第14話 中ボス選抜デーモン・オーディション(2)


 闇深いダンジョンの片隅で。

 《森羅束ねる》ユーロンは、朗らかに声を張り上げた。

「それでは、早速参りましょう! 第一回、ハルト・リカード全面監修! 中ボス選抜デーモン・オーディションの時間です!」


『わーーーー! すごい、楽しみー!』

 女神ミドリは浮かび上がりながら、熱烈な拍手を送った。

 が、ヴィアラは憮然とした顔で警戒するように尻尾をぴんと伸ばしている。

「この連中のノリにはまったくついていける気がせんな……早く終わらないかな……」


 だが、ユーロンは彼女の発言を気にしない。

 白く輝く杖を優雅に一振りし、ハルトの口元に近づける。

「開始前に、まずハルト様サイドのご要望を伺っておきましょう。どのようなデーモンが相応しいとお考えですか?」

「そりゃまあ、階層を支配するボスだからな……」

 ハルトは腕を組み、考えを巡らす。


「やっぱり見た目は大事だ。それなりに強そうじゃないとな。筋肉バリバリで、いかにも『俺は百人くらいの人間を縊り殺してます』って感じの。鬼魔ラシン地魔ディカ……、それか獣魔クブトかな」

「ふむふむ。他には?」

「あとはパワータイプの武人系っていうか、がっつり正面から戦うタイプがいいよな。第一層のボスだし。第一層からいきなり搦め手とか使うのは無いなって思ってる」

「ほほう。だいたいイメージはあるようですね」


 ユーロンは爽やかに笑い、一枚の紙片を差し出して見せる。

「こちらに、ちょうどいい契約希望者がおります。彼を呼びましょうか」

「んん……お前のおすすめって時点であんまり期待できないけど、とりあえず見せてくれ」

「かしこまりました! 顧客満足度ナンバーワンの、ユーロン・キープトンの人材派遣召喚! お見せしましょう!」


 ユーロンが紙片――契約文書を放り出し、杖を軽く振る。

 精緻で強靭な魔力線が、瞬く間に術式プロトコルを編成する。

「相変わらず、恐るべき手際……!」

 ヴィアラが悔しそうに呻いた。

「腹が立つほど魔法に長けている。人間種族とは思えん」

 ハルトもおおむね同感だ。

 ユーロンの人間性はともかく、魔法の手腕は九人のパーティーの中でも圧倒的だった。その出力もハルトに次いで高い。


 そうして見守るうちに、光が契約文書を包み、膨れ上がる。

 やがてその光の中に、巨大な人影が出現する――響くのは、笑い声。


「グフッ――フフフ! グフフハハハハハ――!」

 ハルトの倍はあろうかという赤黒い巨体に、額に生えた二本の角。ほとんど衣装らしいものは纏っていないが、その全身を覆う筋肉は、まるで鎧のようである。間違いなく鬼魔ラシンの特徴だ。

 瞳は炎のように赤い。


「我を呼んだか、召喚者よ!」

「はい。こちらが、今回の召喚主のハル……あ、いえ、匿名希望のハル様」

 ユーロンは杖でハルトを指し示した。


 ハルト・リカードという名前を出さないのは理由がある。魔王を倒した男として、魔界であまりにも有名になっているためだ。

 ただ、意外にも顔や住所が知られているわけではない。

 一般の魔族は、そこまで人間の住む地上界に興味がない。地上界を重要視しているのは、それを植民地政策のフロンティアとして考えている貴族や商人、軍部といった連中だけだ。


「匿名希望のハル様は、このダンジョンの中ボスをご希望とのことです!」

「そういうこと」

 ハルトは軽くうなずいた。

「軽く冒険者を揉んでくれるデーモンを探してる」


「グフフフ……そういうことなら、この我に任せるがいい……!」

 鬼魔ラシンのデーモンは牙を剥き出し、空中で何度か爪を素振りしてみせた。

「人間どものハラワタを引き裂き、貪るのが我の生き甲斐! 我の趣味! 仕事に疲れて帰った夜など、備蓄しておいた人間の生き血で晩酌しておるわ! すでに過去百人くらいの人間を縊り殺しておるからな!」

