第21話 新たな伝説の台頭(1)


 鬱蒼とした『始祖の森』の奥深く。

 抜けるような晴天の下。

 木々の枝を揺るがして、獰猛な咆哮が響き渡る。


『グルゥウウ——……ガアアアァァ————ッ!』

 鋼のような黒い鱗、巨大な翼。さらには爛々と輝く琥珀色の瞳。

 紛れもなくその咆哮の主は、大陸における最強生物の一角。ドラゴンに他ならない。


 そして、それに対するは三人の少女。


「出ましたね、邪悪なドラゴン!」

 一人は、銀髪を風になびかせる華奢な少女。

 どこか儚い容貌とは不釣り合いに、よく手入れされた鎧を身にまとい、見事な剣をその手に握っている。

「まさかダンジョンに入る前に出くわすとは驚きましたが! 遭遇してしまった以上は見逃せません。このソニア・リカードが、兄に代わって成敗します!」


「いやー……それ、絶対やめた方がいいと思うな」

 二人目。ソニアの肩を掴んで押さえるのは、赤い外套の少女。

 こちらが手にしているのは、魔力線技師であることを示す、金属製の杖。すなわち、ナタリー・パースマーチである。

「明らかに勝ち目ないって。作戦も考えてないし、ここは大人しく逃げとこう。ね、コレッタ姉!」


「うーん、それね。確かにそうなんだけど」

 三人目。首を傾げて戦槌を掲げるのは、場違いなほど明るい笑顔の少女。

 すなわちコレッタ・パースマーチは、そのまま一歩、進み出た。

「わたし、一度でいいから、ドラゴンと力比べしてみたかったんだよね! ナタリーちゃんもワクワクしてこない?」


「してこないよ!」

 ナタリーは悲鳴のような叫び声をあげた。

「コレッタ姉、わかってる? 相手はリアルにドラゴンなんだよ! ハル兄も言ってたじゃん、最初は軽く様子をみるだけって——」

 そして、思わずナタリーが口を滑らせ、言ってはいけない情報を口にしようとしたときだ。


『コォォ……愚かで矮小な人間どもめ』

 漆黒のドラゴンの口から、背筋も凍るような声が漏れた。

 伝説の通りだ——と、ナタリーは思う。

 大陸最強の生物であるドラゴンは、人間の使う言葉を理解する。彼らこそは、この大陸が開拓される以前から繁栄していた、最古の知的生物であるからだ——

 彼女が読んだ本には、そう書かれていた。


『散歩中の我の前に立つとは、愚かさの極み。いますぐ去らねば、真のドラゴンの力を見せてやろう——後悔すること間違いなしだぞ!』

 牙をむき出し、ドラゴンは重ねて言った。

『本当だぞ! それはもう確実に貴様らは後悔する!』

「そ、そうは……いきません!」

 ソニアはふらつく足取りで進み出ると、コレッタの隣に並ぶ。顔色は相変わらず蒼白で、いまにも倒れそうだが、その眼には強力な意志の強さが宿っていた。


「このままドラゴンが散歩を続け、コンヴリー村に近づいたら危険です。偉大な兄上の妹として、私は断じて引き下がれません。為せば成る、です!」

「その意気だよ、ソニアちゃん!」

 コレッタが同調し、戦槌を構えて駆け出す。

「まずコレッタお姉ちゃんがぶつかってみるから! ナタリーちゃんは援護よろしく!」

「コレッタはお姉ちゃんではありませんが、心強いです。参りましょう! 村の平和のために!」


「ちょっとっ、マジでやめとこうって! 相手はドラゴンなんだから——」

 ナタリーがどうにか止めようとしたとき、ドラゴンが大きく息を吸い込むのがわかった。

『愚かな。我が力の片鱗、今後の参考にちょっとだけ見せてやろう!』

 ドラゴンの琥珀色の瞳が、ナタリーを一瞥する。それは目配せの一種だった。

『……せいぜい死ぬ気で防御するのだぞ!』


「うっわっ」

 呻いて、ナタリーは身構えた。

