第20話 伝説のエピローグ、あるいは新たな伝説のプロローグ



 遠くで花火が上がっている。

 ハルトがかつて知っていた火薬式のものではない、魔力線技師による光の術式プロトコルだった。この世界では火薬よりも、魔力線技術の方が発達している。

 窓の外を見れば、色とりどりの閃光が昼間でもよく見えた。


「ハル兄、準備できた?」

 ハルトの店のドアを開け、ナタリーが顔をのぞかせた。

 いつもより上等な魔法技師のローブに加えて、珍しく黒髪を編みこんでいる。一角魚のブローチは銀色に磨き上げられていた。

「急がないと、もうそろそろ女神様とヴィアラさんの舞台が始まっちゃうよ!」


「ハルトさーん、女神様が最前列の席をとってくださったみたいですよー」

 ナタリーの背後から、コレッタも能天気な笑顔で手を振った。

「女神様もヴィアラさんも、ハルトさんは絶対に来ないとダメって言ってました。行かないと拗ねちゃいますよ、きっと」

 彼女の方も、いつも以上に真っ赤なケープを身に纏い、前髪を琥珀色の髪飾りで止めている。ハルトには見覚えがあるものだ――いつだったか、街へ遊びに出たとき、ハルトが選んで買ったもの。

 コレッタはよほど気に入っているのだろう。祝い事の際には必ず身につけている気がする。


「二人とも、気合い入ってるな」

 ハルトは二人の格好を交互に見た。

 どちらもいつもの戦闘用ではない、儀礼用の衣装だった。武器も持っていない。

「久しぶりの正装じゃないか」


「そりゃあ、まあね、お祭だからね。一応ね。それなりの格好をしていこうと思って……っていうか、それだけ?」

 ナタリーはやや不満そうな、あるいは不安そうな上目遣いをした。

「もっとこう……あの……ないの?」


「えっと。ナタリーちゃんが言いたいのは、こういうことだと思います」

 口ごもるナタリーの傍らで、コレッタが助け舟を出した。いつもの能天気な笑顔に、わずかな緊張があったかもしれない。

「似合いますか、ハルトさん? 可愛いですか?」

「コレッタ姉、そんな直接――」


「ああ、抜群だ。似合ってる」

 ハルトは即答して、満足げにうなずいた。

「まさに勇者パーティーの仲間たちって感じだ。こいつはすごいアピールになるぞ! ソニアと並べば注目間違いなしだな!」

「え。あ、そっち? そういう感じ?」

「あらー」


「自信を持て。お前たちならいける!」

 拍子抜けしたようなナタリーとコレッタをよそに、ハルトは力強く激励を送った。


 ガンドローグの一件で、コンヴリー村でも騎士団の間でも噂が広まっていた。

 王女の危機を救った次世代の勇者。あのハルト・リカードの妹と、その仲間たち。神殿によってガンドローグの魔王認定も下りた。というより、ハルトがそうなるよう交渉に成功した。