「いや、そういうことじゃねえんだよ。相手してほしいのは俺の妹と仲間たちなんだよな。で、傷一つつけずに、いい感じにやられてほしいっつーか――」


「妹! つまり娘か! ますます食欲が湧いてきたぞ!」

 鬼魔ラシンはいっそう興奮したようだった。

「何が何でもハラワタを引き裂きたい! うおおおお、勤労意欲うううぅぅ!」

 両手の爪をめちゃくちゃに振り回し、咆哮をあげる。

「ぜひともこの我と契約するがいい! 貴様の妹を三秒で肉塊にしてくれるぶわがががああっ?」


 咆哮の後半は、悲鳴に変わった。

 問答無用でハルトに蹴り飛ばされたせいだ。

「……えーと、まあ、いきなりとんでもねーやつを引いちまったけど。一応、審査員に聞いとく」

 ハルトは女神ミドリとヴィアラを振り返った。

「どう思う? アリ? ナシ?」


『ナシ寄りのナシ。論外中の論外!』

 ミドリは両手で『バツ』の印を作った。

『ハラワタ引き裂くことしか考えてない系男子はちょっとあり得ないかなー。合コンとかに来たらすぐ帰るレベル!』

「というか、こいつは鬼魔ラシンにしてはそこそこの頭脳の持ち主だろうな。語彙が豊富だった」

 ヴィアラも白けた目で、壁に激突して動かない鬼魔ラシンを見ている。

「貴様もかつての我が軍を見ていて気付いただろうが、鬼魔ラシンどもはあまり頭が良くない……私も何度か、やつらのまるで話を聞かない気質には困らされた」


「だよな。ユーロン、やつには帰ってもらえ。次の候補だ」

 ハルトは追い払うように片手を振った。

「もうちょい賢いのを頼むわ。最低限の知性がある感じで。筋肉ムキムキ武人タイプは取り消す」

「かしこまりました! それでは、次の方。こちらです!」

 ユーロンの杖が再び輝き、魔力線の束を瞬時に編成した。一振りしただけで、虚空にデーモンを出現させる。


「ク――ククク――」

 光の中から、やや細身だが長身の影が現れる。

 蝙蝠の翼を持った、黒衣のデーモン。夜魔ガフの出身だろう。陰鬱な顔つきの中で、赤い瞳だけが爛々と輝いている。

「よくぞ召喚してくれましたねェ……あなたが私の召喚主殿ですかな?」


「ああ。このダンジョンのマスターだ」

 ひとまず、会話は通じるようだ。ハルトは片手をあげて挨拶をする。

「お前に頼みたいのは、冒険者を迎え撃つ役目だ。といっても決して冒険者を傷つけないように、一芝居打って、うまいことやられて欲しいんだよな。俺の妹と仲間たちだから。そういう演技、できるか?」


「おお――それはそれは、実に面白い役目ですねェ」

 夜魔ガフのデーモンは、にやりと笑って赤い瞳を光らせる。

「ご安心くださぁい、マスター……! 私は演技が得意なんですよぉぉ……!」

 楽しそうに喋りながら、不気味な舌なめずりが始まる。

「それどころか、決して苦痛を与えないよう一瞬で楽に――あっ間違えた。絶対に危害を加えません……この私の真心にかけて、絶対の忠誠を誓いますからねェ……! ヒヒ……!」


「すげー不安なんだけど、お前、いまウソついて俺の妹と仲間たちを殺そうとしてない?」

「そんな、まさか……くくく……ついでに隙を見てあなた様の寝首を掻き切ろうなどとも思っていませんよぉ……これっぽっちもねェーーーッ!」

 ぺらぺらとまくしたてる夜魔ガフの舌なめずりは、もはや止まらない。

「キヒィーーっ! いますぐマスターの妹さんたちにお会いしたい! そして小娘どもの真っ赤な血飛沫を美しくぶちまけ――あっ間違えた。この私の真心をこめた演技を披露したいぃぃ! そして、私が縊り殺す百一人目の人間になっていただきたたらばぶぁっ!」


