第13話 中ボス選抜デーモン・オーディション(1)


 すっかり日が暮れた夜空の下。

 ハルト・リカードの店へ、三人の少女が帰ってくる。

 ダンジョンからの帰還だ――これも、もう見慣れた光景になってきた。


 ハルトからハンドアウトが配られない日も、しばしばソニアたちは訓練のためにダンジョンへと潜る。

 特に新たな武器を手に入れてからは、その頻度も増えた。

 ハルトはこれを、『武器をグレードアップした冒険者』現象と呼んでいる。


「命中率の良さとか、ダメージの高さとかを試したくなるんだよな。わかるぜ」

「まあ、確かにね……そういうのもあるんだけど」

 ナタリーはやや疲れた様子で、ハルトが差し出す夕食のシチューを受け取る。

「そこそこ回数潜ってるし、第一階層の地図もだいぶ埋まって来たかも」


 ダンジョンのマッピングはナタリーが担当している。

 彼女はテーブルの傍らに地図を広げ、全体像を俯瞰しているようだった。杖の先でそのルートを辿っていく。

「えーと、ここの通路の壁をショートカットできたから、こっちの西側の『女神の控室』までだいぶ短縮できるかな。次の探索で、この未踏破エリアまで確実に行けそう」


「うん! ナタリーちゃんの魔法も、かなり上手になってるから」

 コレッタは嬉しそうに言いつつ、すでに大皿シチューの制圧に取り掛かっている。

 こちらは疲れた様子が微塵もない。基礎体力の違いのようだ。

「安定して範囲攻撃できるようになったよね。ここの通路でやたら出てくるあの芋虫、マッドワームだっけ? 大勢いても敵じゃないし、次こそ行けるよ。さすがナタリーちゃん、天才!」

