レベル70『静寂たる』サンデー3

 世界とか滅ばないだろうか。


「ねえねえ、お姉ちゃんはエルフなんでしょ?エルフはリンゴしか食べないって本当?ねえねえ」


「肉も、食べる」


 死神じゃあるまいし。


「へえー、そうなんだ!この前読んだ本には、エルフはリンゴしか食べないって書いてあったのに!」


 私は何故か子供になつかれていた。

 連れてこられた、お世辞にも広いとは言えない家は、隅々まで掃除が行き渡り、何気なく飾られた花は名前も知らない。だけど、どこか優しげに揺れている。

 絵に描いたような、暖かな家庭だ。

 いきなり若い女を連れ込んできた旦那に、奥さんは嫌な顔をせずに夕食を一人分、増やすために台所に立っていて、その旦那と言えば何やらまだお仕事があるらしい。

 そんな普通の家庭に、何やらお花のドレスを着たエルフ一匹って、違和感がひどいな……。

 私の巣穴ではない、という気しかしない。

 どこが自分の巣穴なのかもわかりはしないけど。


「ねえねえ、エルフのお姉ちゃん。ひょっとして森に住んでるんだし……虫とか好き?食べる?」


「食べない」


「よかったー。お母さん、料理は得意だけど、さすがに虫は無理だと思うー」


 やたら押しの強い娘とはいえ、どこの馬の骨ともわからない怪しげなエルフに任せて大人がどこかへ行くのはどうなのだろう。

 娘さんは中学生を少し過ぎたくらいか。

 前髪に流れる母親譲りの金髪一筋がはっとするくらい印象的だが、その土台になっている父親譲りの黒髪もまた綺麗な子だ。

 何が楽しいのかわからないが、まともに受け答えもしない無愛想なエルフを相手に、ずっとにこにこしている。

 誰からも愛されそうな、そんないい子だった。


「ふっ」


 私とは真逆だ。

 もし、今の私の外見が綺麗なエルフでなければ、きっとこうして話しかけられる事もなかったはず。

 そう思うと、妬み嫉みよりも先に、面倒くさいという気分が沸き上がってくる。

 食べ物の話、近所の猫が子供を生んだ、幼馴染みのミトちゃんの好きな相手は。

 この話があちこちに飛ぶ感じは、塚田さんを思い出す。

 ……外見がエルフじゃなくても関係なさそうだな、あの人もとにかく喋れればいいって感じだったし。

 とはいえ、私は過去を思い出して簡単にほだされるような、ちょろい女ではない。

 むしろ、聖処女よりも鋼鉄だ。

 ルビーなんて、すごい情熱的に口説かれてたら、その辺りの村人Aと幸せな家庭を築いていただろう。

 まぁいただろう、と思った所で、いなかったという現実があるだけなんだけが。

 私にはいて、彼女にはいなかった。

 その差は一体、どこにあるのだろう。

 運命、なんて一言で済ませられる代物なのか。

 それとも、決定的に何かが足りていなかったのか。

 運命では救いがないけれど、何かが足りていなかった、と思うのもつらいものがある。

 欠けたままは、とてもつらい。


「お姉ちゃんはどこから来たの?カレシとかいるの?ねえねえ、お姉ちゃん」


 話しかけられるのが面倒で無視……出来たのならきっと私はもっと生きやすいはずだ。

 しかし、力を振り絞って話す気力が、どこにもない。

 絞る気もないし。

 そこで私は閃いた。


「……精霊さん」


 森の町から出てきてから、私は一度も三味線を弾いていない。

 ひょっとしたら私のファンである精霊さんは、怒ってるかも……いや、ファンとか本当に調子に乗ってしまった。

 すみません、お願いします。


「……わあ」


 手の中に生まれた三味線に私はありがとうね、と内心で感謝を返す。

 軽く弦を鳴らせば、当然のようにチューニングは完璧だ。

 個人的に言うなら、チューニングは自分でやりたい所ではある。

 他人任せにしてしまえば、自分の中にある正しい音が他人の音になってしまう。