 近々王室から感謝状が送られるだろうし、なんらかの称号が授与されるという話もある。


「どうした、ナタリー。何か不満そうに見えるけど」

「や。別に! 不満とかじゃないけど! ぜんぜん違うけど!」

「絶対怒ってるじゃねえか……」

「怒ってない! 怒る要素なんてぜんぜんありませんけど? なんで怒ってる扱いするのか意味不明だし――っていうか、あれよ。そう! そういえば、それ!」

 明らかに不機嫌にまくしたて、ナタリーは強引に話を変えた。

「ハル兄こそ、その恰好なんなの? 荷物、めちゃくちゃ大きくない?」


「ん」

 ハルトは自分の服装を見下ろした。黒いシャツ。額には白い手拭いを巻き、背には巨大な背嚢を担いでいる。牛が丸ごと一頭入りそうな大きさだった。

「何って、材料だよ。関西風の――あ、いや」

 言いかけて、ハルトは首をひねった。

「説明しづらいな。うまい解説が難しいけど、まあいいや。とにかく俺の考えた新しい料理の材料だ。お好み焼きという。今年はこれの屋台を出そうと思ってる」


「やったあ!」

 コレッタは喜んで拍手した。

「私、ハルトさんの新しい料理の発明、大好きです!」

「たまに失敗するけどね。今度は大丈夫なの?」

「実験はしてみた。たぶんいけるだろ、たぶん――なあ、そろそろ行こうぜ。さすがにちょっと重い」


 そうして、ハルトは大仰な荷物を抱えて歩き出す。

「ソニアが先に行ってるはずだ。ゾラシュから借りた屋台で準備してくれてる。兄を手伝うなんて、めちゃくちゃ最高な妹だろ! 羨ましいだろ!」

「う、うん……そうね……最高の妹だね……」

 ナタリーは話を合わせることにした。キリがないからだ。

 そして彼女は軽くため息をつく。


「……まあ、今年は一応『似合ってる』って誉め言葉だけは貰っておこうかな……一応ね……」

「ナタリーちゃん、これ以上をいまハルトさんに期待するのは高望みすぎると思うよー」

「そうね……前に比べれば成長してるかもね。正装してることに気づいただけマシか……」

「そうそう。大進歩だよ!」

 貶されているのか、褒められているのか、ハルトにはまるで判断がつかなかった。


――――


 それは唐突にやってきた。

「お久しぶりです、皆様!」

 ユーロン・キープトンは、目障りなほど爽やかな挨拶を叩きつけた。

「ご無沙汰しておりましたが、お変わりありませんでしたでしょうか!」


 声をかけられて、三人の男は無言で視線をかわす。

 三人――すなわち、ジェリクとニコラとゾラシュ。

 この収穫祭に一応の賓客として招かれ、広場の片隅でふるまわれた料理と酒を口にしていたところだった。


「どうやら宴を満喫されているご様子! いや素晴らしい!」

 誰も反応しないうちから、ユーロンはぺらぺらと喋り出す。

「もちろん、この後の祝福ライブもご覧になっていかれますよね? 特別にこの私が皆様に! 優先席を格安で譲って差し上げてもいいですよ! 新金貨五枚でいかがですか?」


「おう」

 ゾラシュが呆れたように酒瓶を呷って空にし、それを握りしめた。

「おれたちに売りつけるつもりなのかよ、この阿呆は」

「しかも、絶対に元値より高いですよね。笑顔も目障りなので、射殺しておきますか?」

「名案だ! 天才の私の頭脳も賛成している、やるならゴーレムも貸そう」

 ニコラが背中の弓に手を伸ばせば、ジェリクは白衣の裾を翻す。ざわめくような羽音が聞こえ始めると、ユーロンもさすがに一歩後退した。


「どうか落ち着いて、皆様。今日はお祭りですよ! ね! 血なまぐさいのはやめて、平和な収穫祭を一緒に楽しみましょう!」

 やたらと平和を強調しながら、ユーロンは大げさに一礼する。

「なにしろこの私のような人間が、遠慮なく悪ふざけできるようになったのですから。これこそ、世界が平和という何よりの証なのです!」


「いい話のようにまとめるな」

 ゾラシュは鬼のような目つきでユーロンを睨んだ。

「何が平和だ。この前はガンドローグとかいったか、あの手の輩が再び出てきたではないか。困るぞ。おれたちの功績が薄れてしまう……!」

「仕方ありませんよ」

 気が抜けてしまうほど簡単に、ユーロンは笑って認めた。

「悪の種は尽きません。我々がいい加減な調子で世界を救ってしまった弊害だと思います。あまりにも呆気なさ過ぎて、懲りていない者がたくさんいますから」


「それはもしやユーロンくん、また我々で世界を救おうと? ぼくは嫌ですけど」

「いやいや、まさか」

 ニコラの問いに、首を振る。薄笑いを含んだユーロンの目は、収穫祭の広場の隅の、小さな屋台を見つめていた。

 そこにはハルトの妹、ソニア・リカードの姿がある。

 腕まくりをして、屋台に設置した鉄板をじっと見守っているようだ。


