元英雄、HP1の妹を伝説の勇者にする ~女神もダンジョンもボスキャラも、俺がぜんぶDIY~

ロケット商会/ドラゴンブック編集部

第1話 ダンジョン職人の朝は早い

 ダンジョン職人の朝は早い。

 動き出すのは、いつも夜明け前だ。

 地下深くを掘削し、土のコンディションを確認することから始まる。


「天然モノには、負けたくないからな」

 そう語る男、ハルト・リカードは、大きなスコップを地面に突き入れる。


「人工ダンジョンならではの温もりというか、おもてなしの心というか」

 ハルトは土に手を当て、地に流れる魔力線を感じ取る。

 線量は昨日よりも豊富だ。これなら、徘徊しているモンスターたちの健康にも問題はない。

 ジャイアント・リザードの間引きをしたおかげで、虫型モンスターの数も戻りつつある。


「作り手の熱い想いが伝わる。そんなダンジョンを作りたいですね」

 自分自身の言葉に、ハルトは何度かうなずいた。

 いまのところは順調。

 第一階層はほぼ完成した。そろそろ第二階層へ着手してもいい頃合いだろう。


「よし! さすが俺、自分の才能が怖いな。わずか十日間で先行オープンできるとは」

 ハルトはくすんだ色の銀髪をかきむしり、スコップを担いた。


「で……えーと、次はなんだっけ。階段作りより、竪穴掘りの方が先だっけ……」

 ハルトは腰から吊っていた、一冊の本を開く。古ぼけたその表紙には、かすれた文字でタイトルが記されている。

『ゴブリンでも目指せる! ダンジョン建築学入門』。


 この大陸では、ダンジョン建築は一つの商売になっている。

 魔力線の豊富なダンジョンを作れば、そこにモンスターが住み着く。そしてモンスターの体液からは、魔法器具の燃料に欠かせない霊油エフトンが抽出できるからだ。


 だが、たった一人で、ここまで本格的にダンジョンを作った男が過去にいただろうか。

 そして、近隣の住民との話し合いは終わっているのだろうか。


「待ってろよ、ソニア。お兄ちゃんがいま最高のダンジョンを作ってやるからな……!」

 ひとり呟き、ハルトは再びスコップを大地に突き込んでいく。


――――


 かつて、この世界には魔王が存在した。

 魔界より来たる征服者、ヒズラッドという。


 彼は恐怖の軍勢をもって世界を支配しようとしたが、その企ては九人の勇者によって阻止され、もはやこの世にはいない。

 七年ほど前のことである。


 九人の勇者のうち、もっとも謎に包まれているのが、《不可知なる》ハルト・リカードという男だった。

 まるで別の世界から来たような知識と、驚異的な力を持っていた魔剣士。

 魔王を倒した後、ハルト・リカードは王国軍総帥の地位を断った。ひっそりと故郷の村へ帰って、実家の小さな酒場を継いでいる。


 ハルト・リカードは、その理由について語ったことがある。

「妹のためだ」

 と。

 故郷には彼が溺愛する、病弱な妹が待っていたのだという――。


――――


 村の名を、コンヴリー村という。

 絵に描いたような田舎で、誰もが認める辺境。

 広大な森に囲まれた、小さな村だ。


 この村の片隅に、一つの酒場がある。

 いかにも年季の入った店構えと逆に、掲げられている看板は真新しい。

 かなり乱暴に書きつけられているのは、『リカードの店 兼 冒険者ギルド・コンヴリー村支部』の文字。


 いま、その酒場には、ハルト・リカードと三人の少女の姿があった。


「と、いうわけで」

 なぜか土埃にまみれたハルトは、丸いテーブルに両手をついた。

「なんと幸運にも、この村の外れにダンジョンが見つかったらしいぞ! やったな、ソニア! 今日この日からお前たちの伝説が始まるのだ」


「はいっ、兄上……!」

 ハルトの正面に座る、一人の少女がうなずいた。

 おおよそ、全体的に『白い』印象の少女だ。伸ばした髪は銀色だが、ハルトの髪色よりもさらに色が薄い。顔色も不安になるほど白い。まるで深窓の令嬢、といった気配がある。

 よく手入れされた革鎧を着こみ、腰には長剣と盾まで帯びているが、その物々しさは彼女の容貌とまるで釣り合っていない。


 彼女はソニア・リカードという。

 その名の通り、ハルト・リカードの唯一の妹にあたる。


「兄上の名に恥じぬよう、ソニアは立派に冒険を成し遂げてみせます」

 ソニアは深々と頭を下げた。

「命をかけて……戦いますっ……!」

 顔をあげると、ふらりと上半身が揺れた。

「お、おう」

 ハルトはその真剣さを扱いかねたように、ぎこちなくうなずく。

