第23話 ダンジョンとレアアイテムの法則(1)
来訪者——ミアン・グローラスの発言は、ソニアに対する影響が抜群だった。
「兄上の後を継ぐ、と言いましたか?」
みるみるうちに、その顔が険しくなっていく。これは危険な兆候だ、とナタリーは思う。兄の話題になるとソニアの対人コミュニケーション力は暴走を始める。
まさに、このときもそうだった。
ふらつく足で一歩踏み出すと、ミアンの前に立ちはだかる。
「それは……もしや、本気でおっしゃっているのでしょうか?」
「無論だ。冗談で口に出していいことではない。我々は伝説の九人と肩を並べる、立派な勇者になってみせる——ああ。紹介が遅れていたな、すまない」
ミアンは謝罪し、背後の二人を示した。
「私の仲間だ。まず、こちらはエルフのリズ・ノスリング。卓抜した狩人だ。ユ・パルカ峡谷のグリフォンを単独で狩った功績により、王室から《紫電》の称号を贈られている」
「……ええ。一応ね」
言葉少なに、リズと呼ばれたエルフの少女はうなずいた。
「そのくらい、誇るほどではないけれど」
どこかけだるそうな雰囲気の少女だった。背中に負った弓は、リズの小柄な体躯と不釣り合いなほど大きく立派だ。
(……あれ?)
観察しながら、ナタリーは引っかかりを覚える。
「エルフの狩人で……ノスリング? それって、もしかして、あのー」
記憶から、その姓を持つエルフを引っ張り出す。不快な印象とともに。
「……ニコラ・ノスリング……さんの、親戚の子?」
「ああ! まさにその通り!」
誇らしげにうなずいたのは、ミアンの方だった。
「彼女は伝説の勇者の一人、《月縫い》ニコラの姪にあたる——」
「やめて」
唸るようにささやき、リズはミアンの台詞を遮った。眉間に皺が寄っている。
「あの愚劣変態下衆男と親戚関係だなんて、不名誉極まりないわ。ミアン。その話、次にしたら本当に怒るから。野営してもミアンの分まで料理作ってあげないからね」
「す、すまない。だが——」
「はい、ミアンさん! そこまでにしてくださる? パーティー紹介が途中まだです!」
ミアンの言葉はまたしても遮られた。
「いまは早急に、このわたくしの紹介をするべき場面ではありませんか? 待ちくたびれてしまいました!」
二人のさらに背後に控えていた、茶色い巻き毛の少女が進み出てくる。他の二人よりも、やや大人びて見える少女。金で縁取られた外套と、その襟元に輝くブローチに、ナタリーの目は引き付けられた。
(一角魚のブローチ。魔力線技師?)
それに、金で縁取られた外套。あれは確か、王都の魔導学院の卒業生、それもとりわけ成績優秀な者にのみ与えられるものだったはずだ。
「ああ——すまない。改めて紹介しよう」
ミアンは魔力線技師の少女に場を譲った。
「彼女も仲間だ、魔力線技師の——」
「そう、わたくしこそは《翡翠の歌》のジェシカ・セルディ! 王立魔導学院、第二期三十五次の首席卒業生にして、新進気鋭のエリート魔力線技師! 独自開発した
ジェシカは自分で名乗りをあげ、どことなく挑戦的に髪をかきあげた。
「一度、お会いしたかったのです——コンヴリー村の《怪物姉妹》、コレッタ・パースマーチとナタリー・パースマーチのお二人とは」
「う、え?」
「あらー」
ナタリーは意表をつかれて妙な声をあげてしまったし、コレッタもやや驚いたような顔をした。
その反応に、ジェシカはやはり挑むような微笑を浮かべる。
「噂は聞いていましたよ。お二人の技量がどれほどのものか、確かめてみたかったのです。我が師、ユーロンもことあるごとに話していました」
