第17話 伝説の勇者の資質(2)


 ハルト・リカードの酒場に、客がやってくることは珍しい。

 村の人間は滅多に寄り付かないし、ましてや昼間に訪れる者など、よほど限られる。

 つまり、かつての勇者パーティーの仲間たちだ。


 この日、彼の酒場に集まった勇者は三人。

 ジェリク、ニコラ、そしてゾラシュであった。


「そろそろ、ハルトの妹たちは王女と遭遇している頃だろうか?」

 ジェリクは丸いテーブルに肘をつき、ワインを注いだ杯を掲げる。

「ふっ――手間暇をかけた物語も、そろそろ山場のようだな! 面白くなってきたぞ!」


「ああ。王族の激励といえば、伝説の冒険譚には欠かせないよな」

 ハルトはカウンターの内側で、彼らに振舞う料理を作るのに忙しい。

「伝説の勇者ってのは小さな事件をきっかけに、予想もつかない冒険に巻き込まれ、王族と関わることになるんだよ。これこそ英雄譚ってやつだよな?」


「その通りですね。関わる王族が姫なら、さらに素晴らしい」

 ニコラは嬉しそうに同意した。女性が関係することならば、彼はいつも全面的に同意する。

「サンディ姫は成長しているでしょうか……七年前は守備範囲外でしたが、再びお会いするのが楽しみですね!」


「阿呆のエルフめ。誰か、こいつの首に鎖でも巻いた方がいいぞ」

 ゾラシュは顔をしかめ、エールを注いだ大杯を呷る。

 さっきから杯を重ねているが、ドワーフらしくまるで酔う気配がない。

「お前のようなやつがパーティーにいると、頑固職人であるおれのイメージまで下がるのだ。余計な騒動にも巻き込まれるし、いい迷惑だ!」


「そうですか? ゾラシュさんこそ、使い手が暴走する魔剣とか作って騒ぎ起こしてたでしょう。ぼくだけ責められるの、おかしくないですかね」

「し、しししし失敗などではない! 頑固ゆえのモノづくりへのこだわりがそうさせるだけだ。そういうことを言うなら、ジェリクのゴーレムの方がひどいぞ。絶対におれの魔剣より多くの騒動を起こしている!」

