第7話 女神栽培計画(3)

「どうなってんだ? これが女神?」

 予想外の形で現れた女神に、ハルトは大いに困惑した。


「なんかイメージと違うんだけど、こいつ」

 ハルトが指差すと、女神らしき少女は空中で踊るように一回転をしてみせた。緑に輝く髪の毛が渦を巻く。

『えええーーーー! 私ってどっからどう見ても女神ですよね? それとも、ちょっと可愛すぎてびっくりした? だよねー、仕方ないですよ。女神だから!』


「俺の予想では、もっとレトロでクラシックな感じの女神になるはずが……!」

 ハルトは悲痛なうめき声をあげた。

「なんでどっちかっつーと新人アイドルみたいな感じで顕現したんだ!」

「新人アイドル……というのが何か、ぼくは知りませんけど」

 ニコラの顔から微笑は消えない。ある程度、この流れを予測していたのかもしれなかった。


「女神の栽培は環境次第、育てた人間次第ですからね。この短期間で育てたにしては、まあいい感じに顕現できたのではないでしょうか?」

「うーむ、そういうものか……」

 ジェリクは目を閉じ、唸った。

「いったいこの三人のうち誰の人格が影響して、このような有様になったのか」

「ぼくではないと思います」

「おい、なんで二人とも俺を見る? こんなアホっぽいやつが――」


『あーっ! 不敬な発言、聞いちゃいましたよ!』

 急に大声をあげ、女神はハルトの眼前に回り込んでくる。

『いくら私を顕現させてくれたプロデューサーだからって、そういうのめっちゃ傷つくんだからね。もっと優しくしてくれないと、女神はデリケートなんだから! 祝福してあげないよ!』

「プロデュ……ぐぐ、その言い回し! 俺の影響が否定できない……!」

 ハルトは気分が落ち込んでいくのを感じていた。この女神の性格には、確実にハルトも影響を与えているらしい。


「まあまあ、元気があって可愛い女神様じゃないですか。体型はぼくの守備範囲外ですが。何か名前をつけてあげましょう、ハルトくん」

「ニコラ、お前絶対楽しんでるだろ」

 ハルトはため息をついたが、事実として、名前がなければ不便で仕方がない。それにいまさら彼女の存在をなかったことになどできない。


『素敵な名前、よろしくね! プロデューサー! 女神にとって名前ってすごく大事なんだよ。まずは名前で興味持ってもらって、人気出さなきゃ!』

 女神は空中を滑るように浮かび、常にハルトの視界に入るように動く。

『とりあえず、近くに人がいっぱいいる場所ある? 最初のライブの予定とかどうする? 衣装とセットリストは? 一曲くらいオリジナル曲が欲しいなぁー。プロデューサー、作曲できる? 作詞は私がやってもいいよ!』

