第2話 ボスモンスター・デザイン入門


 コンヴリー村を囲む森――始祖の森の中に、ひときわ異様な館がある。

 人はこの家を、『賢人の館』と噂する。

 それもそのはず。この館は魔王を倒した勇者たちの一人にして錬金術師、《ざわめきの》ジェリク・イヴァンツァの住処なのである。


 彼はハルト・リカードと同郷であり、魔王を倒したのちは、ともに故郷の村へと帰ったと言われていた。

 俗世を嫌って隠遁したのだ、というものもいるが、その実態はやや違う。

 ただ己の研究――ゴーレム製作に没頭するため、引きこもったに過ぎない。


「この私にゴーレム製作を教わりにくるとは、ようやくハルトも目覚めてくれたか!」

 その家の庭に、この日、錬金術師ジェリクとハルトの姿があった。

 彼らの前には、ハルトよりも背の高い一式の鉄の甲冑。


「いいかハルトよ。ゴーレムはとても繊細なものだ。ネジが一つ欠けただけでも動作に支障をきたす。それを支えるのは、はっきりした計画と確かな技術!」

 朗々とした声で、ジェリクは語る。薄汚れた白衣を身に纏う、長身痩躯の男だった。

「本来なら王都あたりの職人に弟子入りして、溶接などの技術を一通りマスターしてもらいたいのだが」

「それに何年かかるんだよ……」

「ううむ。仕方ないので割愛しよう」

 いささか残念そうだったが、ジェリクは大げさに白衣を翻してみせた。


「では、ハルト。改めてお前の目標とするゴーレムの仕様を聞こう! たしか、ダンジョンを守護するゴーレムだったな?」

「そうそう。ダンジョンの第一層のボスを作りたいんだ。妹たちのパーティーと戦う、適度に弱いやつなんだけど」

「第一層のボス! いいぞ、素晴らしい! そこで、これだ」

 やや興奮気味に、ジェリクは巨大甲冑の肩を叩いた。

「ハルトがゴーレムに興味を持ったと聞き、テンションが高くなったので、こちらにサンプルを用意しておいた。このまま使ってもいいぐらいの出来になったぞ!」

「お、おう……たった一日で、これか! さすがに専門家だな」


「ふっ。必ずやお前の妹たちにとって、良き試練になるであろう。まずは見たまえ!」

 ジェリクは上機嫌に白衣を翻し、ゴーレムの背面装甲を開いて見せる。

 そこには、卵型の弾丸がずらりと並んでいた――いずれの弾丸にも、ドクロのマークが描かれている。


「……おい」

 ハルトは思わず呻いた。だがジェリクは構わず喋り続ける。

「この砲弾は私が発明した。名付けて、浸透性炸裂弾! これはすごいぞ。命中すると魔力線を浸透させて、炎の術式プロトコルを編成。標的を内側から爆砕するのだ!」

「おい、待て」

「次に、これ!」

 ジェリクは勢いのまま、今度はゴーレムの両腕を叩いた。どういう構造になっているのか、一瞬のうちに両腕が変形し、ぎぎぎぎぎと音高く回転するノコギリが出現する。


「こっちも定番、超高速殺人ノコギリ! 振動するブレードが標的をズタズタに切り裂く! 人間なんて一瞬でひき肉だ、強いッ!」

「おい、ジェリク……」

「とどめは、これ! 自爆装置! いざとなったらこれを起爆して、コンヴリー村程度なら跡形もなく破壊しつくすっづぁぁあああ! ハルト、お前なにをっ?」

「アホか!」

 ハルトは鋼鉄のゴーレムの腕を掴み、とりあえず回転ノコギリを力任せに引きちぎった。


「てめーは妹を殺す気かっ。ぜんぶ外せ、こんなもん!」

「そんな……私の考えた、必殺のゴーレム兵器が!」

「必殺するな! このゴーレムは安全第一だ、万が一にも怪我しないように調整する!」

「それでは歯応えが足りないのでは? せめて自爆装置だけでも……」

「それが一番ダメなんだよ! もういい、俺がぜんぶ考える! お前に任せると、ソニアだけじゃなくてコンヴリー村が危ない」


 ひとしきり怒鳴って、ハルトは夕暮れの始まる空を見上げた。

 そろそろ、妹たちもはじめてのダンジョン攻略を終える頃だろう。安全には最大の配慮をしたが、無事に帰還できただろうか――


――――


 その頃。

 ダンジョンの闇の片隅で、ソニア・リカードはよろめき、倒れ込んでいた。

「ぜーっ……ひゅーっ……」

 蒼白な顔で息をする。もはや冷や汗しか出ていない。明らかに体力の限界。