「ほどほどにな。熱意は伝わるけど、ソニアよ、命は一つしかないから大事だぞ」


 ハルトは知っている。

 ソニアが『命をかけて』と言っているのは、決して生半可な覚悟や、大げさな表現などではない。

 彼女が冒険に出るのは、本当に命がけの行為なのだ。


「ありがとうございます、兄上」

 ソニアは律儀に礼を言う。

「しかし、やらねばなりません。今日は比較的体調もいいですし、私は偉大なるハルト・リカードの妹。兄にふさわしい存在となるためがんばりま――ふぅ」

 不意に、彼女は額を押さえた。

「すみません。目まいが」


「ソニア! 無理をするな、長い台詞を喋りすぎだ!」

 ハルトは慌ててソニアの肩を支えた。

「兄上、お気遣いありがたく……!」

 ソニアの青い瞳には、揺るがない意志が宿っている。

 華奢な体にそぐわない、強い意志が。

「ですが、冒険者たる者、長台詞くらいで倒れるわけにはいきませんっ」


 ソニア・リカード。

 彼女には特筆すべき事柄がある。

 それは、『超』がつくほどの虚弱体質ということだ。

 本来なら冒険に出られる体ではないが、彼女が望むのならば仕方がない。ハルトは妹が持つ、異様な意志の強さと行動力を知っている。ひとりで旅立たれるよりもずっとマシだった。


 だから、ハルトは視線を向ける。

 さっきから黙ってハルトとソニアのやり取りを眺めている、残り二人の少女に。

「二人とも、ソニアを頼んだからな。くれぐれも!」

「迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします。コレッタ、ナタリー……!」

 ソニアは再び深く頭を下げている。


「はいっ」

 と、これに手をあげて応じたのは、火のように赤いケープを羽織った少女だ。

「ソニアちゃんのことは任せてください、ハルトさん!」

 底が抜けたように明るすぎる笑顔。

「前々からソニアちゃんが冒険するときは、一緒に行こうと思ってたんです。これもソニアちゃんの自立のためなら!」

 黒髪を短く切りそろえ、大型の戦鎚を背負っている。その鎚には十八の星を配した聖印が刻まれ、彼女が《秩序の神々》に仕える神官であることを示していた。


「私、全力で敵を粉砕しますね。がんばります! ソニアちゃん、私のことはコレッタお姉ちゃんって呼んでもいいからね!」

「それは呼びません。が、頼りにしています、コレッタ」

 差し出された手を、ソニアは弱弱しく握り返した。


 彼女の名を、コレッタ・パースマーチという。

 この村の村長の娘であり、神官であり、ソニアとは幼馴染でもある。必然的に、ハルトも彼女を幼いころから知っていた。

 どこか常識からズレた明るさと言動には、ハルトも戸惑うことが多い。


「……まあ、私もソニアとコレッタ姉だけだと心配だし、やることはやるけど」

 最後に不満そうな声をあげたのは、黒いローブの少女だった。

「ハル兄、私たちには何か激励の言葉とかないの?」

 伸ばした黒髪に、なんだか不機嫌そうな目。

 腰のベルトに金属製の杖を吊っており、襟元には一角魚のブローチが輝いている。これは彼女が魔力線技師――つまり、魔法使いの資格を持っていることを意味する。

「がんばれとか、気をつけろとか。そういうの」


 彼女の名は、ナタリー・パースマーチ。

 通称、妹の方のパースマーチ。

 コレッタの妹で、同じくソニアやハルトの幼馴染。昔から頭が良く、ハルトが知らないうちに魔力線技師の資格を取得していたほどだ。


「ああ。ナタリーもがんばれ。ソニアの安全はお前たちにかかっている」

「そういう、ソニアのオマケ的な応援じゃなくて」

 ナタリーは何か言おうとして、すぐにやめた。やはり不機嫌そうに、ハルトから顔を背けている。

「……もういいや。すごい無駄な気がする」


「お、もういいのか? それでは諸君のために、今回の冒険の資料を作ってきた」

 ハルトは机の上に乗せた、三枚の紙片を少女たちに差し出した。

「これを冒険者の業界用語で、ハンドアウトという。熟読しといてくれ」


「ハンド……え、なに? 聞いたことないんだけど」

 ナタリーがうさん臭そうな目で、配られたハンドアウトに目を落とす。

「それってまた、ハル兄が適当に考えたアイデアじゃないの?」

 そこには、今回の冒険の目的と概要、ダンジョンまでの地図。それにハルトが考えたと思しき、トカゲのようなマスコット・キャラクターのイラストまで記されていた。


【目的】ダンジョンの第一階層を探索しよう!