「やっぱり私も、ちゃんとした人たちが世界を救うべきだと思います。誰にだってその気さえあれば世界は救えると、信じさせる何かが必要なんですよ」

 ユーロンは、これまでにないほど邪悪で爽やかな笑顔を浮かべて見せた。

「たとえそれが、でっちあげの冒険譚でもね――重要なのは事実より希望。ハルト様風に言えば、そっちの方がコンテンツとして面白いでしょう!」


――――


「兄上!」

 ソニアは屋台の暖簾から、紅潮した顔をのぞかせた。

 いつになく体調が良さそうだ。今日はいつもの鎧姿ではなく、額には白い手拭いを巻き、黒いシャツまで身に着けていた。

 この屋台と合わせてゾラシュから借りているものだ。


「お待ちしていました。こちらの準備できています……! もう、鉄板はとても高温です!」

 ソニアは屋台に設置した鉄板を示した。

「ソニアは全力でがんばりました。少しはお役に立てたでしょうか?」

「ありがとう。よくやってくれたな、ソニア……! 役立つなんてもんじゃない!」

 ハルトはあまりにも容易く感激した。


「世界一の妹を持って、お兄ちゃんは幸せだぜ!」

「いっ、いえっ、このくらい! 兄上の妹として、当然のことです! 大したことではありませんから……!」


「――準備って、あれ、鉄板をあっためるだけだよね?」

 二人のやりとりを眺め、ナタリーは憂鬱そうな顔になっていく。

霊油エフトン式の調理鉄板だから、スイッチ押すだけなんだけど……」

「しーっ」

 コレッタは人差し指を唇に添えた。

「ソニアちゃんが収穫祭に参加してるだけで、ハルトさん喜んでるから。いつも以上に感激のハードル下がってると思うよ」


 ナタリーとコレッタの会話は、リカード兄妹には届いていないようだった。

 少なくともハルトは上機嫌で、ソニアの肩を掴む。

「ソニア、今日はよくやってくれた。お兄ちゃんは料理を始めるから、少し休んでてくれ!」

「はいっ、兄上……! ですが今日はその前に、お話しておきたいことがあります。ナタリー、コレッタも。ぜひ聞いてくださいっ」


「お、どうした?」

 改まって真剣な顔をするソニアに、ハルトは少し不吉な予感を覚えた。

「あんまり具合が良くないか? やっぱり家に戻っておくか――」

「いいえ。具合はこれまでにないくらい良いです。これも兄上のご指導の賜物。そう、ソニアも数々の冒険で、少しは成長しているのではないかと思います」

 ソニアの白い顔には、決意が漲っていた。


「よって、そろそろ外の世界へ出て、さらなる成長を図るべきときかと」

「え」

「兄上にふさわしい妹になるべく、見分を深める必要を感じました」

「え……」

「どうか兄上、ソニアの旅立ちを祝福してください。この前の魔王ガンドローグとの戦いで痛感したのです。真の勇者となるには、もっと厳しい鍛錬が必要だと……!」

「ええええ……」


 ハルトの顔が、ソニアよりも蒼白になった。

「待て、ソニア」

 どうにか言葉を絞り出す。なんとかしてソニアを止めなければ。ソニアの意志の強さからして、話の流れ次第ではいくら止めても無意味だ。

 焦燥のあまり、ハルトは冷や汗が噴き出すのを感じた。


「もう少しだけ待ってくれ。ホントにあと少しだから」

「しかし、兄上。ソニアはもう決めました! より強くならねば、と……!」

「いやいやいや! 忘れるな。まだ近所のダンジョンも攻略してないし、それに、それに――あっ、なんだあれは!」

「えっ? なんでしょう?」

 ハルトが空の彼方を指差すると、ソニアは当然のように簡単にそれにつられた。


 その隙を突いて、ハルトは一瞬のうちに術式プロトコルを構築し終えている。

「……うりゃ!」

「あ!」

「あらー」

 杖も魔剣もなしに魔力線を束ね、あっという間に完成させる。近くで見ていたナタリーと、コレッタにしか気づかれないほどの早業だった。


 軽く指を鳴らし、解き放った術式プロトコルは簡単なものだ。

 七色に輝く花火を空に打ち上げる。広場の真上に、閃光と轟音が満ちた。

「あっ、花火ですか!」

 ソニアは無邪気な声をあげた。

「今年はすごいですね……! 七色の花火、しかもこんな広場の真上、に……ふわっ?」

 頭上を見上げていた彼女は、そのまま目を見開いた。

 それは、あまりにも衝撃的な光景だった。


「――なんだ、あれは!」

 誰かが叫んだ。

「空だ! なにか――飛んでくる!」

 広場にいた人々が一斉に空を見上げた。黒く、巨大な影が広場を覆っていた。

 それは大きな翼と、鋼のような黒い鱗を持ったドラゴンだった。あたりから悲鳴があがった。ドラゴンは琥珀色の瞳で地上を睥睨すると、そのまま始祖の森へと降下していく。

 ちょうど、ハルトの作ったダンジョンがある辺りへ。


「っし! よく来た!」

 ハルトは拳を握りしめる。ちゃんと向こうもスタンバイしていたようだ。信じて良かった。


