第26話 絶対にうまくいく冒険者スカウト術(2)


 その日、ハルト・リカードの酒場には、いつものように三人の少女の姿があった。

 円卓を囲み、中心で仁王立ちするのは、店の主。

 ハンドアウトを手にしたハルトである。


「まずは改めて謝っておく。前回はすまなかった」

 ハルトはいつになく真剣な顔で、そう切り出した。

「お前たちが負けたのは、完全に俺のガイドミスだった。冒険者ギルドとして、所属するギルドメンバーに敗北させてしまったこと、申し訳なく思っている」


「いえっ、兄上……!」

 真っ先に反応したのはソニアで、ふらつきながらも立ち上がり、テーブルにぶつけんばかりの勢いで頭を下げている。

「あの敗北は、完全に私の責任です。兄上を継ぐ者として、情けない限り……! コレッタとナタリーにも迷惑をかけてしまいました……!」

 ぐっ、と喉を鳴らす音。もうあのときのことを思い出して、半泣きになっているのだ。

「かくなるうえは! さらなる徹底した修業をもって、あの三人を打ち破らねばと! そう思っていますっ……!」


「さすがソニア。俺の妹……なんて頑張り屋さんなんだ! お兄ちゃん、いまめちゃくちゃ感動して――」

「はい、もういいから!」

 始まりそうになった応酬を、ナタリーの呆れた声が阻んだ。

「今日は新しい計画について話すんでしょ! この前負けてから何回そのやり取りやってんの?」

「二十回ちょっと……くらいか……?」

「多いわ!」


 ナタリーが悲鳴のように叫んで突っ伏すのと逆に、コレッタは嬉々として手をあげた。

「はいっ、ハルトさん! わたしも早く次のハンドアウトもらいたいです!」

 いつものように底抜けの明るい声――彼女はこの前の敗北を経ても、そう変化がないように見える。

 だが、ハルトは知っている。コレッタが筋トレのメニューを四割増しにしていることを。


「わたし、次は必殺技の特訓じゃないかって思ってるんですよね。前回負けたのもモンスター相手に手間取ったからだし。筋肉足りないなって」

 ハルトは前々から思っていたが、彼女は物事を筋肉で解決しようとする癖がある。それでもやる気は人一倍だ。

 空中に向かって殴りつけるような動作をしてみせる。

「あの迷惑なモグラたちを一掃する必殺技、なにかないですかっ」

「あるにはあるけど、悪いなコレッタ。今回は必殺技じゃない。そう――お前たちパーティーに欠けているものを補うんだ!」


 そうしてハルトは、ハンドアウトの束をテーブルに叩きつけた。

「これが今回のハンドアウトだ。熟読してくれ!」


【目的】盗賊スキルを持った新しいメンバーをスカウトしよう

【概要】邪悪な魔法使い・ユーロンの集めた勇者パーティーに敗北してしまったきみたちは、このままでは終われないとばかりに雪辱を誓う。ダンジョン探索でミアンたちに勝つためには、盗賊スキルの持ち主が不可欠だ。きみたちは新たな仲間をスカウトすることにした――

【攻略のヒント】コンヴリー村には偶然にもかつての魔族の実力者、《闇の鉤爪》ヴィアラ・ナガルが滞在している。彼女を仲間にすることで一気に戦力も充実するだろう!