 ドラゴンの顎から白い光が溢れ出て、瞬時に爆発する。これこそがドラゴンの息吹。濃縮された魔力線の奔流。ナタリーは必至で防御の術式プロトコルを展開した。

「ヤバいって、こんなの!」

 その悲鳴も、迸る閃光に飲み込まれる。


         ◆


『——ふむ』

 荒れ狂うブレスが収束して、数十秒後。

 なぎ倒された森の木々と、ソニアを担いで逃げていく少女たちを見送って、黒いドラゴンは首を傾げた。


『こんなところか。今の流れ、おおむね上手くいったのでは? もしかして我、演技も達者なのでは?』

 唸って振り返る。

 その先には、一人の男。銀髪にスコップ、作業着——彼こそは元・勇者。ハルト・リカードである。


「ああ。いい感じだったよ」

 ハルトは上機嫌で黒いドラゴンの首を叩く。

「さすが《灼光》デナリウスって感じだ。なんつーか、手加減うまいなお前。ブレスもぎりぎりナタリーの防御を破るところで止まったし」

『むろん。我が練習の成果だ』

 ドラゴン——すなわち《灼光》デナリウスは、得意げに喉を鳴らした。


 彼こそは、かつて人類を震え上がらせた最強の竜の一匹。

 魔王の盟友としてハルトとも戦ったことがある。そのブレスは鋼をも蒸発させる高密度魔力線の奔流であり、その気になれば大陸全土を焼き払うとまで言われた。

 そんなデナリウスは、鼻から自慢げに灼熱の吐息を漏らす。

『貴様からこの配役を承諾して以来、徹底的に練習も積んだからな。ふふん。凄いだろう』


「いやー、ほんと超助かるわ。マジですげえ」

『たいしたことではない。請け負った仕事は全力でリサーチして、全力で役目を全うする。それこそが立派な大人というものだ。人間は違うのか?』

「おおう……俺の元・勇者仲間連中にも、その台詞を聞かせてやりたいよ」

 ハルトは元・勇者仲間たちのことを思い出し、ため息をつく。


「それじゃ、第一の出番は終わりってことで。これでお前の存在感と強敵オーラがソニアたちにも伝わったに違いない」

『ふむ。あの程度で十分か。強敵オーラ、もっと出した方が良かったか?』

 デナリウスが再び首を捻ると、全身から魔力線が放出されるのがわかる。強靭に編まれた魔力線が周囲の木々を揺らし始める——ところで、ハルトが止めた。


「いや、いいから。それやると体の弱いソニアとかがバッタリいくから。そのくらいで抑えといてくれ——いまのところは」

『承知した。それでは、次の出番は? 我には派手な見せ場が用意されていると聞いているぞ』

「もうちょい先だな。大丈夫、期待して待っててくれ」

 ハルトは実に楽しそうに、親指を立ててみせた。

「ソニアとお前の一大決戦、俺が見事にプロデュースしてやるからな!」


         ◆


 その夕方。

 コンヴリー村で唯一の酒場にして冒険者ギルド——『リカードの店』には、主であるハルト・リカードと三人の少女がいつものように集まっていた。


「えー、まずはみんな! お疲れ様だった!」

 丸いテーブルに手をついて、ハルトはまず三人を労った。

「特にソニア。お前が勇敢にも、あの! 《灼光》デナリウスに立ち向かったと聞いているぞ。お兄ちゃんも感激だ!」


「はいっ、兄上……!」

 ソニアはぐっ、と拳を握りしめ、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。ですが……!」

 顔を上げる。そこには、深い悔恨の表情が浮かんでいた。

「いとも容易く敗北し、一撃も入れられないまま撤退……兄上の妹として、あまりにも無様な姿を晒してしまいました。挙句の果てに逃走中に力尽き、コレッタに抱えられる始末。申し訳ありません……!」