「ふっ、そんなに褒めるな。私のような世界レベルの天才だからこそ、失敗の規模も大きくなってしまうのだ――が、騒動といえば! 我々などよりもハルトの方が――」


「も、もういいだろ、その話! キリがねえしロクな思い出ねえし! な!」

 ハルトは大皿いっぱいの料理をテーブルに乗せ、やや強引に話を中断させる。

「頼むからサンディ姫に会っても、いまだに俺が内緒にしてる騒動の真相は話すなよ。カナリッジ号爆発炎上事件とか、ストローツ島粉砕消滅事件とか! 絶対秘密な!」


「大丈夫です。サンディ姫には、ぼくが紳士的に対応しますから!」

 ニコラは嬉々としてうなずく。

「おう、やめろ。マジでてめーの首に鎖巻くぞ」

「そんな! ハルトくん、顔が怖いですよ!」

「頼むから大人しくしとけよ、お前はいつも――」


 言いかけて、ハルトは眉をひそめた。

 鋭く尖った視線が、窓の外に向けられる。

「待て。なんだ?」

「近いですね。それに、多い」

 ニコラもほとんど同時に気づいたようだ。椅子から立ち上がっている。


「ふむ! どうしたというのだ、二人とも!」

 気配の察知に専門外であるジェリクは、やや鈍い。不可解そうに窓へ近づこうとする。その肩を、ゾラシュが掴んで止めた。

「やめろ、ジェリク。お前は急いでゴーレムを呼べ」

 険しい顔で、ゾラシュは残りのエールを飲み干した。

「襲撃だ。この村が囲まれている」


「たぶん、魔族でしょうね。モンスターもいるようですが。合わせて一千ほど」

 ニコラは目を細めて、ハルトの横顔を確かめた。

「久しぶりに、やりますか?」

 聞かれるまでもない。


 ヴィアラの話から、ガンドローグと呼ばれる魔族の新たな指導者が、近くに縄張りを持っていることは知っていた。それから、分不相応な野望も。

 ソニアの伝説の達成に必要と考え、その動きを調査しようとしていたところだ。

 が、これほど早く動くとは――予想以上に、大規模な組織を作っていたらしい。これは自分のミスだ。


 だから、ハルトはすぐにエプロンを脱ぎ捨てた。

「上等だ」


――――


 ソニア・リカードとその仲間たちが駆けつけたとき、すでに現場は惨状と化していた。


「なにこれ」

 ナタリーは思わず声をあげた。

「ハル兄から聞いてた話と違うんだけど……!」

 ヴィアラが襲撃する予定だと聞いていたが、これは明らかに話が違う。

 なにしろ騎士団はとんでもない数のモンスターに囲まれ苦戦していたし、いくつかの馬車で火の手が上がっている。


 取り囲んでいるのは、ディノウルフと呼ばれるモンスターだろう――ナタリーは本で読んだ知識を思い出す。魔力線を浴びて凶暴化した狼。

 それを指揮するのは、魔族と思われる人型の黒衣たち。


「ぜぇっ……サンディ姫はご無事でしょうか……!」

 やや息を切らせながらも、ソニアは王女の身を案じた。

 顔色が悪いのは、疲労のせいだけではないだろう。

「なんとしてもお救いしなければ……兄上の妹として!」

「王女様は、えーっとね……あ! あそこかな?」

 コレッタが中央の、一際豪華な馬車を指差す。自ら剣を手に取り、波打つ金色の髪の女性が声を張り上げている。


「皆さん、まずは固まって! 魔力線技師はコンヴリー村へ救援依頼を送りなさい!」

 騎士団も、彼女を守るように陣形を固めようとしている。

 しかしディノウルフの数の多さと、魔族の飛ばす攻撃の術式プロトコルに阻まれ、思うように集まることができていない。

 四方からディノウルフに襲われて、いままた騎士の一人が倒されるところだ。


「行きましょう、コレッタ、ナタリー」

 ソニアは呼吸を整えながら、青く輝く剣を抜く。

「こんな惨劇は、見過ごせません……! 兄上にも王女を迎えに行くと約束したのですから!」

「それは、そうなんだけど」

 ナタリーは不安に襲われる。


 どう考えても、突っ込むのは自殺行為だ。

 唯一最大の切り札は、ハルトを召喚できるソニアの剣だが、ほんの一呼吸の間しか持たないことはわかっている。その後、ソニアは気絶してしまうだろう。それでは困る。

(つまり、逃げた方がいいんじゃない?)

