第10話 ホームメイド伝説の武器(3)

 コンヴリー村の西に、小さな山がある。

 山に名前はない――つい最近、できたばかりだ。

 いま、その山道を登るのは、三人の少女。


「昨夜は天気が不安でしたが、よく晴れましたね」

 青空を見上げると、爽やかな秋の風が吹いている。

 ソニアは坂道同然のなだらかな道を、慎重な足取りで登っていく。

「これも兄上のご加護に違いありません。昨日はぐっすり眠れましたし……!」

 青白い顔も、今朝はまだ血色がいい。

 なぜならば、さっき歩き出したばかりだからだ。


「今日は体調も万全。この程度の山道なら、気軽なピクニックも同然ですね。がんばりましょう、コレッタ! ナタリー!」

「そう言って、昨日みたいに無茶しないでよ」

 ナタリーの口調はどこか咎めるようだが、ソニアを気遣っていることだけは確かだ。

「限界になる前にちゃんと休憩するって言ってね。倒れられた方が大変なんだからね。わかってるよね!」


 確かに、昨日の旅程ではソニアがやや限界を超えすぎた。

 最後の方は冷や汗を流しつつ、気力だけで足を進めようとして、ばったりと倒れる羽目になっている。

 おかげで、慌てて野営の準備をすることになった。


「いえっ、ナタリー。今日は本当に快調です。やれます!」

 ソニアはきっぱりと首を振った。その目には、持ち前の意志の強さが燃えている。足取りも軽い。

 これは調子に乗っているな、とナタリーは思った。

「まもなく山頂も見えてくると思いますし! 余裕です! ゴール目前!」

「それなんだけど、山頂はぜんぜん遠いからね。まだほんと、二合目くらいだから」

「……え?」

 絶望的な顔になったソニアの肩を、コレッタが軽く叩いた。


「大丈夫。山頂はぜんぜん遠いけど、ハルトさんの言ってた職人さんの庵まではもう少しだから」

 地図と太陽の方角を眺めて、コレッタは何度かうなずいた。

「えーっと。この分なら、もう一回野営しなくてもいいみたい? かな?」

「うん。食料の心配もなさそうね。……なぜか夜になると近くで見つかる、新鮮な魚とか解体済み猪とかあるから、もともと心配とか必要だったのかってレベルだけど」

 ナタリーは疑わしげに目を細め、周囲を見回す。

 何もない。ただ、静かに木々がざわめいている。


「……まあ、いいか。とにかくソニアの体力があるうちに、進めるだけ進もう」

「休憩するときは、コレッタお姉ちゃんに早めに言ってね! 『こまめなセーブが攻略のコツ』ってハルトさんも言ってたから! セーブってよくわからないけど、たぶん休憩のことだよ!」

