第25話 絶対にうまくいく冒険者スカウト術(1)

 ダンジョンの奥。

 どことなく怪しげな、祭壇らしき何かの前で。


 いま三人の少女がゴーレムの残骸を見下ろしていた。

 すなわちミアン、リズ、ジェシカ。『選抜勇者』たちである。


「ううむ……なんだったんだろうか、このゴーレムは……?」

 難しい顔で、いま自滅したばかりのゴーレムを見下ろし、ミアンが呟く。

「明らかに設計ミスだ。腕が長すぎて、攻撃しようとした瞬間に転倒。自壊するとは……謎すぎる……!」


「ま、ただの失敗作だったんじゃない? 知らないけど」

 リズは油断なく弓を調節しながら、つまらなさそうに肩をすくめてみせる。

「もともとこのダンジョン、なんか変だよね。休憩室みたいな場所があるし、隠し通路多すぎるし……まあ、隠し通路はショートカットできて助かったけど」


「ああ! あれはさすがの眼力だったな、リズ。きみが隠し通路をことごとく発見してくれて助かった」

「あのくらい、できて当たり前だけど」

「いや。まさにエルフの狩人ならではの探索力だな」

「……ていうか……あの隠し方と配置の仕方……癖を感じる。やっぱりここに、あの男がいるかも……」


「ですが、お二人とも! 聞いてください!」

 ジェシカはそろそろ黙っていられなくなったらしく、巻き毛をかきあげて割り込んでくる。自分を置いて会話されるのがたまらなく嫌な性分らしい。

「この宝箱は本物のようです。ほら、この盾! まぎれもなく最高レベルの術式プロトコルを織り込んだ逸品ですよ! 強力無比な『聖域の門』の術式プロトコル。これは……本当にドラゴンの息吹を防げそうです!」