 しかし、その顔は晴れやかだった。


「やりました、兄上……! ソニアは成し遂げました!」

 もはや一歩も動けない状態で、妄想上の兄に微笑む。

「ついに、ここまでたどり着きました……ああ! すべて兄上のおかげです!」


「そうね。ついにここまで、っていうかね。入口から百歩目地点までだけど」

 ナタリーはソニアの傍らに腰を下ろし、ため息をつく。

「……でも、まあ頑張ったよね」


「よかったねー、ソニアちゃん」

 コレッタは能天気に拍手をする。

 彼女が抱える戦鎚は、なんらかのモンスターの返り血で染まっている。

「この調子でどんどん体力つけよう! ハルトさん風に言うと、レベルアップ……だっけ?」


「ハル兄の口癖は真似しない方がいいよ、コレッタ姉……」

「そうかなあ? とにかく、ソニアちゃんが少し動けるようになったら、一度戻ろっか」

「そうね――こんなところじゃ、モンスターがいつ来てもおかしくないし。あんまり長く休めないわ」

 ナタリーは周囲を見回す。入口付近とはいえ、ダンジョンには違いない。長く一か所に留まるのは危険だ。


「いえ、大丈夫です……私はいますぐにでも動けます。このくらいっ……」

 ソニアは震える腕で、どうにか体を起こそうと努力している。

「……二人に迷惑をかけるわけ、には、いかないれふ……」

 後半は完全に力が抜けていた。起き上がり切れずに、その場に崩れ落ちる。


「いいから」

 ナタリーは、再びため息をついた。

 この調子では、彼女がハルトの元から自立できる日はまだ遠い。

「ソニアはしばらく休んで。体力回復させないと――ああ。おやつ食べる?」

「あっ。ナタリーちゃん、ずるい! 私もソニアちゃんにおやつ食べさせたい!」

「コレッタ姉、餌付けじゃないんだから……」

「ほら! クッキーあるよ。お茶も!」

「……申し訳、ありまへふ……!」


――――


 ハルト・リカードの運営する酒場に、今日も客はいない。

 店内に集うのは、彼と三人の少女だけだ。


「それでは、諸君!」

 ハルトは丸テーブルの上に、三枚の紙片を並べた。

「今日は冒険者ギルドらしく、俺がみんなにクエストを紹介しよう。ここ数日のダンジョン探索を通して、少しは雰囲気に慣れたと思う!」


「はい、兄上……!」

 ソニアは今朝も蒼白な顔で、ふらつくようにうなずいた。

「兄上のご指導もあり、私でも入口から百歩ほど歩くことができました」

「よかった。いや、マジでよかった! すごいぞ、ソニア!」

 心の底からハルトは称賛を送った。


「なんという飛躍的な成長。さすが俺の妹だ」

「いっ、いえ……! これもすべては仲間が助けてくれたおかげです」

 白い顔をわずかに赤らめ、ソニアは隣の二人に頭をさげる。

「コレッタ、ナタリー、ありがとうございます。危ないところを何度も助けてもらいました。二人がついてきてくれて、私は本当に心強いです」


「ううん。それはもう、ぜんぜん任せてくれちゃっていいよ!」

 コレッタは自分の胸を叩いてみせた。

「ソニアちゃん、私のことはコレッタお姉ちゃんって呼んでもいいからね!」

「それは呼びません。が、ありがとう、コレッタ」

 一瞬だけ真顔になったが、ソニアは改めて礼を言った。頭をあげるときに、またふらつく。


「この体力の無さは、まだまだ今後の課題だけどね」

 ナタリーはソニアを横目に、指先で金属製の杖を弄んでいる。

「もう疲れは取れたの、ソニア? 今朝はとりあえず起き上がれるみたいだけど」

「はい、どうにか……。迷惑をかけてばかりで申し訳ありません、ナタリー。今度は命を賭してでも……! せめて二百歩くらいは探索できるように……!」

「そんなことに命を賭けなくてもいいから」

 肩をすくめるようにして、ナタリーはため息をつく。

「……まあいいや。ハル兄、続けてよ。クエストだっけ?」


「よろしい。では、冒険者ギルドの定番! クエストの斡旋だ! みんなにとっては初めてのクエストってことになるが――内容はずばり、モンスター・ハントだ。ハンドアウトを確認してくれ!」

 宣言と同時、ハルトはハンドアウトを突き付ける。


【目的】第一層を守護するゴーレムを倒そう!

