタリーはダンジョン探索には前向きだ。

 そして、もう一人も。


「今日も作戦会議ですね、ハルトさん!」

 コレッタは嬉しそうに身を乗り出した。

「私、なんかアレ貰うの楽しくなってきました。ハンドアウトください!」

 コレッタは全体的にモチベーションが高い、とハルトは思う。冒険者として素晴らしい素質だ。


「よろしい。それではこれが今回のハンドアウトだ! よく読み込んでくれ!」

 咳払いを一つして、ハルトは紙片を三人の前に突き出す。


【目的】ダンジョン一層の攻略を進めよう

【概要】きみたちはダンジョン一層の攻略を進め、その奥地へと入り込む。手に汗握る冒険の末、きみたちは順調に冒険者としての力をつけているだろう。だが、ダンジョン一層の奥では、旧・魔王軍の残党がうろついているのを見た者もいるという――

【攻略のヒント】体力に不安を感じたらすぐに戻ろう。お兄ちゃんとの約束だ。


「……え、魔王軍の残党?」

 真っ先に、ナタリーがその部分に引っかかったようだ。

「なにこれ?」

「これな。我らが冒険者ギルドが総力をあげて調査したところ」

「総力って、ハル兄一人じゃん!」

「黙って聞け。実は、魔王軍の残党がダンジョンに住み着いたようだ。本来なら俺が後始末をするべきなんだが、未来ある冒険者に託す方がいいと思ってな」


「なんと、兄上……!」

 ソニアは感極まったように声を震わせた。

「そのような重大事をソニアにお任せいただけるとは……っ、兄上……兄上!」

「ソニア! 俺が後を託せるのはお前しかいない。頼むぞ」

「兄上!」

「ソニア!」

「兄上ぇっ……ふあっ。目まいが」

 立ち上がりかけたソニアが、その場に崩れ落ちる。ハルトは慌ててそれを支えた。


「無理をするな、ソニア。使命感が高まりすぎて危ない! 出発直前まで休んでおけ!」

「はいっ……お気遣い、ありがたく……! それでは、コレッタ、ナタリー、今日もよろしくお願いします」

 そのまま二階へ上がってくソニアを見送り、ハルトは満足げにうなずいた。


「いいコンディションだ。今日は二百歩くらいダンジョンを踏破しちまうかもな」

「明らかに目標が低いんだけどね! ほとんど散歩だからね、それ――っていうか、もう一回聞いていい?」

 ナタリーがハンドアウトを掲げ、ハルトの眼前に突き付ける。

「これ、どういうこと? 魔王の残党って、誰?」

「ふっ。その正体については、裏ハンドアウトを参照してくれ。公開の時間だ!」


「……は?」

「あらー」

 ハンドアウトを裏返した二人が、ほぼ同時に声をあげた。

 そこには、「魔王の残党の正体」と題して、その名が記されていた。


 ヴィアラ・ナガル。

《闇の鉤爪》ヴィアラ。獣魔クブトの戦士にして、かつての魔王軍の幹部。通称、災禍の十二使徒。

 強靭な身体能力と、元・魔王軍随一のタフネスを誇り、白兵戦を得意とする。

 たった一人でズーリャ湖岸の砦を落としたことで有名。


「わー! すごいですね、本物の魔王軍の人なんだ」

 コレッタは能天気に拍手をした。

「魔界の人とか、私、はじめてお会いするかも」

「コレッタ姉、ちょっと冷静に考えて! いやホント、どういうつもりよ?」

 姉と対照的に、ナタリーは杖の先でテーブルを叩いた。

「こんなレベルの魔族を相手に、どうやって戦えっての? 普通、段階ってものがあるでしょ! なんでいきなり幹部レベルのボスが出てくるのよ。まだ私もコレッタ姉もそんなに強くないし、ソニアはもっとヤバいんだからね!」