【概要】きみたちは小さな村で暮らしてきた、仲良し三人組の新人冒険者だ。いつか冒険に出る日のためにきみたちは訓練を積んできた。コレッタは神々の愛の教えを実践するために、ナタリーは禁断の破壊魔法を手にするために。偶然にも村の近くにダンジョンが出現したことから、力試しにこのダンジョンを探索しようときみたちは思い立つ――。


「さすが兄上、これはわかりやすいです」

 ソニアは紙片を胸に押し抱き、目を閉じた。いまにも落涙せんばかりの勢いがある。

「感激しています……! 兄上が、ソニアのためにここまで……!」

「お兄ちゃんだからな。妹が旅立てるよう、万全の備えをするのは当然のことだ」

「兄上……! すみません。感動しすぎて、再び目まいが」

「なんてことだ! 感動しすぎは体に悪い。お前は冒険を控えた身なんだから……!」

 蒼白な顔でテーブルに突っ伏すソニアの背中を、ハルトは優しく叩いた。


「いや、待って。待って――感動的なシーン演出してるけど、すでに追いつかないくらいツッコミたい項目があるわ」

 がん、と、テーブルを叩いてナタリーが立ち上がった。

「仲良し三人組っていうクソダサい言い方は、もういいけど。百歩ゆずってね! でも、この冒険に出る私たちの動機! これね! なんで勝手に書いてんの!」


 この剣幕には、ハルトが不思議そうな顔になった。

「あれ? 昔から冒険に出たいって言ってなかったっけ、二人とも」

「それはハル兄と一緒に冒険に行きたいって意味――いやいやいや! そうじゃなくて、コレッタ姉はともかく、私のこれなによ! 『禁断の破壊魔法を手にするため』って! 私だけ邪悪じゃん!」

「魔法使いはそのくらい邪悪でいいんだよ、俺の昔の仲間もそんな感じだった」

「よくないっ! 私の動機はそんなんじゃない!」

「えー……じゃあ書き直すけど、なんだよ?」

「い、い、言えるかそんなのっ!」

 突如としてナタリーは激昂した。


「それにこれ、『探索しようときみたちは思い立つ』って! 思い立った設定なわけ?」

「自分で思い立った方がドラマチックじゃないか」

「なにそれ! このラストも『大いなる伝説の第一歩になるとも知らずに――』って明言してるけど、おかしくない? 『なるとも知らずに』じゃないよ! 知っちゃってる!」

 ナタリーはぜえぜえと息をついた。

「ああっ……私、こういうツッコミ待ちの姿勢とか我慢できない……! 突っ込むほど次の矛盾点が見えてくる……!」

 苦し気に上下する彼女の肩を、しかし、コレッタがそっと抑えた。


「ナタリーちゃん。このハンドアウトはハルトさんが一生懸命作ったんだから、あんまり突っ込んじゃだめだよ。この不細工なトカゲの絵だってよく見ると可愛いし。って、あら?」