「おお……コレッタはお姉ちゃんではありませんが、ありがたみのある言葉ですね。兄上、ソニアは油断なく休憩致します……!」

 ソニアは感動して、再び空を仰いだ。

「兄上。ソニアをどうか見守っていてください……!」


――――


 そして当然のように、そんなソニアの姿を木々の影から物理的に見守っている者がいる。

 ハルト・リカードと、ヴィアラ・ナガルの二人だ。


「どうやら上手くいっているようだな。ソニアも適度に休んでいる。いいことだ」

 ハルトは低く呟き、涙ぐむ目元を抑えた。

「この試練を乗り越えるほど成長してくれて、お兄ちゃんはお前を誇りに思うぞ、ソニア」

「このピクニックのどこが試練だ。とてつもなく過保護なやつめ……」

 ヴィアラはおぞましいものを見る目で、ハルトを眺める。

「というか、今朝は絶対に雨が降る雲の流れだっただろう。貴様、夜のうちに吹き飛ばしたな……! 雲を! そういうの許されるのか!」


「うるせえなあ」

 ハルトはヴィアラを追い払うように手を振った。

「お前の役目はもう終わったから、次の出番まで消えてていいぞ」

「次の出番を設定していたのか……! タチが悪い! 私をどこまで酷使するつもりだ!」

「いや、どこまでとかないけど……強いて言えば、妹の伝説が完成するまでかな……」

「どんなブラック組織体質だ!」


 わめくヴィアラを見ていると、ハルトにはますます疑問が浮かんでくる。

「お前こそ、なんでまだ俺の周りでウロウロしてるんだよ」

「ふん、決まっているだろう。せめて貴様の弱みでも見つけねば、このまま何の手土産もなくガンドローグ様の下へ帰還しては申し訳が立たぬというか、ナガル家の名誉が……」

「ガンドローグ?」


「はっ」

 ヴィアラは口を押え、犬耳をひくつかせた。

「な、なんでもない。ほら、そろそろ貴様の妹の休憩が終わるぞ。行かなくていいのか?」

「ほんっと演技下手だなお前は。まあいいけど」

 銀髪をかきむしって、立ち上がる。

「さあ、今日も忙しいぞ。ヴィアラはせめて食料集めとモンスター駆除を手伝えよ。お前が勝手に住み着いてる、俺のダンジョンの家賃の代わりだ」

「私はそういう明快ではない労働契約に反対なのだが……あっ。なんでもないです。喜んで手伝います! 山菜採りは楽しいなあー!」


 急激に腰の低い態度をとるヴィアラを背後に、ハルトは足音もなく山道を歩いていく。

 空を見上げ、思い浮かべるのは妹のことと、彼女が口にした一つの名前。

 ガンドローグ。


 その名が意味するところは――

 そこまで考えたところで、ハルトは眉をひそめた。

「なんだ?」

 小柄な影が、木の枝から枝を跳躍した。

 その人影には、コウモリの翼が生えていた。

「……夜魔ガフ?」


――――


 小屋の周りで、《旋風堂》と染め抜かれた旗がはためいている。

 そこから出てきた男は、見るからにドワーフだった。


「……ふん」

 ドワーフの男――つまりゾラシュは、三人の少女に一瞥をくれると、つまらなさそうに鼻を鳴らした。

「人間の小娘ども。この俺の店に、何の用だ」

 ぎょろつく眼光には、鋼のような強さがある。

「まさか、この俺に武器を打てというのではあるまいな?」


「はいっ……! そのまさか、です、伝説の職人の方……!」

 杖に全体重を預け、生まれたての子鹿のように足を震わせながら、ソニアはかろうじて声をあげた。

 ここまでの行程で、もはや疲労が限界を通り越している。

 朝に出発したときの『気軽なピクニックも同然』という笑顔は、もはや跡形もない。


「お願いしますっ……! 私たちに、武器を……ふひゅ、ふぅ……」

 言葉の途中で、ソニアは息を詰まらせた。ふらりと仰向けに倒れそうになる。

 その背中を、ナタリーとコレッタが慌てて支えた。


「ちょっ、ソニア、危ないって! もう限界なんだし、喋るのは私たちに任せていいから!」

「ソニアちゃん、落ち着いて深呼吸しようねー。ほら、一度そこに座って」

「し……しかし、伝説の職人にお願いする以上……私も、しっかりと立っていなければ……!」

 ソニアは渾身の力をこめて、杖で体を支えている。

 その姿を眺めながら、ゾラシュは片方の眉を吊り上げた。

「なかなか根性はあるようだが、やめておけ。ここに来るまでに体力を使い果たすようでは、俺の剣を満足に振るえるとは思えん」


「それね。ホント。まったくその通りで、返す言葉もないけど……」

「でも、どうしても必要なんです」

 ナタリーはため息をついたが、コレッタは勢いよく頭を下げた。

「お願いします! ドワーフの職人さんが作った武器、私も思いっきり振り回してみたいんです!」


「ふん」

 だが、ゾラシュの反応は冷たい。

「よほどの理由がなければ、おれは武器を打たん。いいか――もともと武器とは他者を傷つけるものだ」

 ゾラシュは腕組みをして、三人を上目遣いに睨みつけた。

「ましてや、おれの武器は危険すぎる。王都ライリー出版の『一流! 鍛冶屋番付ガイド!』で七年連続一位を受賞しているくらいだからな!」

 ぐわっ、とゾラシュは前のめりになった。

「俗世の評判などに興味はないが、なにしろ一位だからな! 困ったものだな! あー、困った!」


「え……この人、割と俗世の評判気にしてない……?」

「しっ。ナタリーちゃん、大事なところだから黙ってて!」