「え、あの。ちょっと待って」
「もしかしたら、わたくしを凌ぐセンスの持ち主かもしれないと。果たして本当でしょうか? わたくし、こういうことは確かめてみなければ気が済まない性分で——」
「待ってってば! ちょっと!」
際限なく続きそうだったので、ナタリーは声を張り上げた。
「なにそれ、あたしたち怪物とか呼ばれてんの? なんで? コレッタ姉、なんかした?」
「えー。何もしてないと思うなあ。っていうか……ナタリーちゃんもしかして、わたしのこと怪物系女子だと思ってない?」
「や、そ、そういうわけじゃ——」
「——えへんっ! 失礼、六年前のことですが!」
ジェシカが咳払いとともに割り込んで、話を続ける。基本的に放っておかれるのが嫌いなのかもしれない、と、ナタリーは思った。
「魔力線技師資格試験において、魔導学院生ではない外部受験にも拘らず、首席で合格したナタリー・パースマーチの名前は特に有名ですよ。コレッタ・パースマーチも、最年少の大司祭候補としてよく耳にしております」
「あ、ああ……あの試験のときのことね……」
「へー。ナタリーちゃん有名なんだねえ。すごい! コレッタお姉ちゃんも嬉しいな!」
「……あの。待ってください」
このとき、やや力は弱かったものの、はっきりと口を挟んできた声がある。ソニアだ。
「ソニア・リカードの名前は……あの……こちらの二人に比べると。もしや、あまり有名では、ない……?」
「いや、そんなことはない」
爽やかな笑みとともに、ミアンは否定した。
「ソニア・リカードといえば、勇者ハルト・リカードの妹。生まれつき病弱だが、美しく素直で努力家だと聞いている。ハルト様の言行録に記されていた」
「言行録! あ、兄上が……私のことを、そんなに褒めてくださっているのですか……!」
「ああ、間違いない!」
そこでミアンは胸を張った。
「私はハルト様の後を継ぐ者として、あの方に関する資料は片っ端から読破し、すべて暗記している! 当然のことだ!」
「出た。ミアンのヤバいところ……」
「ミアン様の努力の姿勢は素晴らしいですが、さすがにわたくしも引きますね」
背後でリズとジェシカがささやきを交わす。どうやらあの二人も理解しきれない部分らしい。
「……だ、ダメです! それは! 兄上の後継者というところ!」
一方で、ソニアはすごい勢いでミアンに顔を近づけた。
「聞き捨てなりませんっ。兄上の後を継いで勇者となるのは、この私! ソニア・リカードなのですから……!」
「ふむ? それは……少し難しいのではないだろうか。ソニア、あなたは大変な虚弱体質だと聞いているし、何よりも!」
ぐっ、と、ミアンもまたソニアに顔を近づける。気迫が熱気となって溢れているようだ、とナタリーは思った。
「偉大なるハルト様の後継者となる以上、私は誰にも負けるつもりはない!」
「わ、私だってっ——」
ソニアが気迫に負けず、言い返そうとしたときだ。
ぎっ、と、再び入り口のドアが軋んだ。
「——待たせたな、みんな!」
そこに見慣れた銀髪が姿を現す。ハルト・リカード。煤のような汚れにまみれてはいるが、どかどかと入ってきて、嬉しそうに片手の紙片の束を掲げる。
「新しい冒険の準備ができたぜ! 聞いて驚くなよ、俺たち冒険者ギルドはダンジョンの奥にドラゴンの息吹を防ぐ盾の存在を見つけ——って、うお!」
「ハルト様!」
ハルトが言い終える前に、ミアンが迅速な反応をみせた。ソニアを置き去りにするほどの速度——ナタリーも驚かされた。