「別に天才とかじゃないけど。練習してるし、少しはね」

 ナタリーも照れたように顔を背けた。


 こうなると、ソニアが慌てたように口を挟んでくる。

「わ、私も二人にがんばってついて行っています、兄上!」

 こちらはナタリー以上に疲労しているせいか、立ち上がった勢いでわずかによろめく。

 だが、今日は転ばずに持ちこたえた。

「死力を尽くしてモンスターと戦っています! 今日は三回も攻撃に参加できました……!」


「ねー。今日はがんばったね、ソニアちゃん!」

「うん……まあ、その、ソニアの援護もモンスターの注意をひきつける形になってるし、悪くない……と思うよ。きっと。たぶん……」

「コレッタ、ナタリー……! 兄上の前で褒めていただき、ありがとうございます……!」

 ソニアが涙ぐみながら頭を下げる。その拍子にまたよろめいた。


「いいぞ! 各自、順調にがんばっているようだな!」

 ハルトは何度もうなずいた。

 手間暇をかけて作ったダンジョンの攻略方法を、他人が真剣に検討しているのを見るほど楽しいことはない。

「これこそ、ゲームマスター冥利につきるってもんだ……」

「ハル兄がまたよくわからないこと言ってる」

「いいんだよ、こっちの話だ」


 咳払いをして、ハルトはテーブルに両手をつく。

「とにかく、諸君が順調にダンジョン攻略をしていて俺は嬉しい! まもなく第一層を突破しそうだが、そういうときこそ注意が必要だ!」

「はいっ、兄上……! 全身全霊を捧げて、注意します!」

「いい返事だ。やはりソニアは素直で可愛い」

「そんな! 兄上っ、ソニアは――」

「いいから、そういうの! 二人とも、いまは攻略の話してるんでしょ!」


 ナタリーの鋭い妨害により、ハルトとソニアの応酬は一瞬で終わった。

 ハルトは迷惑そうに顔をしかめる。

「もうちょっと続けても良くないか?」

「こっちは疲れてるの! シスコン劇場見るのってすごい体力使うんだから!」

 ナタリーは憤慨しながら、八つ当たりのようにシチューにスプーンを突き込む。


「次こそ第一層を抜けるつもりだし、作戦会議の邪魔しないでよね!」

「ふっ……さて、そう簡単にいくかな?」

「え、なに? そのすごい不穏な疑問形は?」

「我がギルドの調べによると、第一層の奥には生態系を支配するボス・モンスターがいるそうだ。情報が判明次第、ハンドアウトとして諸君に配布する! 期待していてくれ!」

「期待ってなによ! また嫌な予感っていうか、前のゴーレムのときと同じ流れを感じるんだけど」

「気のせいだろう。我が冒険者ギルドの総力をあげた調査を信じろ!」


 ハルトは拳を固め、天井に突き上げた。

「戦慄すべき第一層のボスが、諸君を待っている! ――今度こそ!」


――――


 再び、ダンジョンの片隅にて。

 いまだ掘削中の第二層の最奥。

 女神の樹と、ホタル苔が照らす行き止まりの小部屋に、ハルトと二つの人影があった。


「――それで? なぜだ?」

 片方はヴィアラ。

 警戒するように犬耳を立たせ、疑わしげにハルトを睨んでいる。


「なぜ、私を呼び出した? また危険なテストプレイとやらに付き合わされるのか? 貴様の実験はすごく雑だし、できれば二度とやりたくないんだが」

「いや、今回は違う。テストプレイじゃない」

「では、何が目的だ。あの変態ハムスター色欲エルフはいないんだろうな――というか」

 ヴィアラは傍らで浮遊する、緑の髪の少女に一瞥をくれた。

「この娘は――その、私の見間違えでなければ、女神ではないか!」


『ちっがーう! 私は新人女神のミドリちゃんです! ちゃんと名前で呼ばないと返事してあげないよ!』

 激しい自己主張をしながら、ミドリは空中を漂う。

『プロデューサー、今日はもしかして新しいお仕事? こっちの魔族の人とユニット組むの?』

 喋りながら、考え込むように目を閉じる。

『うーん、いいのかなあ。女神と魔族のユニットって確かに異色だし、話題性あるかもしれないけど。女神業界的には問題あるかも……?』


「なんだ、ユニットというのは……」

 その言葉によほど不気味な印象を受けたのか、ヴィアラは尻尾を逆立てた。

「わ、私はそういういかがわしいのは絶対に嫌だぞ! 誇り高い獣魔クブトの騎士として、家名を汚すくらいなら死を選ぶ!」

「何を考えてるか知らないが、とにかく今回の主役はお前らじゃない。ユニットとかそういうのも違うから」


 ハルトは腕を組み、威厳をこめて宣言する。

「今日はオーディションを行うので、ヴィアラとミドリには審査員になってもらいたい!」

『えっ? オーディション? マジで、マジで?』

 ミドリが瞳どころか全身を輝かせ、ハルトの眼前に迫った。

『もしかして! それって私と組むユニットのメンバーってこと?』


「いや、残念ながらお前のユニットメンバーとかじゃないんだ。ソニアと戦う中ボスのデーモンとしてふさわしい者を探していてな」

『なんだ、残念ー。でも、今後オーディション受けるときの参考になるかも……プロデューサーの頼みだし、やってあげよっかな!』

「よし。それじゃ早速――」


「いや、待て。ちょっと待て。私がまだ、まったく貴様らの話について行けていないぞ!」

 ヴィアラが不機嫌そうに口を挟む。

「オーディションとはいったいなんだ。なんの儀式だ?」

「あ、そこからか? オーディションってのは、これから舞台に上がる役者とかの技術をテストするやつのことだよ。審査会っつーのかな」

『そうそう! それでね、一番いい感じだった人を採用するわけ。まあ、このミドリちゃんよりイケてる人っていないと思うけど!』

 踊るようにポーズを決めて見せる。女神だけあって、よほど自信があるらしい。


「そういうわけで、ミドリはオーディションの雰囲気とかイメージとかを理解してると思うから、その部分に期待してる」

『任せて任せて! もうね、先輩アイドルとしてバリバリやっちゃうから!』

「だからアイドルのオーディションじゃなくて、敵役な。悪い奴の役。――で、ヴィアラの方は、魔界の事情には俺より詳しいだろ。その辺のアドバイスを頼みたい」


「ほほう」

 ヴィアラの紅い目が光った。

「面白い……貴様の妹と戦うデーモンか……くっくっ。いいぞ、この私が最高に邪悪な者を厳選してやろうではな――なっなっなななななんでもない! なんでもないぞ! だからその目つきはやめろ! やめてください!」