「気にするな、ソニア。最初からドラゴンを相手に勝てるやつなんていないさ。それよりもお前が無事に帰ってきたこと、それが一番嬉しいよ」

「あ、兄上っ」

 ソニアは感極まったように目頭を押さえた。

「ソニアは……幸せ者です……!」

「俺の方こそ。ソニアが妹で、最高に幸せだよ」


「はい、そこまで! もうその辺にしといて。ホントに長くなるから、それ」

 リカード兄妹のやりとりが際限なく続く——その兆候を感じ取り、ナタリーは素早く口を挟んだ。

「もう夜も遅いし。反省と対策検討は明日にして、一度解散にしない?」

 金属製の杖を振って、小さなあくびをする。

「死ぬ気で防御の術式プロトコル使って、あたしもだいぶ疲れたわ……」


「ごめんね、ナタリーちゃん」

 珍しくコレッタが申し訳なさそうに、両手を合わせた。

「わたし、どうしてもドラゴンと一度殴り合ってみたくて。全然近づけなかったねー。あのブレス、ほんとすごかったなあ」

 そう言いながら、コレッタの顔はむしろどこか嬉しそうだ。


 ハルトはそんな姉妹を見回して、満足げにうなずいた。

「いいところに目を付けたな。そう——ドラゴンと戦うにはブレス対策が必須だ。特にデナリウスは破壊的な威力のブレスで有名だからな」

 かつてデナリウスが魔王の盟友として都市を攻めた時も、そびえる城壁を蒸発させ、圧倒的な暴力を見せつけた。


「よって、我が冒険者ギルドでも総力をあげて対策を考えている」

「あっ。また総力あげてる……わかってる? ハル兄たち、軽率に総力あげると大変なことになるんだからね!」

「今度は大丈夫だ。たぶん。それに王道だからな——ドラゴンを相手に、地道な工夫とレベルアップを積み重ねて挑むってのは! 最高のシナリオだ!」

 ハルトは腕組みをして、目を閉じた。彼の脳内では、勇ましくドラゴンに挑むソニア一行の姿が浮かんでいる。


「わかりました、兄上……!」

 このときソニアも全く同時に、ハルトの妄想と同じイメージを膨らませていた。

「ソニアは必ずや兄上の期待に応え、デナリウスを打倒して見せます! ですから是非いつも以上に激しい訓練を! なんとしても強くなってみせ——まふぅ……」

 剣を捧げ持とうとしたソニアが、後ろのめりに倒れかける。寸前でハルトが支えなければ、そのまま頭をぶつけていたところだ。


「危ない! 危ないぞ、ソニア! 今日は頑張りすぎたんだ。激しい訓練は明日からにしよう。今日はもう休みなさい。なっ!」

「すみません、兄上……若干、意識が遠のきかけました」

「うわっ、超危ねえー! 二階に上がれ、あったかくして寝るんだぞ!」

 ハルトは抱えるようにしてソニアを階段へと送り出す。


 ふらつきながらも二階へと上がっていくソニアをしっかりと見送って、ため息をつき、そしてパースマーチの姉妹を振り返った。

 目を閉じ、咳ばらいを一つ。

「——というわけで、だ」

 再び開いたその眼には、いままで以上に真剣な光がある。

「お前たちにはソニアを防衛しながらドラゴンを倒す、かつてない大作戦の実行メンバーとなってもらいたい! 俺には計画がある!」


「はいきた! 絶対それ来ると思った!」

 ナタリーはいち早く反応し、杖の先でテーブルを叩いた。

「また無茶な計画立てるのやめてほしいんだけど! 前回もことごとくひどい目にあった記憶しかないし!」


「そうかなー。わたしは結構楽しかったけど」

 コレッタは屈託のない——より正確に言えば底の抜けたような笑顔を浮かべ、テーブルに身を乗り出した。

「ちなみにハルトさんっ、今回の計画はどんな感じなんですかっ! 聞きたいです!」

「あのさ、コレッタ姉……あんまりハル兄を調子に乗せないでよ。絶対ろくなことにならないし、計画通りにいったことなんて全然ないでしょ!」

「えー。それはそれで楽しいし、やっぱりアクシデントがあると『冒険してる』って感じがしてこない?」

「してこない! その感覚、絶対おかしい!」


 二人の様子を眺めつつ、ハルトは両手を叩き合わせた。

「よしよし、落ち着け二人とも。はしゃぐ気持ちはわかるが、話はここからだ」

「ほら、ハル兄もおかしい! 少なくともあたし、はしゃいでる素振り見せてないよね!」

「落ち着けって。ほら、まずはこれ。収穫祭のときも見せたけど、新しいロードマップな! 俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第2章!」


 そうしてハルトが大きな羊皮紙を広げて見せる。

 そこには、力強い文字で新たなロードマップが記されていた。


【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第2章】

★ドラゴンと遭遇、力の差を実感する(完了!)