「まさか! 本物っ? こんな唐突にお会いできるなんて——あ、あ、あああああのっ!」
呆気にとられるハルトを前に、ミアンは慌ただしく一冊の本を取り出し、掲げた。
その表紙には、『ゴブリンでもわかる! ダンジョン攻略の鉄則ガイド!』——『ハルト・リカード監修』の文字がある。
「あの! この本にサイン、お願いしますっ!」
「……おう? なんで? ってか、えーと……誰?」
ハルトの呆然とした顔を、久しぶりに見た気がする。
さらなる混乱の予感に、ナタリーはため息をつくしかなかった。
———
「感激ですっ!」
丸テーブルから身を乗り出して、ミアン・グローラスはさっきから繰り返している台詞を口にした。
「まさかハルト様とこうして直接お会いできるなんて……選抜勇者になって本当に良かった! 本当に本当にいま、私は幸せを感じています! ハルト様の視界に私がいる……このような日を夢見ていました!」
「あ、あー……その、選抜勇者な」
ハルトは銀髪をかきむしり、居心地悪そうにその単語を繰り返す。
ミアンの説明から、すでに不穏な気配を感じ取っていたからだ。主に、とある人物の名前が引っかかった。
「お前たちの話によると、それって、ユーロンの発案した制度なんだな?」
「ええ。その通りです」
答えたのは、ジェシカ。彼女は優雅な仕草で、ハルトの淹れたハーブティーのカップを傾けている。
「我が師・ユーロンは最も優秀な若手冒険者の三人を、次世代勇者として選抜したのです。それがつまり、わたくしたちのことですが」
「……それで、最初の任務が、これ」
けだるげな声で、リズが後を続けた。彼女はハーブティーに息を吹きかけ、苦労して少しでも冷まそうとしているようだ。
「ドラゴンがこの森のダンジョンに飛来したんでしょ。その討伐。私も個人的に、ここに用事があったし。ちょうど良かった——ねえ、勇者ハルト」
彼女は鋭い目つきでハルトを見上げる。
「あなたは知っているでしょう? ニコラ・ノスリング。私の叔父がここに来ていることを」
「え? うお、マジか。叔父ってことはお前、あいつの姪——」
「兄上!」
ソニアの尖った声が、ハルト質問を止めた。彼女はテーブルに手をつき、倒れそうなほど勢いよく立ち上がっている。
「選抜勇者というのが何か、私はよく知りませんがっ。この三人と仲良く話すより、先ほどは仰っていたはずです——新たな冒険がある、と!」
ソニアもまたミアンと張り合うように身を乗り出し、気迫のようなものを漂わせた。
「ぜひ一刻も早くそれをご説明ください! 兄上の妹として、勇者の名を継がんとする者として! いつものように、例の——ハンドアウトを受け取りたくて! うずうずしているのですっ」
「あ、そうそう! ハルトさん、ハンドアウト!」
コレッタもまた、嬉々として手を上げた。
「わたし、新しいハンドアウト欲しいです! 次の冒険、どんなやつですか? ドラゴンの息吹を防ぐ盾って言いましたよね。なんか凄そう!」
「おっ、そうだ! それな!」
ハルトは片手の紙片を、ばしんとテーブルに叩きつける。
「長らく待たせて済まなかった、ソニア! これが! お前の新たな英雄譚の第二章、最初のハンドアウトだ! 熟読してくれ!」
「はい、兄上っ……!」
ソニアはそれを押し抱くように受け取る。
「ソニア・リカード、兄上の後継者として! しっかり熟読しますっ!」
そこに書かれているのは、いつものように冒険の目的——それから概要である。
【目的】ドラゴンの息吹を防ぐ盾を手に入れよう!