「喋りすぎだよ、お前。いきなりオリジナル曲とか贅沢だな!」

 ハルトは片耳を手の平で抑えた。

「しかも、頭の中に直接語り掛けてくるし。ちょっと黙っててくれないか」


『ええー! うるさいとかひどくない? 女神からのお言葉なんだよ。普通なら大喜びしてもいいと思う』

 頬を膨らませて、女神は顔を背けた。高度をあげて、距離をとる。

『プロデューサーがそんなにやる気ないなら、祝福してあげないからね!』

「いや、ちょっと待った。それは困る。お前には――」

 ハルトが女神を捕まえようと、手を伸ばしたときだった。

 部屋の入口から、鋭い声が響いた。


「その通り! 貴様らに祝福などさせんぞ!」

「ふむ」

 ジェリクが目を見開いた。そこに表れた黒い鎧の女を凝視する。

「なんと。これは驚いた。獣魔クブト――まさか、ヴィアラ・ナガルか? 久しいではないか」


「ふ。その通りだ、《ざわめきの》ジェリクよ」

《闇の鉤爪》ヴィアラ・ナガルは、すでに曲刀を抜いている。その切っ先を突き付けてきた。

「女神など、この地には不要。生まれたてのところを悪いが、消えてもらうぞ!」


 ハルトは目を凝らす――彼女の背後には、大きな影が五十はいる。

 ねじくれた角を頭部に生やした、猿によく似たモンスター。いや、悪魔。魔族と違って知性はないが、魔界の生き物に違いはない。

 ハルトには見覚えがある。


「トロール・エイプ。鬼魔ラシンの眷属か。なんでこんなところに?」

 ヴィアラが召喚したのか。いや、彼女に召喚の術式プロトコルは使えなかったはずだ。

 ならば――


『うわっ、こわーい!』

 ハルトの思考を遮って、生まれたばかりの女神は彼の背中に隠れる。

『助けてプロデューサー! 私、戦う系の女神じゃないんだから!』

「お前な……、まあいいか」

 ハルトはもう諦めるしかなかった。ヴィアラを正面に見据える。

「魔力線は回復したのかよ、ヴィアラ。その猿どもはお前の親戚か? いまさらそんなんで俺たちを倒そうなんて、アホらしいぜ」


「ふん、アホはそっちの方だろう! 気づかぬか? いまの貴様らに武器はない!」

「おっと。そういえば」

 ニコラは自分の背中に手を伸ばしかけ、止めた。

「弓、持ってきてないですねえ。これしかありません」

 微笑みとともに、彼は水差しと小型のスコップを掲げた。ニコラもハルトも、装備は似たようなものだ。ヴィアラが得意げに笑う。


「ふふん! 弓矢を持たぬ狩人、ゴーレムのいない錬金術師、剣のない魔剣士! いまの貴様らはハムスター同然!」

 ひゅうっ、と、ヴィアラが口笛を吹く。

 背後に控えていたトロール・エイプたちが前進をはじめる。ハルトたちを包囲するような動き。


「膝を屈して我らが軍門に降るなら、処遇を考えてやろう」

「あのさ……よくもそこまで大口を叩けるよな」

 ハルトは銀色の髪をかきむしった。ゆっくりと前進する。

「そういえばそうか。お前には俺の、素手の戦いを見せたことなかったっけか」


 ジェリクとニコラも、さして焦った様子はない。どちらも暢気なものだ。

「ハルトよ。天才の私が手伝ってやろうか?」

「大変そうですねえ。ご褒美次第では、ぼくがやってもいいですよ」

「いや、いい。特にニコラは引っ込んでろ。こういうのが今後あると面倒だから、俺がやっとく――つまり」

 ハルトは顔をあげた。

 正面から突っ込んでくるトロール・エイプへ、無造作に拳をたたきつけた。


「これを、こう!」

 その一撃が、トロール・エイプの巨体を吹き飛ばした。後ろにつづいていた数匹も巻き添えを食う。


「えええ……」

 壁に叩きつけられる彼らの巨体を目で追い、ヴィアラの顔が強張った。

 トロール・エイプたちは肉体を破壊され、そのまま魔力線の光へと還っている。

「素手で、このトロールたちを……! ハルト、貴様の強さ、なんかおかしくないか……?」

「妹のためなら、兄は無限の強さを発揮するのだ」

「なんだその理論は! 納得できん!」

「うるせえな」


 ハルトは次なるトロール・エイプを蹴り飛ばし、また一歩前進する。

「ところでヴィアラ、何か言い残すことはあるか?」

「くっ」

 こうなると、ヴィアラの見切りは速かった。くるりと身を翻し、トロール・エイプたちをかき分けて即座に逃げ出す。


「お、覚えていろ! 貴様にはいずれ必ずや復讐を――ををっ? うぇっ! ぎっ、ぎぃぃやあああああぁぁぁぁ――!」

 台詞の後半は絶叫になった。