「――はい、もう出た! 何個も突っ込みどころ出たよ!」

 早速ナタリーが杖でテーブルを叩いた。

「ヴィアラって、あの獣魔クブトの人だよね? え、マジ? 元・魔王軍の人を勧誘するの? 盗賊スキルって――あの人、そういうの得意だったわけ?」

「ん」

 ハルトは一瞬だけ沈黙した。

「えー……まあ、たぶん。正確にはこれから得意になるんだが、そもそもヴィアラは獣魔クブトだからな。聴覚も嗅覚もエルフよりずっと上だ。盗賊としての素質はある」


「これから得意になるとか、素質はあるとか、すっごい不穏な台詞なんだけど……! それにヴィアラさんって、アイドル活動やってるんじゃなかったの?」

「大丈夫だ」

 ぐっ、と力をこめ、ハルトはソニアの肩を掴む。

「ソニアのピュアな真心は、きっとヴィアラにも通じるだろう。そう、倒したモンスターが起き上がって仲間になりたそうにこちらを見るように――」

「意味わかんないし!」


「いえっ、さすがは兄上……!」

 ナタリーはハンドアウトを放り出したが、ソニアはやる気の炎を燃え上がらせた。

「ヴィアラ・ナガル……かつての宿敵が、仲間に! これは燃える展開ですね、兄上……! ソニア、わかります!」

「だよな! 最高に燃えるよな!」

「ええっ、王道展開ですねっ」


 どうやらこの兄妹には、そういう共通認識があるらしい。ナタリーは頭を抱えた。

「あー……もうこれ、ヴィアラさんをスカウトしなきゃいけない流れだ……ってかあの人、いまどこにいるわけ?」

「あ、ナタリーちゃん知らないの?」

 意外にも、コレッタが首を傾げた。

「ジェリクさんのお屋敷で部屋を借りてるんだよ。神殿からの定期郵便、たまにジェリクさんのところに届けることあるんだけど、そのときに会ったんだー」


「えええ……」

 ナタリーはさらにぐったりと猫背になった。

「ジェリクさんのところに行くの、気が進まないんだけど。だってあの家って――」


――――


 ジェリクの屋敷は、『始祖の森』の内側にある。

 といっても、コンヴリー村からそう離れてはいない。未開領域との境目より少し手前、というところだ。


 この屋敷を訪れるものは、みんな最初は困惑する。

 その理由とは。


『――ふはははは! 私の屋敷へよくぞたどり着いたな、来訪者よ!』

 門に近づいただけで、その大音声が響いた。

『主として歓迎しよう。さあ、踏み込んでくるがいい。その勇気があるのならば!』

 ジェリクの姿はないが、声だけは聞こえる。仕組みは錬金術による音声記録なのだろう。この声を聞くたび、ナタリーはなぜかいつも頭痛を感じる。


「ジェリクさんって、なんでいつもテンション高いんだろう……」

「ね。人生楽しそうだよねー」

 ナタリーとコレッタがささやきを交わす間に、屋敷の扉が開いていく。ひとりでに開閉する仕組みだが、今日は扉の向こうに人影が一つ。


「いらっしゃいませ、お嬢様方」

 スカートの裾をつまんで一礼したのは、いかにも豪奢な青いドレスに身を包んだ女性だ。

 黄金色の髪に、人形めいた顔立ち――実際に彼女が人形に近い存在なのだと、気づく者はまずいない。ナタリーも最初に会ったときは信じられなかった。人間らしすぎるからだ。


 彼女の名は、シアーユ・イヴァンツァ。

 ジェリクの妻であり、同時に彼が手掛けたゴーレムでもある。最高傑作、《清冽なる淑女》とも名付けられている。


「ようこそ、我が主の屋敷へ」

 シアーユの声は、どこか冷たく無機質ではある。

「センスが常人とかけ離れて滑り気味な主人に代わり、私がご挨拶いたします。ジェリク様は留守ですが、どのようなご用件でしょうか?」

「あ、うん。ジェリクさんのセンスはともかくとして、わたしたちは――」


「はいっ……! 本日は、ジェリクさんではありません。別の方に会いに来たのです!」

 ナタリーの台詞を半分遮るような勢いで、ソニアが挙手をした。

「そう、《闇の鉤爪》――ヴィアラ! 彼女を仲間にすべく参上しました!」

 ふんす、と息も荒く告げる。その熱気を少しも意に介した様子もなく、シアーユはまた一礼した。


「ヴィアラ様ですか。少し前まで居候の穀潰しのロクデナシでしたが、最近は我が屋敷に家賃を収めるようになり、少しはマシになりましたね」

 シアーユの物言いは鋭い。というより正直すぎるのだろう、とナタリーは考えている。


「また、この頃ヴィアラ様は『アイドル活動』なるものに邁進している様子。社会復帰の予兆であり、ご友人であれば面会も許可されております。ご案内しましょう」

 シアーユは屋敷の内側を、手の平で優雅に示す。

 やけに長く続く廊下。霊油エフトンのランプによって照らされてはいるが、どこか薄暗く不気味だ。

(苦手だなあ、この感じ)