 騒がしい台詞の後半は、やはり悲鳴に変わった。

 問答無用でハルトに投げ飛ばされたせいだ。

「……おう」

 ハルトはまた背後の二人を振り返る。

「本っ当に、念のため、とりあえず、一応、せっかく呼んだから聞いとくけど。どう思う?」


『うーん。ナシ超えのナシ。大論外で!』

 女神ミドリは頭上で大きな『バツ』印を掲げた。

『めっちゃ舌なめずりしてて気持ち悪いし、自称・演技が得意って言ってるけど絶対違うよねー。演技しきれてないし、そもそも隠す気あるのって感じ! 自己評価高すぎ!』

夜魔ガフの連中の中には、こういう手合いもいる。末路は犯罪者になるか、軍隊に入るかのどちらかだ」

 ヴィアラもまた、さきほど以上に白けた目で夜魔ガフを見ていた。

「《鮮血の》ゼリュオンもちょっとそういうところあるからな……頭上から奇襲したがるというか……とにかく、我ら誇り高き獣魔クブトと一緒にしてほしくないものだ」


「よし。わかった、次」

「そんなっ? マスター! どうか私にお慈悲を!」

 まだ動けたらしい夜魔ガフのデーモンは、鼻血を流しながら縋りついてくる。

「必ずやお役に立ちます! この懐に隠し持った殺人猛毒ナイフにかけて、永遠の忠誠をばひゅらごっ?」

「おらっ、次だ! ユーロン、次出せ!」

「かしこまりました! 次、いきます!」


――――


 その後も、オーディションは難航した。


「ゴボボボボ……人間ノ心臓……クイタイ……。生キタ人間ヨコセバ、オレ、ナンデモ言ウコト聞ク……」

『うーん。何でも言うこと聞く素直なところはいいけど、生きた人間を捧げるのは女神的にNGかなー』

「仮に生贄を与えたところで、本当に言うことを聞くとも思えんな。同僚にしたくないタイプだ」


――――


「オオオオオオ――契約者よ――我が大いなる死の力を振るわんとするか――」

『あっ! 大物! 大御所のデーモンさんだ! 見境なく死をばらまく感じの人! 女神だからわかっちゃうけど、解き放ったら大変なことになるよ!』

「うっ……これは魔界隠居貴族の方! とんでもなく身分が高いぞ! ユーロンめ、なぜこんなお方を召喚することができるのだ……!」


――――


「え……? なにここ、どこです? どういうことなんすか? なんで俺が呼ばれたんすか?」

「おい、ユーロン。こいつ事情わかってねーぞ」

「あー。これは連帯保証人になってしまった魔族の方のようですねー。本来の契約者様は死去している可能性が高いです。今回の目的にはふさわしくないので、帰ってもらいましょう」


――――


 そして最終的に、ハルトはユーロンの襟首を掴み、壁に押し付けていた。

「全員ハズレじゃねえか! どうなってんだよ、お前の人脈!」

「そんな。ハルト様のご依頼通り、私は人を百人以上縊り殺していそうなデーモンをご紹介しただけで」

「実際に縊り殺してるような制御不能な連中を呼ぶんじゃねえよ! 何考えてやがる!」


「えー、まあ」

 ユーロンは爽やかに笑った。

「ハルト様は非常に優れた娯楽だなあ! と、再認識しています! 楽しかった!」

「人を娯楽コンテンツ扱いするな! そういうところだぞ、お前! お前のそういうところがクソ野郎なんだよ!」

 この悪癖ゆえに、人はユーロンをこう呼ぶ。

『敵にも味方にもしたくない男』と。


「くそっ。ハズレばっかり掴ませやがって。こうなったら最後の手段しかないな……」

「ですね。いやあ、残念です! 私が苦労して集めた人材が台無し! これは一つの教訓ですね」

 人差し指を立て、ユーロンはそれを振って見せた。

「いくら昔の仲間でも、安易にコネを使って頼ってはいけない――何事も地道にコツコツ積み上げるのが一番ということでしょう」

「てめーはちょっと黙ってろ!」


 そうしてハルトは振り返る。

 ヴィアラはその視線に、限りなく嫌な予感を覚えたようだった。

「な、な、なんだ。なぜ私を見る!」

「……ミドリ。お前、結構演技できたよな。こいつにレッスンしてやってくれ」

『あ、やっぱりその流れなんだ! いいよいいよー、後輩ができるとかすっごい嬉しい!』


 ミドリは嬉々として浮かび上がり、ヴィアラの肩に手を回した。

『一緒に頑張ろうね、ヴィアラちゃん!』

「ああーーーっ、やっぱりそうか! 私の馬鹿め! なぜこの当然の流れを読めなかった……!」

「再び現れた復讐のデーモンとして、立派に中ボス業をこなすんだぞ。ミドリも厳しくしごいてやってくれ」

『任せて! 私の指導は厳しいよ、ヴィアラちゃん!』


「やめろ、やめてくれ……私をそういうポジションに持っていくのは……うううわああああ! 逃げ場がない……!」

 叫び声をあげるヴィアラは絶望した。唯一の部屋の出入口を、ユーロンとハルトが塞いでいたからだ。

『うん。じゃ、まずは発声練習から行こっか!』

「い……いやだああぁぁーーーーーー!」

『いいねー、お腹から声出てるよ! その調子!』



【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】

 ☆はじめての冒険をする(完了!)

 ☆ライバルと出会う(完了!)

 ☆女神に祝福される(完了!)

 ☆伝説の武器を手に入れる(完了!)

 ★中ボス(できればデーモン)を倒す(進行中!)

 ★王族から激励される

 ★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる

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