「偉大なるハルト様が調査したのだ。盾の真贋など疑うまでもない」

 ミアンは何度もうなずいて、盾を掲げ持った。白金色に輝く、魔法の盾。

「勝利の成果、レアアイテム! これぞダンジョン探索の醍醐味。そうハルト様も著書に記しておられた! 正直……私はめちゃくちゃ嬉しい!」


「……でも。この宝箱もなんか変。鍵かかってないし……罠もないし……」

 リズはひとり、納得がいっていないらしく、ぶつぶつと呟いている。

「その割には、徘徊してるモンスターはやけに凶暴だったし。どうかんがえても、変……」

「ダンジョンの考察については、後ほど着手しよう。まずは帰還だ!」

 ミアンは盾を大事そうに抱える。

「勝って兜の緒を締めよ、家に帰るまでがダンジョン探索! これもハルト様の名言だ! 堂々と帰還し、そして……ふっふふふふ、ハルト様に成果をお見せするのだ!」


————


「あれ」

 その日、ハルトが酒場に帰ると、そこにはナタリーの姿しかなかった。

 カウンターの隅に陣取り、相変わらず難しい顔つきで本を読んでいるが、いつも以上に眉間の皺が深い。

「ナタリーだけか。ええと、ソニアが留守番してたはずなんだけど——」


「それ、あたしが代わったの」

 ナタリーは本からわずかに顔をあげ、ハルトの姿を認めると、また読書に戻る。

「コレッタ姉と一緒に、『特訓』だって。滝の方で筋トレでもしてるんじゃない?」

「コレッタと筋トレ? うおっ、やばい! あの筋肉主義者の特訓を受けたら、三秒でソニアは倒れかねない……!」

「それってむしろ安全でしょ。ちゃんと限界になる前に倒れるってことだから」

「でも一抹の不安が……様子見に行こうかな。ソニア、昨日も食欲なかったみたいだし」


「あー……いま、ちょっとそっとしといてあげれば?」

 ナタリーは背伸びをして、本を閉じた。なんらかの魔法の教本に違いない。

「ソニア、すごい悔しがってた。『兄上に合わせる顔がありません、穴があったら入りたい』だってさ」

「うーむ、ソニアは頑張り屋さんだからな。悔しいのは向上心がある証拠だよ」

「隙あらば都合いいように解釈する……まあ、いいけど」


 ナタリーはため息をつく。

「実際、こてんぱんに負けたからね。少なくともダンジョン探索に関してはあっちの方がずっと上手だったというか。あたしも練習不足だったと思うし」

「それで、勉強してるわけか」

「探索に役立つ術式プロトコルとかあったら、優先して覚えようかなって」

「いや。正直、今回は俺の見立てが甘かった」


 これはおそらく事実だろう。顔をしかめ、ハルトは銀髪をかきむしる。

「前々から思ってたけど、お前たちのパーティーには足りないものがある。本当なら、今回の件が片付いたところで解決する予定だったんだよな」

 その予定が、大きくズレた。

 原因はわかっている。ハルトは腕を組み、窓から空をのぞき込む。はるか東方、王都の空を睨むような目つき。

「ユーロンの野郎、ホント人を困らせることにかけては超一流だな……タイミング最悪だ。変な連中をよこしやがって」


「……あ、そう? 困ってたの?」

 疑うように、ナタリーはわずかに目を細めた。

「ハル兄、ちょっと嬉しそうに見えたけど。まんざらでもないっていうか——あのミアンっていう子とか。珍しく『世界を救った元・英雄』っぽく尊敬されてたんじゃない? まあ、別に? それが別にどうかしたってわけじゃないけど? あたしは少しも気にしてないけど?」