☆ドラゴンのブレスを防ぐ装備を手に入れる

☆ドラゴンに立ち向かうため、新たな仲間を獲得する

☆ドラゴンにも通用する、超・必殺技を編み出す

☆ドラゴンに対抗するため、空を飛べるようになる

☆村のみんなと協力し、絆パワーでドラゴンをダンジョンから誘き出す

☆できるだけたくさんの観衆の前でドラゴンを倒す


「——と、まあ、ざっくりとこんな感じで。よろしくな!」

「よろしくな、じゃないってば!」

 どん、と、ナタリーは勢いよくテーブルを叩いて立ち上がる。

「前回から改善されてないし、何度見てもおかしいところあるよね! 三つも四つも!」

「え、マジ? そんなにあるか?」


「あるよ! ほら——この! 超・必殺技とか!」

 ナタリーの杖の先が、ロードマップを激しくつつく。だが、ハルトはさして気にした様子もない。

「ドラゴンに通じるような技、そう簡単に覚えられるわけないでしょ!」

「お前たちは根性あるから大丈夫だ。俺も頑張るし」

「できる気がしないんだけど! それに、この空を飛ぶとか、どうすんの!」

「お前たちは根性あるから大丈夫だ。俺も頑張るし」

「村のみんなと協力ってのも絶対おかしいから!」

「お前たちは根性あるから大丈夫だ。俺も頑張るし」


「あああーーーーーっ! 聞いても意味ない! これだから精神論の根性主義者は!」

 絶叫とともに頭をかきむしり、ナタリーはテーブルに突っ伏した。

「……突っ込んでも疲れるだけだってわかってる。わかってるんだけどね……!」

「ナタリーちゃん、今日もお疲れ様」

 労わるように、コレッタは彼女の背中を軽く叩いた。

「『活力の奇蹟』とか使おうか? わたしの奇蹟、すっごい効くんだよー」

「コレッタ姉のそれ、効き目がヤバいから絶対いらない……」


         ◆


 一方、その頃。

 コンヴリー村のはるか東、王都ロム・リフサル。

 その王城、謁見の広間にて。


 ぞろりと居並ぶ廷臣と、どういうわけか苦々しい表情の王女サンディ・リフサルの面前で、一人の男が声を張り上げる。


「——それでは、皆様!」

 がっしりとした体格を包む、黒いローブ。胡散臭いほど爽やかな笑顔。

 その男——《万象束ねる》ユーロンは爽やかな声を張り上げていた。

「この私、首席宮廷魔導士にして王立民議会顧問! ユーロン・キープトンが、宣言させていただきます!」


 ユーロンは杖を掲げ、その先端に光を灯す。

 単なる演出だ——たいした術式プロトコルを使おうというのではない。

「リフサル王女、魔族対策委員会長サンディ・リフサルの名の下に、あなたたち三人をリフサル王家選抜・第二次勇者として認定致します! おめでとう!」


「——はっ」

 顔を伏せたまま答えたのは、三人のうち最も長身の、黒髪の少女だった。

 いかにも生真面目そうな顔に、意志の強さを感じさせる碧眼。純白の外套と鎧は、まばゆい輝きを湛えている。

「ミアン・グローラス、以下二名。微力を尽くして責務を果たすことを誓います」


 この言葉に、後ろに控えた二人も深く頭を下げる。

「……同じく。誓います」

 と、ささやくように言った二人目は、エルフらしき尖った耳を持った金髪の少女。幼く見えるが、異様に思えるほどほど目つきが鋭い。

 確か、彼女の名前は——リズ・ノスリングと言ったか。


「お任せください、ユーロン師!」

 三人目、歌うように声をあげたのは、茶色い巻き毛とローブ姿の少女である。

「この《翡翠の歌》のジェシカ・セルディが補佐する限り! 必ずや、王家のご期待に応えてみせましょう! 魔導学院史上——最も美しき天才の名に懸けて!」

 芝居がかった口調で、恭しく自分の杖を掲げて見せる。その仕草に、サンディは言い知れぬ不安を覚えた。