 直後、ぐじゅぐじゅと何者かが蠢くような音が、ダンジョンの暗がりの奥で響いてくる。


「おや」

 ニコラが穏やかにほほ笑んだ。

「ぼくの仕掛けた罠ですね。触手のやつです。かわいそうに……彼女、また魔力線の溜め直しです」

「おい、こら。いまなんつったニコラ。触手系は全部外せっつったろ!」

「ハルトくん、目が怖いですよ! 今回は役に立ったじゃないですか!」

「黙れっ、結果オーライじゃねえんだよ! なめんな! 今度こそ全部外せ!」

「あがががががっがっわかりましたあああががが」


 徹底的にニコラを揺さぶり、ついでに近くの地面に放り投げてから、振り返る。

 もうトロール・エイプたちの姿もない。

「アホどもの脅威は去った。で、女神よ――」

 振り返ろうとしたハルトの首に、白い腕が絡みついた。


 満面の笑みを浮かべた、緑の髪の女神だ。

『すっごーーーーい! プロデューサー、やるじゃん! 見た目より強いね!』

「見た目よりってのは余計だろ。離せ」

 ハルトは迷惑そうに女神の腕を振りほどいた。

『お礼に、もうめっちゃ祝福しちゃおうかなー! いまのシーン、女神的にポイント高いよ!』

「いや、祝福関係は間に合ってるから。それより、お前って演技とかできる?」

『演技っ?』


 女神はさらに顔を輝かせた。

『もちろんできるよ! えー、なになに? もうドラマ出演のオファー? もしかして、プロデューサーって超・敏腕?』

「そういうんじゃねえよ! えーと……そうだな。やっぱり名前がないと不便だ。そう、決めた」

 ハルトは女神を指差した。

「お前の名前は――」


――――


「つ、ついに……」

 ダンジョンの暗がりの片隅で、ソニア・リカードは歓喜の声をあげた。

「ついに、見つけました! あなたが女神様ですねっ……?」

 剣を構えてはいるが、どう見ても疲労困憊、明らかに息はあがっている。

「力尽きる前にお会いできてよかった……! ここまでの長い道のりが報われる思いです。兄上の期待に応えられる……!」


「長い道のりって、あの、ダンジョン入って三百歩も行ってないんだけど……」

「しーっ。ソニアちゃんは凄くがんばってるよ。ダンジョン入ったら、いつも新記録更新してるもん」

 小声でささやくナタリーとコレッタだが、ソニアの耳には届いていないだろう。

 目の前に浮かぶ人影に、目は釘付けになっている。


 ぼんやりと輝く光、それを纏う人影。

 緑の髪をたなびかせる少女――これこそ、まさに女神。


『ああ――聞こえますか?』

 荘厳で、落ち着いた声がソニアたちの脳裏に響く。

『いま、私はあなたの心に語り掛けています。勇者ソニア・リカードよ――』

 そして、少女はそこで片目をつぶり、二本の指を突き出すような仕草をした。

『はじめまして! 私が歌と踊りと芸能を司る! 《喜びの》新人女神、ミドリちゃんです。よろしくね!』


「……え?」

「あらー」

 ナタリーとコレッタが、衝撃を受けたように固まる。

『今日から女神デビューすることになりました! ソニアちゃんは私のファン第一号ってことで、めっちゃ祝福しちゃうからね!』

 ミドリは気にせず、空中でくるくると身をひるがえして見せた。光が渦を巻き、魔力線を形作る。

 そのまま右手を差し伸べる。

『ほら、握手しよう! ミドリちゃんと握手で祝福!』


「ああ……なんと神々しい光でしょう! 兄上の次くらいに……神々しい!」

 ただ一人、ソニアは感激の涙すら浮かべていた。

 弱弱しい様子で片手を差し出し、女神の手と触れ合うと、淡い光が灯った。女神ミドリは飛び跳ねるように喜びの舞を踊って見せる。


『やったね、一人目のファン獲得ー! これでいま、ソニアちゃんのこと祝福したから! VIP待遇だよ!』

「あっ、ありがとうございます……! なんとなく、元気になったような……気がしますっ」

『でしょー! それね、プラシーボ効果っていうんだって!』

「なるほど。よくわかりませんが、ご利益抜群なのですね……!」

『あとね、この先に私の控室があるからね! 聖なる力で浄められてるから、いつでも来て休んでいってよ!』


「さ、さすが女神……聖なる控室があるとは。ここまでたどり着いてよかった! 兄上! ソニアはいま、がんばっています……!」

 跪き、女神と兄へ祈りを捧げる。

 そんなソニアを横目に、ナタリーは小声で姉に話しかけた。


「あのさ……あの女神様って、絶対ハル兄の影響受けてるよね。言ってることのほとんどが理解できないもん」

