第15話 中ボス選抜デーモン・オーディション(3)


 ハルト・リカードの酒場――兼、冒険者ギルドには、今日も客の姿はない。

 代わりにいるのは、ハルトと三人の少女だ。


「それでは、いきなり本題に入ろう。我がギルドが調査した結果、恐るべき事実が判明した」

 ハルトは三枚のハンドアウトを差し出す。

「今回のハンドアウトだ! 心して読んでくれ!」

「やったー! ハンドアウト! ありがとうハルトさん!」

 コレッタが嬉々として受け取り、そこに書かれた文字をのぞき込む。


【目的】第二層へ続く階段を守る、復讐のデーモンを討伐しよう

【概要】第一層を攻略し、鍛えられたきみたちの前に再びあの魔族が姿を現す。その名をヴィアラ・ナガル。一度はきみたちが撃退した魔王軍の残党だが、復讐のために牙を研いでいた! なんとしても彼女を討伐し、二層への道を開こう。


「おお……! ヴィアラ・ナガル……かつての宿敵ですね!」

 ソニアは今日も青白い顔で、ハンドアウトを握りしめた。

「あのときはまるで歯が立ちませんでしたが、武器を新調し、第一層で鍛えたのだから! 今度は絶対に負けません……!」

 青い瞳に闘志が漲っているのがわかる。己の命を燃やし尽くさんばかりの闘志だ。


 ハルトは心配になり、こっそりとナタリーに尋ねてみる。

「なあ……ソニアだけど、第一層を攻略して体力ついたと思うか?」

「う、うん……。まあ、ついたといえばついたかも……でも気のせいかも……ってレベルかな」

「ぐぐぐ、まだまだソニアの伝説と健康への道のりは遠いか……!」

 ハルトは奥歯を噛みしめた。

 もしかしたら、体力がついたという感覚自体がプラシーボ効果というやつなのかもしれない。


「っていうかさ、ハル兄。このヴィアラって人とまた戦うの?」

 ナタリーからの小声の質問には、今回ばかりはただ謝るだけだ。

「すまない、他に面子を用意できなかったんだ。大丈夫――前回より演技うまくなってるから、もうちょっとだけしっかり戦う感じになると思う。前は一ターンだったけど、今回は三ターンくらい」