【概要】第一層の探索を進めるきみたちは、いつもの酒場で一つの噂を耳にする。ダンジョンの第一層には、階層を守護すべく徘徊するゴーレムが存在するという。これを撃破しなければダンジョンの探索はままならないだろう――

【攻略のヒント】このゴーレムには弱点が存在するらしい。探し出して狙おう!


「さすが、兄上……!」

 ソニアは紙片を捧げ持ち、目を閉じていた。

「すでにダンジョン内に守護者がいることまで耳にしているとは。ありがたい助言までいただき、ソニア・リカード、一生分の幸せをいただいた心地です……!」


「やめろ、ソニア! 軽々しく一生分の幸せを消費するな。感動しすぎると体に悪い!」

「本当のことです……ソニアは、兄上の妹で、本当に幸せでした……」

「わああああ! 感動的な過去形でしゃべるな、お前の悪い癖だ! いますぐ休んで来い! これから冒険が待っているんだからな!」

「すみません……兄上……。コレッタ、ナタリー、すぐに体調を整えて戻ってきます……!」


 ソニアはふらつく足取りで二階へ上がっていく。頼りない足音。

 だが、ハルトは満足そうだった。

「ソニア……昔は散歩するだけでスタミナが尽きるほどだったのに。成長したなあ」

「今回の冒険は散歩と大差ない距離だったけどね! で――そろそろ突っ込んでもいい?」

 杖を片手で弄びながら、ナタリーは不満げにハルトを見上げた。


「まずさあ! このハンドアウト、なにこれ。『一つの噂を耳にする』って」

「耳にしただろ、俺の口から」

「そういう! ことじゃない! でしょ!」

 ナタリーは杖でばしばしとテーブルを叩く。

「それと、ゴーレムに弱点が存在するってどういうことよ! こんなもん知ってるなんて、作った人しかありえないじゃん! もうほとんど確信してるんだけど、まさか――」

「ふっ。そのまさかだ!」

 詰め寄るナタリーを制し、ハルトは自信ありげに笑って見せた。

「二人とも、そのハンドアウトをひっくり返してくれ。裏ハンドアウトの公開だ」


「あらー」

 コレッタがいち早くハンドアウトを裏返し、口元に手をあてた。

 そこには、極めて精密なゴーレムの設計図が描かれていた。さらにはゴーレムの行動ロジック、攻撃パターン、保有武器、弱点までもが網羅されている。

「このゴーレム、もしかしてハルトさんが作ったんですか? すごい!」

 コレッタは能天気に拍手をした。

「私、なんかこういうの見るとワクワクします」


「すごいだろ。名付けて、絶対安全ゴーレム! 今回の討伐対象だ。よく見ろ」

 ハルトは指先でゴーレムの設計図をたどっていく。

「まず、このゴーレムのメイン・ウェポンがこれ。生命反応逆追尾システムによる、環境破壊弾だ」

「う、ううん……?」

 ひどく困惑したらしく、ナタリーが頭を抑えた。

「生命反応を、逆、追尾……?」

「人間の生命反応を感知し、それを避けるようにして周囲の壁や床だけを的確に破壊する弾丸。人間には絶対無害! まさに環境破壊!」

 拳を固め、それを天井に突き上げる。


「それだけじゃないぜ。次はこの爆音投擲弾。ものすごい派手な音がする爆弾だが、破壊力は皆無――あとは色だけめっちゃ派手で人体には無害な、天然着色ビームもある」

「天然……着色?」

「合成着色より体に優しそうだろ」

「なにその理論! そんなところにこだわってどうすんの!」


「で、弱点はここ。膝のところ」

 確かに、ゴーレムの膝関節部分には微妙な歪みがあるように見えた。

「ここに少しでも衝撃が加わると、全身が崩れ落ちるようになってる。的確に攻撃してくれ」

「弱っ! なにそれ!」

「いいか? ソニアにはそれとなく攻略法を伝えるんだぞ。こいつは入口から百歩付近の地点を徘徊してるから、絶対遭遇できる。ってか、向こうから近づいてくる」


「うわああああ!」

 ナタリーは絶叫をあげた。