「尊敬って、お前、正直言うとそれが一番リアクションに困るんだよ」

 本当のことだ。ハルトはナタリーの隣に腰を下ろす。

「この世界にとって、俺はあんまりいい英雄じゃなかった。やりすぎたんだ。えーと、説明しにくいんだけど……そうだな」

 しばらく考えた後に、ハルトは首をかしげた。


「ゲームマスターが『俺の考えた最強キャラ』を介入させて、シナリオを終わらせちゃった感じ?」

「ぜんぜん意味わかんない」

 ナタリーの困惑しきった表情に、ハルトはぐしゃぐしゃと銀髪をかきむしる。

「黒歴史に近いから触れてほしくない、って意味だよ。あれは確かに楽しかったけど、調子に乗りすぎた」

「いやいや、それもぜんぜん意味わかんないから」

「えー……じゃあいいや。つまりなんていうか、お前たちにはとても期待してるってことだ。いまの話、それが言いたかった」


「え」

 ナタリーは少し驚いたように身を引いた。

「あたしたち?」

「お前たちなら、ちゃんとしたやり方で英雄譚をやれると思ってる。ちゃんと成長して、ちゃんと世界を救うような……んん、言い方難しいな。考えとこ。とにかく!」

 ハルトは身を乗り出し、ナタリーに顔を近づける。


「お前たちならできる! 俺が見込んだ冒険者だ。ソニアを預けるくらい信頼してるんだから、ユーロンが集めた連中にもこれ以上負けてくれるなよ!」

「わ、わ、わわわわかっ……た……けど」

 赤くなった顔を伏せ、ナタリーは帽子をかぶりなおした。隠れるように。

「顔、近いって。ホント、心臓に良くないから! 一旦離れてよ!」

「あ、そうだな。悪い」

「うっ……物分かり良すぎるし……」


「やっぱり? いや、俺は飲み込みがいいなってよく言われるんだよ。物事を理解する速さには自信があるぜ!」

「褒めてないし、そういう意味じゃない!」

「え、じゃあどういう意味だよ。もしかして、悪口の一種か……!」

「それは——そう、でも、ないけど! そ、そ、それより、いまはあたしたちのパーティーの話!」


 どん、と、ナタリーは杖の先でカウンターテーブルを叩いた。何かを振り切るような勢いがあった。

「あたしたちに足りないものがあるって。どういう意味?」

「そりゃもちろん、盗賊系の技術者だよ。特にダンジョン探索では必須スキルだ」

 盗賊、という単語は、冒険者の間で使われる用語の一つである。

 罠の解除や鍵開け、偵察や索敵——そうした諸々のスキルを持つ者を一まとめにして、『盗賊』と呼称する。世間一般とは微妙に語義が違う。


「リズって言ったっけ? ニコラの姪っ子。ミアンたちのパーティーだと、あいつが盗賊係だな。その技術で隠し通路なんかのショートカットをことごとく発見して、最短コースを進んでたはずのお前たちに追いついたわけだ」

「あ、やっぱり。そういうこと?」

 ソニアという遅延要素があったにしても、追いつかれたのには原因がある。ナタリーは思い出すように目を閉じた。


「確かに、索敵スキルも必要だと思ってたんだよね。あのモグラたちの襲撃でひどい目にあったし」

「モグラ……ああ。カブトモグラか」

 ハルトはすぐに思い至る。ダンジョンの主として、ダンジョン内の生態系はほぼ頭の中に入っている。

「あいつら群れで奇襲してくるから、ちょっと危ないよな。かなり間引きしたはずだぜ。あんまり凶暴化しないように手ごろな餌場も用意してる」

「や、ぜんぜん残ってたんだけど。囲まれて集団で襲われたし。ってか第二層に入ってからだいぶモンスター凶暴化してない? いきなりレベル上がったというか」


「フロア移動で危険度が変わるのは、ダンジョンの醍醐味ってやつだろ? ——けど、ちょっと変だな」

 ハルトは顔をしかめる。何かが引っかかる。

「お前たち姉妹でも苦戦するほどだったのか? そんなレベルの凶暴化だとしたら……それは……、あ」

 呟きの途中で、彼は窓の外を見た。

 その横顔が見る見るうちに険しくなっていった。真剣な表情——ナタリーも滅多に見たことがない。あのガンドローグという魔族と対峙したとき以来だ。


「え、なに? ハル兄、どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 言いながら、ハルトは立ち上がった。

「だけどナタリー、ここを動くなよ。店を出るな。俺が戻ってくるまで、絶対にだ」

「な、なにそれ。どういう意味?」

「外に誰かいる。それも相当な使い手だし、どうもこっちを殺したいらしい」

「ウ、ウソでしょ? だったらあたしも手助けぐらい——」

「やめとけ、この相手は強い。お前を守りながら戦いたくない」

 言いながら、ハルトはすでに歩き出している。

「俺に用事があるんだろうな。いい度胸してやがる」


———


 殺気というものは存在する。

 いくつかの戦いを経た結果、ハルトはそう結論づけるようになった。

 その殺気の質で、相手の強弱もだいたいわかる。この相手は——やけに濃密なくせに、その位置を掴ませない。猛毒の煙のような殺気だ。


(——この感じ)

 庭から裏手の木立に踏み込み、ハルトは数歩で立ち止まる。

(どこかで。そうだ、たぶん——)


 そう思った瞬間、頭上から声が聞こえた。

「やあ」

 どこか笑いを含んだ、女の声だった。

「気づいた? さすが、鋭いね。位置までわかったの?」

「まあな」

 ハルトは木の上を見上げる。細身の人影が、枝に腰掛けている。


 フードのついた、紫色の外套をまとった女。

 その顔はよく日に焼けており、どことなくぼんやりとした眼差しでハルトを見下ろしている——初めて見る顔だ。

 しかし矛盾するようだが、ハルトは彼女を知っている。この女は会うたびに顔を変える癖がある。変わらないのは、その独特の殺気ぐらいのものだ。


 つまり、かつての勇者仲間。

《千変万化》のアレア・アグレッティ。


「何しに来たんだよ、アレア」

 ハルトは少し呆れたような声をあげた。

「帝国で泥棒稼業やってるはずじゃなかったのか? それとも、もう足を洗うことにしたのか?」

「まさか、とんでもない!」

 アレアは大げさに、芝居がかった口調で言う。

「盗賊業は、我がアグレッティ家の誇りある家業だよ。盗賊術は技術というよりも芸術、アートなんだ。私はこの稼業を名誉だと思っているし、この芸術をより磨き上げるのが私の生涯の目的だ!」