「わかってくれて良かった。お前が定期的に痛めつけられたいマゾヒストかと思ったよ」

 ヴィアラに向けた殺気を収め、ハルトは背後を振り返る。

「じゃあさっさと始めるか。おい、ユーロン! 出番だぜ!」


「はい、かしこまりました!」

 女神の樹の影で、爽やかな男の声がした。

 体格のいい男がにこやかに笑いながら進み出てくる。

「みなさん――はじめまして! 私はリフサル魔導学院卒業、王立民議会顧問! ユーロン・キープトンです!」

 それはいかにも魔法使い然とした、黒いローブをきっちりと着込んだ男だった。一角魚のブローチもしっかりと胸元に輝いている。

 ただし、その容貌は「魔法使い」にしては健康的すぎた。ほどよく日に焼け、友好的な微笑を口元に浮かべ、髪の毛は後ろに撫でつけていた。


 彼の名を、ユーロン・キープトンという。

 通称、《森羅束ねる》ユーロン。かつてハルトと世界を救った九人の勇者の一人であり、卓越した召喚術の使い手でもあった。


「よくぞ私を頼ってくださいました、ハルト様!」

 彼は――ユーロンは、爽やかに微笑したまま深く頭を下げた。

「かつての仲間として、ハルト様のお力になれて私も嬉しいです。王都からはるばる参りました、本日は宜しくお願い致します!」


『あっ、すごい!』

 ミドリが嬉しそうに浮かび上がった。くるくると髪をなびかせ、躍るように回転する。

『プロデューサーの昔の仲間なのに、すごいちゃんとした人の感じがする! やったー! 王都の業界にコネとかできそう!』

「そう思うだろ」

 ハルトは苦笑した。

「召喚術って交渉ありきだから、人当たりはいいんだよこいつ。人当たりはな! 中身はホントにクソ野郎なんだけどな!」


「まったく同感だ……」

 ヴィアラは明らかに怯えたように呻いた。

「やつの口車に乗って酷使されたデーモンたちにより、いったいどれほどの苦情が寄せられているか……! 恐ろしいやつなのだ、この男は!」


「おっと、それは魔族様サイドの一方的な見解ですね」

 ユーロンはまったく笑顔を崩さない。

「私の作成した契約書に押印されたのは、ご希望された魔族の皆さま自身です。お互い納得の上での条件なので、苦情を言われるとは心外ですね」

「貴様の契約書は条項が多すぎるのだ! おまけに、至急で金が必要なデーモンを狙い撃つ邪悪な発想……!」


 弾劾するようにユーロンを指差し、きっ、とハルトを睨む。

「ハルトよ、人類はこのような男を野放しにしていていいのか! こいつとは仲良くしたくないぞ!」

「俺もこいつを野放しにしとくのはどうかと思うし、仲良くしたくはないんだけど、腕はいいんだから仕方ないだろ」

「そんな。私は皆さまとより良い関係を築きたいだけなのです。その結果としてなぜか一方的な搾取が発生するたび、胸を痛めております。いったい誰が悪いのか……それとも運命のいたずらか……」

「誰が悪いってお前しかいねーだろ、契約文とか書いてるのぜんぶお前なんだから」


「はっはっはっ」

 ハルトの指摘には何も答えず、ユーロンはただ笑った。

「とにかく、今日は仕事なので。さっさとオーディションを始めてしまいましょう! ハルト様、例の報酬はお忘れなきよう!」

「わかってる、わかってる」

 ハルトは面倒くさそうに片手を振った。


「女神ミドリの、顕現お披露目パーティーの独占マネージメント権だろ。勝手にやってくれ」

『えっ! ホントっ? 私、ついに大きいライブできるの? この村のご当地アイドル的な活動だけじゃなくて!』

「まあな――その辺の企画はしてるから、いまはこっちに集中してくれ。ユーロン、頼む」

「かしこまりました!」

 ユーロンは手提げ鞄を開くと、いくつもの書類の束を引っ張り出す。


「こちらにすぐに召喚できるデーモンのカタログを用意しました。私は呼び出すまでが仕事なので、成約はハルト様次第ですね。私による成約代行は別料金になっておりますので、ご注意を」

「おう。まあ、なんとかやってみる。お前に代行は任せたくない」

 ユーロンに任せると、どれだけふんだくられるか分かったものではない。

 彼に頼むのはデーモンの召喚までだ。


「それでは――第一回!」

 ユーロンは楽しげに声を張り上げた。

「ソニア・リカード嬢の試練にふさわしい中ボス選抜デーモン・オーディション! 開催と致しましょう!」



【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】

 ☆はじめての冒険をする(完了!)

 ☆ライバルと出会う(完了!)

 ☆女神に祝福される(完了!)

 ☆伝説の武器を手に入れる(完了!)

 ★中ボス(できればデーモン)を倒す(進行中!)

 ★王族から激励される

 ★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる

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