第11話 ホームメイド伝説の武器(4)
魔族の実力は、この世界における実体の強度で決まる――と、ナタリーは聞いたことがある。
魔力線によって構成される、仮の肉体。
これを手に入れるには、魔界において相応のリソースを支払う必要があるのだという。
つまり、モノを言うのは金だ。金があるほど潤沢に魔力線を注ぎ込み、好きなだけ強力な実体を構築することができる。
ちょうどゴーレムの作成と似たようなもの――だという。
よって魔界の貴族や資産家たちほど、この世界では強力な存在だ。
――ならば。
いま、翼を広げて襲い掛かってくる
(動きが速い……! しかも、この魔力線量、間違いなく貴族クラスだ)
そう判断するしかない。
ゼリュオンと名乗った
ナタリーが放とうとしていた
だがその
「ソニアちゃん!」
コレッタだ。
ソニアを守るように立ちはだかり、青く輝く戦鎚でゼリュオンの一撃を受け止めている。
「下がっていいよ! こうやってね、いちばん前衛でバリバリ戦うのはね――」
力をこめて、ゼリュオンを弾き飛ばす。
「コレッタお姉ちゃんの役目だからねっ」
さすがはコレッタ。
ナタリーは姉の腕力を改めて恐ろしく――もとい、頼もしく思った。
速度でも負けずに、正面から貴族クラスのデーモンと打ち合えた。彼女の体を流れる魔力線を見るに、恐らく『敏速の奇蹟』あたりで身体能力を高めているのだろう。
「おっ?」
ゼリュオンは感心したような声をあげた。弾かれた勢いで翼を広げ、再び飛翔する。
「やるな。人間の割には、いい反応だ。武器も厄介だな――ちょっと本気出すか」
片手のナイフをくるりと回転させ、赤い瞳を細める。
「コレッタ姉、そのままソニアから離れないで! 援護するから!」
叫びながら、ナタリーもまた
新しい杖のおかげか、どの工程もいつもよりスムーズな気がした。
編成したのは、彼女が学んだ教本では、『炎兵典』と呼ばれる
ナタリーの場合は、「槍」のイメージで作ることが多い。
「いけっ!」
ナタリーの指示で、十本近い炎の槍が飛ぶ。
標的は飛翔するゼリュオン。単純な直線射撃ではなく、誘導性を持たせている。
命中さえすれば、たいていの防壁型の
「なるほど。こいつは意外な使い手がいたもんだが」
ゼリュオンの広げた翼から、黒い染みのような霧が吹きだした。
瘴気のような霧。
それはナタリーの放った炎の剣を飲み込んで、たちまちかき消してしまう。魔力線自体がすりつぶされるようにして分解された。ナタリーも知らない
「うそでしょ……!」
自信のある一手だっただけに、体勢さえ崩せなかったことに動揺してしまう。
「ちょっと強くない、こいつ? やばいかも! コレッタ姉、ソニア、気を付けて!」
言いながらも、ナタリーは次の
「無理だね。俺を相手にするには、お前たちはまだまだハムスターだ」
ゼリュオンは、再び一瞬でソニアの頭上から襲い掛かっている。手中に短剣が閃いた。
あまりにも速い――と、ナタリーは思う。
「あらー」
再びこれを受けようとしたコレッタが、場違いなほど間延びした声をあげた。
黒い霧が、今度はゼリュオンの短剣から吹き出す。
突風のような霧だった。それは物理的な衝撃を伴っていたらしく、たやすく彼女の体を吹き飛ばしている。
「コレッタ!」
ソニアがコレッタを守るべく、ゼリュオンの前に立ちはだかる。
「おのれ魔族! 許しませんっ!」
山道を登ってきたせいで、疲労もピークに近いだろう。剣を合わせる前から、もう足取りも覚束ない。
やめた方がいいのに、とナタリーは思う。それでもやってしまうのが、ソニアという少女だ。無防備になったコレッタを守ろうとする。そんなことなら、昔からよくわかっている。
(そこのところが、本当にハル兄の妹って感じ!)