 ナタリーはそう提案しようとして、姉の顔を見た。


「コレッタ姉。思うんだけど、これはさすがに……!」

「うーん」

 コレッタは首を傾げ、少しだけ眉間に皺を寄せた。

「でも、ソニアちゃんを見てよ。止めてもやる気だよ」

「え」

 促されて、ソニアを見る。彼女は強張った顔のまま頭を下げた。

「……圧倒的不利は承知の上です。しかし勇者たる者、ここで逃げてはならないとも思うのです。コレッタ、ナタリー。無理にとは言いません。ですがもしも――」


「うん! わかった、やってみよっか! 私たち勇者になるんだもんね!」

 コレッタは能天気な笑顔でうなずいて、戦鎚を掲げる。その仕草があまりにも気軽すぎて、ナタリーは止めることも忘れた。

「二人ともついてきて! お姉ちゃん、がんばっちゃうよ!」

「はいっ。援護します、コレッタ……!」

 コレッタが走り出せば、ソニアが後に続く。


「ああ、もう……いきなり突っ込むわけ? この数を相手に!」

 とはいえ、ソニアは一人でも飛び出していきかねなかった。それくらいなら、率先して『お姉ちゃん』である自分が突っ走った方がマシだとコレッタは考えたのだろう。

 あるいは、ただ戦鎚を思い切り振り回したかっただけか。


「あり得るから怖いんだよね……。でもまあ、そうね、仕方ないよね!」

 前進する二人を助けるべく、ナタリーは術式プロトコルを編成する。炎の槍が二十本ほど宙に生まれた。

 何人かの魔族とディノウルフがこちらに気づくが、もう遅い。

 包囲陣の背後から襲う形になった。

「――いけっ!」

 ナタリーの簡潔な指示とともに、炎の槍は一斉に打ち出され、ディノウルフと魔族を巻き込んで爆発の炎をあげている。


「伏兵か!」

 魔族が怒鳴るのが聞こえる。

「魔力線技師、しかも砲戦級の使い手だ! 他部署の増援を呼べ!」


 魔族の包囲網に多少の混乱。そして、コレッタの突撃が道を切り開いた。

「そー、れっ」

 気の抜ける掛け声とは裏腹に、ごがん! と、強烈な戦鎚の一撃。包囲の裏側からの攻撃は、思った以上の効果を発揮していた。

「ソニア・リカード! 参りますっ」

 ソニアの振り回す剣も、当たらないにしても威嚇の効果はあった。

 少なくとも、刃を避けるべくディノウルフたちは身を引いた。その隙に、コレッタの後に続いて駆け抜ける。


「はい、はい、よいしょっ――と! こんな感じでいいかなあ?」

 何匹目かのディノウルフを殴り飛ばしてから、コレッタは額の汗を拭った。

 包囲の一角が崩れ、魔族たちにもさらなる混乱が生じている。この機会を逃さず、騎士団が槍を連ねて押し返す。

「押せ!」

 と、誰かが叫んだ。鋼の音と、獣の吠える声。

 その間に、三人はサンディ王女に駆け寄ることができた。


「王女様!」

 ソニアがほとんど転ぶような走り方で、サンディの前に飛び出した。

 と、いうより、実際に転んだ。

「お助けに参りました! ご無事ですふぁ――っ、ふわあっ?」

 足がもつれて、王女の足元に突っ伏す形になる。


「どうもー。ごきげんよう、王女様。助けに参りましたー」

 コレッタはいつも通りの調子で、つまりは場違いなほどの暢気さで挨拶をする。

「あなたたちは」

 サンディ王女はコレッタを、続いて足元のソニアを見て、目を見開いた。

「その銀髪。その顔」

 その声には、なぜか恐怖とも困惑ともつかない響きがあった。

「まさかとは思いますが、あなたは――ハルト・リカードの?」


「は、はいっ。私はソニア・リカードと申します……不肖といえど、兄上の妹ですっ……!」

 剣を杖代わりに、ソニアはふらりと立ち上がった。

「うっ。これが、あの……ソニア・リカード……!」

 サンディ王女は頭を抱えた。


「ハルトから話は聞いておりましたが、思った以上に凄まじい方ですわね……! 登場してすぐに倒れ込むとは!」

「心配、ご無用、です。我々が来たからには、ご安心……ください……!」

 幽鬼のように青白い顔で、ソニアはいまにも呼吸を詰まらせそうな声をあげる。

「この命に代えても、王女様の窮地をお助け致しますっ……!」

「ええー……そんな、私より窮地にあるような感じの方に言われましても……」


「あの。確かに、仰る通りではあるんですけれど」

 ナタリーは控えめに声をかけ、頭を下げた。

「すみません。私たちはコンヴリー村の者です。王女様をお迎えに来たんですが、思った以上に大変なことになってて……その……これはハル兄の仕業じゃないとは思うんですけど。とにかく、なんかごめんなさい!」