「ぜんぜんわからん」

 つくづく呆れる話だ、とハルトは思った。


 アレア・アグレッティは、かつて『盗賊』を名乗ってハルトたちのパーティーに加わった。それも半ば強引についてきた形だ。

 彼女の『盗賊』という肩書には、二つの意味があった。すなわち一つは冒険者としての盗賊技術者。

 もう一つは、本来的な意味での盗賊——つまり『泥棒』ということだ。

 アレア・アグレッティは本人もなんら隠し立てすることのない職業的盗賊であり、ごまかしようのない犯罪者であった。


 おかげで彼女のことは、『九人の勇者たち』の中でも秘中の秘とされている。

 リフサル王室によるの情報統制もあって、一般には彼女の名前と異名しか伝わっていない。ハルトと並んで、九人の中でもっとも謎に包まれた存在であった。


「私は悲しいよ」

 アレアはまた大げさに悲しげな表情を浮かべ、首を振ってみせる。

「だが芸術家というのは、存命中にはなかなか民衆から評価されないものだ。そのせいで帝国にもいづらくなってしまったよ」

「で、この村まで逃げてきたのか。だいぶ迷惑なんだけどよ」

「フ……帝国め、まさか竜化騎士団まで使って私を追うとは。あわや捕まって投獄されるところだったよ。カーカイム……あの男、皇帝になってから容赦なくなったな……」


「自業自得だ」

 ハルトはそう断言できる。

「サンディ王女もお前のこと探してたぜ。王家の宝物庫に忍び込んだんだって? ゾラシュの盾も持ち逃げしやがって、あいつも怒ってたよ」

「ああ!」

 むしろ褒められたように、アレアは目を輝かせた。

「王家の宝物庫、すごく良かったよ! 何重にも術式プロトコルの守りがあってね、鍛えた盗賊スキルを思う存分に試せた! あの盗みこそは芸術だったなあ!」


「……もういいや。俺もお前にできるだけ構わないから、ひっそりと息を潜めて暮らせ。で、ほとぼりが冷めたらひっそりと出て行ってくれ」

「つれないじゃないか、ハルト」

 アレアは樹上で身じろぎをした。次の瞬間、かすかな音すらたてずに飛び降りて、ハルトの眼前に立っている。

 思ったよりも背が高い——というより、こんな外見くらいはどうにでも変化できる。

 それが彼女、《千変万化》だ。


「久しぶりに会ったんだ、酒でも飲んで旧交を温めようじゃないか」

「悪いけど、俺はいま忙しいんだ。可愛い妹たちの——、あっ」


 そこでハルトは気づいた。

 アレアの鼻先に指を突きつける。

「お前、つまりいま暇ってことだよな? この村でしばらく姿を隠すつもりで?」

「まあね。だからジェリクあたりを誘って、どうかな? 久しぶりにきみをゲームマスターとしてゲームでも——」

「それもいいけど、いま、お前にもっと頼みたいことがあるんだ」


 ハルトは早口にまくしたてる。いま、彼の脳内で新たなシナリオが音を立てて動き始めている。

「お前のその盗賊スキル、人に教えるつもりはないか?」

「ん? それはまた唐突だな——どういうことだい?」

「俺の妹のための、伝説プランだよ! 盗賊スキルを持ったメンバーが必要なんだ! そうだよ、ちょうどいいじゃねえか!」


 がっ、と、ハルトはアレアの両肩を掴む。

「お前、ヴィアラって覚えてる? あの、魔族の。あいつを立派な盗賊に仕立て上げてくれねえか!」

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