「ハンドアウトをよく読め。弱点が書いてあるだろ」

「そうだよ、ナタリーちゃん。これ、これ」

 ナタリーのローブの端を引っ張り、コレッタはハンドアウトを指差す。

「『元・魔王軍だが、いまはその力のほとんどを失っており、戦闘力は皆無。一方的に攻撃をくわえて撃退しよう』だって! やったね!」

「えっ。なにそれ。どういうこと……?」

「具体的に言うと、やつはすでに弱体化させている。倒すのは簡単だ。そこで、諸君に頼みたいのは、むしろ演出面!」


 どこから取り出したのか、ハルトは一束の巻物をテーブルに乗せた。

 かつて示したものと同じ、ソニアのためのロードマップである。

「ロードマップでいうと、ちょうど『ライバルと出会う』の部分だ。この戦い、ぜひ盛り上げてもらいたい。派手な魔法とかバリバリつかっていいぞ。ほら、相手の全身を沸騰させて殺すやつとか」

「そんな邪悪な魔法、使えないんだけど! ってかハル兄、私のことなんだと思ってんの!」


「まだ使えなかったっけ? まあ、すぐに使えるようになるよ。お前はソニアを任せてもいいくらいにはセンスあるし、努力してるから」

「嬉しいかどうか微妙な信頼なんだけど……!」

 だが、ナタリーは照れたように顔をそらした。

 なぜなら彼女は知っている。ハルトが『ソニアを任せてもいいくらい』というのは、能力面においても人格的な面においても最大級の賛辞である、ということを。


「コレッタも、今回は思い切り殴りまくっていいからな! 相手は魔族だ、肉体を破壊したところで死にはしないし、実はたいして痛みも感じない」

「はい! がんばりますね、ハルトさん!」

「ええー……コレッタ姉、それでいいの……?」

 ナタリーは複雑そうに、ハルトとコレッタ、そしてハンドアウトを交互に眺めた。


「では、俺はこれから最終調整に行ってくる」

 くるくるとロードマップを巻き取って、ハルトは片手をあげた。

「各自、万全の状態でダンジョンへ向かうように! ソニアを頼んだ!」


――――


 トラップの作成にも、少しずつ慣れてきた。

 ハルトが思うに、ダンジョンでのトラップ作成には独特のコツがある。

 徘徊するモンスター自身が引っかからない仕組みにするということだ。


 いまのところ、第一層には『這いずる』か『四つ足で動く』タイプのモンスターしかいない。

 ソニアたちをターゲットに絞るのは難しくない。


「熱を感知する術式プロトコルを仕掛けて、これを起点にすればいいんだな」

 ハルトは地面に複雑な図形を描いていく。

 魔力線を収束させ、図形の中に閉じ込める――俗に魔法陣と呼ばれるものだ。ハルトが魔力線を込めるなら、年単位で持続する術式プロトコルになる。


「ニコラのやつも言ってた通り、俺がやるなら魔法式の罠が一番楽だ」

 魔法陣の隅々まで術式プロトコルがいきわたったのを確認し、ハルトは腰をあげる。

「これでよし。さあ、出番だ。ヴィアラ!」

 振り返って、通路の奥の暗がりに声をかける。

「ちょっとこっちまで普通に歩いてきてくれ」


「……できるかっ!」

 暗がりの奥で、ヴィアラの怒鳴り声が聞こえた。

 禍々しい黒の甲冑を着込んだヴィアラは、どういうわけかすでに肩で息をいていた。


「もう貴様には付き合っていられん。この私に、さっきから延々と罠だらけの通路を歩かせるとは……、何度も死ぬかと思ったぞ!」

 ヴィアラは黒ずんだ顔をぬぐう。わずかな火傷の痕は、みるみるうちに消えた。

「ついさっきも炎の嵐で丸焼きにされかけたではないか。殺すつもりか!」

「嘘つけ! その程度でお前が死ねるなら、俺たちも苦労しなかったよ。しかし、テストプレイは大事だな。やってよかった」

 ハルトは何度かうなずいた。


「手加減って難しい……ちょっと火を出して驚かせるだけのつもりが……」

「動作確認くらい自分でやれ!」

「俺がやっても、気づかないうちに無効化しちまうからな。でもまあ、この通路でラストにしてやるよ。きりきり歩いてこい!」

「おのれ」

 ヴィアラは大きく息を吐き、低く構えた。

 腰の剣を抜いている。肉厚の刃を持った曲刀。