「……あら?」

 謝るナタリーを見つめて、サンディ王女は何かを察知したようだった。

 むしろソニアより興味深そうに、ナタリーの顔を覗き込む。

「あなた、名前は?」

「え? あ、はい。私はナタリー・パースマーチ……といいます。村長の娘で、あの、あっちが姉のコレッタ――」

「そう。ナタリー。あなたとは気が合いそうですね。同じポジションの匂いを感じます」

「ぽ、ポジション……?」

「気にしないで。彼と関わるといつもこうなのですから、本当にもう。最悪です」

「あのー、姫……?」


「失礼。互いの苦労を語り合いたいものですが、話は後にしましょう。いまは、この場をなんとかしなくては。このままでは押し切られます」

 サンディ王女の言葉を証明するように、森の中から新手がやってくる。

 大柄な猿のような姿の魔族。トロール・エイプ。押し返しかけていた騎士団が、再び劣勢になっている。


「戦力として頼りにしても宜しいですか、ナタリー? そのお仲間の二人も」

「え、その、もちろん……ですけど……」

 ナタリーは左右のコレッタとソニアを見た。二人とも、何か期待するようにこちらを見ている。

 これもまた、仕方がない。

 ナタリーは深くため息をついた。


「王女様。無礼を承知で申し上げますが、私たちを激励していただけませんか?」

「もちろんです。ナタリー、コレッタ、ソニア。どうかこの窮地をお救いください。あなたたちの力を貸して――お願いします」

 それからサンディ王女は、こんな状況でも王族らしく優雅に笑った。

「このくらいの危機には、もう慣れていますから。今回もなんとかしましょう?」


―――


 一方で、その戦場から少し離れた、森の中。


『どうしよう!』

 騎士団と魔族の衝突を見つめ、女神のミドリは慌てていた。

『せっかく私の祝福ライブのために集まってくれたお客さんたちが、大変なことになっちゃう……!』

 緑色の髪を発光させ、唇を噛む。


『助けないと!』

「やめておけ!」

 飛び出そうとしたミドリの、その腕を捕まえた者がいる。

 ヴィアラ・ナガルだ。犬耳の毛が逆立っている。彼女は王女一行への襲撃のため、ミドリから演技指導を受けていたところを、この状況に巻き込まれた形だった。


「行っても私は助けてやれないぞ。相手は、その……よく知っている連中なのだ……!」

 彼女はモンスターの軍勢が何者かを知っていた。

 ヴィアラが主と仰ぐ、ガンドローグの配下であることは間違いない。魔族の掲げる『燃える三つ目』の旗がその証拠だ。


「貴様は戦う系の女神ではないと、自分で言っていただろう。狙い撃たれるだけだ!」

『でも、私のファンが……ソニアちゃんたちだってヤバいし……!』

「なにを馬鹿なことを! ミドリちゃんがいなくなったら、私たちのユニットはどうなる。せっかく見えてきた、私の自己実現の方向性が……!」

 いつの間にか、ヴィアラの女神への呼び方が変わっている。どんな心境の変化があったのか、それは彼女以外の誰にもわからないだろう。



『大丈夫』

 ミドリは表情を緩めた。女神らしい、穏やかな笑みだった。

『ヴィアラちゃんなら、ソロ活動でもやっていけるよ』

「魔族のソロデビューは無理だ! いきなり受け入れられるはずがない!」

『ごめんね、ヴィアラちゃん。私は女神でアイドルだから、ファンのためにできるだけのことをしなきゃ。頑張ってみるよ』


「うぐぐぐぐ……!」

 ヴィアラの紅い瞳が、目前で繰り広げられる戦場を見据えて揺れた。

 ミドリを守るために飛び込んでいけば、正体は一瞬でバレてしまうだろう。あれはかつての職場の同僚たちだ。どうやっても――


(いや。待て、そうだ)

 ヴィアラはそこでようやく、自分が意外な考えに至っていることに気づいた。

 あれは、『かつての職場』だ。


「ミドリちゃんよ――」

 一度目を閉じて顔を伏せ、再び上げたときには、もうヴィアラの決意は固まっている。

「私は安定した充実の職場より、不安定でも己の夢を目指す!」

『えっ? なになに、どういうこと?』

「私が助けに行く。ミドリちゃん、貴様は女神らしく見守っていてくれ」

 ヴィアラは『鉤爪』と名付けた己の曲刀を手にする。


「さらば、固定給! 我が夢のために!」

 悲痛な叫びを一つ残し、彼女は疾風のように飛び出していった。



【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】

 ☆はじめての冒険をする(完了!)

 ☆ライバルと出会う(完了!)

 ☆女神に祝福される(完了!)

 ☆伝説の武器を手に入れる(完了!)

 ☆中ボス(できればデーモン)を倒す(完了!)

 ☆王族から激励される(完了!)

 ★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる(進行中!)

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