「……あらー」

 コレッタが間延びした声をあげていた。

「いまのってドラゴンですよね。私、はじめて見ました。あんなに大きいんですねえ」


「な、なんと……! ドラゴン! あれがドラゴンですか!」

 空を見上げたまま驚愕する、ソニアの声が震えていた。

「しかも、あんな大きな! 村の近くにやってくるとは……!」

「ああ。しかも恐らく、お前たちが攻略中のダンジョンに降りたようだ。これは非常に危険な状態といえるだろう」

 ハルトは強いて深刻そうに顔をしかめる。

「ドラゴンはダンジョンを巣として住み着く習性があるからな。放っておくと近隣の集落を荒らしたりしかねない。つまり、コンヴリー村の危機だ!」


「村の……危機……、ふぅっ!」

 ソニアはふらりと傾いた。緊張のあまり目まいがしたのだろう。

 ハルトが慌てて体を支える。

「うおっ、大丈夫か!」

「だ、大丈夫……です! 兄上……旅立つのはまだ早かったようです」


 ソニアはぐっ、と全身に力をこめ、自らの足で立った。

「どうか、この危機はソニアにお任せください。何としてもドラゴンを討ち、兄上にふさわしい妹であることを示します……!」

「ソニア」

 ハルトは再び感激し、声を詰まらせた。

「お兄ちゃんは嬉しい。人を守ろうとするその心……お前こそ、伝説の勇者にふさわしいよ」


「もったいないお言葉……! 必ずややりとげてみせます!」

「その意気だ! さっそくサンディ姫を呼んできてくれ。収穫祭運営委員のテントにいるはずだ!」

「はい、お任せください! 行ってきふぁ――っ、行ってきますっ!」

 太陽の下に出た途端にソニアの体がふらついたが、ハルトは頼もしげにその背中を見送る。


「立派になったな、ソニア……! これから数々の栄光がお前の行く手に待ち受けているだろう……!」

「あの。ハル兄。ちょっといい?」

 ナタリーに袖を引っ張られ、ハルトは現実に引き戻された。


「なんだよ? 俺はいま感慨に浸ってるところなんだけど」

「さっき、ドラゴンが空を飛んで行ったよね?」

「おう」

「あれって何なの? いま、周りがちょっと騒ぎになりかけてるけど。ハル兄、『よく来た』とか言ってなかった?」

「ああ。よくぞ聞いてくれた!」


 ハルトは腕を組み、力強くうなずいた。

「あれは俺の知り合いでブラック・ドラゴンのデナリウス。かつての魔王の盟友で、色々あって個人的に仲良くなったのだ。あの七色の花火を合図に、飛来してもらう手筈になっていた……ちなみにこれ、みんなには内緒だぞ」

「やっぱりね! そうだと思った!」

「これでソニアの旅立ちも阻止できたし、ソニアの新たな伝説も作れるし、一石二鳥だろ」

「そういうことじゃなくて!」

 ナタリーは頭を抱えた。


「どうすんのよ。騎士団の人たちがなんか叫んでるし、周り騒然としちゃってるし。女神様とヴィアラさんの祝福……ライブだっけ? もうすぐなんだけど、どうなっちゃうの? このままお祭り続けられるのっ?」

「心配するな、俺もゲームマスターとして成長してるんだ。別の計画がある!」

 ハルトは自分に言い聞かせるように言った。

 このような不測の事態に備え、いくつかの準備していた。このプランを明かしたときミドリとヴィアラは呆れたような顔をしていたが、打ち合わせは完了済みである。


「名付けて、プランD! 女神顕現記念・魔王討伐記念・ドラゴン討伐祈願の三本立てライブを執り行う! これは絶対に盛り上がるぞ!」

「盛り上がりとかそういう問題じゃないと思うけど!」

「この騒ぎを利用して、あのユニットの知名度をさらに上げる作戦だ。ユーロンが『面白そうですね!』っつってたのがちょっと不安だけど――それより、コレッタとナタリーには別の話がある! 新たなるエピソードだ!」


 ハルトは高らかに告げ、屋台の裏から一巻きの大きな羊皮紙を取り出して見せる。

「ここに第2章を用意した」

「第2章って、まさか」

「俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第2章だよ!」


「わー!」

 ハルトが羊皮紙を広げはじめると、コレッタが嬉々として手を叩いた。

「第2章、ずっと楽しみにしてたんです! ついに始動なんですね!」

「コレッタ姉、ホントにいいの? それで? もうなんか私、諦めた方がいいわけ……?」

「ナタリーちゃん、受け入れて楽しんだ方がお得だよー。もうどうしようもないと思うから」

「かもね……」

 ナタリーは深々とため息をついた。


「それでは諸君」

 ハルトはロードマップを高々と掲げる。

「次なる冒険のシナリオを説明しよう!」

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