 そんな事を考えていれば、どこか遠くて近い場所から少し戸惑ったような感触がある。

 毎回、新しい三味線を出してくれているとすれば、わざわざ狂ったチューニングで出してこい、と私は言っているわけだ。

 さすがにそれは無茶ぶりが過ぎるね、ごめんなさい。

 なんだか謝ってばかりだな。

 せめて、初めの一音を確かめる事だけは、忘れないでいよう。

 そして、お送りする曲は……津軽海峡冬景色だ。

 いつか再会するだろう、なんて暖かな気配もなく、東京から青森に帰る歌である。

 ひどくシンプルな歌詞と、それでいて情景が浮かぶようなメロディが私はとても好きだ。

 明るい未来を戦って切り開く歌も好きだけれど、こうして傷を舐め合うような弱さがあってもいい。

 そんな歌だと、私は思う。

 悲しくて、寂しくて、それでも生きなきゃいけない。

 つらい時に夢を持って、力強く生きよう!なんて言われても、しんどいだけでしかないんだ。


 まぁ今回、わざわざ津軽海峡冬景色弾いてるのは、若い子には向かないだろう、という理由なんだけど。

 ガンガンかましてくるような曲と違って、物凄い地味だからね。

 地味な分、退屈にならないように弾いているつもりだけれど、出来ているかはわからない。

 聞かせるつもりどころか、むしろあっちに行け、くらいの気持ちがこもっている。それも濃厚に。

 うねる津軽海峡の波、喋るのがうんざりするような風の冷たさ。

 味わった事のない風景だけれど、秀逸なメロディの中にぎゅっと詰まっているはずだ。

 そういう綺麗な物を、綺麗なまま出せばいいんだ。

 私の中にある物を期待してどうするというのか、せいぜい財布の小銭しか出てこない。

 そんなどうでもいい事を考えながら、適当に好き勝手にやった演奏は、なんだか妙に上手くやれた。

 気のせいかもしれないが、スキルレベルが上がっているかもしれない。

 ちょっとステータスを確認してみようかな、と思ったその時だった。


「すごい……」


「ステータス、と」


 とりあえずパッシブだけ見ればいいだろう。

 しかし、アクティブが生えないのはどうしてなのか。

 剣からビーム出したい。出したいけど、剣からビームオンリーで戦うのは、果たして剣の意味があるんだろうか。

 それはもう一種の杖なのでは。




・パッシブスキル

 剣術 :2875

 身体制御:823

 痛覚遮断:680

 精霊魔法:48

 演奏(三味線):23




 演奏と精霊魔法がめっちゃ上がってる。

 え、私は何をしたんだろう。

 ルビーと戦った後、確認した時は変わっていなかった気がするんだけど。

 しかも、剣術も元々の数字が結構あったからわかりにくいけど、めっちゃ上がってる。

 上がった理由がわかれば、


「お姉ちゃん!」


「ひゃい!?」


 びっくりした……。

 いきなり耳元で叫ばないでいただきたい。


「すごいね、お姉ちゃん!上手!すごい!」


「あ、ありがと」


 顔がちかーい、声が大きーい、めっちゃいい匂いがするぅー。

 どうして若い女の子って、こんなにいい匂いがするんだろう。

 え、私が同い年だった頃、こんな匂いしてなかったと思うんだ。

 キラキラしたおめめと、満面の笑みで見つめられると悪い気はしない。

 ヤバい、可愛い、いい匂い、私も語彙ヤバい。


「ねえ、お姉ちゃん!」


「はい」


 もう、女の子でいいんじゃないかな。

 そんな考えがうっすら浮かんでくる中、彼女は言った。


「私を弟子にしてください!」


「え、やだ」


 女の子は可愛いけど、遠くから……匂いをかげるくらいの距離でいいです。

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