だからナタリーは、急いで
血を絞り出すように、迅速に。
いまは自分が、ソニアと姉を守らなければ――間に合うだろうか。
「うろたえるな!」
そのとき、ゾラシュの一喝が響き渡った。
「小娘、剣を使え! 剣士ならば、己が手にする剣を信じろ!」
「――はいっ!」
ソニアがうなずき、剣を振り上げて身を守ろうとする。動きそのものは素早い。たぶんコレッタは『敏速の奇蹟』を彼女にも与えたのだろう。辛うじて防御が間に合う。
しかし、絶望的に力が足りていない。剣の重さに振り回されている。
短剣が相手でも押し切られてしまう――
と、ナタリーが思う、その瞬間。
「――うはっ?」
ゼリュオンが奇妙な声をあげた。
ソニアの掲げた剣が輝き、あまりにも眩い光を放った。ソニア自身は直視できなかっただろうが、ナタリーは横からそれを見た。
閃光の中に浮かび上がる、一人の男の影。
そして彼の、地獄のような憤怒の形相を。
「……あー。その剣って、そういう?」
ナタリーは思わず呟いた。間違いない。その人影はハルト・リカードだった。
妹の窮地にはいつだって、必ずやってくる男。
(でもまあ、確かに)
ナタリーは心のどこかで納得する。
記憶にある限り、彼が妹の危機を見逃したことはない。
具体的に、ハルトが何をしたのかはわからなかった。ただ、強烈な光と魔力線が弾けて、ゼリュオンの体を吹き飛ばしている。
一撃だった。
閃光の中に浮かんだハルトの影も、わずか一瞬で消えている。
「……よかろう。効果は上々だ」
悲鳴もなく吹き飛ぶ
「その剣は持ち主に危機が迫ったとき、とある妹思いの人物――ではなかった。そう。恐るべき戦いの精霊を一時的に召喚し、敵を打ち倒すのだ!」
力強く語るゾラシュに、ナタリーは反射的に口を挟んでいる。
「精霊っていうか魔神みたいだったけどね、いまのは!」
「何を言う。ライリー出版による『一流! 鍛冶屋番付ガイド!』七年連続一位のこのおれを疑うか!」
「そういう問題じゃなくて! これ、いいの? ほらっ。ソニアが倒れてる!」
「ん? ああ。うむ。そうか」
そこではじめて、ゾラシュは気づいたようだ。
「ほんの一呼吸だけ持続する、召喚の
髭を撫でながら、彼は足元を見下ろす。ソニアがうつぶせに倒れ込んでいた。
「兄上……! ソニアは、まだ戦えまひゅ……!」
完全に力の抜けた、寝言のような呟きが聞こえる。
「この娘には、これでも負担が大きすぎるらしい。一度使うと、体内の魔力線を使い果たすようだ」
「確かにある意味、最強の剣だけど!」
ナタリーは振り上げた杖を下ろすしかない。
「あの、それでいいの? ホントに、ねえ! あまりにも身も蓋もない魔剣っていうか!」
「ちなみに、ハル――ではなかった。戦いの精霊が召喚圏外にいるときは作用しないので、気を付けるように」
「えええ……」
「ナタリーちゃん、ツッコミはもういい? ソニアちゃん運ぶの手伝ってー」
――――
そこから少し離れた、茂みの中。
閃光とともに姿を現したハルト・リカードは額の汗を拭い、大きく息を吐いた。
「いやー、うまくいったな」
何度かうなずいて、勢いよく振り返る。
「どうだ、見たか。ソニアが敵を倒す感動シーンを! すごかっただろ、ヴィアラ!」
「ん。あ、ああ……」
ヴィアラはどこか上の空で、吹き飛ばされた
「あれは《鮮血の翼》ゼリュオン……この異変を調べに来たのか……?」
ぶつぶつと呟きながら、尻尾を忙しなく動かす。
「まずい。思ったよりガンドローグ様が近づいている。この事態に興味を持っておられるのか……! 早くこの男をどうにかする方法を見つけねば――はっ!」
そこで、ハルトの鋭い目つきに気づく。犬耳の毛が逆立った。
「いま、なんて言った? 俺の妹に手を出した、あのふざけた
「なんでもない! なんでもないのだ! ぜんぜん、もう欠片も知り合いではない!」
「じゃ、いちおう探してとどめを刺しにいくか」
「や、やめろ! やめておいてやれ! あのような取るに足らぬ若造は放っておくのが一番! 貴様も勇者なのだから、ほら! 慈悲の心! やさしさ! 人間の温もりだ!」
歩き出そうとするハルトの肩を、ヴィアラが必死で掴んでくる。
「でも、俺、妹に手を出そうとしたやつは見境なく攻撃しちゃうところあるじゃん……?」
「グッと堪えて! お願いします! どうか人の心を取り戻して! いま我々は人類総奴隷化プロジェクトのために大事な時期なのだ、貴重な人材が欠けるのは困る!」
「おっ、なるほど」
ハルトは足を止めてうなずいた。
「だいたいそっちの事情がわかってきたぞ」
「ああーーーーーー!」
ヴィアラは絶望的な悲鳴をあげた。
まさに予想通りの反応だった――ハルトは真面目な顔で、この先の検討を始める。
ヴィアラが誰かに雇われているのは確実だ。いまの
そして目的は、人類総奴隷化プロジェクト。ひどい名前だ、とハルトは思った。
要するに。
やはりヴィアラを拷問して聞き出すまでもなかった。
「今後のシナリオ展開を修正しよう。使えそうな話になってきたじゃないか」
「やめろ! 本当にやめてくれ、我々は真剣に人類の支配を考えているんだ! 仕事なのだ! 貴様のような遊び半分ではない!」
「そっちの方が邪悪だろ! 俺だって真剣に取り組んでるわ!」
「やめろ、頼む! やめろ! やめろーーーー!」
【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】
☆はじめての冒険をする(完了!)
☆ライバルと出会う(完了!)
☆女神に祝福される(完了!)
☆伝説の武器を手に入れる(完了!)
★中ボス(できればデーモン)を倒す
★王族から激励される
★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる
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