【概要】ドラゴンと勇敢に戦うも、圧倒的な戦力差を前に敗北してしまったきみたちは、さらなるレベルアップを渇望する。まずはあの凶暴なブレスを防がなければ戦いにならないだろう。そんな中、風の噂により、ダンジョンの第二層にドラゴンの息吹を防ぐ魔法の盾が発見されたことを知る——
【攻略のヒント】魔法の盾はダンジョン二層の北部回廊のどこかにあるらしい。不意打ちを得意とするカブトモグラに注意しつつ、ダンジョンを探索しよう。
「……あのさ、ハル兄」
もはや疲れたように、ナタリーがひらひらとハンドアウトを振って見せる。
「前々からかなり何度も突っ込んでることだけど! 『さらなるレベルアップを渇望する』とか、勝手にこっちの心情描写してくるのやめてもらってもいい?」
「え、渇望してない? こういうとき、お前たちは勇者パーティーなんだから渇望しててほしいんだけど」
「だったら、百歩譲って渇望しててあげてもいいけどさ! この『風の噂により』ってのもどうなの? 完全にいまハル兄から聞いてる情報なんだけど!」
「んんー、じゃあ『酒場で聞いた噂』に変えるか」
「違うって! そういう問題じゃ——」
「ふむ。なるほど」
ミアンがうなずいた。
彼女はソニアの背後から、ハンドアウトをのぞき込んでいた。
「このような形で、ギルド員にクエストの概要を伝えているのですね! なるほど斬新! かつ効果的にも思えます! さすがはハルト様……!」
さらに何度かうなずくと、ミアンはカッと目を見開いた。
「では、この魔法の盾を入手するクエスト……私たちにもチャンスがあると考えて宜しいでしょうか!」
「え?」
「むむっ」
ハルトが目を丸くするのと、ソニアが頬を膨らませるのは同時だった。
「ま、まさか……あなた方も、ドラゴンの息吹を防ぐ盾を狙ってダンジョンへ……?」
「無論。ダンジョンの主が何者かわからないが、この盾が実在するのなら、利用しない手はない。なにしろ相手は史上最悪の黒竜、《灼光》デナリウスだ」
ミアンはそこで、一冊の本をかざして見せた。先ほどハルトからサインをもらった、『ゴブリンでもわかる! ダンジョン攻略の鉄則ガイド!』である。
「ダンジョンでの鉄則——その五十七。発見されたレアアイテムは、早い者勝ち! ハルト様がこの本にそう記されている!」
「むむむっ」
こうなると、ソニアも唸るしかなかった。
「あ、兄上の書かれた書物……なるほど……! これは、試練!」
燃える瞳で、彼女はハルトを振り返る。額にうっすらと汗が浮いている。半分は己の熱意。もう半分は、単に疲労がピークに達しつつあるせいだ。
「兄上! 私は負けません。必ずやこの……兄上の後継者を名乗る輩よりも先に、魔法の盾を手に入れてみせますっ……! この挑戦、受けて立ちます! ミアン・グローラス!」
「ああ。正々堂々、いい勝負をしよう!」
ソニアは明確な敵意を込めて、ミアンはどこまでも爽やかに、互いを睨みあう。
「お、おう……そうか、そうなるか……」
ハルトもまた、この光景を見ながらうなずくしかない。
「だったら俺も応援しないとな。がんばれよ、ソニア!」
「……がんばれよ、じゃないでしょ!」
ナタリーがハルトの耳を掴み、小声でささやく。
「どうすんの? あの三人ってかなり腕が立つんじゃない? なにしろ、あのユーロンが選抜したんでしょ? 勝てるの、あたしたち?」
「勝てるの、じゃねえよ。勝つんだよ。見ろ、コレッタはやる気だ」
ハルトが指さす先では、確かに、コレッタが残りの二人と握手をかわしている。
「よろしくね、ミアンちゃん! あとリズちゃんと……ジェシカちゃん? ダンジョン攻略、一緒に楽しもうね!」
「……ダンジョンって楽しむものじゃないと思うけど」
「というより、さすがパースマーチ姉ですね……! 噂に聞いた通りの天然!」
呆れるリズと、驚愕するジェシカ。
これを眺めてナタリーは頭痛を覚えたらしく、何度も頭を振った。
「……コレッタ姉。ホントいつも通りね……。この状況にツッコミ入れたいのって、もしかしてあたしだけ?」
「まあ、大丈夫。なんとかなるだろ」
ハルトはあえて楽観的な笑顔で、ナタリーの背中を励ますように叩いた。
「お前たち姉妹に渡したハンドアウトの裏側な。いつも通り、盾のある場所の地図と、迷わないように最短ルートも書いといたから。絶対負けるはずないって」
「いつも思うんだけどさ……」
ナタリーは深いため息をついた。
「ハル兄の『絶対』って聞くと、言い知れない不安を覚えるわ」
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