「ツッコミどころが大挙して押し寄せてきてる……! そもそも『絶対安全ゴーレム』って名前、なんかすごい嫌な予感がするんですけど!」

「ンなことないって」

 ハルトは胸を張った。


「なにせ、ゴーレム専門家のジェリクに技術協力してもらったからな!」

「あっ! 今回一番不安な要素来た! ジェリクって、あの変人のジェリクさんでしょ!」

「失礼なことを言うな! やつは確かに変人だが、ゴーレム製作の天才だよ!」

「変人は認めてるじゃん!」

「いいから! 大船に乗ったつもりで行ってくるがいい、勇者たちよ! ソニアを頼んだぞ!」


――――


 妹たち一行を送り出して、数時間後。

 そこには、昼間から酒を飲むジェリクと、料理をするハルトの姿があった。


「ふっ……ゴーレム完成の後の酒は美味い、これは世界の真理だな」

 ワインの杯を片手に、ジェリクは得意げに笑った。

「短い工期で、よくもあそこまで作りこんだものだ。さすがは天才の私! あと、ハルトもよく手伝ったと思う!」

「そこは素直に感謝しとくよ」

 ハルトはやや得意げに答え、鍋を火にかける。技術協力の礼に、ジェリクには酒と猪肉の鍋を奢る約束をしていたからだ。

「最初のクソ殺人兵器ゴーレムはともかく、よくぞオーダーに答えてくれた」


「気にするな」

 ジェリクは実に嬉しそうに、残りのワインを飲み干した。

「ゴーレムを愛する同士が増えたのだ。喜んで手伝うさ――と、ハルトよ、もう一杯頼む!」

「はいよ」

 ハルトは棚に手を伸ばす。

 その袖口から、小さな金属の欠片が零れ落ちた。


「む」

 カウンターの上を跳ねた金属片を、ジェリクは素早くとらえた。

「むむ?」

 摘まみ上げ、凝視し、そして気づく。

 その目が丸くなった。

 ネジだ。


「なんと、ハルトよ! これはネジだ!」

「あ」

 ハルトも口を半開きにして、それを見つめるしかない。

「これ、あのー……えっと。なんのネジだと思う、ジェリク?」

「専門家の私が断言するが、ゴーレムのネジだな。見たまえ、内側に行動回路も入っている。間違いなく制御系だ」

 ネジの内側に、うっすらと青くひかる魔力線が流れているのが、ハルトにも見えた。


 酔っぱらいかけていたジェリクの顔が、徐々に深刻そうになっていく。

「まずいぞ。いいか、ハルトよ。ゴーレムというものはネジが一つ欠けただけでも、動作に支障をきたすのだ」

「知ってる! やべえっ」

 ハルトはカウンターの内側から、フライパンを掴んで振り上げた。

「俺の絶対安全ゴーレムが、もう絶対安全じゃない!」

「ま、待ちたまえ。猪の鍋が――」

「ジェリク、火加減みとけ! 妹の移動速度から考えて、俺ならギリ追い越せる――すぐ戻る!」



――――



 その数分後、森の外れのダンジョンから、轟音と閃光が迸った。

 ナタリー・パースマーチは、その手記の中でこう語っている。


『新開暦七年、秋の一節、七日。目的はゴーレム討伐。ハル兄は相変わらずソニアのことばかりで、私は――(中略)――ダンジョンに足を踏み入れようとした途端、ものすごい爆発が見えて、ダンジョンと森の一部が吹き飛んだ。この日はそれで探索は不可能になるだろう、と私は直感した』




【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】

 ☆はじめての冒険をする(完了!)

 ★ライバルと出会う

 ★女神に祝福される

 ★伝説の武器を手に入れる

 ★中ボス(できればデーモン)を倒す

 ★王族から激励される

 ★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる

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