 フォローしかけたコレッタは、紙片をひっくり返して首をかしげた。

「ハルトさん、裏にも何か――」


「おおっと、ソニア! あぶない!」

 コレッタの呟きをかきけすように、ハルトは声をはりあげた。

「そろそろ二階で休んできなさい。目まいがしたら無理するな。冒険者にとって体調管理も仕事だぜ!」

「は、はい」

 ソニアはふらりと立ち上がった。先ほどからナタリーとハルトのやりとりも、ろくに耳にはいっていなかったらしい。

「わかりました、兄上。冒険に備えて、体調を管理しまふ……!」

 疲労のあまり、語尾からも力が抜けていた。ふらつく足取りで二階へと向かう――その頼りない背中を見送って、ハルトは大きく息を吐く。


「ふー……危ないところだった。コレッタ、裏返すのが早すぎるぜ」

「あっ、ダメでしたか? ごめんなさい!」

「次からゲームマスター、じゃない。失礼。俺が許可するまでは、ハンドアウトを裏返さないように。この裏面のハンドアウトを、業界では裏ハンドアウトと呼ぶ」

「絶対それ、ハル兄の捏造でしょ」

「そんなことないって。とにかく、いまがその時だ。ハンドアウトを裏返してくれ!」


「んん……、なにこれ?」

 紙片を裏返し、ナタリーが眉をひそめた。

「もしかして、地図? ダンジョンの?」

「その通り。これからお前らが挑むダンジョンの地図だ。赤で塗ってあるところは、バランス調整中で危険だから絶対に近づくなよ。矢印マークが順路な」


「え――えええええ? なんでハル兄がそんなこと知ってるわけ? まさか――」

「そのまさかだ、このダンジョンは俺が作った! 自信作だ!」


「つ、つ、つく、作っ……」

「あらー」

 絶句したナタリーと対照的に、コレッタは楽しそうに拍手をする。

「すごいですね、ハルトさん。ダンジョンを自分で作っちゃうなんて!」

「ああ。ソニアをできるだけ安全に、かつ立派な冒険者にするには、この手段しかないと思ってな」


 十日ほど前のことだ。

「尊敬する兄上のような冒険者になるため、旅に出ます」

 そう宣言した、妹の決意はあまりにも固かった。

「兄上にふさわしい、立派な妹になりたいのです……どうか祝福してください、兄上!」

 このとき、ハルトが考え出した答えは一つ。

 村の近くですべての冒険ができればよい、ということだ。ソニアが伝説の冒険者として名をなすために必要な、あらゆる要素があればいい。

 要素がなければ作ればいい。


「というわけで! 諸君はこのダンジョンを踏破し、数々の伝説を作るのだ。HP1のソニアでも安心して冒険できるダンジョンにするから!」

「あのさ、ハル兄がよく言うけど、HPってなに?」

「気にするな。それより、お前たちにも実力をつけてもらう。伝説の冒険者パーティーにふさわしいレベルに」

「ええー……確かにソニアは心配だけど。でもなんか、やらせっぽいっていうか。事前に色々知ってて、本当に冒険になるの?」

「なにを言ってやがる――いいか!」

 ハルトは腕を組み、仁王立ちする。


「冒険とは! 冒険者とゲームマスターが協力して作り上げるものだが、それは決してご都合主義を意味しない。俺は確かにシナリオを用意してバランス調整もしたが、冒険者の行動と、ダイスの目次第で予測のつかないドラマが起きるものだ!」

「ハル兄がまたよくわからないこと言ってる……」

「いつものことだよ、ナタリーちゃん。気にしない方がいいよー」

「各自、十分に気を付けるように――それと、これ!」


 さらに大きな紙をどこからか取り出し、ハルトはそれを広げて見せた。

「これが! ソニアが伝説の冒険者になるまでの、大まかな流れだ! 業界用語でロードマップという。みんなで共有するぞ」

「うわあ」

 と、ナタリーが呻いた。そこに書かれたものを見たからだ。


【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】

 ★はじめての冒険をする

 ★ライバルと出会う

 ★女神に祝福される

 ★伝説の武器を手に入れる

 ★中ボス(できればデーモン)を倒す

 ★王族から激励される

 ★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる


「はい、もうおかしい!」

 ナタリーは杖を握りしめ、その先端でロードマップをつつく。

「中盤から明らかに無理な目標あるし! ライバルってなによ! 魔王が倒されて世界が平和になったのに、そうそう悪い奴なんていないでしょ!」

「ああ。なんとかして俺が用意する」

「女神の祝福もおかしいよね! 女神はその辺ふらふらしてるようなもんじゃないし!」

「ああ。なんとかして俺が用意する」

「あとほら、伝説の武器も! これだって……」

「ああ。なんとかして俺が用意する」


「ああーーーっ、そっから先も気になるけど、返ってくる答えがわかってしまう……!」

 ついにナタリーは絶叫した。

「聞いても意味ねーーー! コレッタ姉、私は頭痛くなってきた……」

「ナタリーちゃんも具合悪いの? 治癒の奇蹟いる?」

「そうじゃなくてね!」


「もういいな? では、最後に」

 ハルトは咳ばらいをして、背筋を伸ばした。ギルドマスターらしく、威厳のある姿勢をとる。

「諸君の伝説は、この冒険からはじまる! がんばってくれ! ハンカチは持ったな? 薬草セットと、念のための水と食料も忘れちゃダメだぞ! おやつは鉄貨三枚まで!」


 そして、ハルトは三人を送り出す。

 ――これは、ソニア・リカードとその仲間たちが、伝説の冒険者になるまでの物語である。

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