「もう許さん。我が『鉤爪』をもって、貴様を切り刻んでくれる!」

「無理だって。やめとけ」

「黙れっ」

「あー……」

 ヴィアラが怒鳴り、地面を蹴った。ハルトとの距離は二十歩以上も開いていたが、獣魔クブト有数の戦士である彼女の身体能力なら、簡単に飛び越えられる。

 そのはずだった。


「なぁっふっ!」

 飛び出しかけたヴィアラは、そのまま足を滑らせ、目の前の地面に倒れた。

 おまけに、そこに仕掛けられた魔法陣を起動させ、まばゆい雷に打たれて苦悶の声をあげている。

「うわああああっ! なっ、なんっ、なんだこれは! い、痛いッ!」

「うーむ。やはり、まだ威力が大きすぎるな」

「ば、馬鹿な。この私が、こんな無様な転倒を……! 貴様、私に何をした!」

「ニコラの触手トラップにかかったからだ。あれ、獲物の魔力線をじゃぶじゃぶ吸い上げるから、しばらく枯渇するんだよな。あいつマジで趣味悪いよ」


 ハルトはヴィアラを見下ろし、肩をすくめた。

「魔力線で実体を構成してる魔族なら、当分はまともに動けないはずだ」

「これでは、まるでハムスター並みではないか……なんという屈辱……!」

「そんなわけで、お前にはこれからやってくる妹と、その仲間たちと戦ってもらう。もうすぐ来るから、入口付近を徘徊しててくれ――ちなみに俺がこっそり見学しているので、下手な真似はしないように」

「ふざけるな!」

 ヴィアラは吠えた。犬のような耳と尻尾が張り詰める。


「こんな状態で戦えるか! 道理で、さっきから鎧と剣がめちゃくちゃ重たいわけだ。歩くだけでも大変なんだぞ!」

「だからいいんだよ。妹に傷一つつけてもらっちゃ困る……というか、そんなことをされたら、俺は自分で自分を止められない……。この大陸ごとお前を葬り去ってしまうだろう」

「とんでもないシスコン災害人間だな、貴様は。人間どもは貴様こそ討伐すべきだろう!」


「ああ? さっきからお前、自分の立場を理解していない発言が多いよな。俺じゃなくてニコラに相手をさせても――」

「はいすみません調子に乗って大変申し訳ありませんでした……」

 ニコラの名前を出した途端に、ヴィアラは流れるように土下座をしてみせた。この変わり身の早さも、彼女のしぶとさを支える能力の一つである。


「それから、これ。お前にぜひ言ってほしい台詞集な」

 ハルトは懐から取り出した紙片の束を、ヴィアラに押し付ける。

「あんまりお前に演技とか期待してないんだけど、できる範囲で頼む」

「な、なんか量が多いぞ……これが全て台詞なのか?」

「ぜんぶ言わなくていいから、適当なところで引き上げるように。お前ら魔族の場合、最悪でも体を壊されて魔界に戻るだけだろ」

「いや、それは困る。我らの計画に支障が――おっと」


 ヴィアラは慌てて口元に手を当てた。一歩、後ずさる。

「な、なんでもない!」

「おう、ついに口を滑らせたな。計画だって?」

「違う、空耳だろう――ああっ、早く貴様の妹と戦いたくなってきたなーーー!」

 あまりにもわざとらしく叫ぶと、ヴィアラはくるりと背を向けた。

「さあ、私は喜んで入口の付近で徘徊するぞ! では、さらばだ!」

 ぎくしゃくとした歩みで、引き返していく。まだ走るだけの体力はないらしい。


 ハルトは腕を組み、それを見送る。

「やっぱりあいつに演技は期待できない。しかし、計画とか言ってたな……」

 しばらく考えた後、頭上を見上げた。

「魔族のやつら、また何か企んでるのか」



【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】

 ☆はじめての冒険をする(完了!)

 ☆ライバルと出会う(進行中!)

 ★女神に祝福される

 ★伝説の武器を手に入れる

 ★中ボス(できればデーモン)を倒す

 ★王族から激励される

 ★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる

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