 だが、これら三人を嬉々として眺めて、ユーロンは大きな拍手をした。

「いやあ、素晴らしい! 皆様のように優れた次代の勇者を選抜することができて、私も肩の荷が下りた思いです。これは実に楽しい——おっと。頼もしいですね、王女様!」


「……頼もしい。ええ。否定はしません」

 サンディ・リフサルは、物憂げに三人の少女を眺め、そしてユーロンを睨んだ。

 彼女は頭痛を感じている。

 原因はユーロンと、この三人の勇者のことだ。新たな次代の勇者を選抜して認定しよう——と、ユーロンが言い出したときから嫌な予感がしていた。いまはそれが確信に変わりつつある。


 新たな勇者の認定は、悪いことではない。

 経済効果も期待できるし、このところ各地で活発化している魔族どもへの牽制にもなる。ユーロンが協力をとりつけたようで、神殿勢力からの強い要望もあった。

 何より、『勇者』という存在がもたらす人心への影響は無視できない。


(まったく、厄介な)

 心中で嘆息し、サンディは三人の『選抜勇者』の様子をうかがう。いずれも優秀な人材ではある。サンディも彼女らの名前は知っていた。

(確かに、三人とも申し分ない逸材です。が——)

 サンディは再びユーロンを睨む。


「それでは、三人の新たな勇者の皆様に、最初の任務です!」

 サンディの沈黙をよそに、ユーロンは再び声を張り上げていた。

「王国の西方。『始祖の森』にて、広大で深遠なダンジョンが発見されました。なんでも、ここにドラゴンまで住み着いたとか——まさに一大事!」

 芝居がかった様子で、両手を広げる。

「幸いにも近隣のコンヴリー村には、かつての筆頭勇者《不可知なる》ハルト・リカード様が住んでおられます。彼は隠遁した身ですが、後進の冒険者の指導に当たっているとか。皆様も、彼に認められれば! 支援を得られるはずです!」


 この言葉に、一人、身をこわばらせた少女がいた。

 先ほど代表して声をあげた、ミアン・グローラスである。やけに深刻な顔で唇を噛んだのを、サンディ・リフサルは見逃さなかった。どういうわけだろう。


 考えている間にも、ユーロンは言葉の先を続けている。

「というわけで! 皆様にはぜひダンジョンの探索とドラゴンの討伐をお願いいたします——ああ、これぞ! まさに次代の勇者候補にふさわしい仕事ですね、王女様!」


「……そうですね。ええ。まったくふさわしい仕事ではあります」

 サンディは深くため息をつく。

 ドラゴンの一件、彼女はすでに真相を知っている。彼がハルトの要請で飛来したものであり、一種の茶番——ソニア・リカードたちの冒険のために用意された『イベント』だということも。


 本来なら『選抜勇者』をそんな茶番に参加させるのは反対だ。

 しかし、かつての勇者とドラゴンにまつわる真相を明かすのはもっと大問題だし、何よりユーロンがこの茶番を気に入っている。

 この男はなんとしてもこの三人の勇者候補をコンヴリー村へ派遣したいらしい。そのために議会を動かし、神殿勢力に働きかけ、『選抜勇者』を宣伝して今回の任務を国家的な行事に変えてしまった。

 そうである以上は、サンディですら止められない。


 だから、三人の『選抜勇者』にかける言葉は、もう一つしかなかった。

「——三人とも。サンディ・リフサルの名において、あなたたちを祝福します。どうかご無事で。命を大事にしてくださいね」

「はっ」

 ミアン・グローラスはどこまでも生真面目に応じた。

「過分なお言葉、ありがたく。心に刻みました。我々一行、命に代えてでも責務を全う致します!」


 サンディは目まいを感じた——この少女は、全然話を聞いてない。さすがユーロンの見つけてきた人材だ。

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