 ナタリーはため息をつく。これだから気が進まなかった。


(なんか薄暗くて不気味だし。それに、ジェリクさんの趣味って)

 廊下に飾られたインテリアたちを見ればわかる。

 たとえば左右に居並ぶ、翼と嘴を持つ怪物の彫像。彼らはひとりでに動き出し、頭を下げる構えをとる。壁にかけられた油絵まで蠢いて、そこに描かれた触手を持つ怪生物が手招きをする。

(たぶん、これって歓迎してくれてるんだろうけど)

 とにかく気味が悪い。ナタリーはこれが苦手だった。

(でも、この二人は――)


「やったあ! ジェリクさんのお屋敷、やっぱり凄いねえ」

「はい……! 兄上がたまにお話してくださる、『こずみっくほらー』のような趣がありますね」

 コレッタとソニアはそれぞれ妙に嬉しそうで、ナタリーにはまったく理解できない。


「では、こちらへ」

 二人の盛り上がりをよそに、シアーユは静かに片手を振る。その手の平から青白い光が投射され、廊下を照らした。彼女に内蔵された機能の一つだろう。

「どうぞお入りください。道中、決して私から離れぬよう、お気をつけて」

 言われなくても、と、ナタリーは思う。こんな屋敷の中を一人で歩きたくはない。


――――


「うむ――絶対に断る」

 ヴィアラの返答は、取りつく島も感じさせない断固としたものだった。

「いやだ。やりたくない。ゼロ以下。検討する価値なし! 貴様らハムスターどもと冒険するつもりは微塵もない!」

 彼女はテーブルに布地を何枚も広げ、針と糸を手に、裁縫らしき作業に没頭していた。

 ソニアたちが入ってきたときも、ちらりと振り返って見せただけだ。


「そんな……!」

 ソニアは衝撃を受けたように、数歩よろめいた。それとも単に廊下を歩いたり、階段を上ったりした疲れが出ただけかもしれない。

「ヴィアラ、あなたと私たちは宿敵でしたが、この前は共闘までした仲ではありませんか。これはもはや、あなたが私たちのパーティーに入る運命なのでは……?」

「そんな運命、あってたまるか!」


 ヴィアラは鋭く断言して、布地に針を突き刺す。

「いいか、私は! そもそもハルト・リカードの妹などと仲良くするつもりはないし、いま非常に忙しい。次のライブまでに衣装を仕立てねばならないからな」

「あー! それ、もしかして衣装?」

 コレッタは興味ありそうにヴィアラの手元をのぞき込む。フリルなどの装飾が過剰なくらいに施された、赤と黒を基調としたドレスのようだ。


「すごい! かわいいー」

 じっくりと観察した後、コレッタは拍手までした。

「デザインも自分で考えたの?」

「ふふん、その辺はミドリちゃんが担当だ。私はイメージを伝えたまで。炎のようなフリルと高貴な黒色、まさに私にぴったりだろう。裁縫の手にも気合が入るというものだ!」

「なるほどねー。ヴィアラちゃん、やっぱり器用なんだね。盗賊に向いてるよ!」


 コレッタの無邪気な賞賛。ヴィアラは露骨に嫌そうな顔をした。

「ファンでもない貴様に『ちゃん』呼ばわりされたくない。しかも盗賊とはなんだ、どういう意味だ。……パースマーチ妹、貴様は比較的話が通じるから答えろ」

「あ、えーと、それはハル兄が。ヴィアラ――さんが、盗賊に向いてるって。あたしたちのパーティーに入ってもらえって」


「ふん!」

 ナタリーの解説にも、ヴィアラは鼻を鳴らしただけだ。

「言語道断だな。やはり絶対に断る。私は歌って踊れるアイドルを目指しているのだ。冒険者、しかも盗賊など……アイドルのイメージとは程遠いではないか! 我が相方であるミドリちゃんも絶対に許さんと思う!」