 コレッタがいつになく真剣に咎めるので、ナタリーは黙っておくことにした。

 幸いにも、ゾラシュには聞こえなかったらしい。彼は腕組みをしたまま続けている。

「生半可な覚悟では与えられん――お前たちがおれの武器を必要とする理由はなんだ? 浮ついた理由ならやめておけ。手にする資格はない」


「それは……、私たちは」

 ソニアは蒼白な顔で息を切らしながら、それでもはっきりと告げた。

「兄上が、あなたこそ世界一の腕を持つ鍛冶職人と仰っていたからです! なぜなら、我々が戦う理由は――」

「よかろう」

 ゾラシュは最後まで聞かず、髭を撫でてうなずいた。

「そこまで言うなら、武器をやろう。その資格があるようだ」


「うわ、軽いっ」

 ナタリーは思わず声をあげていた。

「え、なに、いいの? 武器を手にする理由、ぜんぜん聞いてないけど!」

「最後まで聞かずとも、前半部分だけでおれにはわかる」

「前半部分、世界一って褒めただけだよね!」


「やかましいぞ、小娘!」

 一喝して、ゾラシュは目を見開いた。

「何か言ったか! おれは俗世の評価になど興味はない、職人気質の頑固な男なのだ! 本当だぞ! 疑うか!」

「あ、いえ……なんでもない、です……」

「ならばよい! とにかく武器がいるのか、いらんのか!」


「はいっ! 欲しいです!」

 コレッタが飛び上がるように手を上げた。

「ぜひお願いします、伝説の職人さん!」

「ふん。煽てられておれが態度を変えると思ったら、大間違いだ――少し待っていろ」

 言いながらも、また髭を撫でるゾラシュの頬は緩んでいる。足取りもわずかに俊敏になっている気がする。


 そして彼が取り出したのは、三つの武器だ。

「――よく見るがいい。これだ」

 いずれも簡素な拵えの武器。戦鎚、杖、そして剣。自ら青白く輝くような、不思議な金属でできている。ナタリーはこんな輝きの鋼を見たことが無かった。

「手に取れ。この武器が、お前たちにふさわしかろう」

「やったあ! ありがとうございますっ」

 コレッタは喜び勇んで戦鎚を手にする。その勢いで、くるくるとその場で踊るように回った。

 ナタリーも杖を手に取り、何度か振る。握った感触も悪くない。軽く魔力線を注いでみると、体の一部のように脈打つのを感じた。


「確かに、すごい……! ちなみに職人さん、この武器って何かの魔法の力が込められてたりするの?」

「ふむ」

 ナタリーの質問に、ゾラシュはまた勿体ぶるように唸った。

「そっちの戦鎚は、とても硬い。お前の杖もだ」

「え、じゃあ、特別な力とかは。ない感じで……?」

「何を言う……これだから最近の小娘は! 比類なき頑丈さ! 鋼にこれ以上何を望む!」

「うっ。それは、そうかもだけど」

「ただし! そっちの小娘用の剣には、若干の魔法を付与してある」

「はい、やっぱりね!」


 ナタリーには予想ができていた。

 ソニアを横目に見ると、慎重な手つきで剣を掲げ持っている。両刃の片手剣。鞘から抜くと、青白く冴えた鋼が覗く。


「ふおおおお……」

 ソニアは跪き、頭上に剣を掲げた。

「ありがとうございます……職人の方っ……! 兄上の使っていた剣とそっくりです! 私、とても……とても感激していますっ……!」

「気に入ったか。だが、慎重に扱え。その剣に秘められた力は――ふむ?」


 何かに気づいたように、ゾラシュが言葉を切った。頭上を見上げる。

「そこにいるのは、誰だ? 出てこい!」

 三人の少女も、つられてそちらを振り返った。


「おっと。見つかっちまったか」

 どこか軽薄な声は、木の上から聞こえた。

「さすがは《旋風堂》ゾラシュ。噂通り、現役を退いても鋭いねえ」

 ひょろりと長い手足を持った、黒衣の男だ。その背中にはコウモリのような翼があり、瞳は赤い。


 ナタリーには、その見た目を持つ種族に心当たりがあった。

「魔族……それも、夜魔ガフ?」

 魔界の住人。コウモリの翼を持ち、空を飛ぶ悪魔。隠密技術に長け、暗殺を得意とするという。


「知らん顔だな、旧魔王軍の残党ではない。若造か」

「言うじゃないか」

 ゾラシュの問いに、夜魔ガフの男はにやりと笑った。

「あんたがここにいるとは驚いた。その小娘が手にした武器、強力な魔剣と見たぜ」

「ならば、どうしたと?」

「決まってる。俺たち魔族にとって、あんたの打った武器はどれも危険なシロモノだ。つまり――」

 ゾラシュの問いに、夜魔ガフの男は肩をすくめる。


「俺たちがいただく」

 呟くと同時、その姿が掻き消えた。

「俺の名は《鮮血の翼》ゼリュオン。ガンドローグ様の七魔将が一人! 業務命令により、あんたらには死んでもらうぜ!」

 夜魔ガフ――ゼリュオンの翼が頭上に広がるのを、ナタリーは見る。

 禍々しいまでに黒い翼と、寒気がするほどの鋭い魔力線の奔流。

 並みのレベルの魔族ではあるまい。



【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】

 ☆はじめての冒険をする(完了!)

 ☆ライバルと出会う(完了!)

 ☆女神に祝福される(完了!)

 ☆伝説の武器を手に入れる(進行中!)

 ★中ボス(できればデーモン)を倒す

 ★王族から激励される

 ★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る