「また意味わかんないし。なに? まさか本当は、デーモンとか召喚するつもりだったの?」

「ああ、そうだけど」

「信じらんない! デーモンの召喚って合法だったっけ? 違うよね? 今度もヤバいことに手を出す流れだったじゃん!」

「これもソニアの伝説のためだ」


 ナタリーの詰問にはもう取り合わず、ハルトはテーブルを叩いて三人の注意を引く。

「とにかく、諸君!」

 ハルトは高らかに宣言する。

「正真正銘のデーモンが相手だ。一度戦った相手だからといって、決して油断しないように! 前回よりも強くなっているぞ。第二層への道は、諸君の手で切り開くのだ!」

「はいっ、兄上……! 身命を賭して!」

「ソニアちゃんのために頑張りまーす! ナタリーちゃん、作戦立てよう!」

「……そうしよっか。前より強いみたいだし――あ、そういえばハル兄! お父さんが呼んでたよ。あとで家に来てくれって」

「ん? ああ」


 ナタリーに言われて、ハルトの脳裏に彼女たちの父の顔がよぎる。

 ヨセフ・パースマーチ、つまり村長。心当たりはある。

「なに? もしかしてまた厄介ごと? お父さんが鎧着て殴りこんでくるようなの、本当に面倒くさくなるからやめてよね!」

「や、最近は仲良くやってるよ。優れた冒険者ギルドは、近隣住民とも仲良しなのだ」

「あっ、それ絶対ウソ! この誰一人お客さんが寄り付かない酒場を経営しといて、なんでそういうことが言えるわけ?」


 ハルトの酒場に、村の客が寄り付くことは滅多にない。

 村で唯一の酒を扱う店として、時折まとめ買いに来る者がいるくらいだ。

 魔王を倒したときの莫大な金があるから生活に困りはしないが、村人からはジェリクの館と同様、ひたすら不気味に見られているのだろうと思われた。


「俺の店のことはほっとけ。とにかく今回は違う。収穫祭の話だよ」

 収穫祭とは、秋の中ごろに開催されるコンヴリー村の祭だ。

 農作物の収穫を祝い、盛大な宴を行う。近隣の村や都市からも商人を集めて、毎年かなり大掛かりな行事になる。

 コンヴリー村にとって、貴重な娯楽の一つだ。


「うーん、なるほど! もうそんな季節でしたねえ」

 コレッタが嬉しそうに手を叩いた。

「今年は女神様もいるし、盛大なお祭りになりそうですねっ」

「まあな。今年は俺も酒場の店長として、同時に冒険者ギルドのマスターとして! 気合いを入れて参加する予定だ!」


「あのっ、兄上……! 今年は私もお手伝いしても宜しいでしょうか?」

 ソニアは控えめに、しかしはっきりと期待するような目でハルトを見た。

「去年は不甲斐なくも、この時期体調を崩していましたが……今年こそは! 兄上のお役に立ちたいのですっ。そう、酒場の若女将のように……!」

 冷え込んでくるこの時期、ソニアは体調を崩しやすい。そのおかげで、収穫祭には参加できない年が続いていた。


「任せろソニア。お前が収穫祭に参加できるよう、お兄ちゃんも色々考えている。詳しい話は、諸君が無事に帰って来てからにしよう」

 ハルトはダンジョンのある方角を、力強く指差した。

「さあ行くがいい、冒険者たちよ! 第一層を突破して、収穫祭を祝おうじゃないか!」


――――


 その数時間後。

 ダンジョンの暗がりの片隅で、厳しいレッスンを受けるヴィアラと、指導するミドリ。

 それを監督するハルトの姿があった。


『はい! そこで勢いよく笑って!』

「ふ――ふはははははは! よくぞ来たな、小娘ども!」

『いいよー、ヴィアラちゃん! イイ感じに邪悪だよ! アドリブで軽く罵倒も入れてみようか!』

「よくぞ来たな、ハムスターにも等しい小娘ども!」

『罵倒がかわいい感じになっちゃってる、魔族の人の悪い癖だよ! ハムスター抜きでいってみよう!』

「そうか――では、愚かで無力な小娘ども! 貴様らは――あっ! 待て、女神よ! ハルトの目が怖いぞ!」

 哄笑をあげていたヴィアラが、犬耳を震わせてハルトを見た。


「おう。いまの台詞は悪くないから、『愚か』と『無力』はどっちか削ってくれ」

『はーい!』

 ミドリは光る髪をなびかせ、ヴィアラの眼前で仁王立ちのような姿勢をとる。

 その背筋の伸ばし方は、まさに敏腕指導者といった風格があった。

『プロデューサーの意向だから仕方ないねっ、ヴィアラちゃん! だいぶ上手になってきたし、もうすぐソニアちゃんたちが来るから、本番前に通しでリハやっとこうか!』

「本当にそうだろうか、女神よ。私は上達しているのだろうか……まだ他人に見られることには不安が……」


『ヴィアラちゃんのバカ!』

「う、うわあっ!」

 容赦のないミドリの平手打ちが、弱気な発言をしたヴィアラの頬を襲った。

『弱気になっちゃダメ。アイドルってのは、いつも堂々と舞台に立たなきゃ。ファンのみんなの前では、きらきら輝く一番星になるんだよ!』

「そ、そうか……! 私でもなれるだろうか、輝く一番星に……!」

『なれるよ。ヴィアラちゃんなら……! 一緒に目指そう。トップ・アイドルの高みを!』

「ああ……私としたことが、どうやら弱気になっていたようだ。ありがとう、女神よ……!」

『ヴィアラちゃんっ……!』


 二人の間でどんな感情の高まりがあったのだろうか。

 お互いに抱擁するヴィアラとミドリを見つめながら、ハルトは銀髪をかきむしった。

「なあ。ちょっと聞きたいんだけど」

『なになに、プロデューサー!』

「ヴィアラがなんか、こう――いつもと違う方向っていうか、アイドル目指す感じになってないか? あと、お前らいつの間にか仲良くなってない?」


『それはもちろん』

 ミドリが「どうだ」と言わんばかりの顔で、ヴィアラの肩に手を回した。

『私の厳しくも愛情あふれる指導が、ヴィアラちゃんの中の女優魂に火をつけちゃったわけ! ほら、私って女神だから。カリスマ性あるからー』

「と、いうよりも……演技が楽しくなってきたのだ」