「うっ。女神様ですか……!」

 ソニアは言葉に詰まった。


「確かに女神・ミドリちゃん様の意向も重要……。わかりました。ならばまずは、ミドリちゃん様を説得してきますっ」

「あ。ソニアちゃん!」

 踵を返したソニアを、コレッタが慌てて追いかける。

「一人じゃ危ないよ! このお屋敷すぐ迷うし防犯設備とかあるんだから! まずはシアーユさんを呼んで――」


「そういうことだ」

 一人残ったナタリーに、ヴィアラは鋭くも冷たい視線を向ける。

「ハルト・リカードに何を吹き込まれたか知らんが――貴様も失せろ。出直してこい、ハムスターの小娘ども! そして、我がファンとなって来月のライブのチケットを買うがいい!」


――――


 一方、その頃。

 コンヴリー村の外れの、草原にて。


 魚のヒレの生えた船のような、奇妙な物体がその身を横たえている。

 これこそ王室が有する古代の秘宝、軌翔艇トビウオである。ミアンたち三人が乗ってきた乗り物だ。

 それなりに巨大な船体は、簡易な居住スペースや調理・入浴設備もついており、野営するのに不便はない――だが、それにも限度はある。


「失礼ですが、ミアン」

 真っ先に限界を感じたのは、この日のジェシカであった。茶色い巻き毛をかきあげて、ミアンに訴えた。

「いつまでこの船で寝泊まりする御積もりですか? 予定と大幅に相違が見られます!」

 彼女は杖を振り、ミアンに突きつけた。

「本当なら今頃、ハルト・リカード様の宿に滞在しているはずだったのでは?」


「あ……ああ。その通りだ。予定では、そのはずだった」

 この訴えに、ミアンは苦しげな顔をした。

「だが、その。ハルト様に対して、あまりに不敬なお願いではないかと思い、なかなか言い出せず……」

「どこがですかっ?」

 驚きのあまり、ジェシカはのけぞった。

「ハルト様は宿を経営されているのですよね? 代金を払って宿に泊まる! これって当然のことではありませんか?」


「だ、だが……しかし! ハルト様の神聖なる宿に、私たちのごとき者が泊っていいものか……その確信がどうしても持てず……。せめてドラゴンを討伐してから、そのご褒美として宿泊をお願いしようかと……」

「ミアンの発想、絶対おかしいです」

 ジェシカはさっきから無言を貫き、ひとり弓の調子を見ていたリズを振り返る。

「リズもそう思いますよね!」


「私は別に野営でも辛くないけど」

 リズは気だるそうに、弓の弦を引き締める。

「……でもまあ、ジェシカはそろそろ限界ね。だから今日。ミアンが言いにくかったら、私がハルト・リカードに頼みに行くから」

「ま、待て!」

 ミアンが勢いよく立ち上がる。

「だめだ、その役目は私にやらせてほしい! 私がハルト様とお話する! 頼む!」


「ふうん。絶対にやれる、ミアン? また気が付いたらテンション上がりすぎてサイン頼んだり、握手頼んだりしない?」

「……し、しない! たぶん!」

「次やったら、今度こそわたくしがハルト様にお願いしますからね。だいたい――あら?」

 ミアンに対して険しい顔をした、ジェシカが首を傾げる。

 傍らの木々の枝から、大量の鳥が飛び立ったからだ。ざざあ、と、周囲の森が揺れ動いたような気配。


「ん」

 リズは鼻をひくつかせ、空を見上げた。

 晩秋の晴天に、暗い色の雲がかかっている。地面にその長い耳をつければ、そこに流れる魔力線のほつれと振動で、彼女にはわかることがある。

「何か、近づいてる――これって。ダンジョンの方から――モンスターの群れね。かなり多い」

「リズが言うなら、間違いはないな」

 ミアンは剣と、白く輝く盾を手に取った。その顔に緊張が満ちていく。

「村の方々に警告しろ!」

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