「だねー。あれを素直に受け止めてフツーに会話できるのって、ソニアちゃんぐらいだよね。あの域に達するのは遠いなあ」

「コレッタ姉、そんなの目指さない方がいいよ……」


『――それじゃあ、そっちの二人も!』

 ひとしきりソニアと理解不能な盛り上がりをみせたあと、女神ミドリは振り返った。

『握手する順番来てるよー。ほら、恥ずかしがらなくていいから!』

「え、いや……別に恥ずかしがってるわけじゃなくてね?」

「やったー、女神様と握手だ! すごいね、ナタリーちゃん!」

 困惑するナタリーをよそに、コレッタは両手を広げて駆け寄っていく。


『それじゃ、いまから近くの村まで案内してほしいな。女神らしく祝福ライブしちゃうから!』

「は、はあ……?」

 勢いのまま握手をさせられながら、ナタリーは呆然と思う。

 祝福ライブとは、いったい何のことなのだろう――。


――――


 女神が現れたことで、村は一気に騒然となった。

 村はずれにある小さな礼拝所に女神を招き、そのまま宴会になったほどだ。

 女神のミドリはここぞとばかりに歌と踊りを披露しはじめ、太鼓と笛の音が夜更けまで聞こえていた。


「つまりですね、村長」

 その同じ夜、ハルト・リカードは、村長たるヨセフ・パースマーチの家を訪れていた。

 二人きりの会談であった。

「ダンジョンも女神も俺が作ったもので、えーと……妹たちには伝説の冒険者になってもらいたいんです」


「それね。うん。立て続けに色々なことが起きて、私も非常に混乱しているんだが」

 村長はすっかり疲弊した顔で唸った。

「女神がこの村を祝福してくれたことは、本当にありがたい。今年は間違いなく豊作になるだろう……だが!」

 くわっ、と村長の目が見開かれる。

「娘たちのことは別だ。危険なことはさせたくない! 冒険者なんて論外だよ!」


「安全ですって。俺も妹のために、安全第一でやってますから」

「そういう問題ではない! あと、ハルトくんの安全基準があんまり信用できない!」

「ひでえなあ……だとしても、ですよ」


 ハルトは声のトーンを落とした。

「……放っといたら、もっと危険っすよ」

「む」

「うちの妹もそうですけど、コレッタもナタリーも行動力が異様じゃないですか。このまま放置して、勝手に冒険に出られるよりマシです。いや本当に」


 力強く断言する。

「うちの妹と、そちらの姉妹。みんな甘く見ちゃいけません……! 小さいころからあの三人、どんなに警戒してても無茶なことをしてきたじゃないっすか。近所のスライムの巣に突っ込んでいったこととか、忘れたんすか!」

「お、おう……ハルトくんにも迷惑をかけたね……。あれはうちのコレッタの発案だった」


 村長の記憶にある限り、ハルト・リカードという男は、いつだって行方不明になった娘たちを探し出してきた。

 ソニアを背負い、コレッタとナタリーの手を引いて帰ってくる姿を何度も見た。

「うちの娘たちは、あの頃からあんまり成長していないね……」


「や、二人とも成長してますよ。成長してるから危ないんじゃないですか」

 ハルトはいつになく真面目な顔をした。

「素質もあるし努力もしてる。その分だけ危ない。メンタルと行動力に実力が伴っちまってるというか――誰かが見守っておかないと。ソニアにはあの二人が必要だし、俺にとっても」

「……きみにとっても?」

 村長が期待するような目でハルトを見る。


「大事なソニアの幼馴染なんで」

「うううううーーーーむ、そっちか……!」

 唸り声をあげ、村長は黙り込んだ――沈黙の間も、ずっと笛と太鼓と女神の声が響いていた。

 そして、彼は最後に諦めたような声で呟く。


「仕方ないか……下手なことを言うと私が娘たちに殺されそうだし……」

「事情はよくわからないんですけど、村長の家庭は大変そうっすね」

「きみが言うなよ!」

 怒鳴って、村長は深呼吸をした。

「……もういい。今夜は酒でも飲むかね、宴会はまだ続いているはずだ」

「いいっすね!」



【俺の妹のための、伝説へのわかりやすいロードマップ・第1章】

 ☆はじめての冒険をする(完了!)

 ☆ライバルと出会う(完了!)

 ☆女神に祝福される(完了!)

 ★伝説の武器を手に入れる

 ★中ボス(できればデーモン)を倒す

 ★王族から激励される

 ★邪悪な魔王を討伐し、伝説を打ち立てる

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