 ヴィアラは自分の両手を見下ろした。


「この私にこんな素質があるとは思わなかった。みるみるうちに上達していくのを感じる。ありがとう、女神よ! 感謝するぞ……!」

『どうする? 本当にユニット組んじゃう?』

「い、いいのだろうか……! 女神と魔族がユニットなど……斬新すぎるのでは……!」

『いけるいける! むしろその新しさが売りだよ!』


 二人を眺めるハルトは、自らがけしかけたこととはいえ困惑せざるを得ない。

「マジで仲良くなってやがる……女神サイドもそれでいいのか? まあ、ロールプレイが上手くなるのはいいことだ」

 思えばヴィアラの普段の言動も、かなり芝居がかったものだった。

 あれを自然体でできていたなら、大げさな悪役を演じるのはそう難しくはないのだろう。


『あ! もう来たよ、ソニアちゃんたち! いま私の第四控室に到着!』

「なんだと! いよいよ本番か……! 緊張してきたぞ……!」

『大丈夫。ヴィアラちゃんならイケるよ! 私、ちゃんと見てるから! 大広間でスタンバっといて!』

「ああ……やってみせる。女神よ、この私の邪悪な演技を見ていてくれ!」


 決然とうなずき、ヴィアラは俊敏な身のこなしで駆けていく。

 ミドリはその背中を見送って、指を二本立てる仕草をしてみせた。

『すごいでしょ、プロデューサー! この短期間でみるみるうちに才能が開花してるよ! いやー、これはアイドルとして強力なライバルになるかも』

「お、おう。本人がいいなら、いいんだけど……ミドリ、一応見張っといてくれ。ヴィアラがソニアに傷一つでもつけようとしたら、即・連絡すること」

『大丈夫だと思うけどなー』


 そうかもしれない、とハルトも思った。

 最悪の場合でも、ソニアには『伝説の剣』がある。


「で、ミドリ、お前にはもう一つ連絡事項がある。盛大な顕現記念ライブの開催が決まった。この前、ユーロンのクソ野郎がちょっと話したやつな」

『え! なになになに? 教えてプロデューサー! どこでやるの? 規模は? お客さんいっぱい来るやつ?』

「まず落ち着け。お前にはコンヴリー村の収穫祭で、思い切りやってもらう」

 言いながら、しがみついてくる女神を引き離す。


「なんと、この祭りには王族もやって来る。そこでお前も正式に女神として認定されるだろう――その辺のことはユーロンのやつに頼んだ。相当な金が動くイベントになるから、いくらあいつでも人集めはやる」

 ユーロンは他人の不幸を楽しむ悪癖があるが、それと同時に自分の利益は見逃さない。

 今頃、ハルトの手紙を王都まで届けているはずだ。


『えー! 王族の人? どうしよう、いきなりすっごい大舞台になりそうー! ちなみに、どんな人が来る予定?』

「色々あって俺はちょっと苦手なんだが、紛れもなく王族だ。継承権第三位――」

 ハルトはその顔を思い出す。

 ひたすらに生真面目だった、少女の顔だ。

「サンディ・リフサル姫」


―――


 その頃、都にそびえる王城の一室で。

 黄金の髪を持つ女が、封蝋もない簡素な手紙を受け取った。


 ほっそりとした白い手が、そこに書かれた差出人のサインをたどる。

「……ハルト・リカードから、本当に手紙が?」

「はい、姫様!」

 ユーロンは朗らかな笑顔とともにうなずいた。


「彼が隠遁してから実に七年! 久しぶりの連絡ですね」

「それはわかっていますわ。けれど――」

 サンディ姫の白い手が震えた。

「なんでこんなものを私に届けたのです、ユーロン!」


 鋭い叱責だった。

 が、ユーロンは笑顔を少しも崩さず、ただ優雅に頭を下げた。

「いやいや。世界を救った英雄からの頼みとあっては、私も断り切れませんでした」

「断りなさい! あなたは断れるタイプでしょう!」

 言い切って、サンディ姫はがくりとうなだれた。

「ああ、かの勇者たちと関わらなくなってから七年……! みんなこのまま静かに隠居してくれるものと思っていた私が愚かでしたわ……!」

 その後悔の声が、徐々に震えていく。


「たまに見かけるユーロンの顔だけが忌々しい、そんな平和な日々が続いていましたのに!」

「大変ですね。心中、お察しします」

 ユーロンは胸に手をあて、悲しげに眉をひそめた。

「姫様の憂い顔を見ると、このユーロンも胸に痛みを感じます」

「嘘八百の同情はおやめなさい!」


 怒鳴って、サンディ姫は頭を抱えた。頭痛さえ感じている。

「……しかし、この件。新しい女神の顕現は、何がどうあっても無視できませんわね。神殿との関係を保つには、王族が承認する姿勢も必須……うぬぬぬぬ……!」

「まったく大変ですねえ。心痛の種を取り除いて差し上げたいですが、嘘八百の同情を禁じられたいま、ただ姫様の顔を見て微笑むことしかできません! 申し訳ありません!」

「やかましい! お黙りなさい、ユーロン!」

 サンディ姫の一喝。

 笑顔のまま、ユーロンは黙り込んだ。


「七年経って、ハルト・リカードに再び悩まされることになろうとは……ですが、止むを得ません。ユーロン! 支度をなさい!」

 そうして半ばヤケクソになったサンディ姫の声が、王城に響き渡る。

「この私がコンヴリー村の収穫祭に出席しますわ。ええ。すればいいんでしょう!」



【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】

 ☆はじめての冒険をする(完了!)

 ☆ライバルと出会う(完了!)

 ☆女神に祝福される(完了!)

 ☆伝説の武器を手に入れる(完了!)

 ☆中ボス(できればデーモン)を倒す(完了!)

 ★王族から激励される(進行中!)

 ★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる

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